傀儡人形相克エレジー7
これはビーストバインドトリニティのリプレイ小説です。GM夏風が、あらかじめ提出されたキャラクターシートを元に作ったシナリオのため、再演は無いのでネタバレを気にせずに読んでいただけます。
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半魔たちは経ヶ辻姉弟の置かれた状況を、より詳しく知らなくてはならない。
リンは思い出す。
悪魔が“飢えた野獣のような闘士”を紹介すれば情報をくれると。
麦も思い出す。
雑司ヶ谷霊園の幽霊が噂話の収集に協力してくれると。
【幽霊たちの噂】
#崩落事故現場の地縛霊が話していた噂
2年前の事故で蘭の家族3人は死んだ。
両親は即死。
弟の翔はしばらく生きていたが、救助隊が駆けつけた頃には息を引き取っていたそうだ。
しかし、死んだはずの翔は元気な姿で救助隊員に連れて行かれたという。
#話し好きの浮遊霊がしていた噂
2年前からぱったりと姿を見せなくなった半魔がいるそうだ。
死に瀕した人物の前に現れては心残りが無いか尋ね、その願いを叶える存在だったという。
彼が最後に会ったのが翔らしい。
【行方不明の半魔】
#崩落事故現場の地縛霊から情報を取得
2年前から姿を見せなくなった半魔の名前は“影患い”。
いわゆるドッペルゲンガーだ。
出会った者は近いうちに必ず死ぬという都市伝説である。
過去の例を見ると、犠牲者は必ず「ドッペルゲンガーに会った」ことを身近な者に告げてから程なくして亡くなっている。
なお、地縛霊が言うには影患いが黒い何かを拾うところを見たという。
#公衆電話に棲み着く都市伝説から情報を取得
影患いは心優しい半魔だ。
死にゆく者の最後の願いを代わりに叶える存在。
その約束を守ることがエゴである。
死者の姿を借り、本人になりきって生活し、願いを叶え終われば死を演出して去る。
その際、事前にドッペルゲンガーに会ったと知り合いに話しておくため、出会えば死ぬという伝説が成立している。
モルスは幽霊から聞いた情報に凍りついた。
モルス
「影患い……? 翔が……死ん……」
【悪魔との交渉】
#メフィストフェレスから情報を取得
経ヶ辻蘭は“契約者”である。
強大な悪魔と契約を結ぶことで超常の力を得て相応の代償を負った者が契約者という半魔だ。
蘭が契約した悪魔はグレモリー・ガエネロン。
人には到底達成不可能な条件を設定し、破滅していく様を眺めるのが生き甲斐の地獄の道化師である。
天界の影響下にあるメルキセデクに蘭を確保されることを防ぐために一度介入を行っている。
#メフィストフェレスから情報を取得
蘭は人類最高峰の知能“全智の脳髄”を獲得した代償に、絆を失う“喪失”を負っている。
また、不死とも言える“不朽の肉体”を獲得した代償に、感情の一部を失う“欠落”を負っている。
グレモリーは「奇跡にも魔法にも頼らず、人間の知恵で死者蘇生を果たすその時まで、家族の魂を預かっておく」と言ったそうだ。
リンはメフィストフェレスから、なんとかここまで聞き出した。
しかし、一番重要な情報は事前に提示した条件をと言って話そうとしない。
リン
「ったく、悪魔め……っと、モルス? 何かわかったのかな?」
麦
「んに?」
モルス
「行方不明の半魔は……ドッペルゲンガー。都市伝説で……死に行く者の願いを聞く奴だって……!! つまり、願いを聞いてもらった翔はっ!」
リン
「そういうこと、か。だから麦ちゃんの前で影に溶ける様に消えたのか。元から影だから。そして、叶えようとしている願いは……おそらく、蘭ちゃんの救済、か」
モルス
「お前っ! そこの髭男爵!」
モルスは叫んでメフィストフェレスに掴みかかる。
モルス
「お前、お前まだなんか知ってるのか!?」
メフィストフェレスは、大公ですぞと髭をひねる。
モルス
「んなこたどうでもいい! 何か知ってんのか? 頼むっ、教えてくれ!」
メフィストフェレス
「こちらからの契約内容は提示した通り。モルス・トリア=フェイムス、貴女にぜひともリングに上がって欲しいですねぇ」
リン
「……モルス、この話に乗る必要はないと思う。情報が必要ならボクがなんとか交渉する。彼のリングで死ぬことはないけど……これ以上キミを縛り付けるわけにはいかない。だから、ここはこらえて……」
モルス
「それで蘭たちが助かるのかよっ!」
モルスはリンを一喝してから悪魔に向き直る。
モルス
「家から通ってもいいんだろうなぁ!」
メフィストフェレス
「えぇ、えぇ、もちろんですとも。万全の状態で戦ってもらいたいですからねぇ。では、契約締結ということで、よろしいですかな?」
リン
「……はあ、止めても無駄か。判断はすべてキミに委ねるよ、モルス。後悔は……しないか、もう」
麦
「んに? 子分、デカセギかにゃ?」
モルス
「あぁ! やってやる! 今更自分の体が傷付くのなんか怖くねぇ! もっと怖い思いをしてるんだ! リンとお姉ちゃんに部品分けてやろうって思ったくらいだ、殴り合って、それでアイツラを助けられるんなら願ってもねぇ!!」
メフィストフェレス
「ファイトマネーが出るので、稼ぐことも可能ですぞ」
悪魔は愉快そうに笑う。
メフィストフェレス
「では、秘密のお話をしましょうか。これを言うのは本来ならば相当はばかられることなのですがね、貴女は吾輩のエゴを満たしてくれそうだ」
そう言って、地獄の大公は契約の秘密を語る。
【悪魔との交渉】
#メフィストフェレスから情報を取得
純血の契約者の中には“悪魔すら騙す者”がいるそうだ。
この事実を“全智の脳髄”を持つ蘭に伝えれば、契約の代償の一部を無効にする方法を思いつくだろう。
ただし、契約そのものを無効にするには悪魔との合意が必要である。
モルス
「わかった。サンキュー髭大公」
モルス
「壊れたって構うもんかっ。俺は俺のしたいことをまだっ!!」
言うが速いか、モルスは蘭のいる家の方へ足先を向ける。
リン
「焦る気持ちはわかるけど、ひとりで突っ走らないでよ。みんなで行くよ、麦ちゃんも良いね?」
麦
「にゃ! さっきまで静かだったけどやっぱり騒がしい子分は騒がしいにゃね! 吾輩、親分としてちゃんとカントクしてやるにゃ!」
こうして、半魔たちは経ヶ辻邸へと帰還する。
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契約者であることを言い当てられた蘭は少し驚いた表情を見せた。
蘭
「悪魔との契約? ええ、そうよ。すごいわね、どんな情報源に当たれば、そんなことまで探れるのかしら」
モルス
「俺も悪魔に願ったからな。蘭と俺の家族のために、やり合うくらいなんでもねぇって。だからだよ」
蘭
「……メフィストフェレス、ね」
リン
「ん、池袋の夜の主であり、魔界に軍勢を持つ大公でもある彼にね。……彼から蘭ちゃんが悪魔……グレモリーと契約した事を聞いたよ」
蘭
「では、私の目的も知ったのね。私は、悪魔からパパとママの魂を取り返す」
モルス
「翔もかもしんねーぞ。お前、なんて言って誰が預かられてるって聞いてやってんだよ。翔が本当に翔だったかもずっと知らずに」
蘭
「モルスさん、何を言っているの? 翔は生きているでしょう」
モルス
「幽霊どもから麦が聞いてきたよ。事故での生存者はお前ひとりだ」
麦
「にゃ! 吾輩、ユーレイに聞いて来たにゃ! 小さいニンゲンが死んじゃった後元気になってたにゃ! そしたら半魔が一匹いなくなったにゃ!」
蘭
「どういうこと? 翔が本当は死んでいる……?」
麦
「いにゃくなったの、死んじゃう誰かの願い事を叶えてくれる半魔だったにゃ。最後に会ったのが小さいニンゲンだったって、ユーレイたち言ってたにゃ」
蘭
「そう……でも大丈夫よ。パパとママだけでなく、翔も生き返らせればいいだけの話だもの」
モルス
「影患いは死に瀕した者の願いを叶える……」
そこまで言いかけて、モルスはカッとして蘭の胸ぐらをつかみあげる。
モルス
「お前っ! その影患いの、翔が翔だった頃から願ってたことをまだ聞いてないふりするつもりかよ!」
蘭
「翔が私に自分の人生を生きろと言った話なら……私のエゴは死者を蘇らせることだもの。胸を張って自分の人生を生きていると言えるわ」
モルス
「それは家族を取り戻すためなんだろ? 俺たちみたいなやつのためじゃなく!」
蘭
「もちろん、パパとママ、あとは翔を生き返らせることが第一の目的。だけど、それだけじゃない。私は奇跡にも魔法にも頼らず人間を死から解放したい。心からそう思っているわ」
それを聞いてモルスは手を離す。
モルス
「契約者の中には“悪魔すら騙す者”がいるらしいな。その辺りについてはどうなんだよ、なんか知ってるのか? 髭大公はそういうのも知ってるって言ってたけどよ」
蘭
「……悪魔すら騙す者? ……なるほど、そういうことね。失った感情の一部、もしくは翔への想い、どちらかを取り戻せる、と」
蘭は困ったように眉根を寄せる。
蘭
「今の私にはどちらも必要性がわからないわ」
モルス
「必要性って……いるに決まってんだろ! 誰のなんのために、そんなひとりで戦ってるのか、わかんなくなっちまうじゃねぇか」
モルスは寝かされているドゥアエに近付いてそっと触れる。
モルス
「わかんなくて……俺みたいにただ滑り落とすかも知んねぇのにっ」
麦
「ニンゲン、吾輩、二十年後から来たにゃ。小さいニンゲンの言うこと聞いてたら違ってたかもって言ってたにゃ。ずっと急いで、寒そうだったにゃ。だから吾輩来てやったにゃ!」
麦
「今のニンゲンがわからにゃくても吾輩ちょっと思い出したからにゃ、ちゃんと助けてやるし、そのあとみんなで日向ぼっこするにゃ! 兄弟もみんな一緒のほうが楽しいにゃ!」
蘭
「そう……麦さんが言うのなら。……どちらがいいかしら?」
麦
「にに? 騒がしいニンゲンほどじゃにゃいけどニンゲンもちょっとおバカにゃ? 吾輩たちや兄弟といたら楽しいもわかるようににゃるにゃ! 小さいニンゲンも頑張っていたんだから、ちゃんと思い出してやるにゃ!」
蘭
「翔との絆を取り戻せ、ということね、わかったわ」
蘭は本棚から魔導書を取り出し、魔法陣の描かれたページを開く。
そうして何か呪文のようなものを呟くと、しばらくしてハッとした表情を見せる。
蘭
「翔……翔への想い……本当に失っていたのね、絆を。少し悔しいわ、悲しいはずなのに涙も流せないなんて」
麦はひらりと蘭の肩に乗って、その頬を舐めてやる。
そこにない何かを舐めとるように。
麦
「に! そんにゃのいつでも戻ってくるにゃ! 吾輩、助けてやるって言ったにゃ!」
蘭
「ありがとう、麦さん。未来の私は……きっとあなたに救われていたのね」
麦
「親分だからにゃ! 子分の面倒を見てやるのはトウゼンにゃ!」
蘭は、えへんと胸を張る麦に優しい眼差しを麦へと向ける。
そして、そっと手を伸ばし、いつものように毛並みを撫でる。
リン
「……ふう、とりあえずは何とかなったか、ありがとね、麦ちゃん」
リンもまた、指先で麦の頭を撫でる。
麦は気持ちよさげに喉を鳴らした。
麦
「苦しゅうないにゃ!」
ドゥアエの傍らに腰掛け、眺めていたモルスがぽつりと呟く。
モルス
「俺は……取り戻せるのかな……。あんなふうに、お姉ちゃんを」
落ち着いた空気が流れる研究室に慌てた足取りで誰かがやってくる。
貴文
「大変だ! 翔が! メルキセデクにさらわれた!!」
リン
「なんだって!?」
貴文
「ドゥアエとやらを返して蘭がメルキセデクに所属すれば解放すると言ってきた」
麦
「にゃ!?」
モルス
「なっ!! んなこといったって! ドゥアエお姉ちゃんはっ!」
リン
「……引き渡すポイントは?」
貴文
「サイボーグ研究所だが……引き渡すつもりはない! 俺は……弟夫婦の忘れ形見の蘭と翔のことを大切に思っている。蘭がメルキセデクで働けば丸く収まるように見えるかもしれない。それでも、弟夫婦の仇であるメルキセデクで蘭が働くなんて……そんなふざけた話があるか!?」
貴文
「頼む、傭兵、これは蘭の護衛の範疇だろう? 翔を助け出してくれ! 報酬は割増でいい!」
リン
「ああ、その追加依頼は受けるよ。ただ、報酬の件は後で相談しよう。……最悪ここを引き払う可能性もある、その後の護衛も必要かもしれないからね」
蘭
「私からもお願いするわ。翔……ではないのかもしれないけど、彼は翔のために動いてくれていた存在なのでしょう?」
麦
「にゃ! あいつも吾輩の子分にゃ! 子分をみんな助けてやるのが親分にゃ!」
モルス
「蘭。……いや、ペトルーシュカ。ドゥアエお姉ちゃんは、どうなる?」
蘭
「……私は、この人のことも死なせたくはないわ」
モルス
「メルキセデクの言ってきたタイムリミットは?」
貴文
「明日の正午までにと言ってきた」
モルス
「蘭、俺から動ける程度に部品かっぱらっていい。ドゥアエお姉ちゃんと……話がしたい」
蘭
「短時間でいいのなら、話すぐらいは調整できると思うわ。だいぶ、彼女にとって負荷がかかると思うけれど」
モルス
「……安定させるためなら腕の一本くらいネジだとかなんだとか持ってけよ。俺にできることなら、この戦いに勝てる範疇なら何でもする。ドゥアエお姉ちゃんには無理なく元に戻って欲しいんだ。大切な姉妹だから」
蘭
「オーバーホールしないといけないから、パーツいくつかで済む話ではないわ。生命維持装置はまだ大丈夫だけれど、早く直したいのであれば、メルキセデクから予備のパーツを奪ってくるのが早いかしら」
モルス
「なぁるほどな? はは、俺には一石二鳥ってか。悪い、じゃあちょっと無理させるけど、お姉ちゃんと話させてくれ」
蘭
「わかったわ」
蘭はドゥアエの焼けた端子を修繕し、スタンドアローンのコンピュータに接続する。
蘭
「聞こえているかしら」
機械音声
「なんだ!? 修理に入ったのか!?」
蘭
「話せる状態みたいだけど、長時間は危険よ」
モルス
「はははっ。元気なのは変わんねーのな。ドゥアエお姉ちゃん、俺だ。……これから、お姉ちゃんの修理素材ぶん捕りに、もっかい喧嘩してくる」
機械音声
「トリア? お姉と一緒に帰ってくれたんだ! 喧嘩って? あたしも行きたいけど、修理まだかかる感じ?」
モルス
「ざーんねん。ここは敵陣の真っ只中で、お姉ちゃんは敵から情けをかけて修理してもらってる最中ですー」
モルス
「お姉ちゃんに聞きたかったんだ。お姉ちゃんたちとさ、したいこと、まだ変わってないんだ。こんな甘っちょろい俺だけど。いつか話し合えると思う?」
機械音声
「え? え? ん? まぁ、直してもらえるんなら、遊びに行くのも話すのも喧嘩するのも、まだまだいくらでもできるんじゃない?」
蘭
「ちょっと脳波が乱れてきてるわね」
モルス
「わかった。お姉ちゃん、最後に俺のこと励ましてよ。自慢の妹だって。また、いっしょにいたいって。」
機械音声
「なに、これが最後みたいに言ってんの? 状況わかんないけど、トリアが大事な妹なのは本当だよ。何するのか知らないけど、修理できないような無茶はやめてよね」
モルス
「ははっ……うん。……うんっ!! 帰ってくるっ……帰ってくるよ!! ドゥアエお姉ちゃんっ! 絶対に! ……だからよ、少し休んでてくれ。あぁ……家族ってお出かけするときはこう言うんだったな、行ってきます、お姉ちゃん」
機械音声
「ん、やたらと眠いから言われなくても寝る。ほい、いってらっしゃい」
モルス
「ん。ただいまが言えるように頑張ってくるよ。おやすみ、お姉ちゃん」
蘭がコンピュータを操作し、ドゥアエを眠らせる。
蘭
「私も言うわ。いってらっしゃい」
蘭からもその言葉が聞けた瞬間、堰を切ったようにモルスの頬を温かいものが伝う。
モルス
「あ……れ……?」
蘭
「人間に必要なものだから、機能を追加しておいたわ。麦さんも、リンさんも、よろしくお願いします」
リン
「ああ、任されたよ。受けた依頼は必ず果たす、それに……これ以上、ボクの目の前で家族を失わせるわけにはいかないからね」
麦
「にゃ! 吾輩がいれば百猫力にゃ! ニンゲンはゆっくり、ちゅ~るを準備して待ってるにゃ!」
モルス
「いつの間に、こんな機能っ……ほんと……ほんと蘭お前っ……大好きだ、バカヤロっ……」
モルスは涙を拭ってリンと麦に並ぶ。
そうして、蘭とドゥアエに振り返った。
モルス
「行ってきます!」
蘭に見送られ半魔たちは走る。
モルスが脱走した研究所へ。