電波戦隊スイハンジャー#128
第七章 東京、笑って!きららホワイト
隠の末裔たち4
軒猿
忍者の一種で、戦国期には、上杉謙信を中心に『けんえん』とも呼ばれていた。
他の忍者を狩るのを得意としており、武田方の透破、北条方の風魔などを幾度も殺害したといわれる。
それは、市場価格より1~2割は安いブランドもののスニーカーを手にしている時だった。
「お客さん、左足にボルト入れてます?」
眼鏡をかけた若い店員がいきなり隆文の手術歴を言い当てたので
この兄ちゃんは透視能力者か!?
という思いで青いエプロン姿の店員の顔をまじまじと見つめた。
年齢は20代半ばくらい。少し日焼けした肌の、苦み走ったいい顔立ちをしていた。
ここは西日暮里のアウトドア&スポーツ用品店「荻生スポーツ」
タウンページに電話番号と住所を乗せている忍び「軒猿」の荻生耕造が経営する5階建ての店舗兼住宅である。
「スニーカーのすり減り方ですよ」と店員はにこっと感じのいい笑みを見せた。
「左のスニーカーのかかとが極端にすり減ってる。汚れ方からしてまだ買って3か月以内ですよね?自然に左脚引きずってるんですよ。
だからお客さんは事故かなんかで足にメス入れる怪我をした。それも10年ぐらい前に。そう推理しました」
「正解だべ。高校時代に部活中に骨折した。なんのスポーツか分かる?」
「逆三角形の筋肉の付き方から体操か新体操…動きが柔軟そうだから新体操のほうですかね」
「お兄さんは何者なんだ!?」
「別に、ただのスポーツ店の息子ですよ」
と店員が指先で眼鏡の端をずり上げるポーズがちょっと自慢気であった。
「つーことは荻生さんの息子か?似てないな」
「親父に用でしたか」
「魚沼と言えば解ると思います」
青年はすっと営業用の笑顔を消した。なーんだ客じゃねえのかよ、という落胆か、それとも。
「上に居るんで呼んできます」と青年は小気味良い足取りで階段を上がって行った。
店の1階にはアルバイトの女性店員と隆文だけ。時間つぶしに店内を見回すと中央にはサッカー、野球、バスケのユニフォームを着たマネキン。
小柄なマネキンを見てああここは学校指定店なのかな、と想像を巡らせてみる。
やがて青年が階段を降りてきて「上がって下さい」と隆文を招いた。2階はアウトドア用品とスポーツバッグ、3階は武道の道着や竹刀の売場だった。
4階に着いたところで「荻生」と表札のかかったグレーの扉を開けた青年が中に隆文を招いた。
中では荻生耕造がテーブルに座って防犯カメラを見ながらコーヒーを飲んでいて、隆文を見ると「おう」と気前良さそうに笑った。
「どうも荻生さんは隆文くんを気に入っているようだ」と隆文をこの場所に派遣したのは悟なのだが…
「一体何が目的なんだ?ただの家庭訪問じゃねーか」と抵抗したが、「外出時間も時給付けるから」の悟の一言で安宿の店員になって初めての「出張」になった訳である。
「どうも息子と同年代の若者見ると面倒見たくなっちゃってねー。こいつは一人息子の耕作、25才。次代の軒猿だ」
耕造が紹介すると耕作はども、とお辞儀しながらコーヒーの入ったカップを隆文の席に置いてくれた。
「コーヒーは砂糖を入れる派でしたよね」
どうやら軒猿のせがれまでもが隆文のデータを完全に頭に入れているらしい。
あ、そうだ。隆文は琢磨から教えて貰った軒猿との合言葉を思いだした。
「情報屋でしたよね?」
「ああ」
「報酬は米一俵」
口にするのも恥ずかしいが昔からの合言葉なのだろう。
「何が知りたい?」耕造の元々細い目がさらにすっ、と細くなった。
「河原での遺体発見から一週間、おらたち戦隊は気になって気になってしょうがねえ。どうしてマスコミはあまり報道しないのか?知ってるのは若い男二人、薊の刺青ってだけだ」
「警察が発表したくないからしょうがねえよなあ。現場の捜査権が所轄から警視庁に代わった、って刑事ドラマでよくあることが起こってる」
「6月の闇カジノの奴らか?そんだけヤバい事件なのか」
「ああ」
耕造と隆文と、防犯カメラの映像を耕作の目線が感情なく行き来している。
「警察が知ってる情報を、あんたたち忍びはどれぐらい握ってる?」
「ほとんど全部、でも今はここでは言えない」
「親父、お客さんだ」
防犯カメラには下校途中の中学生の一団が店内に入って来る様子が映っている。
「悪ぃな、今回はここまでだ。週末にはまた別ルートで情報が入って来ると思うから」
と言って耕造は慌ててエプロンを着けて階下に降りてしまった。
砂糖入りのコーヒーを飲み干した耕作は「あなたが来たら親父がここまでは見せろっていうんで」とノートパソコンに何かのパスワードを打ち込んだ。
休憩室の本棚が自動ドアみたくするすると観音開きになり、秘密の部屋へと続いた…
そこには琢磨が密かに着込んでいるババシャツほどの薄さの鎖帷子、様々な形の手裏剣、苦無、ナイフ、そしてフード付きの忍び装束が壁にかかっている。
「うちは情報屋でもあり、道具屋でもある。諜報に必要な道具はここで揃うんだ」
と耕作は平仮名のへの字をした特殊な手裏剣をエプロンのポケットから取り出して右手でもてあそんで見せた。
「これは僕の手作りで自慢の逸品なんだ」
耕作が素早く指先を動かすと手裏剣は回転しながら隆文の右頬のすれすれまで飛んで、すぐ背後の壁にたす!と突き刺さった。
「ふうん…怖がらないんだ」耕作は少しつまらなそうに舌を鳴らした。
「それなりに修羅場くぐって来たからな」
ハッタリではなく本当に隆文は恐怖を感じなかった。
たった4か月で自分はとんでもなく変わってしまったんだな。と何か諦めともとれる心境だった。
根津の安宿に帰った隆文は悟と二人きりになると口頭で
「週末になると次の情報が来るらしい。ホトケさんはやはりカジノにいた奴らだ」と端的に報告した。
荻生スポーツ店での様子を聞いた悟は
「その耕作くんとやらも琢磨くんと同類の化物のようだね。僕は最初は遊び半分でヒーローになった。だけどこの殺人事件だろ?兄さんがもう降りろ、と心配する始末だ」
「降りるってつまり」
「ササニシキブルーを辞めちまえってことさ」
後記
耕作手作り手裏剣の名称「グルカナイフ改」
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