ファンタジーRPGについて小考 その2 魔法とか魔物とか
前回は『Wizardry』(ウィザードリィ)を軸にプレイヤーが操作できるキャラクターの種族や、冒険者という存在について書きました。
今回は現実世界に存在しない、すなわちファンタジーをファンタジーたらしめている魔法と魔物について書いていきたいと思います。
魔法とは何でしょう?
これは各作品の世界観に直結する、非常に重たい質問です。概ね、現実の人間には使用不可能な現代科学で説明できない事象を意図的に起こす力と言っても、そう反論は来ないのではないでしょうか。その仕組みは作品によって千差万別、修練を積んだ一握りのエリートしか使えない秘術であったり、血筋に起因する特別な異能力であったり、その世界の住民であれば誰でも使えるありふれた技術であったりします。魔法と魔術を分けて、人間は劣化コピーである魔術しか使えないという設定も熱いですね。
さて、この魔法、あるいは相当する能力を作中でどう定義するかで世界観はがらりと変わります。深い設定など設けず、「魔法って言っておけば伝わるだろ」という軽いノリも珍しくありません。ですが、魔法が社会でどんな意味を持ち、その世界の歴史にどういった影響を与えてきたかは、世界観を構築する上では重要です。誰でも火球を飛ばして攻撃できるなら、銃砲は発展しませんし、戦争の形態も古代の時点から全く違うものになるでしょう。空を飛べるならなおのことです。なので魔法の存在ひとつで、ファンタジー世界と現実世界は異なる歴史をたどるのです。
ほとんどの作品で、魔法は魔力や体力、精神力や触媒となるアイテムを消耗します。つまり、有限のリソースを使って使用することになります。「今の攻撃魔法、あと何回、撃てる?」「すまない、あと1回で意識を保てなくなる」「十分だ、俺が隙を作る、最後の一発で確実に仕留めろ」なんて胸の熱くなる展開も回数制限あってこそです。もちろんゲームバランスの都合もあります。
基本的にはリソースが重いほど魔法は強力になります。核爆弾のような爆発と、マッチ程度の火、それぞれを引き起こす魔法が同じコストだったら……その世界での魔法の扱いも変わってきますね、面白そうだな。『ゴブリンスレイヤー』ではどんな魔法でも共通の使用回数というリソースで……と、うまくない例えで脱線しそうになったので、言いたかった結論を言えば、ゲームにおいてはバランス調整のためにコストに差をつけるのが一般的です。これは凄い魔法を使うには相応の代償が必要であり、能力の高さ、魔法使いの格を表すのにも役立ちます。戦場で千の兵士を一度に薙ぎ払える魔法使いがいる世界では、戦争のやり方からして変わるでしょう。それが千年に1人の逸材であり、規格外の存在というような特例でなければ。
このように、その世界での魔法の位置付け次第で世界観は全く異なるものになります。作品がファンタジーだからと漠然と特に設定も無く魔法を登場させるのはもったいないのです。ただし、その手法を否定するつもりはありません。なぜなら、プレイヤーや読者にとって、わかりやすいからです。一般的な共通知識からはみ出さない分、説明が不要であり、その分のリソースを他に割けるのですから。ただ、そのわかりやすさに頼り続けたことが、世代間の共通知識の断絶の一因のような気もします。
魔法について語りたいことは尽きませんが、ライトな層に向けてのこの企画ですることではないと思います。なので魔物に話題を移します。
魔物、モンスター、怪物、クリーチャー、呼び方は様々ですが、主人公たちのみならず、その世界の人々を脅かす敵、エネミーが魔物です。
少し脱線してクリーチャーという言葉について説明しておきたいと思います。というのも、クリーチャーと聞くとおぞましい怪物をイメージする人が多いと予想するためです。
クリーチャーとは被造物という意味です。作られた存在です。マッドサイエンティストが作った怪物でしょうか。そういう位置付けの作品もありますが、ファンタジーRPGにおけるクリーチャーという言葉には別の意図があります。最初のRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』はアメリカで生まれました。アメリカではキリスト教が主流です。キリスト教には唯一の神が在り、あらゆる生物は神が創造したことになっています。つまり、クリエイターは唯一神であり、その他のすべてがクリーチャー(被造物)ということになります。なので人間もドラゴンも悪魔もヴァンパイアもクリーチャーです。文化の違いからくる言葉のイメージの乖離ですね。ゲームの文脈で言うなら、敵も味方もひっくるめて、盤面上のデータを持つ存在をクリーチャーの一言で表せるので便利です。「戦闘に参加している味方全員および敵全員が対象となる」という効果説明文を「戦闘に参加しているすべてのクリーチャーが対象となる」と書けるのです。「すべてのキャラクター」でもいいのですが、今度はクリーチャーを敵とイメージしやすいのと同様に、キャラクターは味方と思ってしまうかもしれません。結局、どちらでも構わないのですが、こういった使い方がされているよという一例です。
敵の話に戻りましょう。物語には多くの場合、悪役が登場します。衝突や葛藤によりドラマを生みやすいからです。ファンタジー世界には大抵、通常の動物と異なる強い怪物が登場します。彼らがいないと人間同士の戦いしか描けないからです。戦記モノも楽しいですが、勇敢な主人公が知恵と勇気と絆と努力で、勝てないはずの難敵を打ち倒すカタルシスを得るには、人を超えた敵はいたほうがいいです。そもそも、怪物という存在に人はおそれと同時に魅力を感じるものです。『山海経』のようなモンスター図鑑が大昔から読み継がれてきたのですから間違いありません。きっと、そう。
さて、長い前置きとなりましたが、多くのファンタジー作品でだいたい共通で出てくるポピュラーな怪物を紹介したいと思います。とはいえ、モンスター辞典を書くつもりはないので、今回は人間に近い種族にスポットライトを当ててみます。
【ゴブリン ― Goblin】
本来はヨーロッパの伝承にある悪性の妖精です。醜いという共通点こそあるものの、妖怪ぐらいの意味の千差万別な存在で、元々は一口にこうと言えるものではありませんでした。『指輪物語』に先立つ『ホビットの冒険』において、オークより小さいものと曖昧に書かれていますが、邪悪な人型の生物というイメージが生まれます。体色が緑というのも『指輪物語』の作者の設定のようです。これらの設定を受けて『ダンジョンズ&ドラゴンズ』において、邪悪で敵対的な種族として登場し、後続のファンタジー作品はこのゴブリン像を踏襲していくことになります。人間の子供程度の体格と知能を持ち、邪悪で不潔で臆病な種族。まさにやられるための悪役に相応しい存在です。多産で群れを成すことによって大きな脅威となるのは、単なる雑魚でも人々の生活を脅かす、つまり冒険者のような英雄の必要性に説得力を持たせます。彼らは野生動物と違って武器や戦術を使うため、戦いがいのある敵となり得、多くのファンタジー作品で登場します。
【オーク ― Orc】
『指輪物語』ではゴブリンとほぼ同じものと扱われています。悪に堕ちたエルフが醜い姿に変わったものだそうです。詳しいことは『指輪物語』研究がひとつの専門分野になるほどなので、この企画で語ることではないでしょう。大切なのは現在のオーク像です。オークはローマの冥界神オルクスと綴りが近いため、立派な体躯を持つ存在へと変遷していきました。オルクスのイメージを踏襲した人食い鬼オーガとの混同もあったのでしょう。私の勉強不足で詳しいことはわかりませんが、いつしか豚顔の巨漢のイメージが定着するようになります。加えて、『指輪物語』にはオークと人間を交配させて新種族を生み出している描写があることから、他種族と交雑可能な性欲旺盛な怪物のイメージも育まれていきます。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では独自の文化を持つ蛮族といった雰囲気で、人間と時には協力関係を結ぶこともあります。その際に同盟の証として婚姻を行う場合があり、結果、ハーフオークというどちらの種族からも迫害される可哀想な種族が誕生したりもしています。多くのファンタジー作品において、ゴブリン同様、敵として扱いやすい存在であり、人間より肉体的に勝っているが知力で劣るという、良い勝負ができる相手として設定されることが多いです。近年は豚顔の影響で豚肉の代用食とされる作品がよく見られ、作品毎の扱いの違いが大きい種族と言えるでしょう。
【コボルト ― Kobold】
本来のゴブリンとほぼ変わらない妖精や妖怪の類いなのですが、鉱山や地下に住むとされるものを指すことが多いです。昔は役に立たなかった金属コバルトは、このコボルトが有益な金属を鉱石から抜き取って生まれたとされていました。ノームとの関係も深いあたり、やはり鉱山の妖精なのでしょう。そんな背景を持つコボルトを『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では、犬のような頭と爬虫類のような鱗を持つ鉱山で働く人型の種族として登場させます。初期は犬頭のイメージが強く、コボルトは犬頭人として後続の作品へと受け継がれていきますが、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では爬虫類寄りの人型生物コボルドとして再定義されました。小型爬虫類人コボルドは『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の固有種族となり、犬頭人コボルトは多くのファンタジーで敵役として登場するようになります。強い怪物ではなく、友好関係を築ける場合もある設定が見られるのは犬が人間の友とされる動物だからでしょうか。
【オーガ ― Ogre】
ヨーロッパの伝承に登場する人食い鬼です。地方ごとの伝説によって姿形は様々でした。『長靴をはいた猫』に登場する鬼はこのオーガです。他にも騎士がオーガを退治するお話は数多く、現代のファンタジーゲームにおけるイメージは昔ながらのものと、あまり変わりません。普遍的な悪役と言えるでしょう。日本の昔話に登場する鬼と置き換えても違和感は無いほどで、多くのゲームでほぼ同じものとして登場します。『ソード・ワールド』では魔法が得意な蛮族として登場しますが、『長靴をはいた猫』での変身能力を考えれば確かにと言えます。また、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』ではオーガの亜種としてオニが登場するのですが、オーガではなくこちらが魔法の得意な種族として描かれているのが個人的に面白いと思います。
【トロール ― Troll】
北欧神話に源流を持つ、北ヨーロッパの伝承で語られる怪物です。毛むくじゃらの巨人であったり、魔法を使う小人であったりするあたり、姿を変えられるオーガと本質的には同じなのかもしれません。北欧諸国では怪物的ではない人間的な姿で描かれるようで、美しい女性の姿をしていると伝える地域もあります。やはり変身能力持ちなのでしょう。ちなみに『楽しいムーミン一家』のムーミンたちはトロールを良いイメージに変換したものらしいです。また、余談ですが『となりのトトロ』のトトロとはメイが絵本で読んだトロルを舌っ足らずに発音したものらしいです。本題に移りまして、『指輪物語』に先立つ『ホビットの冒険』では普通の武器では傷付けられないが日光を浴びると石化する怪物として登場します。『ハリー・ポッター』では悪臭を放つ巨躯の人型生物とされ、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』ではいくら傷付けてもすぐに再生する巨人として登場します。現代のファンタジーでは総じて、巨大で生命力が強く野蛮な種族として扱われると言って良いでしょう。ただし、その設定はオーガと異なり作品によって違います。ゲームの敵としては強い部類であり、特に再生能力を持つ場合は火や酸で傷口を焼く必要があります。
【リザードマン ― Lizard man】
読んで字の如く蜥蜴人間です。意外なことに、この種族は歴史的な背景、神話や伝承を持ちません。つまり現代のファンタジーにおいて創作されたモンスターというわけです。優れた戦士の種族として描かれることが多く、強敵としてデザインされた形跡が窺えます。その設定やバリエーションは多種多様で、ゲームのレベルデザインの都合で生み出されたという来歴に納得がいくでしょう。基本的に哺乳類である人間側種族とは相容れない思想を持つとされることが多く、殺しても気がとがめない人型の敵として需要があったのでしょう。個人的には大好きな種族で、プレイヤー側種族として使える場合は喜んで使います。『ソード・ワールド』では寿命がなく成長し続け、いずれ竜になるという伝承があるとされます。『ゴブリンスレイヤー』ではこの設定を踏襲し、戦いの果てに竜になることを目指す種族として登場します。
【ドラゴニュート ― Dragonewt】
人型の竜です。竜人の歴史は古く、特に竜を神聖視する東洋では神やそれに類する存在として多く描かれています。西洋では竜は悪の象徴であることが多いため、また扱いが違うのですが、この辺は語りだすと趣旨が変わるのでやめておきます。ファンタジーといえばドラゴンです。そのドラゴンが人型をしているわけです。畏怖の象徴たるドラゴンが、人と同じ土俵に立った存在と言えます。しかし、その設定は作品毎にまったく異なるため、ここでは人型の竜ですという以上の説明ができません。あしからず。
【マーフォーク ― Merfolk】
「Mer」は海のことで「Folk」は「〜の奴ら」ぐらいの意味です。つまり半魚人全般を指します。サフアグン(サハギン)とかクオトアとかギルマンとかマーマンとかディープワンとか、それはもう海洋が登場するファンタジーには必ずいると言っても過言ではないでしょう。半人半魚の存在は神話にも登場しますが、概ね神々の姿です。半魚人という種族はリザードマン同様に新しい種族なのかもしれません。その誕生にクトゥルフ神話が関わっていることは想像に難くありませんが、この神話体系は20世紀以降に登場した複数の作家によって作られていった創作物です。マーメイド、人魚とは別物と考えられており、違いは上半身と下半身のどちらが魚か、です。たったこれだけの違いで歴史的な重みが違うのだから面白いです。話が逸れそうですね、この辺にしておきましょう。
【ライカンスロープ ― Lycanthrope】
いわゆる人狼です。普段は人間ですが、特定の条件で狼あるいは狼頭人に変身します。ウェアウルフやルー・ガルーとも呼ばれ、狼男の伝承は様々な地域に存在します。地域によっては熊など別の動物が当てられますが、基本的に忌避される恐ろしい存在として語られてきました。これについても詳しいことを書き始めると趣旨からずれるのでゲームの中の人狼に視点を移しましょう。有名かつ人気のある怪物のため、ファンタジー作品、特にダークファンタジーにはよく登場します。しかし、善性の獣人族というものがメジャーになると、設定上ややこしくなるためか、あまり姿を見なくなりました。獣人族と異なり、あくまで対話不能のモンスターとして扱われることが多い存在です。
【ヴァンパイア ― Vampire】
みんな大好き吸血鬼です。ここまでメジャーな存在となると通り一遍の説明は不要に思います。なので、少し変化球のお話をします。吸血鬼に関わる耽美で官能的なお話は数多いですが、源流は死体が動き出す現象に行き着きます。つまりいわゆる現代の我々がイメージするゾンビの方が近いものだったのです。もちろんそれだけが根源ではないのですが、欧米人のイメージするヴァンパイアの姿は青白い動く死体が主流でした。いずれゾンビの話もしますが、ゾンビは新しい怪物で、動く死体と言えば元祖はヴァンパイアなのです。
先述の通りモンスター辞典を書くつもりはないので、敵性人型モンスターについてはこのあたりで筆を置きましょう。文字数も嵩んできました。
その3は何について書くか思いついてからにしようと思います。このノリでいくとファンタジー小辞典と化してしまいそうなので、そうはならないよう、じっくり考えることにします。では、また、そのうち。
泉井夏風