傀儡人形相克エレジー8
これはビーストバインドトリニティのリプレイ小説です。GM夏風が、あらかじめ提出されたキャラクターシートを元に作ったシナリオのため、再演は無いのでネタバレを気にせずに読んでいただけます。
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これは翔がいなくなる少し前の回想。
リンが致命傷と呼べるほどの負傷を受け、ペトルーシュカの研究室に運び込まれた翌朝のこと。
麦は縁側に座る翔の傍らに来ていた。
翔
「みんな……どうして……」
麦
「んに?」
麦は翔が落ち込んでいるのを見て取る。
ニンゲンは自分を撫でると元気になる。
小さいニンゲンは基本的に力の加減を知らないので避けていたが、さあ撫でるがいいと頭を突き出す。
翔
「あ、猫……また来てたんだ」
そう言って翔は頭を優しく撫でながら独り言のように呟く。
翔
「僕は約束したことがあって、それを絶対に守りたいと思ってるんだけど、なかなか難しくて……あれ? 猫、尻尾がふたつ……?」
翔は麦をまじまじと見る。
なかなか悪くないと喉をゴロゴロ鳴らしていた麦だが、手が止まったことに気付く。
満足する前に手を止めるとは、きっちりと指導してやらなければならない。
ふたつに分かれた尻尾でリズミカルにぺしぺしと腕を叩いた。
翔
「わ、やっぱり見間違いじゃない、妖怪図鑑で見た、猫又っていうやつかな、もしかして、僕の言ってることわかる?」
麦
「……んに? そんにゃの当たり前にゃ! 吾輩賢い猫又にゃ! それよりにゃんで撫でるのやめたにゃ! ちゃんと撫でるにゃ!」
翔
「そっか……本当に猫又なんだね」
抗議の言葉を受け、翔は撫でるのを再開した。
翔
「実はね、姉ちゃんも叔父さんも隠してるけど僕は知ってるんだ、昼の世界と夜の世界があるって」
麦
「うに? そうにゃか。なかなか賢いニンゲンにゃね。ショーライユーボーってやつにゃ!」
翔
「どうかな……。うん、そうだね、将来有望、かもね」
麦
「うに! 撫でるのも悪くないにゃ。吾輩の子分にしてやらんこともないにゃ! 光栄に思うといいにゃ!」
翔
「子分かぁ。いいよ、じゃあ名前教えて、僕は翔」
麦
「うにゃ! 先に名乗るとはいい心がけにゃ! 吾輩はかわいい! ちゃんと覚えておくにゃよ!」
翔
「かわいいって、あはは、確かにかわいいね。そのまんまだけど、逆にいいセンスかも、つけた人」
麦
「みんにゃ吾輩のことかわいいって呼ぶにゃ! 吾輩賢いからちゃんと名前ってわかるにゃ! でも、ニンゲンは色んにゃ名前で吾輩を呼ぶからにゃ。ちゃんと覚えてやるのも親分の務めにゃ!」
翔
「……かわいいはどこから来たの? ずっとこの辺に住んでるの?」
麦
「吾輩はいつでも好きな時に好きなところにいるにゃ。吾輩、誇り高い野良にゃから! 今はニンゲンに頼まれたからニンゲンを助けにきてやったにゃ! ついでだから小さいニンゲンも困ってたら吾輩に言うにゃよ。子分の面倒を見てやるのは親分の務めだからにゃ!」
翔
「ありがとう、そっか、だから親分なんだね。今ね、姉ちゃんを守ってくれる人が死にそうなんだ。モルスも死にそうになったし、リンさんも死にそうに……。姉ちゃん……独りぼっちになっちゃう運命なのかな……」
麦
「ウンメー? よくわかんにゃいけど嫌にゃらそんにゃの無視するといいにゃ。ひとりが嫌にゃら一緒にいてやればいいにゃ!」
翔
「僕は……ううん、そうだね。でも、姉ちゃん、僕のこと全然見てくれないんだ。親分ならどうする?」
麦
「見てくれないと一緒にいれないにゃ? 吾輩は吾輩がしたいことしかしないにゃ。だからニンゲンが吾輩のこと気にしなくても撫でてほしい時は撫でさせるし、一緒にいたかったら膝に乗るにゃ!」
翔
「そっか……じゃあ、また怒られるだろうけど、リンさんの様子見に行こうかな。モルスも研究室入りたがってたし、みんなで行けば怖くない!」
麦
「にゃ! じゃあ吾輩も特別に手伝ってやるにゃ!」
麦はムムム、と尻尾に力を込める。
麦
「うに! どうにゃ!」
麦は猫から少年の姿に変わった。
翔
「もしかして、かわいいも姉ちゃんを守ってくれる人?」
麦
「うに! ニンゲンに頼まれたからにゃ。吾輩も約束したにゃ! どんにゃ約束だったかは忘れちゃったけど、でもニンゲンのこと助けてやるにゃ!」
翔
「そっか……ありがとう! じゃあ、行こう!」
麦
「にゃ! 親分に任せるにゃ!」
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メルキセデク社のサイボーグ研究所は厳重な警備を誇る、はずだった。
しかし、入り口は半開きになっており、中から逃げ出したであろう研究員が数人、苦悶の表情を浮かべて死んでいる。
麦
「うに?」
リンは即座に胸から相棒の魔銃を抜いて構え、周囲を警戒する。
リン
「麦ちゃんとモルスはボクの後ろに。この状況、一体何が……?」
モルス
「後ろになんか隠れてられっか!!!」
モルスはそう宣言すると勇んで中に入ろうと歩みを進める。
一方、リンが調べた研究員たちの遺体は、呪いのようなもので衰弱死したのだとわかる。
外に出たところで力尽きたのだろう。@
リン
「何があるか、わからないってのに!」
リンもモルスを追って内部へと侵入していく。
麦
「せっかちな子分にゃね、仕方にゃい、一緒に行ってやるにゃ!」
中に入り、しばらく進むと警備用のロボットやサイボーグの残骸が転がっている。
まるで同士討ちしたかのような損傷だ。
非常灯だけが光を放っている。
麦
「にゃ? ナワバリ争いでもやったかにゃ?」
麦はきょろりとあたりを見渡し、緊張感の無い様子でのんびりと呟く。
リン
「これは……」
ロボットやサイボーグには、自身の武装と同じもので受けた損傷しかない。
リン
「……うん、これは互いに壊しあっているようだね。だけど、普通は味方識別が出来ているはず……一体これは?」
麦
「やっぱりナワバリ争いにゃ! テリトリーは大事にゃ!」
モルス
「機械が縄張り争いしてたまっか、麦猫!! あっ! ウーナお姉ちゃんは!?」
モルスはわずかな記憶を頼りにウーナがいそうな方へ走り出す。
奥へと進むと、火花を散らしながら横たわるサイボーグが1体。
モルス・ウーナ・エピデミアだ。
足音を聞き、ぎこちなく顔を上げる。
ウーナ
「トリアね……ドゥアエは無事……?」
モルス
「お姉ちゃんっ! 蘭が治すよう踏ん張ってくれるって!! で、良ければ物理的に材料分けてもらおうかな、なんて。けど、ここ……どうしてこんな事になってんだよ」
ウーナ
「無事なのね……良かった。私にとっては……ドゥアエとトリアだけが本当の家族だから……」
モルス
「俺にとっても大事な家族だよ。お姉ちゃん。……だからこそ、こんなとこにこんな状態でほっとけるか!! 俺がなんとかする、何があったか教えてくれ! ウーナお姉ちゃん!!」
麦
「んに? 子分、でかい声だにゃ。……にゃ、子分の兄弟もいるにゃ!」
リン
「……そんなに大きい声を出すと、この状況を引き起こした何かに気付かれるよ。……で、何があったの? 貴女もそうなっているということは、かなりマズイ状況だと思うんだけど」
ウーナ
「ペトルーシュカの弟が自分を誘拐してくれって言ってきたの。ペトルーシュカが孤独にならないためには手段を選んでいられないって。でも……この研究所を見て考えが変わったみたい。ここじゃ幸せになれないって。あの男の子……黒い羽根を持ってた。もうこれを使ってしまった方が、そう言って……あれが、ドミネーターの力なのね……」
リン
「黒い羽根だって!?」
ウーナ
「ええ、発見次第最優先で確保するよう言われていた羽根」
リン
「となると、翔くん……いや、影患いの目的は……!」
モルス
「黒い羽根? えと、守護者のなんたらら……俺の不勉強はどうでもいい! その力をどうにかする方法はあんのか!?」
リン
「……簡単に説明すると、使えばあらゆる願いが叶うって言っても過言じゃない力を秘めているモノだよ。だけど、白いのならともかく、黒いのは……とてつもない精神汚染が使用者を蝕み、自身のエゴに対し、忠実なバケモノとなってしまう。だから、もはや言葉での説得は……できないと思ったほうがいい。……力で羽根を奪い取るしか、ない」
麦
「小さいニンゲンの子分だにゃ、セイシン、オ……? よくわかんにゃいけど子分が大変にゃら吾輩助けてやるにゃ!」
リン
「ええと、簡単に言うと他の人の話をまったく聞かない、聞いていても通じていない状態になるんだよ麦ちゃん」
麦
「にゃ? 騒がしいニンゲンと同じってことにゃね! ふむ、じゃあ吾輩、めっ!ってしてやるにゃ!」
ウーナ
「正直に言って……私はあの子のエゴに……世界が飲まれても構わない。嘘つきどもには居心地が悪い世の中でしょうね……いい気味だわ」
モルス
「そんな考え方しちゃだめだ、お姉ちゃん。願いが暴走するってことはさ、暴走してるやつは死ぬほど苦しいし……そいつが優しければ優しいほど、そいつだけが後悔する。きっと」
モルス
「それに、いい気味だなんて暗いこと言わずにヤなやつには鉄拳制裁しろよ。俺たち、本当にもうそれができる体のはずだろ?」
ウーナ : 「自分自身で制裁か……それもいいかもね。じゃあ目を覚ましたら、どんな結果になっていようとも……そうしてみようかしら。……あの子、確かにバケモノだったけど、話を聞いてみてあげて。私はここで待っているから」
モルス
「わかった。ちゃんと話聞くよ。俺ひとりだったらちょっとわかんなかったけど、今はコイツラがいてくれるから」
モルス
「……ねぇウーナお姉ちゃん。ドゥアエお姉ちゃんにもおねだりしたんだけど、俺って自慢の妹?」
ウーナ
「ええ、そのまっすぐなところ、私には無いものだもの。眩しさすら感じるわ……」
モルス
「はははっ! まっすぐだったらだったで、悩んだり転がったり大変なんだけどよ! 俺も、お姉ちゃんの意志の強い所、好きだぜ」
モルス
「んじゃ、勇気もらったところで、ただいまが言えるようにがんばるかぁ! いや、ぜってぇに言う! ドゥアエお姉ちゃんだって待たせてんだ! だから。行ってきます、ウーナお姉ちゃん」
ウーナ
「ええ、いってらっしゃい……修理もできなくなるような無茶だけはやめてね……」
ウーナはそう言うと、生命維持のためスリープモードに移行した。
モルス
「ドゥアエお姉ちゃんとおんなじこと言いやがる! 泣かせんなよな、マジで」
モルスはウーナの体を一度抱きしめてから、通路の壁に寄りかからせる。
モルス
「帰るよ、必ず。……待ってろ。お姉ちゃん!」
リン
「……さて、戦う理由は十分かな?」
モルス
「おぅ、あたぼーよ。……わかんねぇ、戦う理由がこれで合ってるかどうか。ただ俺は……帰りたい、家族の場所へ。帰してやりたい、やりたいことを持つ奴らを! それしかわかんねぇけど、とりあえずここに立つ理由はそれでいい!!」
リン
「うん、立派な戦う理由だよ、モルス。その理由は他の誰にも理解されなくてもいい、ただ自分自身が生きて帰る理由になればいい。そんな些細な約束のために戦う、それがボクたち半魔の生き方だからね」
モルス
「リン。ただのモルスじゃない、俺はアルカディアだ。リンが人形じゃなくてリンなように、麦が猫じゃなくて麦なように。俺は、今はアルカディアだ」
リン
「……OK、行こうかアルカディア。生きて、一緒に帰るよ。ボクたちが生きる、その場所へ」
麦
「に! 出発にゃ! 吾輩、ちゃ~んと子分のこと助けてやるからお、おお……おっきい船に乗ってくにゃ!」
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半魔たちは最奥へと進む。
非常灯の明かりと機械の残骸や研究員の屍が道標。
大きな研究室にたどり着いた。
暗い室内の中央に影が一段と濃い部分がある。
モルスの視覚センサーでも麦の猫の目でも見通せない影。
その影から声が聞こえてきた。
ドッペルゲンガー
「僕たちが争う必要はないよ。僕のエゴは約束を守ること。翔の願いは“姉ちゃんを独りにしたくない”。僕は翔に約束した、願いを叶えると。でも一向に約束を守れそうにない。だから、僕は羽根に力を願った。姉ちゃんを、蘭を独りにしないという願いは、これさえ使えば簡単に叶うんだ。蘭の願い、彼女の家族を甦らせればいい。“人は死んでも生き返る”、“約束が必ず守られる”。新世界のルールにそれを追加すればいい。モルス、リン、キミたちにとっても嬉しいことのはずだ。死んだ家族に会いたいだろう?」
モルス・アルカディア
「会いたくないわけがないっ! けど、けどっ!!」
ついさっきウーナに啖呵を切ったばかりだというのに、モルスの心に迷いが生じる。
モルス
(そりゃそうだ。顔を見たこともないけど、大切な人だ。お父さんとお母さんは! 迷うな、迷うな……! そう、自分に言い聞かせたいのにっ)
リン
「……家族、か。……ああ、会えるものなら、もう一度だけでも会いたいよ。だけど、その願いはもう諦めたんだ。人はいつか、必ず死ぬ。寿命、事故、病気、運命……多くの納得しがたい理不尽によって、生命が奪われることは珍しくもない。だけど、それでも人は生き、遺された想いを胸に、前に進み、成長し続けてきたからこそ、今の人間は、世界はあるんだ。……だからこそ、ボクはその優しいルールを受け入れる事は出来ない!」
リンは目の前の闇に相棒の銃口を向ける。
そんな影の中から一枚の紙がひらりと舞い、半魔たちの前に落ちる。
おそらくwebページが印刷されたもの。
視覚障害者競技選手のインタビュー記事。
選手のひとりが両親と共にトロフィーを持っている写真が掲載されている。
選手の顔はモルスにとてもよく似ていた。
モルス
「あ……」
影患い
「本物の家族に会わせてあげるよ、約束だ」
モルス
「おとうさん……おかぁさん……」
モルスは膝をついてうなだれた。
麦はうなだれる子分を見つめる。
痛みを押さえつけるようにして立ち続ける子分にも目を向ける。
どうやら影に溶け込んでしまっているらしい子分を視線で射抜く。
失われた命が戻らないのは当然だ。
正直言って、当たり前すぎてなぜ目の前の3人のニンゲンたちが、そしてここにいないもうひとりのニンゲンが、こんなにも苦しげにしているのか、麦にはわからない。
猫又は振り返らない。
ネコは何かにすがらない。
気ままに、あるがままに。
生きている間はこの世界を面白おかしく生きて、いつかどこかでのたれ死ぬ。
――けれど。
子分が痛いというからここに来た。
助けてと、そう願われたからここに来た。
麦
「起きるにゃ!」
麦はモルスの頭にパンチをお見舞いする。
麦
「吾輩、助けてやるって言ったにゃ! 子分はみんな助けてやるにゃ。たかだがウンメーごときの前で、絶望にゃんかで止まってる時間にゃんてニンゲンにないはずにゃ!」
モルスは麦の方をそっと振り返る。
モルス
「俺……が、助けらんなかったのも……。どうにかしたら……助かるのかな……?」
麦
「そんなもん知らんにゃ! ニンゲンにゃんてどうせよわっちくて賢くにゃいんにゃから、つべこべ言わずにみんにゃで助かるにゃ! えぇと……もるす・あるかでぃあ! りん・ふれっと!」
麦
「猫又の誇りを見せてるにゃ。だから、ニンゲンの誇りをお前たちが吾輩に見せるにゃ!」
リン
「……さて、アルカディア。ここまで麦ちゃんに言われたんだ、立ち上がらないと格好がつかないんじゃないかな? ……それに。約束、したんでしょ? 蘭の所と、ついさっき……キミの大事な姉妹と、ね」
モルス
「人間の……誇り……」
本当は死んだら戻らない、弱い生き物、人間。
でも、前に進み足掻くもの、人間。
その誇り。
悩むこと、立ち止まらないこと、誰かと生きること。
モルス
「お父さんとお母さんに起きたことを……俺自身に起きたことを否定したら、蘭やお前たちや……お姉ちゃんたちとのつながりを否定することになる、か。はは……なんて矛盾……」
モルスはなんとか立ち上がる。
モルス
「俺は……まだ誰かのために戦えるかな?」
リン
「……そう思う事、それだけでボクは十分に資格があると思う。なぜなら、それが……誰かを想うということなのだから、ね」
麦
「ニンゲンがそうしたいならそうするといいにゃ。吾輩、誰かに言われても言われなくても、吾輩が来たいからここに来たにゃ」
ドッペルゲンガー
「約束は必ず守られなければならない。会いたいと思っている人がいる限り、死者は甦る。僕の創る新しい世界、どうしても邪魔をするなら一度死んでもらうよ。大丈夫、あとで必ず生き返らせてあげるから、心配しないで」
麦は思い出す。
元いた世界線ではモルスとリンは帰ってこなかった。
人が生き返る世界にもならなかった。
つまり麦のいた未来で彼女たちは、このドミネーターと相討ちになったのだろう。
影患いが新たな力を試すように振るうと、急に電源が復旧する。
暗かった室内が煌々と照らされた。
ドッペルゲンガー
「これを蘭に改良して増やしてもらおう」
量産型モルティス
「「「CODE:Mors//Activate―」」」
そこに並んでいたものはモルティスシリーズの量産型自動人形。
モルスそっくりの顔をした意思の無い殺戮兵器たちだった。
二手に分かれ機関銃を構える。
リン
「ッチ、数が多い……二人共、やれるね! 必ず、生きて帰る……ボクたちの居場所に!」
麦
「にゃ! 吾輩に任せるにゃ!」
量産型モルティス
「「「敵性体を確認、排除します」」」