電波戦隊スイハンジャー#74
第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘
白拍子花子4
ハーンのほまれの歌を歌え!歌え!
ハーンの力を、勇ましさを讃えよ!讃えよ!
栄えあるハーン!ハーン!
栄えあるかた、我らのハーン!
ほまれの輝きが太陽に並び立つハーン!
この曲はイーゴリ公、いつの間に?ミュラーは葉子がもたれるソファーの背を思わず見た。
大音量でミュラー邸の居間に歌劇『イーゴリ公』第2幕、ポーロヴェツ人の踊りと合唱(韃靼人の踊り)が響き渡る。
念動力で葉子がステレオを操作したのだ。
ハーン!ハーン!と歌声が盛り上がる都度、葉子は肩と両手を揺らす。まるで操作している戦隊を奏者に見立て、指揮をするかの如く。
(さあ7色の戦士とやら、存分に共食いするがいいさ!)
嘲笑を片頬に浮かべた葉子が曲に合わせて両手を振り上げた。
まずは、電流を流した鎌を両手に持ったレッドの懐にピンクが入って、左手でレッドの右襟を掴んだ。
「ピンク、初バトルいきまーす!」
レッドが右足を床に踏み込んだ瞬間を狙ってピンクはレッドの右足踵に自分の左足裏を当てて、鎌のように刈った。いわゆる柔道の小外刈りである。
コンパクトで派手な技ではないが、確実に決まる。小柄な体格のレッドにはこの技しかない、とピンクは瞬時に判断した。
スイハンジャー正規メンバースーツの特徴、「襟がある」のをピンクは逆手に取ってレッドの襟を掴んで柔術の技をかけたのだ。
「柳枝流は合気道だけじゃなくて柔術もいけるんだよ…」ピンクが低い声で真後ろに倒れるレッドの耳元に向かって囁いた。
レッドの体がもんどりうって背中から床に倒れる。操られて受け身も取ってないので後頭部も少し打った。
ぐぁ!とレッドが痛みで叫び、手から離れた2本の電気鎌がくるくる宙を舞って…レッドのスーツの鳩尾と胸にとすっ、と当たった。
防刃機能のあるスーツだが、まさか自分の武器を自分で喰らうとは想定してもいない。
がーん!と強烈な電流が、レッドの脳天を直撃した。
「ぎゃああああああっ!!」レッドの赤い体が弓なりに反り返る。
ごめんね、隆文ちゃん。さっきは優しくしてくれたのに…ピンクスーツの中で蓮太郎は切ない気持ちで詫びた。
優しい男にこんな仕打ちするなんてあたしって外道。
でも、でも、今は敵。とさっくり割り切っちゃうわ。
大好きな聡ちゃんのためなら、なーんでも、「なぁーんでも」やるんだから!!
「なぁーんでも」の意味合いが凄く怖いがピンク紺野蓮太郎、もうすぐ31歳の決意表明であった。
「大丈夫だピンク!自分の武器で死ぬような間抜けな作り方はしてねえっ、電撃はレッドにとっては気付け程度だべ」
松五郎がグッジョブ!とピンクに向かって親指突き立てた。
鎌をピンクから奪われたレッドは電撃でやっと正気に還った。天井の、和紙で出来た照明が頭上の眼前に飛び込んだ。
「こ、これは?なんでおらはピンクさんと?」慌てて起き上がって葉子の方に向かって構えを取りながらピンクに尋ねた。
「やっぱり記憶がないのね、葉子ちゃんに意識を乗っ取られてたんだよ」
レッドに武器を返しながらピンクが説明した。
「げえっ!恐ろしいガキだべ」
「悪いのは彼女じゃないよ、乗っ取っている怨霊の方だ…彼女の眼を見るんじゃない」
まるでメドゥーサじゃねーべか…レッドはごくり、と唾を飲み込み、ゴーグルをハイパーシールド状態にした。
何てこった!
あっという間に精神操作された。このガキはサキュパスの何倍も、強ぇ。臍下に力を入れてねえと怖くて気が遠くなりそうだべ…
(そこのジャン・ポール・ゴルチエ風の戦士、見かけによらずやるねえ)
葉子は音を立てない拍手でピンクを称えた。ちょー余裕な態度である。
「妙にブランドに詳しい怨霊じゃないのさ。その拍手の仕方、あんた、まさかセレブ階級かい?」
ピンクの推測にひゅぅ、と葉子は口笛を吹いた。
貴族や王族、セレブ階級の人間は拍手をするとき音を立てない。毎日にように観劇しているからいちいち音を立てる拍手してたら手を痛めるからだ。
ちなみに、政治家も選挙の遊説中、一日に何百人と握手するので手根管症候群、腱鞘炎など手に「職業病」持ちが多い。
舞踊家で外国の富豪や要人などに演技を披露する機会が多い蓮太郎だからこそ気づいた怨霊の「身分」であった。
(当たらずとも遠からず、だよ。次は、白い娘と緑色の戦士か…)
ほまれの輝きが太陽に並び立つハーン!
と葉子は本来の声帯が持つソプラノボイスで歌を口ずさんだ。
はっきし言ってグリーンは小娘ホワイト相手に苦戦していた。
あまたの敵を切り刻んで来たホワイトの武器広島宮島名物「合格しゃもじ」両刀攻撃に、グリーンは錫杖で受け流す事しか出来ない。
どうすればいい!?ホワイトさんに本気で不動明王剣、倶利伽羅出して斬りつける訳には行かない…
葉子が音楽に聴き入って、目を閉じた。
その刹那、(グリーン、聞こえるか?)シルバーがイエローとブルーの攻撃に抵抗する合間で、わざとグリーンに心を読ませた。
(シルバー、どうすれば?)
ちぇええええい!!ホワイトがしゃもじを振り下ろし、じゃきん!と錫杖が鳴る。
(敵さんは今俺達の心を読んでない。今のうちに俺の『作戦』を伝える!)
シルバーが送ったというかイメージした映像に、グリーンはえ?とマスクの下で顔を真っ赤にした。
(そ、それはあまりにも!)(やれ!ホワイトにスケートブレード出されたら終わりだぜ)
確かにホワイトの殺傷力高い全開攻撃、フローズン・ブレイクダンスを出されたら無事では済まされない…ええい、ままよ!
グリーンはわざと音を立てて錫杖を取り落した。がらがっしゃん!と床に金属音が響く。
ホワイトの弱みは、乙女、つまりは生娘。ホワイトさん、良心が揺らぎますが…お許しください!!
音にびっくりしたホワイトにグリーンはラガーマンの如く突進し、彼女のFカップの両乳房をぐわしっ!とつかみあげた。
「きゃ、きゃ、きゃあああああああっっっ!!」
肉体的に乙女なホワイトと葉子が、同時に抵抗の叫びを上げた。
(おのれ、なんと破廉恥な…!!いかん、肉体が抵抗しだしている…大人しくしておくれよ。私の『プライム』)
精神が疲労し出している。怨霊は無理に葉子本人の精神を抑えつけた。
「グリーンさんのえっちぃ!!」
ホワイトの平手打ちががこん!とグリーンのマスクをはたいた。結構な衝撃だ。パワースーツを装着していなかったらグリーンの頭部は確実に吹っ飛んでいただろう。
まるでカップルの痴話ゲンカやな、と菜緒は思った。
「よかった、ホワイトさん正気に戻った!」
乙女の羞恥心が、葉子の精神支配を振りほどいたのだ!
「誰にも触らせた事ないのにー、うわーん」
ホワイトはマスクの下で泣きじゃくった。まだ戦闘中だというのに。
「作戦を考えたシルバーさんに言って下さい…」泣きたいのはグリーンの方である。
まったく教師による胸タッチだなんて、字面だけでも懲戒免職ものですよ…
勝つためならなんでもするやさぐれヒーロー、シルバー。
あんた、えげつないよ…。
レッド、ピンク、グリーンは同じ気持ちでシルバーを見つめた。
「ふっ、俺は乳がん検診だと思って心を無にして触れる!巨乳よりも微乳が好きなシルバーエンゼル、2人まとめて相手にしてやるぜ!」
忍者で居合の達人、イエローとロンドン五輪射撃銀メダリストであるブルーの攻撃を同時に躱さなきゃいけないのは至難の業。
「ブルーの射撃は必ず当てる。気ぃつけろー!」
松五郎の注意の声をシルバーは笑って聞き流した。松五郎さん、俺のスーツはあんたたち少彦名たちじゃなく、25次元向こうから来た天使ジョフィエルが作ったんだぜ…
「天使が作ったスーツの耐久性、見せてやるぜ!」
ブルーが放つレーザーガンの光の束を、シルバーのスーツは全部跳ね飛ばした。しゅううう…と湯気がスーツの表面から上がり、4枚に分かれたスカートが翻る…
「このスーツ、レーザー光線を跳ね返す銀色だって知ってた?ヘタレ」
シルバーの口調は明らかにブルーを小馬鹿にしていた。
ブルーは2丁拳銃のモードをマシンガン仕様にチェンジする。
「賢明だな、ブルー…松五郎さん、あんたが作ったスーツで何分間耐えられる?」
「せいぜい5分だべな。シルバーのエンゼルスーツは?」
わかんね、とシルバーが素っ気なく答えた。
「へ?」と松五郎は素っ頓狂な声を上げた。
「ジョフィーの奴デザイン重視でさー、地球の銃弾の耐久性テストなんて、やってないと思う。あとでシメて改造させるけどさー」
ちょっとそれ防具としてダメなんでねーの?と松五郎が言おうとした時、ブルーがマシンガンモードの2丁拳銃をシルバーに向かって構えた…
「そこの青い戦士はうちに任せなはれ」と声を上げたのは、小人の靫負である。右腕にすっごくミニチュアだが…16連射式クロスボウを装着していた!
「ふっふっふ、『小さきランボー』と呼ばれるこの靫負、五輪メダリストと射撃勝負や!戦隊の皆さん、ゴーグルをハイパーシールドに。バリア内の皆さんは目をつぶって!」
女性の小人ながら武芸者靫負の、いくさ小人の血が騒いだのだろう…
戦隊と、戦隊の喧嘩に小人がしゃしゃり出る異常事態になった!
「そこのヘタレ、勝負!」
ヘタレ、という言葉に反応したのかブルーは、機械的な動作で拳銃を靫負に向けた。
ブルーが引き金を引くより0,2秒靫負の発射の方が早かった。靫負の矢の先には黄色いカプセルが仕込まれていて、ブルーの2丁の銃口に奥深く飛び込んだ。
真っ白な光がブルーの視界を圧倒する。靫負はカプセルに閃光玉を仕込んでいたのだ。
人が閃光を浴びたら真っ先にする行動、それは身を屈める事である。ゴーグルで閃光を防いでいたシルバーの手刀が、ブルーの両肩を打ってその痛みで銃を取り落とさせた。
「目が、見えない!」ブルーが床に膝を付いて前方をまさぐった。
「気付いたか?ブルー」「僕は…味方を撃とうと?」「んにゃ、撃ったさ。視力が戻るまで戦線離脱しな」
おめー無意識ながら小人に射撃で負けたぞ、と言うのは今はやめとこう。
こいつのメンタルHPが200下がって本当に戦力にならなくなる…
とシルバーはイエローの居合切りをマイ武器の杖「喧嘩上等」で受け流しつつ、思った。
それにしてもイエローは、目が眩んでいながらも気配で俺の位置が分かるのか!さすがは現代の忍者。
日本刀の斬撃マトモに喰らったら、スーツ越しにダメージ受けるかも、だぜ…
思い出せ、鞍馬山の大天狗こと小角が宮本武蔵の二刀流と戦った時の話を…
あいつは両の手刀で外側から武蔵の刀を叩き折ったというじゃないか…
武蔵は貧乏だったからな、安い刀は直角に衝撃加えると折れやすいんだぜ、と言っていたではないか!
ふっ、とシルバーはマスクの下でにやけた。そんなら俺は!
じゃきーん!!とシルバーはイエローの兜割りを両手で挟み込んだ。
「真剣白刃取り!初めて見たべ…」とレッドが感嘆の声を漏らした。
俺も初めて実戦でやるよ…これからだぜ。シルバーが両手に力を込めて、本打ちの同田貫の刀身を、左方向直角に、ばきっ!とへし折った。
生まれながらに超常の怪力を持つシルバーにしかできない芸当、真剣白刃折り、である。
イエローが折れた刀身を眺めて呆然とした。家宝の刀を破壊されたショックで正気を取り戻したのだ!
「母さんに殺される!」開口一番イエローは叫んだ。
これで、操られていた戦隊4人が目を醒ました。戦いの様子をずっと眺めていた葉子の眼が完全に据わっている。
葉子がソファから立ち上がり、そのまま1メートル宙を浮いて、戦隊たちを見下ろした。
(もう傀儡にするとは言わん、ここに居る者、全員殺す。マエストロは惜しい人物だが…)
紅く光っていた葉子の瞳が、蜂の巣状の複眼になった。まるで昆虫の瞳ではないか!
腰まで届く長い黒髪が、緑と白のゼブラ模様になり重力に逆らって浮き上がる。
こめかみから跳ねていた2本のくせっ毛が、触覚のように硬質化した。
そして、空色のドレスからのぞく華奢な白い手足が…鳥の羽毛で覆われている。
この姿は、人間ではない!誰もがそう思った。怨霊の正体か?いや、葉子の肉体か?
ピンクこと舞踊家紺野蓮太郎には、葉子の姿が娘道成寺のクライマックスで本性を現し、安珍恋しと鐘に取り憑いた白拍子花子と重なって見えた。
…花子!!