傀儡人形相克エレジー6
これはビーストバインドトリニティのリプレイ小説です。GM夏風が、あらかじめ提出されたキャラクターシートを元に作ったシナリオのため、再演は無いのでネタバレを気にせずに読んでいただけます。
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リンは目を覚ます。
見慣れない天井。
ペトルーシュカの研究室だ。
身体はほとんど動かない。
視線を動かし、周囲を探ると、部屋にいるのは蘭だけのようだった。
蘭
「起きたのね。あなたの体、とても不思議。科学的にも魔術的にも理論通りならとっくに死んでいるはずよ」
リン
「……そうだろうね、生身の体に無理矢理、心魂機関を埋め込み……エゴで動かしているようなモノだから。ただ死にたくない、そのエゴだけでボクはまだ生きている」
蘭
「とてつもなく強いエゴ……。私にも叶えたい願いがある。だからリンさん、提案があるわ」
リン
「……どんな提案だい?」
蘭
「私はあなたの心魂機関に応急処置を施したわ。これから調整して、また戦うことができるようにするつもり。だけど、これは綱渡り。ますます、いつ動かなくなってもおかしくない状況になるのは間違いないわ」
蘭
「でもね、そこに昨夜襲ってきたサイボーグの残骸があるの。あなたの胸部をまるごと機械にしてしまえば、心魂機関は自動人形の中にあるのと同じになる。完全にとはいかないけれど、かなり安定するはずよ」
リン
「……そう、つまり昨夜戦って倒したサイボーグ姉妹の片割れからパーツを取って、それを修理に使うのかな?」
蘭
「ええ、このタイプは頭部と胸部の装甲がとてつもなく頑丈なの。胸部の生命維持装置と、脳さえ無事ならいくらでも修理できる。その強靭さを使わせてもらうわ」
リン
「なるほど、ね。……まったく、困ってしまうよ。彼女が姉妹に対し、あれだけの啖呵を切ったと言うのに、それを無意味に出来るわけないじゃないか……」
リン
「……どうせ、そこで聞いているんでしょ?」
リンが扉の方を向くと、モルスと麦、そして翔が入ってくる。
蘭は出ていけと言いたげな視線を翔に向けた。
翔
「姉ちゃん、リンさん治る?」
蘭
「直してみせるわ、丁度いいパーツもあることだし」
モルス
「ドゥアエお姉ちゃんっ!」
モルスは起きたばかりのリンの横を走り抜けてドゥアエの身体を抱きしめる。
モルス
「嫌だ! 蘭!!」
モルスは初めて“ペトルーシュカ”が怖いと思った。
しかし、ここで逃げたら、きっと何も変わらないと心を燃やす。
モルス
「頼むっ、やめてくれ、蘭。お前にとっては残骸でも、俺のお姉ちゃんなんだ! 俺の一部をバラしてもいいよっ、頼むからお姉ちゃんをたすけて……お願い……しますっ、ペトルーシュカっ……!」
蘭の無表情からは何も読み取れない。
翔
「姉ちゃんは……姉ちゃんにとっては……モルスもリンさんも、そこのサイボーグも同じ……実験の道具なの?」
蘭
「知ったような口をきかないで。死を覆すのがどれだけ難しいか、小学生にだって想像できるでしょう」
翔
「死は覆すものじゃない。死んだ人は生き返らない。遺された人は想いを抱いて前に進まないといけないんだ」
翔は突然12歳とは思えない口ぶりで語った。
弟の豹変に蘭は驚きの表情を浮かべるも、すぐに冷たい声で語る。
蘭
「パパとママが生き返ってはいけないと? 私がしていることが無駄だって言いたいの?」
翔
「そうじゃない! そういうことじゃないんだ! 僕は姉ちゃんに自分の人生を生きてほしいだけなんだ!」
蘭
「翔、あなた、何を知っているの……?」
翔は何かを言いかけるが、思い止まった顔をして下を向く。
翔
「姉ちゃんは僕のことを見てくれてないんだね……」
そう呟くと部屋の外へと駆け出していった。
リンは翔を追おうとするが、体の自由が利かず手を伸ばす事すら出来ずにその背中を見送ることになった。
麦
「ニンゲンはダメダメにゃねえ。仕方ないから吾輩面倒見に行ってやるにゃ! ニンゲンもちゃんと寝てるにゃよ!」
麦はぺろりとリンの頬を舐めてから、するりと扉をくぐる。
猫又の優れた聴覚と嗅覚であれば、多少の時間などロスにもならない。
迷うことなく翔の消えたほうへと足を向けた。
蘭は軽く頭を振る。
蘭
「いいわ、今はそれどころじゃないもの。リンさん、念のため改めて確認するけれども、応急処置でいいのね?」
リン
「ああ、それで構わない。……少しばかり、死ぬ時が近づくだけ。ただ、それだけだよ」
蘭は、死なせないと小さく呟いた。
モルス
「なんで軽々しく死ぬ時が近付くだけなんて言えるんだっ! 俺が誰ひとり失いたくないって思うのは無駄なことなのかよっ!」
意識のあるなしもわからないドゥアエの体をモルスはギュッと抱きしめる。
モルス
「俺は壊すことしかできないのかよっ!」
リン
「……ボクの死ぬ時が近づいた代わりに、モルスの姉妹を修理し……再び話ができるようになる。それなら十分な代価さ。そしてボクはまだ死ぬ気はまったく無い。生きて、生きて、生きて……ボクみたいな悲しみを背負う人を少しでも減らせるように、メルキセデクの連中が生みだした罪を少しでも無くせるように、これからも生きていく。……だから、気にしないでいいよ」
リンはモルスに向けて安心させるように微笑んだ。
モルス
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ! 気にすんなって無理だろ! しかも誰かの命が誰かの命の対価なんて、なにも……救えてねぇ!! 生きろよっ!! やだよっ! ひとりにしないで……俺のせいなのか?」
ドゥアエを抱きしめる手に自然と力が入る。
結局、蘭はドゥアエのパーツを使わずに不安定なまま心魂機関を修理する。
リンの心臓は変わらず不安定な状態だ。
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麦は自慢の五感で翔を追っていた。
そうして、公園に差し掛かる。
麦
「んにに……こっちにゃ!」
自信に満ちた足取り。
まったく世話が焼ける子分たちだ、ここは親分である吾輩がちゃんと面倒を見てやらねばと、誰にともなく胸を張り、翔の気配に向けて足を早めた。
夕日が濃い影を長く伸ばしている。
その影の中に確かに翔の姿を見たはずだ。
しかし、まるで影に溶けるようにその姿は消え去った。
麦
「……に?」
麦は驚き、ぱちくりと瞬きをひとつ。
もう一度、よくよく翔のいたはずの場所に目を凝らす。
ひくひくと、鼻を引くつかせ、その存在を再度たどるが……いない。
とてて、と翔のいたはずの場所まで麦は足を進める。
そこにはただ影だけがある。
匂いは確かにそこで途切れていた。
日は落ちていき、影はただ広がっていく。
麦
「ニンゲン! どこ行ったにゃ!? 吾輩、きてやったにゃ! 子分は親分の言うこと聞くにゃ! 早く吾輩のこと撫でるにゃ!」
翔?
「ごめんね麦さん、僕は別のやり方を試すことにするよ」
かすかに、そんな声が聞こえた気がした。
麦
「ニンゲン! どこか行くにゃら吾輩とニンゲンに、いってきますがいるにゃ! そしたら吾輩、手伝ってもやるし助けてもやるにゃ! ニンゲンはしゃべれるのに、にゃんで言わないにゃ!」
呑気な猫又にしては珍しく、どこか怒りと悲しみをにじませた声。
夜を知らぬ人間には、どこかもの悲しい猫の鳴き声としか聞こえないそれが、ただ日の沈みゆく公園に響いていた――
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麦は思い出す。
【麦が思い出したこと】
#子猫の頃の記憶
麦は子猫の頃に翔にもモルスにもリンにも会っている。
だが、リンがやってきてしばらく後に、3人とも姿を見なくなった。
蘭はひとりぼっちになってしまったはずだ。
#成猫の頃の記憶
少し大人になった蘭は言っていた。
あの時、翔の言葉に耳を傾けていれば、自分の人生は違ったものになっていたのかもしれないと。
後悔している様子ではなく、学術的な仮説を立てているような雰囲気だった。
#猫又になりかけ以降の記憶
大人の蘭は日に日に焦りを募らせていたように思う。
急にタイムマシンを作ると言いだし、過去にデータを送ることに成功した。
しかし、何も変わらなかった。
その後、時間を掛けてタイムマシンを改良し、物質を送れるようになったが、遡行する時間が長いほど送り込める質量は小さくなるそうだ。
人間大は端から無理。
猫のサイズなら20年前、リンがいた頃にぎりぎり戻れるという。
そして、タイムマシンは想定通りに動いた。
相変わらず、何を頼まれて過去にやってきたのかは思い出せない。
しかし、今この時期を狙って送り込まれたということは間違いない。
麦
「うに……吾輩、約束したにゃ! 子分の面倒ちゃんと見てやるにゃ! 小さいニンゲンも、騒がしいニンゲンも、吾輩のことが好きなニンゲンも……いっつも泣きそうなニンゲンも!」
麦は、むん、と気合を入れる。
麦
「吾輩、耳も鼻も目もいいにゃ! ぜ~んぶ見つけて、助けてやるにゃ!」
人知れず、麦が決意を固めていると、動けるようになったリンが自分の足で歩いてきた。
リン
「麦、翔くんは……?」
麦
「に。歩けるようになったにゃ? 小さいニンゲン、消えちゃったにゃ! ぱっ、て! 吾輩今から探しに行くにゃ!」
リン
「消えた、か……ボクも行くよ、またあのサイボーグたちが襲撃に来ないとも限らないし、人手はあった方が良いでしょ?」
麦
「ムム……」
治療を受けていた様を思い出し、麦はわずかに表情を曇らせる。
麦
「……子分が親分のために働くのはいいことにゃ。でも痛くなったら言うにゃ! 子分のケンコーカンリも親分の務めにゃ!」
リン
「ははっ、それは大事なことだね……わかったよ、無理はしない。だからさ、もしも無理をしてたら止めてくれるかな?」
リンはそう言って麦に手を伸ばす。
麦
「む~、仕方にゃいにゃあ」
ぺろりと、麦はリンの指を舐める。
ついでにガジガジと甘噛みする。
麦
「吾輩の言うことちゃんと聞くにゃよ!」
麦はするりと腕を伝い、軽やかにリンの肩へと登り、乱れた毛並みを舐めてやる。
麦
「に。吾輩の子分なら身だしなみもちゃんとするにゃ!」
リン
「そう、だね……うん、気を付けてみるよ」
(身だしなみって言っても、あんまりわからないんだよね……)
麦
「そういえば、吾輩ちょっと思い出したにゃ!」
麦は思い出したことを話して聞かせる。
リン
「……そっか」
リンは麦の話を聞いて、自分たちが近いうちに死ぬであろうことを悟る。
リン
「……まだ、死ぬわけにはいかない」
それでも、静かに覚悟と決意を固めた。
リン
「……で、だ。そこで立ち止まってても、なんにもならないよ?」
モルス
「……わかってる。でも、俺なんかに何ができるんだよ」
リン
「できるよ。モルス、キミは己の意志を示し、人間として戦った。……これ以上の言葉は、必要かい?」
モルス
「結果はどうなんだよ。俺は…自分の願いを振りかざして、兵器の本能の赴くままやって……結局お姉ちゃんを傷付けただけだった」
モルス
「いや……いいよ。いいんだ、今は俺のことなんか。蘭のために翔を探すんだろ?」
(本当は……いいわけなんかない。けど……)
モルス
「俺が俺のためになんかしようとして、いいことが起きるわけがない。だから、せめて他の人だけでも助けねぇと」
リン
「……ああもう、そんな調子で!」
リンは声を荒らげてモルスの襟首をつかみ、引き寄せる。
リン
「そんなすべてを諦めた状態で! 誰を助けられると思っている! いいか! 誰かを助けるというのは……己の心を、あの時できなかったという後悔から救う事でもある! ……それすら出来ない状態で誰を助けようとしているんだ! 答えろ! モルス!」
モルスは視線をさまよわせる。
モルス
「……とりあえず、俺は生きてる。どうしょうもなく。生きてるからには、動かせば、お前たちの助けくらいにはなれる。離せ、リン。こんな事してる場合じゃないだろ」
リン
「ああ、そうだね……行こう」
麦
「……ムム」
麦はリンを、てしてしとはたく。
麦
「にゃ! 子分、吾輩痛くなったら言えって言ったにゃ! 親分の言うこと聞けないにゃか!」
リン
「大丈夫だよ、麦ちゃん。……この程度の痛みなら、もう慣れてる。だから、心配しないで。ボクは、大丈夫だから」
麦
「痛いなら平気じゃにゃいにゃ! 吾輩、痛いのも寒いのもさみしいのも嫌いにゃ! だから子分が痛かったり寒かったり淋しかったりするにゃら吾輩が助けてやるにゃ! だからちゃんと痛いって言うにゃ! 吾輩、賢くてつおい猫又だから子分の一人や二人や三人や四人、ちゃ~んと助けてやれるにゃ!」
リン
「ははっ、そうだね……なら、しばらくこのままでも良いかな? そばに誰かいてくれると……安心するんだよね」
麦
「うにゃ? それだけでいいにゃか? ニンゲンは甘えんぼにゃね」
言いながら麦は頭をリンにこすりつける。
そして、その瞳をモルスにも向けた。
麦
「騒がしいニンゲンもにゃ! 兄弟喧嘩したらケガなんてするにゃ! 兄弟にゃんだからちゃんと舐めてやって仲直りするといいにゃ! ひとりで行くのが怖いにゃら吾輩、一緒に行ってやるにゃ!」
モルス
「………その兄弟が死んじゃったら?」
そう言葉を紡いでから、また何もしないうちから怯えている自分の気持ちにモルスは気が付いた。
モルス
「……ありがとな、麦。もし、怖がってダメそうだったら、その時はついてきてくれ。……もし会いに行けなくなったら」
言おうとした言葉を飲み込み頭を振る。
モルス
「調べよう。まずは、そこからだから」