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最初で最期。

「お先に。」

降ってきた声に顔を挙げ、握った筈のリモコンを取り落とした。バスローブに濡れ髪で出てきた大人の破壊力がエグい。や、エロい。

「ぅあ…、無理、」

簾た前髪から覗く眼が瞬時にキツくなる。
立ち尽くす不機嫌の圧力に間違った言葉を投げつけたのだと慌てた。

「無理とは?君が今手にしている其れも」
「あ!こ、コレは、違うんです」

とても散らかっていたから片付けようとして。と、物色していた番組表をかき集めたその頂点から一枚摘み上げられた紙面には、どう見ても下着のサイズが豊満なボディに合っていないお姉様の発情メス猫ポーズが腰をくねらせていた。

「興味がある年頃なのは理解出来ますが」
「風呂行って来ます!」

やたら甘い香りの充満するバスルームに駆け込んで鍵をかけ、まだバーストする胸を必死で宥め下ろした。

「あーもぉー、いよいよヤベぇ」

無理なのは、受け入れ難い訳じゃ無い。
情報過多なのだ。それも全部、豪速球過ぎて避けようが無い。
「七海建人」が心中を占める割合が加速するのを昨今どうしようもなく感じながら止められない。最初から、特別だったのかもしれない。最初から彼だけは、鉢植えに分けて持ち帰ってしまった花のように、個別に愛着し過ぎてしまった。芽吹いた感情に薄々気づきながら放置してしまえるのは「形にはならないから」という諦めが常に、己に付き纏うからだ。
最期まで、独り胸に抱いて育てるのは自由という自己責任にすり替えてしまえば扱える、そんな可愛らしい大きさのモノだと思っていたのに…

湿り気をおびて深く開いた胸に、見知らぬ風貌を晒して現れたヒトを凝視出来ない。本当は連写で携帯に保存したいくらいだ。隙だらけで「素」の激レア一級術師(バスタオル一枚)を眺め尽くしたいのに、否、少し前なら臆する事なくそうしたと思う。日に日に重くなる存在を、正直もう如何に扱って良いのか分からなくなってしまった。

「馬鹿!よりによってこんな所で、」

意識しすぎたら、その先に何があるのだろう。

ここから出てしまえば向かう先のベッドはひとつなのだ。興味本位で漁ったAVより強烈な生身が待ち受けると思うと、興奮より怯えに近いような身震いがして、強い水流に打たれながら浴槽の中で膝をついた。

「────咲かない、咲くわけない。」

諦めの呪文と溢れ出すスキが拮抗して苦しくて、泣き出してしまわない為に「想い出は幾つあっても良い」という、夏らしい妥協案で少し落ち着いた。



「っしゃー!復活!」

雑に髪を拭きながら部屋に戻ると、やっぱり普段の厳めしさが凪いだ裸眼直毛のナナミンが近づいて来る。冷えた缶ジュースを神妙に差し出され、ありがとうを伝える間に攫われたタオルの行方を目で追うと、ややぎこちなく距離を詰める気配に柔らかく頭を包まれた。

「自分で出来るよ」
「かしなさい。傷みそうで見ていられない」
「…髪、いつもと違うと知らん人みたい。」
「お互い様です。前から気になっていたんですが
この色…地毛なんですか?」
「そだよ。」
「赤褐色が陽に透けて見えるのか。成程」
「ナナミンも、普段にも増して金髪がサラサラで
お綺麗デスネ。」

スッと視界が開けて、控え目に笑う憧れのヒトに久しぶりに会えた気がした。指通りを確かめる手が、撫で付けても跳ね返る毛を面白がるのが心地良い。

「…避けられたと思ってました。」
「うん」
「逃げましたよね。」
「人見知り発動した。けど、もう慣れたよ?」
「慣れるのか。」



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