ミレニアム・ファルコンに関する2,3の考察
以前、スター・ウォーズファンの方と「ミレニアム・ファルコンが貨物船であり、前方にコンテナを連結できる」という設定について議論になりました。
私は「ファンアートであり非公式」という認識だったのですが、調べてみたところ公式であるという事が判り、誤りを認めたということがありました。
ただ、それでも私がファンアートと考えていた根拠となる「コンテナ船を連結したファルコンのスケッチ」をむかしSNSで見かけたとき、それはファンが考えたものであるというコメントが添えられていたような記憶があったので釈然とせず、事実関係について調べてみました。ここで紹介するのはその記録です。
海賊船としてのミレニアム・ファルコン
そもそもミレニアム・ファルコンはどういう船なのでしょうか。
ジョージ・ルーカスの初期草稿で相当する船はもともと海賊ジャバ(の原形キャラ)の海賊船で、手下だったハン・ソロが奪って使うというものでした。
1974年末ごろにはコリン・キャントウェルが海賊船の原型を制作。
翌年、原型を参考にラルフ・マクォーリーが「オルデランのドッキングベイに駐機する海賊船」のコンセプトアートを制作。
1976年の改定版第4稿ではハン・ソロが海賊の手下から密輸業者に変更されます。
「ケッセル・ランを12パーセク」「高速船」「ファルコン号」といったお馴染みのワードはこの時点で登場しています。
同時期にルーカスがデザイン変更の要請を出して、旧デザインは後にオルデランの外航船(ブロッケードランナー、あるいはタナヴィーIV)とされました。ここまではファンの間でもよく知られたお話です。
ピザとハンバーガーと空飛ぶ円盤
かくしてミレニアム・ファルコンのデザインは、ラルフ・マクォーリーとジョー・ジョンストンらによって変更され、ジョー・ジョンストンを含むスティーブ・ゴーリーら11人のクリエイターがモデルを造形しました。
よく「ファルコンはルーカスがピザ/ハンバーガーから思いついた」という逸話を聞きます。確かに2004年のスター・ウォーズ展の図録には「UFO+ハンバーガー?」というタイトルで「ルーカスがILMのチームと一緒にピザを食べている時に思いついた」という紹介記事があります。
一方、2006年のインタビューではルーカス自身が以下のように述べています。
初期案はスペース1999のイーグル号に似すぎており、個性的なものを求めた。
制作中にロンドン(のスタジオ)から戻る時にハンバーガー型を思いついた。
空飛ぶ円盤ではなく放射状の形にしたいと考えた。
しかし、ルーカスフィルムのメイキング本著者フィル・ショスタクによればルーカスの発言は記憶違いもあり、以下の事柄が事実であるとしています。
スペース1999のイーグル号に似たためリテイクとなったのは事実。
空飛ぶ円盤の要素が含まれるだろうとルーカスが発言した。
(ジョー・ジョンストンの回想)ルーカスがラフスケッチ群から「円盤型船体」のデザインを選んだ。
(ジョー・ジョンストンの回想)
ラルフ・マクォーリーと共にデザインを担当したジョー・ジョンストン自身も「“ハンバーガーが由来”というのは都市伝説です」とFacebookでコメントしています。デザイナーである彼の証言が事実であれば、ミレニアム・ファルコンのデザイン構築にはピザもハンバーガーも直接関係ないという事になります。
追記:(2022/07/28)
ディズニープラスで配信開始したILMの歴史を紹介する番組「ライト&マジック」にてジョー・ジョンストン自身がその由来を語っています!(追記ここまで)
こちらのスレッドは他にも怪しい伝説のトピックが紹介されています。
ハンバーガーは一体どこから
ハンバーガー(やピザ)というワードが一体どこから沸いてでてきたのでしょう。
ファルコン号のデザインが変更になる前後のストーリーボードには旧デザインの絵に対して「『ハンバーガーのオバケ』でやり直し」と追記されたものがあります。
その船体構造からスタッフの間でハンバーガーの隠語で呼ばれていたのかもしれません。デザイン変更後のストーリーボードにもハンバーガーの絵を上書きされたものもあり、そうしたおふざけが都市伝説に変化していった可能性はあります。
ミレニアム・ファルコンの設定の変遷
映画の脚本上の情報としては「ハン・ソロが『スパイス(麻薬)の密輸』に使った特別な改造を加えた銀河最速の船」というだけでした。
90年代の設定では「改造されたコレリアン・エンジニアリング製のYT-1300型軽輸送船であり、内装も密輸用に改装されている」など様々な情報が追加されました。しかし、基本的には密輸用のボートやトラックを置き換えたものであり、大量の貨物を運ぶ船というイメージではありませんでした。
2011年にHaynes社から出版された「YT-1300 Millennium Falcon Owners' Workshop Manual」(翻訳版「スター・ウォーズ:ミレニアム・ファルコン メカニック・マニュアル」)では貨物船(Freighter)の特性が強化されました。それでも、貨物は船内に積載するという形でした。
ところが、2018年の改定版(翻訳版「YT-1300ミレニアム・ファルコン オーナーズ・ワークショップ・マニュアル」)で初めて、冒頭に挙げたコンテナを接続するプッシュ式貨物船の設定が用いられます。
このアイデアを考案したのはフリーランスのコンセプトアーティストであるジェフ・カーライルです。彼自身が2018年版の「〜Owners' Workshop Manual」出版に際してFacebookで以下のコメントをしています。
彼のスケッチにあるサインの下の「1997」の数字は、彼が高校生の時だった年を示すものでしょう。夢のあるお話です。
私がSNSで見た当時のスケッチはまだファンアートだったはずで、私の知らないところで公式化されていたというのが顛末です。私はファルコンよりXウイングが大好きなので、この本については購入を見送っていました。
なお、ジェフ・カーライルはYT-1760 小型輸送船というコレリアンシップを独自にデザインしていて、そちらもレジェンズおよび正史に採用されており、「〜Owners' Workshop Manual」にも記事の掲載があります。元々は「Star Wars Gamer」というゲーム誌の「A Legacy of Starships」という記事の為にカーライルが描きおろしたイラストでした。
2018年版の「〜Owners' Workshop Manual」によってミレニアム・ファルコンのインターモーダル輸送船としての側面が大きくなった事については、これは憶測ですが同書がディズニーに権利譲渡された後の書籍である事を考えても、主役級の宇宙船にまつわる「麻薬の密輸に使われた船」というダーティなイメージを薄めたい意向もあったのかもしれません。
今年は奴隷を意味する「スレーブ1」の二次商品名が「ボバ・フェットの船」とされて物議を醸した事も記憶に新しいですが、本来スター・ウォーズが持っていたバイオレンスな表現や裏社会の要素が削られていくのなら残念に感じます。(それだけにドラマ「ボバ・フェット」では裏社会をどう描くのかも注目です。)
スター・ウォーズの怪しい伝説
今回紹介した「ファルコンのデザインはピザが元になっている」以外にも「ジェダイは時代劇から(根拠なし)」「新たなる希望は「隠し砦の三悪人」に大きく影響を受けている(影響を与えたものの一つにすぎない)」「クワイ=ガン・ジンは開眼人(根拠なし)」「ベイダーのヘルメットは伊達政宗の兜から」「三船敏郎にダース・ベイダー役のオファーがあった(正しくはオビ=ワン役)」など事実の歪曲や、誰かの憶測・根拠のないこじつけ話は多いので、正しく知りたい方はぜひ公式か公式に近い情報源を参考にしましょう。メイキング本の著者のSNSアカウントをフォローするのもお薦めです。
今回の記事で映画の初期稿に関して情報を参照した書籍はこちらです。