沖田と一人の娘

 少女、菖蒲(あやめ)が登場。
 一つの墓石の前で、少女は屈んで両手を合わせる。

菖蒲   ……

 そんな少女の隣に土方歳三が酒を片手にやってくる。

菖蒲   あ……。おじさんは新撰組の……、確か土方さんって。
土方   お前は……、そうか。沖田が気にかけていた娘か。お前さんも来ていた    んだな。
菖蒲   はい。だって今日は沖田さんが亡くなって、もう一年だから。沖田さんは、最後まで本当に優しいお方でした。
今でもこうしてこの世にいないのが、嘘みたいに思えて……。
土方   だろうな。あいつはいつだって困っている奴を放っておけない、どうしようもない奴だ。きっとお前さんのことも、ただ目の前で困っていたから助けた。それだけなんだろうさ。
菖蒲   ……はい。でも私にとってはそれが、本当に嬉しかったんです。私、昔から男みたいに街で喧嘩して、それこそ同い歳の子や、私よりずっと年上の男の子とも何度も揉めちゃって。
     いつだって私は、全部一人でなんとかしようしていました。周りから女なのに乱暴だ、お淑(しと)やかじゃないって言われ続けていて。
     でも沖田さんは、そんなことなんて関係なしに助けてくれるんです。
土方   ふん。あいつらしいな。あいつは己の正義のためなら、危険を顧みず、褒美だって求めず、気がついたら身体が動いていた、なんて言い出すくらいにお人好し馬鹿って奴だ。
     でも、そんな総司だから、新撰組でも一番隊組長が務まったのかもしれないな。いずれは、俺の後釜だって、あいつに任せようと思っていたんだが――。

 土方、お参りを済ませて立ち上がる。

土方   そんじゃ、俺はそろそろ帰るとする。きっと総司もあの世で笑っているはずだ。今頃、団子でも食っているんじゃねえか。
菖蒲   フフ、そうかもしれないですね。

 土方、捌ける。
 菖蒲、再び墓石を眺める。

菖蒲   ねえ、沖田さん。私ね、最近、昔のことを思い出してたの。初めて沖田さんと出会った時のこと。沖田さんは覚えている?
     私は忘れないよ。ずっとずっと、どれだけ時間が経っても、あの日のことだけは絶対に忘れない。ううん、あの日だけじゃない。沖田さんとの思い出は、全部忘れない。沖田さんが、私を救ってくれた、変えてくれたから。

 *** 場面転換
 場所は稽古場。
 土方歳三、沖田総司が稽古で対峙している。平隊士が複数人、後ろで素振りや稽古中の声。
 睨み合う沖田と土方の傍らで、近藤勇が見守る。

土方   いくぞ、総司!
沖田   土方さんには、負けないですよ!

 二人の竹刀or木刀を交えながら、一度距離を作る。

沖田   流石、鬼の副長と呼ばれている土方さんは違いますね。(息を切らして)ですが、私もいつもまで負けてられません!
土方   フンッ、ぬかすな、総司! だが、もっとだ! もっと本気でかかってこい!
沖田   はぁぁああッ!

 再び、立ち回り。
 鍔迫り合い。睨み合いながら。

土方   いいぞ、確かにまた腕を上げたか、総司。
沖田   それはありがとうございます。最近はすこぶる調子がいいものでして。
土方   だからって誰も本気の稽古で笑っていいなんて言ってねえぞ!

 土方、沖田を力で押し返す。
 思わず尻もちをつく沖田。スッと首筋に突きつけられる剣先に、沖田は両手を上げる。

沖田   参りました……。
土方   まだ甘いんだよ、総司。お前の剣は、ぬるい。ぬるすぎる! そんなので一番隊組長なんて務まるもんだな。
     俺たち新撰組は、命張って闘ってんだ。もっと気を引き締めろ。

 隊士たちが出てくる。

土方   おい、お前らも呑気に剣を振ってんじゃねえ! もっと、真剣に、本気で、殺すつもりで斬れ!
     じゃなきゃ、殺されるのはお前らだぞ! 新選組は遊びじゃねえんだ!
隊士1  土方さん! こっちでも手合わせをお願いしますッ!
土方   おお、いい意気込みだ。いいだろう、だが俺は手加減はしねえぞ!
隊士1  はい!

 隊士たち、土方が去る。

沖田   はぁー。
近藤   相変わらず歳三は手加減がないな。
沖田   近藤さん。はい、でもそれが土方さんですから。あの鬼の副長がいるから、新選組も常に緊張感を持って任務に当たれる。
     新撰組は幕府にとって、国にとっての要ですから。あれくらいの熱意がないと、副長だって務まりませんよ。
近藤   そうだな。あいつの力は新撰組の中では大きい。隊士たちも、歳三の前では死に物狂いで稽古するからな。おかげで、ここ最近の隊士たちの実力も確かに伸びている。任務だってちゃんとこなせている。
沖田   あの人がいる限り、新撰組はもっと強くなりますよ。
近藤   ははは。だろうな、これはもっと先が楽しみだ。
沖田   近藤さん。あの、近藤さんは何のために、刀を抜くのですか? 何のために新撰組として闘うのですか?
近藤   どうした、いきなり。

 沖田、真剣な眼差しで近藤を見つめる。

沖田   ……。
近藤   そうさな。お国のためってのが俺の中での一番かな。新撰組はお国のために闘ってこそだ。その中で、歳三にせよ、平助にせよ、新八にせよ、各人の正義ってのがあるものだ。
     総司、お前は違うのか?
沖田   私は……。いえ、そうですね。私もお国のために、この刀を振るいます。その為の、この命ですから。

 沖田、立ち上がる。

沖田   では、私はここで失礼します。
近藤   ああ。

 沖田、捌ける。

近藤   俺も、他の隊士たちの様子を見てくるとするか。

 近藤、捌ける。
 ***
 入れ替わるように、菖蒲がやってくる。
 傷だらけで、少しよろけた足取り。

菖蒲   いてて……。でも、勝ったんだ! 小太郎を虐めた奴はこの私が懲らしめてやった!
     また小太郎を虐めたら、倍返しで懲らしめてやるんだから!

 会話をしながら女が二人歩いて登場。

女1   まぁ、見て見て。女の子なのに、あんなにボロボロですわ。顔にも傷がいっぱい。
女2   あら? あれって栄治(えいじ)さんところの娘じゃない。
女1   栄治さんって、あの絵描きの?
女2   そうよ。あそこの一人娘よ。名前は確か……菖蒲と言ったかしら。女の子なのにいっつも喧嘩ばかりするのよー。あれじゃ、もう女か男か分からないわね。
女1   うちの娘が、あんな風にならなくてよかったわ。

 菖蒲、女二人を睨みつける。

女1   い、いきましょ!
女2   そ、そうね。

 女二人が捌ける。

菖蒲   ちぇ~、なんだよ、どいつもこいつも! 私が女だからって! 女だから喧嘩しちゃダメなのかよ! 喧嘩が強ければ、小太郎や明彦(あきひこ)、梓(あずさ)、他の皆だって守れるってのに。

 暗い表情を浮かべながら、トボトボと歩く。
 そんな菖蒲に、二人の男が向かい側からやって来て、一人が菖蒲とぶつかる。ぶつかった菖 
 蒲の方が尻もちをつく。

男1   おお? なんだ?

 菖蒲、男二人を睨み付ける。

男2   あ、オイラ知ってるぜ! こいつ、ガキの間で強えって評判の絵描きの娘だ!
男1   ああ~、それなら俺も知ってるな。へえ~、こいつが男だろうがぶん殴るって言う女か。
菖蒲   なんだよ!
男1   いやいや、ぶつかってきたのはそっちだろうが。なのになんだ? その口の利き方と目はよ!
菖蒲   ……。
男1   知ってるぜ。確かお前の親父って、クソみたい絵描きなんだろ? いや最近じゃ、ろくに仕事もしないで、酒ばっか飲んでるって俺の親父も言ってたぞ。
男二人  ギャハハ!
菖蒲   お前らには関係ないだろ!

 菖蒲 二人の間に突っ込むが、男二人は避ける。

男2   うおっ、ホント犬みたいに噛みつこうとするな。女とは思えねえ。
男1   ああ、マジでこれじゃ、ただの獣だな。いいだろう、どうせ女じゃ何もできねえってことを教えてやるよ!

 男1が菖蒲の服を掴んで、そのまま力任せに投げ飛ばす。

菖蒲   キャッ!
男2   そういう時は、女みてえに鳴くんだな。
男1   まだだ。しっかりと、こいつには目上の礼儀ってのを叩き込んでやらねえとな!

 菖蒲を起き上がらせて、一発殴る。
 倒れる菖蒲だが、すぐに起き上がって男1に掴みかかる。

男1   チッ、なんて力だ、クソが! おい、こいつを引き剥がせ!
男2   ああ!

 男2が菖蒲を引き剥がし、その隙に男1が再び蹴りか殴りを腹部に一発打ち込む。
 菖蒲がその場に崩れるように倒れる。腹部を抱えて悶える。

菖蒲   ううぅ……ッ!
男1   はんっ、ガキが舐めた真似するから、こうなるんだよ!

 通りすがりの沖田がやってくる。

沖田   おい、そこで何をしている⁉
男2   ヤバい! 武士だ!
男1   チッ、運がよかったな。逃げるぞ!

 男二人が逃げて捌ける。

沖田   そこの君、無事かい?ケガは?
菖蒲   放って置いてくれ!

 菖蒲が暴れる。もしくは肩を握る沖田に素っ気ない態度をとる。

沖田   そうはいかないよ。いいから、ちゃんと傷口を見せなさい。
菖蒲   ……。
沖田   これは酷い……。あの二人が殴ったのか?
菖蒲   あいつらくらい私一人でどうにかできた。
沖田   ……。でも君は女の子だろう? 女の子は、そんな乱暴に拳を振るうものじゃないよ。
菖蒲   お前もか……。お侍さんも、私にそう言うのか。
沖田   ん?
菖蒲   みんな……そう言うんだ。女だから、子供だからって。そんなにおかしいのか? 私は、大切なものを守るために喧嘩するんだ! 誰も守っちゃくれないから私が闘うんだ!
沖田   ……!
沖田   だからって、喧嘩は良くない。君の名前は?
菖蒲   ……菖蒲。
沖田   そうか、菖蒲ちゃんか。菖蒲ちゃんは、この辺りの子?
菖蒲   (コクッと頷く)
沖田   ひとまず、傷の手当てをしよう。血も出てる。このままじゃ、酷くなっちゃうよ。私の恩師の家が近くにあるんです。そこに行きましょう。

 沖田が菖蒲を抱える。
 二人が捌ける。

 ***
 近藤勇とつねが登場。

近藤   はぁ……、つね、ご苦労だったな。
つね   いいえ、傷も大したことがなくて良かったです。急に沖田さんがやってきたんですから、びっくりしましたよ。
近藤   ああ、ったく、とことん総司は人を見捨てておけない奴よ。
つね   でも、そこが沖田さんらしいところではありませんか。今だって、ずっとあの子の側にいてあげているんですから。
近藤   ふん、そうだな。

 沖田がやってくる。

近藤   おお、総司。あの子はどうだ?
沖田   はい、今はゆっくりと休んでいます。いきなりすみませんでした。本当に助かりました。
つね   いいいんですよ。困った時はお互い様ですから。それで、あの子って……もしかして……。
近藤   なんだ、つね。知っているのか?
つね   はい。あの子、この辺りじゃ、時々耳にするんですよ。ほら、あなた、栄治さんって絵描きさんがいらっしゃるでしょう?
近藤   ああ。
つね   あそこの一人娘なんですよ。でも、あまりいい噂聞きませんね。
沖田   と言うと?
つね   何でも栄治さん、最近じゃ絵を描いていないらしいの。それどころか、お金使いが荒くて、毎日のように酒を買い込んで、さらには毎晩、賭博にも行っているって聞いたわ。
近藤   うーん。だが、そういう家だって決して珍しくない。
つね   それにあの菖蒲ちゃんも、この辺りじゃよくケンカばかりして、顔に痣(あざ)や擦り傷を作って帰ってくるのを見かけるわ。
沖田   そうなんですね。……いや、菖蒲ちゃんが言っていたんです。私は、大切なものを守るために喧嘩するんだ! 誰も守っちゃくれないから私が闘うんだ!って。
近藤   子供が大層なことを言うじゃないか。
沖田   それって、正しいんですかね?
近藤   どういうことだ?
沖田   あの子にとって、喧嘩をすることが己を守ることであり、正義を貫くことなんだと思います。それは、形は違えど私たちが刀を抜き、人に向けて振るうことと同じです。
近藤   全然違うだろ。我々には大義がある。責任がある。この手で、そのお前の手で斬った命を軽く見るんじゃない。総司、お前はこれまで何人斬った? 何度、その刃を人に向けた?
     俺たちは、時には人の命を奪う。だが、それはこの国をより良くするための正義だ。正義のために斬った命を、子供の喧嘩と一緒にするんじゃない。
沖田   はい、すみません……。

 つねと近藤が顔を見合わせる。

近藤   まぁ、いい。しばらくは好きにゆっくりとしていけ。
沖田   はい。ありがとうございます。

 近藤とつねが捌ける。
 一人でいる沖田のところに、菖蒲がやってくる。

沖田   あ、起きちゃいましたか。もしかして、さっきの話も聞いていましたか?
菖蒲   (小さく頷く)
菖蒲   えっと、お前って、新撰組の沖田総司って言うの? それなら私、少しだけ知ってる。
沖田   そうですか。でも、改めて自己紹介しますね。新撰組で一番隊組長をやっている沖田総司というものです。
菖蒲   新撰組って強いんでしょ。悪い人たちを倒すんでしょ。
沖田   簡単に言うと、そうですね。
菖蒲   じゃあ、私も強くして! 私、強くなりたいの!
沖田   どうして強くなりたいんですか?
菖蒲   私がみんなを守らないといけないの。みんな弱いから、すぐに隣町の子に虐められる。だから私が代わりにみんなを守るの。
     私は女だけど、でも一人で何でもできるもん!
沖田   菖蒲ちゃんがこんなに頑張っているのをご両親は知っているの?
菖蒲   父ちゃんは、ダメ。いっつも家では寝てるか、お酒飲んでるかで、夜になったら気づいたら出かけてる。だから私がしっかりしなくちゃいけないの。
沖田   でも、喧嘩は良くありませんよ。ほら、だって君のこんなにも可愛らしい顔に傷がついちゃうじゃないですか。
菖蒲   うるさい! 私なんか……可愛くないもん。
沖田   いいえ、可愛いですよ。きっと将来は美しい女性になれます。だから今のうちに顔に傷を作るのは良くありません。

 菖蒲、沖田から目を逸らし、そっぽを向く。

沖田   そうだ、何かあったら私を頼ってください。私が助けに行きますよ。
菖蒲   ふん、お侍さんの手なんかいらないもん!
沖田   君は、随分と強く生きることに慣れてしまったんですね。
沖田   ……。
菖蒲   ん? お侍さん?
沖田   いいえ、何でもありません。そうだ、今度一緒に出かけませんか?
菖蒲   え?
沖田   私が、菖蒲ちゃんがちゃんと女の子ってことを教えてあげますよ。
菖蒲   か、からかうんじゃない! ふん! 私もう帰る!
沖田   あ、待ってください。送りますよ!

 菖蒲が捌け、それを追いかけて沖田も捌ける。
 ***
 慌てた様子で永倉新八と藤堂平助が登場。

二人   息を切らす。

 近藤が登場。

近藤   どうした? 何かあったのか?
永倉   近藤さん! それが大変なんです!
藤堂   僕たちの隊で、攘夷派志士の数名を確保に成功。その尋問の中で、今度、京にて攘夷派による集会があるという情報が出ました!
近藤   なんだと⁉
永倉   それも数は二十数名ほど。これは新撰組として、打って出る好機です!
近藤   ふむ。そうか……。永倉新八、藤堂平助、二人ともよく知らせてくれた。そのまま攘夷派の動きに注意しておけ。
二人   はっ!

 二人が捌ける。

近藤   いよいよ攘夷派も尻尾を出したか。

 近藤も捌ける。
 ***
 菖蒲の自宅。栄治が既に寄った様子で登場し、外へと出ようとする。
 そこに菖蒲が自宅に帰ってくる。

菖蒲   ただいま、父ちゃん。
栄治   なんだ、菖蒲か。どけっ! 邪魔だ!

 菖蒲を無理やり退かす。
 バランスを崩して転倒するが、気にせずに栄治へ振り返る。

菖蒲   父ちゃん、どこ行くの? また――。
栄治   うるせえ! 俺がどこ行こうが、お前には関係ねえだろうが! 菖蒲は好きに飯でも食って寝てろ!

 荒ぶった様子で捌ける。そんな栄治を眺めながら、菖蒲は悲しげな表情を浮かべる。

菖蒲   ……。

 そのまま反対側に菖蒲も捌ける。
 ***
 沖田が登場して、一人待つ。

沖田   ……。

 菖蒲がやってくる。

沖田   あ、菖蒲ちゃん、こんにちは。
菖蒲   ……。
沖田   あれ? なんか傷が増えていませんか?
菖蒲   ううん、何でもないから! ほら、今日は街に連れてってくれるんでしょ! 沖田さん。
沖田   (微笑)そうです。じゃ、さっそく行きましょう。

 二人のデートシーン。BGM流して口パク芝居。
尺調整。
デート終了後。

菖蒲   ああ~、こんな風に街で遊んだの初めてかも。疲れた~!
沖田   楽しんでもらえてよかったです。私も久しぶりに羽を伸ばせて、いい気分転換になりました。
沖田   そうだ。これを、菖蒲ちゃんに。
菖蒲   え?
沖田   実はこっそり買っておいたんですよ。喜んでくれるかなって。

 沖田は菖蒲に髪飾りを手渡す。

菖蒲   これ……すごく綺麗。でも、私なんかじゃ似合わないよ。
沖田   私は菖蒲ちゃんに合うと思って選んだんですよ。ほら、騙されたと思ってつけてみてください。

 沖田が菖蒲の髪に髪飾りをさす。
 そして手鏡で見せる。

沖田   ほら、やっぱりよく似合っていますよ。
菖蒲   ほんとに、いいの? 私なんかが貰っちゃって。
沖田   菖蒲ちゃんだから、貰ってほしいんです。菖蒲ちゃんは、もっと自分を大切にしてほしい。確かに、大切な仲間を、友達を守ることは大事なことですし、難しいことです。でも、それを菖蒲ちゃんが一人で背負うことはないんですよ。
菖蒲   でも……。
沖田   困った時には大人がいます。ご両親にも言い辛かったら、私がいます。この新撰組の沖田総司が。
     私が来れば、どんな悪い人でも退治してみせますよ。
     だから、もっと自分を大切にしてください。菖蒲ちゃんが強くあろうとすることは悪いことじゃありません。でも強くあることと、暴力を振るうことは違います。菖蒲ちゃんには、強く女の子として生きてほしいのです。
菖蒲   沖田さん……。私ね、ずっと男に生まれたかったの。男だったら、こんな風にいろいろ考えなくてもいいのかなって。喧嘩してても、お行儀が悪くても、怒られるだけで済むのかなって。父ちゃんも……もっと私のことを見てくれるのかなって……。

 沖田、僅かに胸を抑えて、苦しげな表情を浮かべる。
 だが、我慢しながら顔を上げる。

沖田   人は誰しもが皆、平等ではありません。暮らしに不自由ない人がいれば、貧しい人もいる。侍でも、稽古を続けても弱い人がいれば強い人がいる。それがこの世の作りです。確かに菖蒲ちゃんは、恵まれた方ではなかったのかもしれない。環境が人よりも違ったのかもしれない。でも、それを言い訳にしてはいけないんです。
菖蒲   言い訳……。
沖田   はい。もっと自分に素直に、我儘になっていいんですよ。可愛いものが欲しい、美味しいものが食べたい、それは菖蒲ちゃんが持ってもいい願いです。
菖蒲   沖田、さん……(嗚咽)

 菖蒲が泣き、沖田がそっと抱きしめる。沖田の胸の中で、嗚咽を洩らす。
 暗転で場面転換。
 ***

菖蒲   そうして、時間は流れていき、私は次第に喧嘩をすることも止め、言葉遣いも直して、少しでも女の子として生きてみようと思えるようになった。
     お洒落なんてよく分からないけど、周りの女の子や女性を見て、こんな着物が欲しいなとか、この人のお化粧綺麗だなとか、そんなことも考えるようになった。
     今までだったら、絶対に考えなかったこと。絶対にできなかったことだから。

 菖蒲が現れる。

菖蒲   あのー。すみません。

 つねがやってくる。

つね   はい。って、あら、菖蒲ちゃん? どうしたの?
菖蒲   沖田さんは、どこにいますか? 家に行ってもいなかったから……。
つね   あら、聞いていない? 新撰組のみなさんは、京の池田屋に行っているのよ。帰ってくるのは、もう少し先になるかもしれないわね。
菖蒲   そう……。ありがとう。

 つねが先に捌け、菖蒲が帰るようにして捌ける。
 ***

攘夷派1 さぁ、まずは飲もうではないか!
攘夷派2 ああ、幕府もここで集まることは掴んでいないはずだ。
攘夷派  しかし幕府の警戒も強くなって、俺らもさらに動きづらくなってきたが。
攘夷派  分かっている。だから、こうして場を設けているんじゃないか。ここには二十人もの同志が集(つど)っている。

 上手か下手端に、近藤、沖田、永倉、藤堂、土方が集まる。

近藤   ここからは隊を組み、別れて行動する。総司、新八、平助、お前らは近藤隊として、俺について来い。
三人   はい。

近藤   歳三、お前は斎藤たちを引き連れて、この池田屋の出入り口を見張れ。一切の侵入と脱出を許すな。
土方   分かった。

土方、捌ける。

近藤   俺たちも突入するぞ!

 近藤、沖田、永倉、藤堂、捌ける。

攘夷派  敵襲だ! 敵襲!
攘夷派1 誰だ⁉
攘夷派  し、新撰組の奴らだぁぁああ!

 近藤隊、全員が突入。
 攘夷派志士の混乱により場が乱れる。

近藤   新撰組だー! 大人しくしろ!
攘夷派1 チッ! くそ、どうして新撰組がこんなところに……!
お前ら、ここで全員斬り殺せ!

 攘夷派志士、全員が抜刀。
 二人を残して、一度捌ける。

近藤   総司、新八、平助、あいつらを追え! 絶対に逃がすな!

三人   はい!

 逃げた志士を追いかけて三人も捌ける。
 近藤と攘夷派志士二人の闘い。

攘夷派  あっちは一人だ! 二人で仕留めるぞ!
攘夷派  おう!
近藤   新撰組局長を嘗めるな!

 一対二の殺陣。
 尺も計算して手数を調整し、闘って攘夷派二人が捌ける。

近藤   ふぅ、早くあいつらを追いかけないとな。

 近藤も捌ける。
 同時に反対側から攘夷派二〜三人が逃げてくる。それを沖田と藤堂が追って登場。

沖田   待て! いい加減、観念するんだ!
攘夷派  クソ! ここでやるしかない!
攘夷派  しかも一人はチビじゃねえか。
藤堂   おい、それは僕のことか? ならば、許さん! 先に仏の顔を拝ませてやる!
沖田   ちょっと藤堂! もう仕方ないですね!

 藤堂、先陣切って斬り込む。沖田も参戦。
 一対一、一対一〜二の殺陣。

 そして攘夷派志士の増援。

沖田   ク……ッ! さらに仲間です!
藤堂   チビだと笑った奴は許さん!

 さらに数手殺陣。藤堂が斬られて、負傷する。

藤堂   グハァッ!
沖田   藤堂! 大丈夫ですか⁉
藤堂   畜生がぁ……ッ! こんなところで不覚を取るとは……!

藤堂を庇いながらも闘う沖田。だが追い込まれていく。

永倉   ごめん、待たせた!

 永倉、登場。

沖田   永倉さん! 藤堂が!
永倉   平助⁉︎ まだ死ぬんじゃねえぞ! 総司、平助を守ってな!

 永倉、攘夷派志士と戦闘。
 永倉が二人ほど斬り倒す。だが連戦で疲れを見せながらも永倉は刀を振るう。
 一度、態勢を崩される永倉。そこに沖田も助太刀する。

永倉   総司、すまねえ。助かった!
沖田   いいえ、ここは私も……グッ!

 沖田、胸を抑えて、崩れ倒れる。苦しく、悶える。

永倉   総司! どうしたんだ! 総司!

 心配する永倉に攘夷派志士が斬りかかる。
 二、三手くらいで永倉、手を斬られ負傷する。

永倉   クソッ! 指が持っていかれた……ッ!

 一度刀を落とすが、痛みに耐えながらも、再び拾い、構える。
 沖田を庇うようにして、再び攘夷派志士の剣撃を防ぐ。

永倉   俺は負けねえ! 誰も殺させねえ!

 永倉、攘夷派志士を一人斬る。
 沖田、苦しみながらも刀を構える。
 そして近藤も合流する。

近藤   お前ら、よく持ち堪えた!

 近藤、残りの攘夷派志士を斬り倒す。

近藤   新八、平助を連れていけ! 俺は総司を連れていく!
永倉   はい!

 永倉と藤堂、捌ける。

近藤   総司、お前も早く……⁉

 近藤が沖田の吐血に気づく。

近藤   お前……血が。
沖田   近藤さん……。私――。
近藤   いつからだ! いつからそんな病気を抱えてたんだ!
沖田   心配しないでください……。私は大丈夫ですから。
近藤   大丈夫なわけあるか! そんな体で、なんで……!
沖田   これが私の責任だからです。この手で私は数えきれないほどの人を斬ってきた。それが強さであると、正義あると信じて進んできました。
     でも菖蒲ちゃんに出会って、あの子もまた自分なりに強くあろうとしていた。形ややり方は間違っていても、あの子なりの正義が確かにあった。私は、それに負けてはいけないと思ったんです。
     だから、負けません! 必ず、生きて……帰るんです!
近藤   総司……。分かった、帰るぞ。きっと、あの子もお前の帰りを待っているはずだ。

 近藤が沖田に肩を貸しながら二人とも捌ける。
 ***
 近藤宅。
 暗転から、沖田が横になっている。
 そこに菖蒲がやってくる。

菖蒲   沖田さん!
沖田   あ、菖蒲ちゃん。元気そうですね。
菖蒲   沖田さんは、元気じゃない! なんで……、病気なの?
沖田   はい。でも、安心してください。これぐらいすぐに治して見せますよ。
菖蒲   治して。治してまた、私を街まで連れて行ってよ。また一緒に出掛けようよ。
沖田   ふふ、ちゃんと我儘が言えるようになりましたね。それに顔にも傷一つなくなっている。
菖蒲   だって、沖田さんのせいだよ。こんな女の子として生きてこなかった私に、初めて女の子として接してくれた。可愛いって言ってくれた。だから、私もっと、沖田さんに褒められたくて――。もっと女の子として見られたくて――。
沖田   じゃあ、もう大丈夫ですね。私がいなくても、菖蒲ちゃんはもう強い女性として生きていけます。
菖蒲   ダメだよ! 沖田さんがいないと……。いつだって頼っていいって言ったじゃん!沖田さんじゃなきゃ、嫌だもん!
沖田   ……。
菖蒲   ずっと一緒にいてよ……。
沖田   ……ごめんなさい。ずっとは――。
菖蒲   もう知らないッ!

 菖蒲が駆けて捌ける。ちょうど入れ替わるようにつねが登場。

つね   あら? 菖蒲ちゃん?
沖田   つねさん。申し訳ありません。ご迷惑をおかけして。
つね   何言ってるのよ。私にとっても、旦那にとっても沖田さんは大切な仲間であり、家族のようなものなんですよ。
沖田   家族……。ああ、やっぱり私はとても恵まれていたんですね。
つね   え……?
沖田   いいえ。何でもありません。
沖田   すみません、近藤さんを呼んでもらえませんか? あと、土方さんも。
つね   ええ、少し待っててね。

 つねが捌ける。
 ***
 近藤と土方がやってくる。

土方   ふん、まだくたばってるのか?
沖田   土方さん、すみません。
土方   謝るな !謝るんじゃねえ! てめえの身体のことは、分かってるつもりだ。だから、謝るんじゃねえよ!

 土方の握る拳が震える。

近藤   歳三……。
土方   俺は、まだお前を認めてねえんだ! ここで、くたっばったら一番隊は誰が引っ張るんだ? 一番隊の沖田総司で恐れられたお前の代わりなんて、誰もいねえんだぞ!
沖田   ……はい。
土方   お前はもっと……もっと、強くなるはずなんだ。(涙堪える)
沖田   ありがとうございます、土方さん。

 土方の肩に近藤の手が置かれる。そして沖田の視線は土方から近藤へと移る。

沖田   近藤さん、なんかいつも迷惑ばかりかけてますね、私……。
近藤   ああ、昔から総司も歳三も剣のことばかり、自分の正義のことばかりでよく喧嘩もしていた。だがな、あの時間があったから、お前はここにいるんだ。新撰組の仲間として、家族として、ここにいるんだ。
沖田   ……。
近藤   ほんと、二人とも剣の才能はあったし、考え方は違ってもちゃんとそれぞれの正義を持っていた。例え、身体が動かなくても、任務に参加できなくても……総司、お前は新撰組だ。まだ、これからもずっと新撰組の一番隊組長だ。
沖田   ありがとうございます……。最後に、一つだけお願いしてもいいですか? 菖蒲ちゃんのことを、少しだけでいいので、気にかけてもらえませんか?
近藤   ああ、約束しよう。な、歳三。
土方   ふん!
近藤   じゃあ、ゆっくりと休め。総司。

 二人が捌ける。
 沖田、ふらりとした様子で起き上がる。

沖田   私は、誰かを救えたでしょうか? 誰かを斬った分、誰かを救うことはできたでしょうか?
     いくら正義のためとは言え、多くの命を奪った私はきっと地獄に落ちるでしょう。それでも笑顔の人が増えてくれれば、それで……。
     ああ、けど、もう少しだけ……ほんの少しだけでいいから……あの子の、菖蒲ちゃんの顔を見たかっ……。

 沖田、力なくその場に倒れる。
 反対側から菖蒲が現れる。

菖蒲   沖田、さん……? ねえ、沖田さん! 沖田さんッ!

 揺さぶるが、沖田に反応はない。

菖蒲   うわぁぁぁぁぁああああああんッ!

 暗転。
 菖蒲一人。
 再びお墓参りのシーンに戻る。手を合わせる菖蒲。

菖蒲   沖田さん。また来るね。

 反対側から土方、近藤、つね。

土方   いつまで拝んでいるんだ? 置いていくぞ。
近藤   お前は少し子供に優しくする態度を覚えないとな。
つね   菖蒲ちゃん、行きましょ。
菖蒲   うん!

 笑み浮かべて元気よく三人の元に駆け寄り一緒に捌ける。
 終わり。

いいなと思ったら応援しよう!