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電波戦隊スイハンジャー#209 真•渦女、岩戸を開ける
第10章 高天原、We are legal alien!
真•渦女、岩戸を開ける
人間の認識にとっては破壊と創造を意味するその楕円形の白い閃光を目視で観測できたのはこの銀河系でも彼一人だった。
「高天原銀河で超新星爆発発生。
質量は太陽の80億倍。王子の予測通りの刻限に起こりましたわね」
ここは高天原銀河から二億光年離れた天の川銀河外縁部に位置する太陽系第三惑星、地球の月の軌道内。
自律式有機端末オモイカネこと思惟は藍色の宇宙服に身を包んで高天原族と自分の生まれ故郷の終焉を目にしたがその胸に去来した
寂寥と安堵
という二つの感情に思惟は0.000009秒困惑したがすぐに元の平常心に戻り、
「ご苦労だった、思惟。急ぎ基地に戻りこちらのホストコンピューターに全て記録すること。しかし、私が飛ばした衛星でも観測できないものをあんたよく目視できるわねー」
と軽口をたたく主に向かって、
「そうお創りになられたのは貴女ではありませんこと?王・女」
と今は女性体になっている高天原族王女、ユミヒコに言い返す。
基地の入り口と居住ユニットの間にある減圧室で宇宙服の洗浄を終えた思惟が左手首内側のボタンを押して粒子状になった宇宙服を腕輪に収めると「入室、許可」と自分の声で流れるアナウンスの次に自動扉が開き、天窓一面に広がる星空のもと、端末に向かって素早くプログラムコードを入力していた王女が思惟に気づいてやっと顔を上げてにこりと笑った。
「お帰りなさい、思惟」
私を創造なさったそのたぐいまれなる頭脳と整いすぎたお顔立ち。
これで性格に難ありでなければ完璧なお方なんですけどね。
と思いながら思惟は月基地の制御室の自分の席に着き、両端に翼の形をしたアンテナが付いたティアラ型の情報収集装置を被り、自分の前頭葉と直結させると先ほど月軌道で「自分が見たもの」を全てを一瞬で基地のホストコンピューターに入力する。
直ちに膨大な行数の高天原言語とプログラミング言語が左右のモニターに映し出され素早く上から下に流れた。その中に、
コロニータカマノハラ解体と高天原族船団の次元飛行確認。
と高天原文字でモニターに表示された情報を確認したユミヒコは、
自分の予知通りだったけれども…一族が無事脱出に成功したか!と目を見開き、はあーっ…と深く息をついた。
主の緊張と興奮による血管収縮と体温の上昇をスキャンした思惟は遠隔操作で冷蔵庫の戸を開いてイオン水入りのカプセルをかたん、とトレイに乗せた。
「今の貴女には必要なものです、摂取なさってください」
と思惟に言われて初めてユミヒコは、自分は喉が渇いている。と自覚したのだった…
暗闇の中で断続的に雷光が走り、その都度短時間ではあるけれども全艦内に電力が戻り明かりが灯る。
その間電力の供給源である女王に倒れられて船を動かせず生活用の備蓄電力も尽き欠けている艦内の高天原族の民の不安が少しばかり癒されるのだった。
超新星爆発から逃れるために次元航行を繰り返し自分の体力以上のエネルギーを消費した女王天照が倒れてから一週間が経過した。
医師団の診察の結果、このままでは女王の命に関わるのでそのお体を
天岩屋
と呼ばれる緊急時の女王の生命維持カプセルに隔離し、身体の回復まで眠っていただく以外の治療方針しか取る事が出来なかった。
女王の回復と覚醒に至るまでの期間は約二週間。その間、節電のために高天原族船団全てがエンジンを停止させて文字通り宇宙空間に浮かぶ巨大な箱と化した。
昏睡中の女王に代わって元老長のアメノコヤネは艦隊と居住区に備蓄電力があるもの全ての搬出と使用を命じ、
軍人たちは宇宙服に、民間人は羽衣に身を包んで最低でも二週間はすべての生理機能を維持できる装備をし、
節電のためにあと一週間、吐いた息が白くなるほど冷え切った旗艦、天鳥舟の中枢にある蓄電室に生まれ持った力である「雷光」を発生させて電力を注ぎ続けているのは宇宙軍司令長官兼左騎将軍タケミカヅチその人であった。
全ての艦に生活設備用の電力を供給するために休憩を取りながらではあるが自分のエネルギーを注ぎ込み続けるタケミカヅチもさすがに疲労を覚え、シャンパンゴールドの戦闘服のマスクの下で汗を搔いた。
このままでは陛下の二の舞になる。が…民の生活のためなら!
と131回目の電力注入のために齢4600才ともう中年の域に差し掛かったタケミカヅチが全身の疲労を押して立ち上がった時である。
「そういう自己犠牲精神は良くないですよっ!もういいお年なんだから」
そう言って前方のモニターごしにウインクするのは後衛司令長官兼右騎将軍のタヂカラオ。
「馬鹿言え、雷を出す力は高天原族じゅうでも私しか出せないのだぞ!他に誰が」
そう叱る左騎将軍の言葉を聞き流したタヂカラオは
「実は、その御力以外に発電させる方法、解っちゃったんですよね~」
とかっるーい口調で言ってから黄色い戦闘服のヘルメットを被った。
「な、何ぃ!?」
「いいから僕に任せてみてくださいよ」
技師から教えてもらったコードを入力して勝手に扉を開けて蓄電室に入ってきた黄色い戦士は
ここは僕に任せろ!
とばかりに力強く頷いてからタケミカヅチと交替し、ここで生まれたエネルギーはすべて吸収される密閉された蓄電室に一人残った。
そして直径60センチ、高さ1メートルの菱形の水晶の形をした蓄電器に向かい、自分の両前腕を素早く交差させると途端に彼の手の間からすさまじい雷光が迸って室内の天井と壁を3往復するとそれはたちまち蓄電器に吸収された。
「やった…!初めてやってみたけど大成功だ!」
とガッツポーズをするタヂカラオをモニター越しに見ていたタケミカヅチはマスクの下で口をあんぐりさせた。
「…成程、両手を激しく摩擦させて電気を起こさせる業は高天原族の剛の者にしか出来ぬな。それを思いつくとは、お前天才か?」
あはははは!いや~、と黄色い戦士は照れながら、
「実は今年700才の甥の科学の教科書からヒントを得たんです」
とヘルメット越しに頭を掻いた。
あれ、あれ?どーしたんですかー?将軍?
とスピーカーから流れる音声を横にタケミカヅチは廊下の壁にもたれながらずりり、と脱力して
初等科一年の子供の教科書ごときに俺の能力が追い付かれてしまった…
と虚無感の中廊下に尻をついてそのまま眠りこけてしまったのである。
ともあれ
蓄電要因は増員され力を使い果たして繭状化するという女王天照の二の舞だけは避けることが出来た。
このまま最大のエネルギー源である天照の覚醒まであと一週間、一族総勢7562人の省電力の中健康状態を維持できれば、助かる。
ところが、一週間を経過しても天照は目覚めない。
焦った元老長アメノコヤネは医師団に「これはどういうことなんだっ!?」と自身も体力の限界ぎりぎりまで祝詞を詠唱したため白銀色だった髪はすっかり総白髪になり、点滴静注を受けながら医師団長に詰め寄ると、
「陛下は身体的には完全に体力を取り戻しておいでです。融合体である光子エネルギーも臨界間近。お体は健康ですがしかし」
「しかし、何だっ!?」とコヤネが医師団長の胸ぐらをつかんだ時、
「そこから先は私に説明させて下さい」
黒い巨大な岩の形状をした天岩屋の背後のディスプレイに女官長アメノウズメの美しい顔が大写しになった。
「先ほど陛下の脳を透視させていただきました。確かに医師団長の言う通り身体的には健康。なれど陛下御自身が覚醒を拒否なさっているのです」
「女官長殿のいる場所は?」
ウズメの背後にあるのは前時代的な箱型のコンピューターと三つ並んだ古びた育成カプセル。もう何千年も封印され、放置されたそこは…
「ええそうです、ここは先王イザナキ大王の研究室であり陛下、ユミヒコ様、オトヒコ様三貴子がご誕生なさった『脳室』でございます。私はここから陛下の脳に働きかけ、強制覚醒させるコードを探索いたします」
「な、なんとウズメどのにはそのような能力があったのか…」
画面の中でウズメは口元でくすっと小さく笑い、
「思惟どのほどではありませんが私も先王に創られた人口生命体。ある程度の演算処理能力を兼ね備えておりますのよ。それよりあと72時間以内に事を行わないと陛下の中の光子エネルギーが臨界に達し、陛下のお体が蒸発いたします。こうなったら何もかもお終いです」
「解った、ウズメどのに全て任せる」
最悪の分析結果を聞かされてもコヤネは冷静だった。ウズメの報告を聞いた者全てに箝口令を敷き、
「陛下のご体力は回復なさっている!全高天原族の諸君よ、陛下のお目覚めまであと少しの辛抱だ、頑張ってくれ」
と全船に向けてスピーチし、 BGMに心身の疲労を和らげる効果のある「快癒の祝詞」を流す周到さを岩屋戸を囲む医師団と元老、そして皇太子アメノオシホミミに見せつけるのだった。
さて、と…
元老長との通信をそのままにウズメは高さ2メートル、幅1.5メートルのコンピューターのユニットを見上げた。
とうの昔にイザナキ王禁忌の研究室として封印され打ち棄てられた天照こと抽出子ヒルメの生成過程プログラムと全神経反射に作用するコードがこの端末には必ずある。と確信していた。
私を創った「父」イザナキ大王はそういうお方だ。
ウズメがユニット通信用のティアラを被り、自分の前頭葉と直結させた時、彼女の意識に突然何者かが割り込んだ。
(あなたは…!)
(久しぶりですわね女官長、今から貴女のお体を思いのままにさせていただくからお覚悟あそばせ)
それは、二億光年離れた銀河からコロニータカマノハラと高天原族庇護端末「渦女」にハッキング成功した思惟の心地の良い低音の声だった。
「は~い、全高天原族の皆さんお久しぶり。
ワタクシ1200年前にホストコンピューターオモイカネと共に逐電した陛下の弟で元第一王女、オトヒコでございますわよ!
…って、今のあなた方の危機的状況も的中してしまうなんてわが予知能力の忌々しさ!
これより一族救出プログラムを遂行させるために全員、バイザーを装着し目を守れ、
特に神官長オシコリドメと右騎将軍タヂカラオ」
名前を呼ばれたに二名ははっ!と背筋を伸ばし、ユミヒコの立てた天照救出作戦の計画とそれぞれの役割を命じられると…
「そ、そんなに強引な手段で事が運ぶものでしょうか?」と懸念を示す神官長にユミヒコは
「やるのよ、コンマ一秒も遅れず遂行するしかないのよ。さまなければ一族はここですべて終わりよ」
とつとめて冷厳な態度で圧して命じた。
その頃、思惟にハッキングされて意識以外の全てをリモートコントロールされた状態の女官長アメノウズメは起動させた旧式のホストコンピューター「イザナミ」から瞬時にデータを取得すると今度は天岩屋が置かれた神殿に向けて走り出す。
もう何が一体どうなっているやらウズメには解らなかった、が、ここはかつてコロニーの全機能を司った思惟どのにまかせるしかない!
ウズメは己が細胞中のミトコンドリアをピーク値(地球人の300倍)にまで引き上げ、全身の筋肉を戦士型に変形させた。胸筋が盛り上がって女官服の前が破れて裂け目が恥骨まで達し、両乳房と胸の中央にある渦巻状の痣と六つに割れた腹筋が露出するがそんなことお構いなしに密閉された神殿の扉を力任せにこじ開けた。
戦士型ウズメの突入に岩戸を囲んでいた要人たちが左右に分かれて道を開ける。
「天岩屋に通電させるため、主要電力のコイルを回し続けて電力を回復させる!イシコリドメ、笹を!」
「は、はい!」と神官長が祝詞の力の増幅器兼、神殿の設備を動かすリモコンである笹型のスティックを慌ててウズメに手渡す。
「しかし、一万年も前に機能を停止した主電源のエンジンが何処にあるのですか!?あったとしても動くとは」
「お黙り」
とウズメが笹を岩屋の真ん前の床に向けて神殿の設備を自動から手動に切り替えるコードを入力すると岩戸の2メートル手前の床がぱかん!と音を立てて開き地下からせり上がったのは…
高さ1メートル、直径20センチの鉄の円柱の上にスサ星時代の船の操舵機(ステアリングホイール)の形をした直径1.5メートルの発電エンジンのハンドルだった。
「ここからは私が最速でハンドルを回し続けます。ここにいる言霊使い達は活力の祝詞を詠唱して我を助けよ」
この二週間で体力を回復させた言霊使い達は羽衣を纏ったまま身体能力を引き上げる効果のある「活力の祝詞」を詠唱し、体をよじって踊り始める。この祝詞は踊れば踊るほど効果が上がるからだ。
全筋肉全神経全細胞の隅々まで活力が生き渡るのを知覚したウズメはハンドルから突き出た取っ手を握り締め、
うらら、うらうら、うらうらららいらいっ!!!
と太古より伝わる一族の掛け声を上げながら渾身の力で右周りに駆け回り出した。
ウズメの動きは速すぎて常人の眼にはただ操舵機だけが床に水平に高速回転しているようにしか見えない。が、視力6.5の高天原族だけには見えるのだ。
序盤、全背筋の力を使って両手で押し出すように取っ手を回すウズメが次第に疲れて、今度は大腿の筋肉を使って左右の膝で蹴り出し、その動作に疲れるとすると腰をねじりわが身を回転させながら臀部で取っ手を押し出す。
その姿は神懸かったように我を忘れ、上半身裸になるのも構わず踊りまわっているかのようだった。
…どれくらいそうしていただろうか。やがて手動発電機のエンジンが実に1万年ぶりに作動し、神殿に明かりが灯った。
もう何の力を加えずとも発電機は回り続け、神殿にいた者たちの表情が緩む中、岩屋の戸が僅かに開いたのを見逃さなかったタヂカラオは瞬時にその隙間に両手を差し入れ、本のページでもめくるように軽々と重さ1.5トンの天岩屋戸を抱え上げると、神殿の天窓めがけて、
「ずぉらやっしゃーっ!!!」
と雄たけびを上げながら天岩屋戸を宇宙の彼方めがけて放り投げた。
天窓が破れ、神殿中が0.003秒の間減圧状態になるも天窓周囲に控えていた旗艦護衛の軍人たちが直ぐに替えの天窓を下から被せ、事なきを得た。
「岩戸が開きます、みな下がっ
て!」
薄紫色の宇宙服を着た神官長イシコリドメがすかさず天照の御鏡であり、その実態は光子エネルギー吸収装置である神宝、八咫鏡を開いた戸口の前のかざす。
岩戸が開け放たれたその一瞬、旗艦天浮舟を含めた38隻の艦隊すべての乗員が大きな白い光に包まれた。
が、彼らが見たのは意識を取り戻した女王から放たれた光子エネルギーの残像だけで、直接のエネルギー源である光と熱は全て八咫鏡を通して蓄電器に吸収された。
戸口には完全に意識を取り戻した天照が
「よ、良かった…」と上半身裸に羽衣だけ羽織って床に突っ伏すウズメ。
なんとか光子爆発による陛下と皆の消滅を防げた…と御鏡を抱えたままへたりこむイシコリドメ。
アマテラス覚醒時に放つ光子エネルギーの解放に備えて宇宙服姿で安堵する息子オシホミミ、元老長アメノコヤネ、
「…もうやだ、早くカプセルに入って休みたい」
と疲れ果てて床に尻を付くタヂカラオと
「そんなこと思ってても口に出すもんじゃない、でも今は許す」
と功労者の肩に手を置くタケミカヅチ。
以下近臣たちの疲労困憊の体に天照は文字通りきょとん、と神殿内を見回した。
「我が眠っている間にいったい何があったというのだ?」
「ん、もう~、姉上がハイパースリープ中に無意識に幼児退行を起こして覚醒を拒否なさってる間に外はとんでもない事になってたんですからね!」
とディスプレイに大映しになる懐かしい顔と声に「ユミヒコ!」と人前であることを忘れてディスプレイ前に走り寄り、「元気か!?今、何処にいるのだ?」と弾んだ声でマイクに縋りついた。
「ご安心ください、ワタクシは現在二億光年先の天の川銀河の外縁部に居ます。一族が移住可能な惑星『地球』を見つけましたし、我らが弟オトヒコが創った国もその星にあります」
超新星爆発の大災禍、女王天照が倒れて二週間以上の節電生活。と立て続けに起こった変事に疲弊しきっていた高天原族民間人たちは王女の言葉に活路と希望を見出した。
「この地球に来る行程でワタクシが航路に置いてきた、24個の通信衛星から発する電波を辿ってここまでいらしてください。後はそちらのコンピューターのアプリケーションソフトオモイカネが誘導してくれます」
そこまで告げたユミヒコの顔が電波の乱れで歪んだ。
「どうやら通信電波もここまでのようです。後は皆の力でここまでたどり着いてくださりませ。
あ、皆を困らせた姉上に戒めとして録音した意識下音声を置いていきます。ではっ!」
最後に王女が右手を左胸に当てる高天原式敬礼を女王に向けて映像が途切れた。
(…もう起きるのやだにゃ、起きたらまた力をさくしゅされる一日が始まってへとへとになるのやだにゃ~)
と幼児退行化した天照の無意識化音声が神殿内に流れ、
「わーユミヒコやめろー!」と寝間着姿で慌てる天照を囲んで近臣たちに笑いが起こった。
笑いが収まった後天照は床に膝をついて岩戸開きの一番の功労者であるウズメを抱え上げ「我と一族を救ってくれてありがとう」と最大限の感謝を述べた。
「いえ、私は当然のことをしたまでです」予想通りの回答に「こういう時は自分を出していいのだぞ」と苦笑し、二億光年先という途方もない旅路に向かって毅然と顔を上げた天照は、
「電力は回復した。各自、肉体の回復と人員の半数の冷凍冬眠の準備を終えたら…
出発!」
と希望に満ちた声で号令をかけた。
天つ神、高天原族編・完
次回は国つ神、豊芦原族編「白兎」に
つづく。
な