空の果て、世界の真ん中 3-2
空の果て、世界の真ん中
第3話、黄金郷2
フロンティアの先住民に襲われたってのか!
よくよく運の無ぇ奴らだな!
下手な空賊より根性座ってるって話だからな。
こりゃあ、どうなるのか楽しみだ。
聴衆はワクワクして聞いている。
噂では空賊に襲われたことになっていたが、
撃退に成功したことは伝わっている。
結末を知っているがゆえの安心感。
大丈夫、グラフトの連中の旅はまだ続く。
ジーノは一瞬考え込んだ。
用意していた台本を修正すべきか?
オホンとひとつ、マリオが咳払い。
ジーノにウインクをして見せる。
大丈夫だ自信を持て、と。
兄のジェスチャーに頷き返すと
ジーノは続きを語り始めた。
グラフトの船内には勇敢な先住民が
ふたり斬り込んできたようだ。
ルージュは溜め息をつくと、
獰猛な笑みを浮かべる。
「……全面対決ってことだな」
伝声管を開き檄を飛ばす。
『いいエサじゃないか、カロン?』
砲室で肩をすくめるリットラの少女。
『……ま、ふたりならいけるか』
幼児のような見た目だ。
知らぬ者が見れば強がりだろう。
対して三半規管をやられ、
かつ貧血のローラは辛そうな表情で
船内に魔法の視線を走らせる。
「キッチンと格納庫に入られたみたいだ」
ルートをどうするか考えるカロンの耳に
伝声管がラニの声を届ける。
『うぇっ!?
誰か入って来たんですか!?
白兵戦ってことですか……?』
おそらく、使い慣れていない
腰の短刀を握りしめているだろう。
「……なあ」
青い顔のローラにカロンの声が掛かる。
いつになく真剣な表情をしている。
「機関まで、どうにか走れるか?
二手に分かれて侵入してきてやがる。
ここだと庇うにも難しい。
機関なら前の梯子塞げば
侵入できないからな。
そこで燃素の補給がてら休む……
いけるか?」
「なるほど、いい作戦だね。
……斬り合いを頼むことになるけれど。
まぁ、野暮だね、
大丈夫かいと尋ねるのは」
ローラは不敵に笑った。
「おう、こないだ情けない所
見せちまったしな。
……安心しな。
今回はきっちり、仕事はこなすさ」
「ははは、あれは相手が
遠目に見ても異常だった。
大丈夫だ、キミの強さは
この私が保証しよう」
根拠など無いが
自分と相手を鼓舞する言葉。
「そいつは百人力だな。
……んじゃ、合図したら
一気につっきれ!」
言うや否や砲塔から飛び出す。
目指すは侵入者の元。
残されたローラは
再び辛そうな表情を浮かべる。
「……今の体力で梯子を
駆け上がるのは難しいな。
これの使い時、ということだね」
胸元の転移石を見てニヤリとした。
カロンは一気に梯子を駆け上がる。
「……保証する、ね。
……期待には、応えなくちゃあな?」
上りきった所で会敵。
見慣れぬ民族衣装に狭い船内でも
取り回しやすい短槍。
キッチンから飛び出してきた先住民は
目の前の少女に一瞬驚く。
広いフロンティアに元々リットラはいない。
狭い塔の中に適応した種族だ。
先住民の目には幼い子供と映った。
「……ようこそ、グラフトへ。
いい船だろ?
……乗船料はあんたらの
悲鳴でいいぜ!」
一瞬の隙を逃すカロンではない。
刀を抜き放つ。
相手も手練のようだ。
ぎりぎりだが攻撃を躱す。
隙を逃すまいと急ぎ放った斬撃は
少々踏み込みが甘かったのだ。
この一撃で先住民はリットラという
種族のことを思い出した。
目の前の小人は幼児ではない。
「っく! この侵略者め!
乗船料金だと? ふざけるな!
ならば貴様たちは、
我らが父祖の大地を踏みしめるのに、
何かを支払った事があるのか!?」
怒りの声と共に繰り出される突き。
短槍とはいえ刀とは間合いが違う。
秋津州に伝わる諺にもある通り、
間合いの有利は技量差を覆し得る。
そしてもちろん、先住民の戦士は
戦いの素人などではない。
だが、カロンは攻撃をぎりぎりまで
引き付けて弾いてみせる。
「あいにく、
そんな金は持ち合わせてねえな。
そもそも大地を自分たちのものだ~、
なんて言う方が
おこがましいってやつじゃねえの?」
一気に懐に潜り込まれれば
間合いの有利は無くなる。
それどころか槍の長さは不利となり、
カロンの体の小ささが活かされた。
「遅えな。
少なくとも、あの妙な
ござる野郎程度には速くなくっちゃあ
オレとの勝負は難しいぜ?」
いつの間にか鞘へと戻っていた刀が
再度、狭い船内で閃く。
「痛いのはそっちの自業自得
ってことでよろしく!」
鞘に刃が収まる音と共に響く苦悶の声。
先住民の戦士の腹に鮮烈な打撃痕。
峰で打ち付けたようだ。
「死にゃあしないから安心しろよ~」
殺すつもりは無い。
カロンの意思の現れ。
先住民の背後にふわふわと飛ぶ
シチューの姿が見えた。
こんな状況でもいつもと変わらない。
「……今だぜ、一気に行け!!」
砲塔でこちらを伺っているであろう
ローラに声を掛ける。
「いか……せるか!」
先住民は空いた左手を素早く
自身の口元へ持っていき、
指笛を鳴らす。
カロンの後方、格納庫の方から
指笛が返される。
もうひとりの侵入者が呼応した。
「へえ?
走り回るのは面倒だと思ってたんだ。
そっちからきてくれるなら
ありがたいな!」
油断なく刀を構え、
迫る足音に耳を澄ます。
一方、声を掛けられたローラは
まだ座り込んで体力を温存していた。
「梯子を駆け上がる元気が無いことを
伝える前に行ってしまったけれどね、
まぁ、察してくれるだろう」
よろよろと立ち上がりながら
胸元の青い石に右手を添える。
魔法の道具たる転移石。
「起きろ、汝の名はザカリオン……」
ローラの呟きの直後、
世界が悲鳴をあげる。
船内にいる者たちは、
たとえアンティークでなくとも
感じ取ることができただろう。
世界がへし折られる感覚を。
瞬間、砲室の風景は色を失い、
あらゆる音が消え去る。
ほんの刹那のことだが、
この狭い範囲に尋常ならざる力が働いた。
直後、砲室内にいたローラの姿は
影も残さず消えている。
機関室でも同じ現象が起きていた。
違いは、何も無かったはずの空間に
ローラが立っていたこと。
テレポート完了だ。
「成功……だね。よかった」
空間転移には座標ずれによる
大惨事が付き物だ。
熟練の魔法使いでも
その行使には慎重になる。
本来は代償も大きい。
これだけの魔法を使えば、
かなりの血を失う。
しかし、父祖伝来の転移石が
代償を肩代わりしてくれた。
ローラは赤色に変わった転移石を撫で、
パッチワークスエンジンに向き直る。
「ちょっとくらくらしているけれどね、
釜炊きぐらいはできるさ」
いびつで奇妙な手作りの機関の釜へと
燃素を放り込み始めた。
腹が減ったと、誰かの声を
幻聴するほど不機嫌だった機関が
再度勢いを取り戻す。
「これで、
後続を振り切ることはできるね……」
ふらふらとしながら作業を終えると、
座り込んで階下の音に耳を澄ます。
霊視は温存だ。
「少し休んでいても大丈夫だろう。
カロン君なら」
カロンは階下から伝わる奇妙な感覚が
頭上に移ったのを感じた。
その後すぐに船の速度が
上がったことを肌で感じる。
「……なるほど、魔法か。
あんな青い顔色でこんな大技、
大丈夫なのかね」
痛打を受けて数歩下がった敵から
目を逸らさずに手近な伝声管を確認する。
先ほどの一刀の衝撃で、
蓋が外れているのを幸いに叫ぶ。
『……ラニ、聞こえるな!
賊は二人、後続は来ない!
いいか、機関と操舵には
行かせるわけにいかねえ。
進路をふさげ!
……オレが行くまで、お前が船を守れ!』
叩きつけるような檄。
伝えられた少年はというと、
途方に暮れていた。
「……いや、だって僕は、
戦いなんて素人で」
頭上の階を誰かが走る音。
お前が船を守れという言葉が
脳裏を駆け巡る。
震える指で短刀の柄に手を掛けた。
「……人に刀なんて
向けたことなんてないのに」
そんな言い訳を独りごちるが、
カロンの言葉がぐるぐる回る。
気付けば勢い良く梯子を駆け上がっていた。
嬉しかったのだ。
グラフトの一員だと認められた。
足手まといのお荷物ではない。
頼られたのだ、あのカロンに。
胸の奥が熱くなってるのは、
気のせいではない。
認められたのなら、応えなくては。
少年は侵入者の前に立ち塞がっていた。
「ここから先には、行かせないですよ」
「ぬっ!」
先住民は思わず立ち止まった。
「……子供か。
見たところ、リットラでもあるまい。
どけ、子供を痛めつける趣味は無い」
「空には子供も大人も男も女も
関係ありません!
雑用係だってない。
ここにいる以上今の僕は
グラフトの戦闘員のひとりです!」
初めて会った日にルージュに言われた言葉を
思い出し、口から想いがほとばしる。
「こちらも時間が無い。
悪く思うなッ!」
先住民は槍の穂を逆に向け、
石突でラニの鳩尾を打ち据える。
咄嗟に短刀で防ごうとしたが、
柄ごと叩き込まれる。
走る激痛。
胃の中身すべてが
引っくり返ってしまったような
嫌な感覚が襲う。
声にならない声を発して転がされた。
痛みに何度か咳込んだものの、
多少は威力を殺せていた。
ふらりと立ち上がる。
そして、もう一度短刀を構え直す。
戦意は消えていない。
「大人しく寝ていれば良いものを!
ならば、これで終いだ!!」
顎を目掛け石突が跳ね上がる。
速い。
戦闘に慣れている者でなければ
見ることすら叶わない。
だが、ラニの視力は捉えていた。
相手の攻撃動作を。
攻撃の起点を。
視えたのは青い風の流れ。
風はラニの頬を撫で、
進むべき道を教えてくれる。
ラニには視えていた。生き残る道が。
風の流れに逆らわず、
進むべき道に飛び込む。
武器を繰り出す敵にも怯まず
攻撃に合わせるように進み
頭突きを顎にぶち当てた。
痛みが目の奥に火花を散らす。
だがその衝撃は先住民の戦士の方が
よほど大きい。
完全に仕留めるつもりの一撃を
思わぬ形で返されたのだ。
心理的衝撃すらある。
「勝負、終わってませんよね。
負けませんよ」
続く短刀の一撃を警戒して
背後に飛び退った先住民。
少年に、子供に一歩退かされた。
「失礼した」
脳を揺さぶられたことで
多少足がふらついたが、
再び槍を構える。
「お前もまた、戦士であったか」
石突ではなく穂先がラニに向けられた。
『おい、デカ女。
お前、何か感じ無かったですか?』
操舵室。
フワフワ浮かぶノアが
ルージュに語り掛ける。
「ローラの魔法のことか?」
この状況、
決して操舵輪を離すわけには行かない。
指を噛みつつ、伝声管からの
勝鬨をただただ待っていたところに
不意に問いかけられた言葉。
ルージュは上の空で応えた。
『……解らんのなら良いです。
なんなのです、あいつは。
胸が、ざわつきやがるのです』
後半は聞き取れないほど小さな独り言。
ルージュは舵輪を力強く握ると
ノアの方を振り返る。
「浮かない顔、してるな?
誰かの事が心配で堪らない。
そんな顔だ」
『は?
お前、頭沸いてんですか?』
「そうかそうか。
好きな子には乱暴したくなっちゃう
お年頃だったな?」
『お前、頭沸いてんですか?』
真顔で同じセリフを吐く。
『そういうんじゃねえです』
「……じゃぁなんだってんだ」
『……これは何です?』
ノアはすぐ傍らの椅子を指差した。
ニヤニヤと笑っていたルージュは
意味がわからず真顔になる。
「椅子だな」
『そう見えるなら
お前には解らねえです。
私とお前たちとじゃ、
見てる世界が違うんですよ』
不思議そうな顔で応え、笑う。
「……あの世とこの世。
そりゃ、違うだろうよ。
あいにく、あたしは生きているんでな。
幽霊とは違うのさ」
『はいはい、そうですね……ッ!?
こんな呑気な話
してる場合じゃねえです!
後ろ見ろ! 後ろ!』
突如狼狽するノアを見て
もはや楽しそうにすら見える様子で
窓を振り返る。
「次は何だ?」
一匹のひときわ大きなソラカジキが
速度を上げ、次々に他を振り切って
猛然と追い縋る。
「はっはー!!
えらく速いじゃねえか!
そんな急いで
どこ行こうっていうんだ!?」
バカでかい陽気な声。
スコンと勢い良く
グラフトに突き刺さるソラカジキ。
手近な窓からひとりの男が
船内に飛び込む。
運の悪いことに、
そこは機関室だった。
民族衣装ではなく一般的な服を着た男は
よろよろと立ち上がるローラを見て
嬉しそうな声を上げた。
「お、なんだよ、
べっぴんさんじゃねえの。
開拓民の女ってのは、
垢抜けてていいねぇ」
蒼白な顔のローラに
人懐っこい笑顔を向ける。
「おっと、そんなビビらねえでくれよ。
何も奴隷にして売っぱらおう
ってんじゃねえんだ。
俺たちは、奪われたものを
少しでも取り返せりゃ、それでいい。
つーわけで、投降してくれねえかな?」
「ははは、顔が青いのは
怯懦に駆られてのことではないよ」
会話のできる相手と見たローラは
余裕の表情という仮面を付け直す。
まずは時間稼ぎだ。
「投降、投降ね。
せっかくのお誘いだけれどもね。
この船の乗員は全員、
キミが思っているのとは
毛色が違うと思うよ?
狙う船を間違えたと、
すぐに後悔することになるさ、
ははははは」
ローラ自身はこの男に立ち向かうような
戦闘力を持ち合わせていない。
つまり虚勢だが堂に入っている。
男は「へえ」と感心したように言うと、
ペロリと渇いた唇を湿らせる。
「そりゃあ、楽しみだ。
開拓民の連中と来たら、
どいつもこいつも弱腰でいけねえ。
ちょっと戯れただけで、
腰抜かしやがる。
だけどよ。
今回は楽しめそうじゃねえの」
獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべ
男は腰から一本のナイフを抜き出す。
だが、余裕の表情が少しだけ崩れる。
「えらい身軽なのが居るな……」
階下から梯子を
駆け上る音を聞いたためだ。
「大人しくしててくれよ」
豹を思わせるしなやかな動きで
ローラに肉薄し、
ぬるりと容易く背後をとる。
そして、首元にナイフを当てた。
対応できなかったローラだが、
虚勢は崩れない。
「おお、まるで囚われの姫君だね。
どうだい?
絵になっているだろう?」
「ははっ、えらく余裕があるじゃねえか。
王子様を信頼してるみてえだ、
妬けちまうな」
目の前の先住民を牽制し、
カロンは手早く梯子を駆け上がった。
手痛い一撃を与えてある。
妨害はされないはずだ。
追ってきたとしても
二対一でもやりようはある。
まずはローラの安全の確保だ。
まさか速度を上げたグラフトに
もうひとり侵入してくるとは。
予想を上回られて舌打ちをする。
開きっぱなしの伝声管から
男とローラの会話が聞こえてくる。
手も足も出ないローラは機を窺っていた。
カロンは来るだろう。
うまいタイミングに暴れれば
多少は援護になるはずだ。
そんな腹積もりでいると、
予想通りにカロンは現れる。
「……悪い。遅くなった」
「お、あんたが噂の王子様――」
カロンの手は刀にしっかりと掛かっている。
今か、と体を動かそうとする寸前に
するりと拘束が解かれた。
「おいおいおいおい、
カロンじゃねえの!
久しぶ――」
無防備に両手を広げる襲撃者の顎目掛けて
カロンの刀が鞘走る。
峰がぶちあたり、鮮血が飛び散った。
「……お前何やってんの?」
緊張感の無いカロンの言葉は
男に向けて投げ掛けられたものだ。
「おや?
思っていた展開と違うのだけれども」
ローラは首をかしげる。
顎を抑えてゴロゴロと
床をのたうち回る男。
知り合いらしき者の顎をかち割って
悪びれもしないカロン。
「おら、血出したまま転がるな。
床が汚れるだろ」
カロンの気安い言葉に
ローラは警戒を解く。
「まぁ、いいか」
一方、男はなんとか立ち上がり、
血を流しながら恨みがましく言う。
「あり得ねえ……久々に再開した
幼馴染の顎を出会い頭にかち割って、
出るセリフがそれか?」
「ヒトの船に乗り込んできて
仲間に刃物突き付けてた野郎に
手加減する必要、あるか?」
「はは、違いねえや」
ジト目のカロンに笑って返す。
「まあ、なんだ。
元気そうで良かったよ、カロン」
「ま、お前もな。ダニー」
腰のポーチから応急手当キットを取り出し
自分の与えた怪我の治療を始める。
「んで、他の奴らもお前のお仲間?
修理費用と賠償について
話したいんだけど?」
「ああ、仲間だな。
そいや、襲撃の真っ最中だったわ」
沁みる消毒液から逃れるように
伝声管へと顔を近付けるダニー。
『襲撃止め止め!
昔の知り合いだわ!』
軽い調子で呼び掛けた。
「ふう、これで良し。
んで、なんだっけ? 賠償だっけ?
そりゃあ無理だ!
んなもん払えるんだったら、
こんなこたしてねえよ!」
豪快に笑う。
妙な事態に頭の追い付いたローラも
ノリで笑い出す。
カロンが冷めた目で一言。
「いやほんとに、
なんでこんなんなってんだお前」
答えを聞く前にローラに声を掛ける。
「んで、そっちも怪我とかはないな?
もしさせられてたら一応
幼馴染の責任として
こいつの首でもなんでも撥ねるケド?」
「首は勘弁してくれねえかな?」
ひとしきり笑い終えたローラが
いつもの調子で答える。
「いや、なかなか面白い
貴重な体験だったよ。
特に怪我も無い。
カロン君の友人だというのなら、
気にしないとも、私は」
「いやー!
話がわかるなべっぴんさん!」
馴れ馴れしく肩を抱くダニー。
顎から流れる血で服が汚れないよう、
ローラは密着された状態から
やんわりと手で押して抜け出した。
「まあ、詫びって訳じゃねえんだけど、
うち、寄ってくれよ、歓迎するぜ!」
カロンは溜め息をひとつつくと、
伝声管に向かって声を発した。
『……ってことらしいぜ? せんちょー』
『この緊張感。
どうしてくれるんだカロン』
疲れた声色で返ってきた。
『いやこいつが勝手に
バカやっただけだし。
まあ一応
顎はカチ割ってやったから!』
『あのー……』
おずおずとラニの声。
『伝声管から声が聞こえたら、
急に戦いが終わったんですけど。
これ、本当に戦い
終わりでいいんですよね……?』
『うむ、戦士よ、戦いは終わりだ。
宴の時間だぞ!』
ラニの困惑が伝わってくるようだ。
『ま、こいつはそういう
しょうもない嘘はつかねえよ。
そういう頭がないとも言う!』
『切り替え早すぎません!?
いや、カロンさんや船長、
ローラさんがいいならいいですけど!?』
殺し合いから突如として
和やかな雰囲気に切り替わったことに
どうしても慣れないラニの声。
ひとまず歓迎とやらを受けるか、
決定権は船長にある。
『……とにかくだ。
互いに命を取り合う事態にまで
ならなくて良かったな。
招待か。悪くない。
賠償として、ありったけの酒
飲んでやるよ』
ローラはこの時、
先住民の文化に対する興味が
むくむくと頭をもたげていた。
書物ではなく直接話を聞ける機会だ。
ここぞとばかりに食い付く。
『とはいえ、
困窮している様子じゃないか。
自分たちの飲む分ぐらい
出してもいいのではないかな?
こう、懐の広いところを
見せようじゃないか』
それを聞いてダニーは感激する。
『かー!
おいおい、聞いたかよカロン、
お前も見習えよ!
だけどな、べっぴんさん、
気にすることはねえよ。
困窮してるって言っても、
別に食うもんに困ってるとか、
そういう話でもねえんだ。
非常に不本意ながら、
俺も貴族の端くれなんでね、
酒ぐらいこっちで振る舞うさ』
いい酒出せよとカロンがニカッと笑う。
『カロンさんのお友達……
すごく太っ腹ですね!
なんか楽しそうですし、
ぜひ行きたいです!』
ラニもようやく雰囲気に飲まれてきた。
ローラは元より乗り気しかない。
『そういうことなら喜んで
招待を受けたいね、私は。
食事も話も良いものが得られそうだ』
ふと思案顔になるカロン。
「んで、招待とやらは
どこにしてくれるんだ?」
不思議そうに尋ねる。
「決まってんだろ?
我が家だよ」
こうして、グラフトは先住民の男
ダニーの案内でフロンティア底部に
隠された秘密ドックに入港する。
カロンの幼馴染みだというが、
一抹のキナ臭さが漂う。