電波戦隊スイハンジャー#16
第二章・蟻と水滴、ブルー勝沼の憂鬱
蟻の哀歌
革製品ショップ「BENIYA(紅屋)」は両国国技館通り沿いの、築年数浅いテナントビル二階にあった。
一階はまるまる歯科医院で、キィィーン、と不愉快なドリル音が時折聞こえる。
土曜日の今日も夕方6時まで営業。と看板に書いてある。歯科医もフルタイム営業しないとやっていけない時代のようだ。
午前11時。勝沼悟と小岩井きららは、傘を並べてビルの入り口前に立っていた。
「勝沼さん…ゆうべ、確かに『カジュアルな格好で』って聞いたんですけど…それが勝沼さんにとってのカジュアルなんですか?」
確かに、悟の格好は189センチの長身にどうみてもオーダーメイドの濃紺のスーツにえんじ色のシルクネクタイ、ご丁寧に左胸ポケットに薄い黄色のシルクのハンカチーフまで差し込んでいる。
ちなみに、時計は本物のロレックスである。
世間一般では「ガチにフォーマル」な悟の姿に、きららは呆れ果てて彼の全身をじろじろ見回した。差している傘も、きっとお高いブランド物に違いない。
「きららさん、パッと見で僕どんな感じかな?」
悟が無邪気に聞いてきたので、きららは反射的に答えた。
「えっとお、結構儲かってる系の不動産屋かベンチャー企業のこいかがわしい社長みたいですぅ」
「良かった、それが狙いだった。入ろう」
えっ?と戸惑うきららを連れて、悟は傘をすぼめてエレベーターに乗った。
エレベーターの二階で降りてすぐのテナントが「紅屋」であった。
白と銀を基調としたショーケースに、ショッキングピンクに近い赤の革製バック、ポーチ、財布などが、小綺麗に配置されている。
「あ、これ可愛いー!さわっちゃてもいーですかぁ?」
店内に2人いる女性店員のひとりがうなずくと、きららと悟は店の商品をそれぞれ4、5点ずつ手に取った。
きららは一目見て気に入ったショルダーバッグを肩にかけて鏡で確認したりしているが、悟の商品の見方は一般客とは違った。デザイン性、革の堅さ、縫い目、強度をじっくり確かめている。
高級品を買うのに慣れた者か、もしくはバイヤーの買い物の仕方だ。
「さすがイタリアで修行しただけあるね。使い込む程、心地よく使える商品だよ…社長の茜さんは『本物の職人肌』だね。きららさんは、そのバッグ気に入ったの?」
「えへっ。でも、4万5千円じゃ買えませんよ…あたし学生ですもの」
「買ってあげるよ」こともなげに悟は言った。
「え、ええっ!いーです、いーです!!故郷の父ちゃんが、『簡単にプレゼントする男はカラダ目当てだから気を付けろ!』って言ってたし!!」
「ある意味的を射ている…面白いお父さんだね。
君みたいな子供には全っ然興味ないし。これはスイハンジャーの必要経費だと思ってくれたまえ」
「は、はあ…」
なんでだろう?プレゼントされたのは嬉しいけど、一方的に心に引っ掻き傷を付けられた気がする…
さっさときららからバッグを取り上げて会計に入った悟の手には…
ぶ、ブラックカード!?
「選ばれた者」しか持てない、戦車と飛行機以外なら全て買えるっていう、あのブラックカードですかぁ?
故郷北海道の父ちゃん、母ちゃん、貴之兄ちゃん、義貴兄ちゃん…愛馬のマキ。
お、おら、とんでもセレブと知り合っちまっただよ…
勝沼さんにとって4万5千円なんて駄菓子の10円チョコと同じなんだべ!
初めて見るブラックカードを緊張してカードリーダーに通す店員に、悟は
「社長さんはいらっしゃってますか?ちょっとお話がしたいのですが…」と
大抵の女性ならとろかしそうな「感じのいい笑顔」を満面に作ってみせた。
眼鏡のフレームも銀縁からノンフレームに変えて、いつもの冷たい印象を消そうとしている彼の努力が見えて、きららはちょっとおかしかった。
「は、はいっ、今すぐに!」ブラックカードプラスセレブ社長風光線に圧倒された黒縁眼鏡の店員は、カウンター奥のスタッフルームに飛び込んで行った。
勝沼さん、社長の茜さんに近づくためにわざとブラックカード使ったな…格好もすべて「計算ずく」だあ!
知り合って日が浅いけどこの勝沼悟という青年は、一見、天衣無縫にふるまっているけど実は意外と人の心の機敏を知り抜いているかもしれない、ときららは思った。
店員の案内でスタッフルームに入ると、部屋の奥の業務用ミシンが置かれたテーブルから一人の女性が立ち上がった。
琢磨から渡されたデータでは、彼女が工場の社長の長女の茜さん。28歳。この「紅屋」の職人兼女社長だ。
化粧っ気がなく、ストレートの長髪の黒髪を、シュシュで無造作に束ねている。服装も、ブルーのサマーセーターにホワイトジーンズ。両頬が突き出た顔はけして美人とはいえなかったが、大きな二重瞼の、真っ直ぐに人を射抜きそうな目はなんだか「揺るぎない意志の強さ」を感じさせた。
茜さんが悟とまず握手を交わし、名刺交換をした。
悟の名刺を見た茜さんは大きな目をさらに広げ硬直してしまった。
「赤坂の、葭ビルの社長…!!信じられない、こんなにお若い方だったの!?」
葭ビル!!夕方のニュースのお天気中継の、気象予報士の後ろに建ってるあの巨大ビルって勝沼さんがオーナーなの?
「知ってますか?」
「真面目に起業を目指す者に知らない者はいません。あのう、うちのような皮革店にどんなご用で?」
「一言で言うと、貴女の作る作品が気に入りました。が、コンサルタントとして言わせていただくとこのままでは店は潰れます」
「はい!?」
茜の顔が気色ばんだ。怒った時の声は母親にそっくりだ。
「ここのテナントの家賃は月30万。店内の商品の残り具合からして、売上は停滞ぎみと見ました。それに、材料の割には値段が高いので、顧客も離れていっている筈です。
あと2、3か月で、従業員への給料も、銀行への返済も滞るのではないのですか?最初の一年でマイナス利益を上げなかっただけでも大したもんです。
つまりはあなたは、無理をし過ぎたんです」
茜は唇を噛んでうつむいていた。
矢継ぎ早に不躾な言葉を並べる悟に、何も言い返せないでいるのだ。
「商品には自信を持ってたつもりですが、現実は厳しいですね…確かに、売り上げは下がっていってます。一体、何をすればいいのですか?」
少し緊張が抜けた茜の目には、涙がにじんでいた。起業家としての『意地』がすとんとはがれ落ちたようだ。
「これから僕がお教えします」
深い目で悟が言った瞬間だった。
突然頭の中に、叫び声が響いた。
(勝沼さん、やばい!!)
七城先生こんなことも出来るの!?
悟も正嗣の叫びを受け取ったらしい。
すぐに茜の父の側にいるであろう正嗣をイメージして、思念を送った。
(先生、琢磨くんと協力してすぐに止めてくれ!!)
(わかった、すぐに来てください!)
正嗣の思念が消えた。
「きららさん、七城先生は、思念を送り込んだ相手を一時的にテレパスにしてしまうんです…茜さん、お父さんが危ない!行こう!」
悟は両手できららと茜の腕を掴み、茜の実家の町工場を強くイメージした。次の瞬間、3人の体がスタッフルームから消えた。
墨田区荒川沿いの工業地帯、木下川が、小糠雨で濡れそぼる。
ビニール傘越しの正嗣の視界には、荒川がのっぺりとした水面をたたえて下流へ下流へ、義務的に流れているように見えた。
「波田幹子さんを見た時、私の頭に浮かんだのは隅田川でなく荒川だったんですねえ…お恥ずかしい」
「でも、大きな川が頭の映像に浮かんだんでしょ?七城先生地方に住んでるから、見ただけじゃ荒川と隅田川の違いわかりませんって。あの奥さんもテンパってたみたいだから気づいてませんよ」
ばつの悪い表情をする正嗣を琢磨がフォローした。
「どーせ私は田舎もんだけん…」
「僕だって宮崎出身の田舎もんですよー。上京してたかだか3年です。オシャンティですかした勝沼さんも、実家は山梨ですよ!
スイハンジャーは田舎もんの集団ですってば」
「江戸っ子以外はみんな田舎もんって…それ、定義?」
「先生、足元、油!地面濡れてるから滑りますよ」
アスファルトの濡れた地面のあちこちに、油膜らしきものが丸い虹を光らせている。
「しかしまあ」正嗣はひとりごちた。
「墨田って革の町だったんだなあ、てっきり、ボルトやナット作っている町工場ばっかりだと思ってたよ…」
確かに、道沿いには皮革加工の町工場の数が圧倒的だった。ぽつぽつと、金属加工の町工場も建っている。
「せんせい、それでも社会科の教師ですか?まあ、こういうディープな工業は教科書には載ってないか…東京の皮革加工、つまり革なめしの類は明治時代に浅草から始まって、西洋化に伴い発展、作業工程で出来た油脂を石鹸化してここから大手の洗剤メーカーも誕生したんですよ」
琢磨は、一部上場企業の洗剤メーカーの社名を4つばかし言ってみせた。
「す、すごいな…」
「東京の発展に伴い、浅草から隅田川沿いに移転させられ、区画整備で荒川沿いに移転させられ今に至る、です」
「2回も移転?なんでだ?」
「脂臭い、という事で追い出されたって言うのがいいのかな…
東京オリンピックの頃に、獣の生革を干す光景を観光客から隠したかったんだろう。と僕なりの『官僚的考え』ですがね」
琢磨は少し、皮肉な笑いを浮かべた。
「いわゆる3K産業か…でもこうしたキツイっていうか、下地の仕事をする業者がいないと革製品が作れない訳だろ?…ってここ、外国人をちらほら見るな」
ある工場の脇では、作業服姿の褐色の肌の外国人が休憩している。
「3K、キツイ、汚い、危険、で日本人の若者がこの仕事に就くのを避ける傾向にあるんですよねー。安い外国の革製品が出回ってきて倒産したり、たたんでしまう工場もあるんです。そして…」
占いの依頼人、波田幹子の夫が経営する波田皮革工業もその危機にある。
波田皮革工業の濡れた看板を、正嗣は痛々しく眺めた。
事態が事態なだけに、臨時休業で工場のシャッターが降りている。
「ギャンブル依存性でヤミ金に借金、挙げ句の果てに窃盗、か…20年も事務長してて、どうして今さら?って思いますがね…」
「『魔が差す』生き物でしょう?人間って」
琢磨の強い口調に正嗣はどきり、とした。
琢磨は荒川の流れに目をやっている。
「思うんだけど、せんせい、どうしてマイノリティ(少数派)はいつも、淵へ淵へと追いやられるんでしょうねえ…」
必要のないとき以外、正嗣は他人の思考を読まないようにしてるが…
時々、凍てつく程醒めた目をする若者だ。
と正嗣は琢磨を見て思った。
(はやくきてけれーっ!!)
社長の見張りをしていた木霊の悲鳴が、二人の頭に直接飛び込んだ。
(社長が首くくろーとしてるべ!!おらちっちゃいからなんもできねえーっ!!)
二人はぎょっ、と顔を見合わせると工場に向けて走り出した。
(勝沼さん、やばい!)
正嗣は咄嗟に両国にいる悟に思念を送り、テレパシーで指示を受けた。シャッターを押し開けようとしたが鍵が閉まっている。脇のドアノブも同じだ。
「任せてください」琢磨はジーンズのポケットからL字型に曲げたヘアピンを2本取り出すと、1秒で鍵穴をこじ開けた。
ええっ、ピ、ピッキングぅ!?
いちいち突っ込んでいる暇はない。二人が干された革の並ぶ工場を駆け抜け、奥の事務室に飛び込むと、まさに中年の小柄の男性が梁にロープをかけ踏み台の椅子を蹴ろうとしている瞬間だった。
琢磨がジャケットの中から苦無を投げたが、届くかわからない。
正嗣は思わず「南無三!!」と叫び、右手をスローカーブを投げる要領でロープに向かって「力」を投げつけた。
正嗣の手先から、黄金色の錫杖が飛び出し、物凄い速さでロープを切り裂いた。
一瞬後に、苦無が虚空を抜けて向こうの壁に突き刺さる。
床に落ちた社長らしき男性は、何が起こったか分からないように床に手を付いた。
無事だ。
「せ、先生…」
「空海さんから貰ったNew武器、錫杖です…なんでも如意棒のように伸びるとか…」
正嗣は照れてひとりでに戻ってきた錫杖をかざしてみせた。
「お、お父さん!!」
トイレから戻ってきた社長の妻、幹子が夫の首にかかったロープを見て狼狽して駆け寄った。無事を確かめると力が抜けたように床に座り込み、そして、そばにいる正嗣たちに怪訝な顔をしてみせた。
「実は…MAOです。心配したんで様子を見に来たんです」
「この人達が助けてくれた…」と社長はうわごとのように言った。
「ま、まあ…MAOさんってずいぶんお若いんですねえ…」
幹子は涙目で微苦笑した。
「よくやった!!先生、琢磨くん!!」
テレポートしてきた悟が、茜ときららを伴って事務室になだれ込んできた。
「お父さん、お母さん!!何があったの?」
「あ、経営コンサルタントさんをお呼びしました…」
琢磨は悟の正装を見て、咄嗟に思いつきの嘘を言った。
悟は、床に突っ伏して混乱している社長の前に長身を折り曲げてひざまずき、20歳以上は年上の男の目を射るように睨み付けた。
「死亡保険の3000万で損失を補填しようとしたんでしょう?」
「う…」社長は目を伏せたが、悟がぐい、と彼の顎を掴み反らさせない。
「いいですか?銀行はこの世で一番冷酷な金貸しです。
一時しのぎにあんたがこんな事やっても、奥さんと娘さんも救われませんし、いずれ銀行は土地ごと何もかもかっさらって行きますよ…
あんたが死んでも、誰も何も救えないんだっ!!」
悟の声がどんどん感情を帯びてくる。正嗣も琢磨も、感情的になった悟を見るのは初めてだった。
「自分で自分を殺すということは、絶望と無念という負債を生きた者に遺すということなんだっ!!あんたは愛する家族に、そんなことする気だったのかっ!?」
興奮し過ぎて悟の額に血管が浮いている。強張っていた社長の顔が崩れ、社長はぐしゃぐしゃに泣き出した。
「とにかく、金で死ぬ事はないんです…」
息を整えて悟はゆっくり立ち上がった。
「だって、だってよ…20年間も信頼してきた事務長にごっそり持ってかれて、居場所分からんし、バレたら顧客も一発で無くすうちみたいな下請けぶっ飛んでしまう時代だぜ…どうするんだよ…」
「あ、事務長の居場所なら追跡できますよ。彼が使っていた物品さえあれば」
正嗣こと「占い師MAO」が挙手した。
「ヤミ金の怖いお兄さん系も絡んでそーだけど、腕っぷしなら負けないし」
琢磨が方頬でニヤついた。
「とにかく、幹子さんと茜さんはお父さんの側にいてあげて下さい…
盗られた3000万、取り戻して見せます」
悟は落ち着きを取り戻した声で、そう宣言した。
「なんか…勝沼さんかっこいいー!面白くなってきたぞー!」
最後に、きららが興奮して叫んだ。
その一方、
「面白くねえべ!!」と根津で吠えてる男がいた。
安宿「したまち@バッカーズ」のヒラ従業員、魚沼隆文である。
オーナーの悟から
「君は留守番。従業員だから当たり前だろ?」と釘を刺されて、店番をしている。
「なになにぃ?タカっぺえ、事件に首突っ込めなくてぶーたれてんのぉ?」
カウンターの隆文の向かい側には、オッチーこと役小角が青い朝顔柄のダボシャツ、鼠色のチノパン姿でゆっくり新聞を読んでいる。
「ストーカー殺人に、オレオレ詐欺、暗いニュースばかりだねぇー。中小企業の倒産も増えてる…最近、連続不審火が増えてんの知ってっか?」
「いんや」
予想していた答えだが、オッチーはがっかりしたように大袈裟に首を振ってみせた。
「やれやれ、大人なら新聞とかネットニュースとかチェックしろよ…アニメとか2次元の世界に浸らずさあ。
初音○クなんて、所詮抱けない女だぜ…
最近、東京下町の工業地帯中心に放火かどうか知らんが不審火が発生して全焼、町工場が次々倒産してんのよ」
「それが今回の事件と関係あんのかよ?オッチーさん。この梅雨どきに放火ねえ…あまり燃え広がんねえんじゃねえの?」
紫垣さんが奥のキッチンで昼食を作っているので、隆文は小声でオッチーに顔を近づけ、ひそひそ話をする。
「これは俺様の独自の情報だけどよ、現場には、『謎の赤黒い液体』が残されてて、ガソリンみたいな引火作用があるんじゃないかってさ」
「赤黒い液体?」
「現在、警視庁では必死に解析しています…不可能だろうね。松五郎以外は」
「オッチーさん人間じゃないから『何でもあり』だろうけどさあ…情報どこから入手してんの?」
「俺様、歴史上でも色々『謎の人物』だけど一つ教えてやるわ。生前から諜報集団、隠の長だったんだわ」
「だからおめえさん、弟子を鬼呼ばわりしてたんだな!鬼ではなくて隠って意味だったか…」
へえ、とオッチーは彫りの深い顔をニヤつかせた。
「少しは調べたみてーじゃねーか。だ、か、ら、日本最初の隠密、つまり忍者集団さね」
「皇族や各豪族に関する弱味握ってたから伊豆に流されてもすぐに戻って来れたんか?」
「はい、せいかい!まあ、部下の前鬼と後鬼が骨折ってくれたんだけどね。その件は…」
ちらりらーりー、ららりらー。
隆文のズボンの尻ポケットから着メロが鳴った。
フォスターの「夢見る人」である。
スマホの画面を見ると悟からの電話だった。
「もしもし、勝沼さん?どうなった?」
電話の悟の声は少しくぐもっていた。
「ああ隆文くん、今から闇カジノに突入体勢だよ。今から住所言うから変身した上、テレポートしてこっち来てくれないか?」
「へ?何、その警視庁24時フラグ。もう変身してんの?急展開すぎやしねーか?ってゆーか、店番どーすんべ」
「俺様、代わりに留守番するからさー、暴れちゃえよ」
隆文のスマホを奪って、オッチーが答えた。
「オッチーさんいたのか…しょうがないな、店はお願いします」
「ぼっちゃま珍しく武闘派ー、かっくいー」
「…いいから隆文くんに替わって下さい、あぁ住所は六本木の…」
悟からの電話が切れると隆文はトイレに入って小声で「いただきまぁーす」と呟き、コシヒカリレッドに変身した。
トイレのドアの隙間から赤い閃光が洩れる。
トイレから出てきたレッドは、オッチーに向かって「じゃあ、頼むべ!!」と叫ぶと、艶やかに輝く赤い姿を消した。
「カレー出来たべー、あれ、隆文くんは?なんか、赤いの横切った気がすっけど…」
キッチンから紫垣さんが出てきてカレーを二人ぶん、カウンターに置いた。
「さっき社長に電話で呼び出されましたよ。店番、俺がしますからさ…」
オッチーは言うとカウンターから立ち上がり雨が止んだばかりの戸外に出た。
空の向こうには、黒い巨大な雨雲がまた広がっている。
「おーおー、またいい雨雲が来ましたねー。頑張ってちょーよ」
ササニシキブルーに変身した悟と、七城米グリーンに変身していた正嗣は、隆文の登場を待っていたかのようだった。
マスク越しに二人が少しほっとしたようにレッドには見えた。
「レッドくん、この中に例の事務長がいる。グリーンさんが彼の時計に触って居場所追跡してくれたよ」
「さ、サイコメトリー!!グリーンさん、そんな能力まであんのか?で、なんで早く入んないの」
ブルーとグリーンは、困って顔を見合わせた。
「闇カジノって…コワモテで全身タトゥー入ったみたいなお兄さん達いるんでしょ?
僕達、そーいう人とケンカした経験なくてさぁ…元グレだったレッド君に先陣切ってもらおーかなって…」
ブルーとグリーン。ああ…確かに「小心者ユニット」だ。
アラサー男子が情けねえ。
「おめぇら、子供か?子供か?怪談聞きすぎて、トイレに行けない子供か?」
「す、すいません…」
「もう変身してんだからさあ、えっかあ、目の前にドアがあったらまず、こーすんべ!!」
レッドは思いっきりマンションのドアに正拳突きをした。
どぐわっしゃーん!!衝撃が強すぎて内ドアも内部にぶっ飛び、案内役の黒服の男も内側のカジノの中に転げていく。
突撃!!