電波戦隊スイハンジャー#95
第六章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行
いなおり鉄太郎3
「そういうマリ達こそ何してんのさ、高校受験生がデートとは随分余裕ぶっこいてんじゃね?」
瑞樹がまあ座れよ、と自分の隣の席に16才年下の妹毬を、聡介の隣に、光彦を座らせた。
ち、ちげーよ姉ちゃん!と慌てて否定する毬を見て聡介は、ムキになる様子が可愛い。青春っていいなぁ…ととうに過ぎた季節を懐かしんだ。
「終業式の日に約束してたんだよ、二人とも熊本市内に来た時に遊ぼうって。別にそれ以上じゃねーし」
「そうだよ姉ちゃん、あたしは熊本城の戦国おもてなし武将隊のイベント見に行った帰りだよ」
と毬は自分の携帯の画面に自分と武将コスプレをした青年が映っている写真を姉と聡介に見せた。
「ミッツ(光彦のニックネーム)がメールで『加藤清正役はEXILE風イケメンだよ』って送って来たからじゃあ熊本城に連れて行け!ってミッツに案内させたの。イベントは楽しかったけど終わりまで見てたらもう2時でお腹空いてさ。ミッツがこの店連れてきてくれたんだ」
そうか、マリはガテン、ガチムチ、やんちゃ坊主のEXILEメンバータイプが好みだったな…私に似てヤンキーの素質がありそう。と瑞樹は妹の将来を少なからず案じた。
んでさ、と毬が「姉ちゃん、この人が野上先生?」
「なんで分かった?」
「開成会に就職決まった時『すっごいハーフ顔イケメンと働くことになっちゃったー!』ってはしゃいでいたじゃん。
本当だ。イケメン通り越してモデルか俳優みたい。ふーん、無駄にオーラあるよね」
と言ってずいっと聡介の顔を覗き込む。うっ、年端もいかない女の子に近寄られるのは慣れてねーんだよな。
「でも中身はタダの近所のにーちゃんだよ。ね?」
ね?と振られた聡介はああ、と頷き返した。「医学部に行きたいって言うから理数系の勉強見てやってんだ。光彦、ここはハンバーグが旨いぞ」
「じゃあハンバーグランチBでいくかぁ…狩野は何にする?」
「あたしも同じものを」
「んでさ」と注文し終えた後で毬が唐突に聞いてきた。「二人は付き合ってんの?これが職場恋愛ってやつ?」
「いやいや、こいつ別に男いるぜ」と反射的に答えた瞬間、聡介は瑞樹のものすっごいメンチ切りを受けた。こ、恐っ!これが正嗣が言ってた素手喧嘩《ステゴロ》のジャイ子のメンチ切りか…
「うぉら野上。まだ家族にも言ってねーことを…早速妹にバレたじゃねーか!」
「いずれバレるって。結婚話に進展してる仲を家族に黙ってるんが変だぜ」
「ケッコン!?姉ちゃんと誰がだよ?」毬がお冷やを一気飲みしてコップを乱暴にテーブルに置く音がたーん!と店内に響いた。
あちゃー、野上先生、口を開くたびにボロが出るタイプだぜ…と光彦は狩野姉妹と聡介の会話を聞いていて、思った。
仕方なく瑞樹には交際三か月の恋人がいて相手は有名な産婦人科医院のせがれであること、おととい結婚を申し込まれた事を説明した。毬は、少し考え込んだ顔をしてみせた後で、口を開いた。
「確かに姉ちゃんはは菊池の米農家の娘。相手は代々医者一族のボンボン。格差婚に見えるけどさー、そこでうだうだ悩んでいるなんて姉ちゃん、本当に彼氏が好きなの?セレブに傷つけられるのが恐いだけに思えるんだけど」
瑞樹は中三でまだ処女の妹に悩みの核心を突かれてしまった。
医者なんて絶対好きにならない。仕事のストレスを手軽なSEXで解消するために恋愛をしている酷い連中。食いっぱぐれがないように、愛がなくても金持ちの娘と入籍する。まあ医療業界にはよくある話だけどさ。
でもヒロくんは違った。聡介が「俺の友達」と言ってこの店に連れて来たのがきっかけだった。聡介の友達だからいい人なのだろう。という軽い気持ちでヒロ君とデートを重ねるようになった。1か月目でこの人は女遊びをほとんど知らないのだ、と分かった。自分の小太りがコンプレックスで女性が恐かった、とヒロくんは語った。
どうして私とは付き合えたの?と聞いたら「だって、聡介の友達なら裏表のない女性なんだろうな、と思って」と彼は答えた。
違う。不純だったのは私の方だ。いっぺん独身のドクター食ってみるか、と軽い気持ちで付き合って…本気になった。
「いや、マリ。私は本気だよ。でも恐いのは本当。女は結婚したらしたでの苦しみ、子供産んだなら母としての苦しみ、ってドグマがあるからね。そこに進むのが恐いんだよ」
「ばーか。好きならば突き進んでみなきゃわからねーじゃねーか。なんでまだ来ていないトラブルを心配して悩んでんだよ?」
ああ、狩野ちゃんと博通は本気の恋をしているんだ。と分かって聡介は少なからず安堵した。
「だから女は、って女性蔑視みたいな言い方使いたくねーけどさ、この際異性の立場から臆面なく言うわ。
どうして私だけ苦しいの?って狭く考えすぎ。みんな等しく苦しいのにさ。
やれ既婚未婚、子供のあるなしで格付けし合っているのは、勘違いだ。
みんな『女』というでっかい土俵の上で同性同士が戦っていると死ぬまで思い込んでいる。
だから人の不幸を平気で喜ぶ。そんな自分が最低の人間に堕ちている事に気づかない。
それが、女のドグマの正体だと思う。本当の土俵は自分の人生という内にあるものなのにさ」
その言葉に瑞樹ははっとした。野上、そこまで人生のことを深く考えていたのか…そうか、自分の人生、自分の現実に真摯に向き合う覚悟が、私には出来ていなかったのだ。
意外とみんな、真摯に向き合う事から逃げて人生流されて死んでいくものなのかもしれない。と瑞樹は思った。
「うん、ヒロくんと話し合ってみるよ。野上に相談して良かった」
妹が「このハンバーグ激ウマ!」と満足そうにランチを食べて一息ついたところで瑞樹は財布から全員分の勘定の現金を出してテーブルの上に置いた。
「帰るよ」「えー、姉ちゃんもう?」
「ダメだ。ここは割り勘だ。俺は相談料貰うつもりはねえ。辻占みたいなこと、大っ嫌いだ」
「あはは相変わらずだね。でもその生真面目さがいいんだよ。マリ、パルコで服でも買おう」と瑞樹は妹を連れて帰って行った。
光彦はデザートのチーズケーキをつついてしみじみと言った。
「マサは先生で坊さんだから言う事が説法くさいのには慣れてるけど…野上先生もいい事言うんだね」
「当たり前だ、30年以上生きてると人生色々ある」
と言った聡介の顔が急に成熟した大人の男の顔に見えた。かっけー…
「なあ、午後3時半のチョコパフェはセーフ?アウト?」
と物欲しそうにメニュー表を眺める聡介のセリフでぶち壊しになったが
「アウトに決まってんだろ?消化器科の医者がなに言ってんの!?」