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香川のうどん、静岡のハンバーグ#3



6時間眠った後部座席のシートが
汗でビショビショに湿っていて
目が覚めたはいいが
ここがどこなのかも
今が何時なのかもわからない
だいたいいつもそうだ
免許を持たない俺は
長時間運転の車に乗ってしまえば
ただの歯軋りを奏でるマシンになる

車は、神戸から淡路島に渡る
明石海峡大橋で一旦停車したようで
よく晴れ渡った神戸の空に
海辺の街が緑を加えて良い気持ちで広がっている
PAにはやたらでかい観覧車立っていて
乗ってみようかと思ったが
利用開始時間は9:30、時刻は8:50で
これに乗るとだいぶ時間のロスがあるため断念した
いつもの2人はいつものように意気揚々と
空と海を見て大声を上げる、俺も同じだった
一つ違うのは
俺は起きたらすぐトイレに行かなければいけないということだ
俺のお腹は待ってくれない
お前らが待つべきなのだ
運転での疲れなんてものは
もう何年も日本全国を車で移動してきた2人にとっては
へっちゃらなのかと思う
おそらくそんなことはないはずだが
それをへっちゃらだと思わせてしまうくらい
俺のメンバーはエネルギッシュなのだ



四国、香川高松に向かっていたのは
DETOXのニューアルバムの
リリースツアーに帯同するためである
DETOXの2人とは
もうかれこれ7年ほど共に音楽を鳴らして酒を飲んできた
最低な夜も最高な夜も、意識朦朧とする朝も
幾度となく過ごしてきたが
今日もそんな日になるのだという確信は
きっとDETOXにもあっただろう
星が出ない夜だって
俺たちはきたねー花火を何度も打ち上げてきた
一緒に香川県に乗り込んだのは
俺たちだけではなく、ponkozzも一緒だった
この3人もまた、
様々な縁で結ばれた強烈で厄介なバンド
関東から総勢8名の馬鹿野郎と共に
香川の夜を変える

DETOXのライブ中、低音のキックで
楽屋が全壊してしまうのではないかと思うほど
揺れていたのを強烈に覚えている
揺れすぎて
爆発音のように部屋から軋む音が鳴っていた
地元のバンドやライブハウスの愛が
久しぶりに心に沁みた夜だった
旅は、この感覚が心地よい
旅をすると
信じられない数の初めましてに出会う
その瞬間だけなのかもしれないし
その後に縁が繋がっていくのかは
誰にもわからないが
人と人とが出会うことは
良くも悪くもやっぱり奇跡だ
本当に薄れゆく意識の中で
1人トボトボと誰もいない商店街を歩き
吉野家を目指した
吉野家でフィニッシュできたことで
四国の旅は俺の中でカチッという音が鳴るように完了した
昼にみなで食べた近所のうどん屋さんに
誰1人として納得していなかったことも含めて
また来たいと思える、温かい土地だった




静岡県に辿りついたのが奇跡といっていいほどの大宴会を、いつもの2人は難なく超えて
ライブハウス近くの銭湯まで辿り着いた
湯船に浸かってようやく体と頭の感覚が戻ってくる
銭湯で歯ブラシを20回くらい無くしているから
無くさないようといつも意識するが
湯船に入るとすっかり忘れてしまう
体が無防備になると、ガードが下がる
忘れ物も増える
それにも慣れて、最近はあまり忘れなくなった

ponkozzドラマーのトミーさんが主催のライブイベント"GoldYouth"の静岡編に出演するべく、
翌日は静岡磐田にやってきた
8月18日の太陽はまったくもって容赦ない
バンド数が多いのも手伝って
15時くらいから始まったイベントは灼熱の最中
エアコンもろくに冷えず
そこらじゅう汚れやほこりだらけのライブハウス
それがこの日のステージ
この汚いライブハウスに集う愛を求めて
静岡磐田FMステージにやってきた
愛を感じると
不恰好ささえ愛しく、渋くカッコよく感じる

どんな者だって
25分や30分そこそこのステージのために
生きているわけではないはずなのだ
人と人とのつながりや
暗く俯く夜を超えて逞しくなった心を見せ合うことも、音楽をやる"価値"なのだ
ただ、その全てを
25分や30分そこそこのステージに
全て込める、いや違うな
人生そのもの生きた全てが
25分や30分そこそこのステージから
滲み出し、放出される
音楽をやっているようで、人生を生き
歌っているようで、エネルギーを放出している
大袈裟に聞こえるならば
まだまだ俺の人生は薄っぺらいのだ
とびきり不器用な
ロックンロール、パンクロック、ハードコア
なんでもいいよ
みんな愛してるぜ

腕が上がる限り限界までビールを流し込み
いつのまにか気を失って
気づけば朝の8時に
BLUESPRINGなゆに叩き起こされた
同じく気絶していた一成と俺の足に
ハエが10匹ずつくらい群がっていた
死体だと思われていた可能性がある
ろくに挨拶もしないまま
車に乗ってライブハウスを飛び出す
もうこうなったら俺はお終いだ
テコでも起きない
俺よりもメンバー2人が知っている
そう何度もないだろう鮮やかな目覚めは
後から見たが、朝10時くらいだったかと思う

「火出てんじゃん!!」
火を見る前に車から飛び出ていた
火は、幸いにも出ていなかったが
代わりに濃厚な煙が、閉じたボンネットから立ち昇っている
また何かが始まろうとしていた
16歳から18歳までガソリンスタンドで働いていた俺に役に立てることは一つもなかった
一緒に東京に帰るなゆと
静岡に建てた一軒家まで送るために乗車していたイカスタンジャケットのみずきはぎこちなく笑っていた
全員がぎこちなく笑う以外に
静岡の道路のど真ん中で、やることはなかった
ただで終わるわけがない、俺たちの旅だ。

静岡のレッカー業者さん2人の作業はとても素早く優しく
車への愛と、車が故障してしまった者の途方もない不安をしっかりと抱きしめてくれる仕事ぶりだった。
車が機材もろともレッカーで運び出された後
身軽になった俺たちはみずきの車で
夢のマイホームにお邪魔し
前日時間がなくて諦めていたさわやかハンバーグへ行き
静岡駅近くの昭和から一切風体が変わってないであろう銭湯に入り
いつぶりかわからないほど久しぶりに新幹に乗り
新幹線乗り場の売店できなこ棒を買い
全部合わせてだいぶプラスな帰り道を過ごした
とてもポジティブな気持ちだ
旅には必ずトラブルが起きる
その瞬間はその瞬間でしかキャッチできないのだ
お釣りが来てもおかしくない旅だ
全てが良かったことだと思える
良かったと思えていないのは
車を貸してくれた、
BLUESPRINGのしゅん、ただ1人だけ
しゅん、本当にすまん、ハンバーグ美味しかったよ。
夏の珍道中はまだ続きそうだ



後日
貸してくれたしゅんの車は廃車になった
岡山の悪ガキS.peranzaが購入した車は
大阪の親友ROVINGGRANDPAへ渡り
東京のBLUESPRINGの元に辿り着き
俺たちAIRTONICがトドメを刺した
様々なドラマを見てきたであろうVOXYに
感謝致す




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