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電波戦隊スイハンジャー#206 素戔の王

第10章 高天原、We are legal alien!

素戔の王


薄青く澄んで晴れた秋の空のもと、

「ほーら、高い高ーい!」と父親に掲げられた乳児がきゃきゃきゃきゃきゃ!と弾けた声で笑う。

大きく開いた我が子の口の中にきらり、と光る白い粒を見た父親は子をあやす手を止めて抱き寄せ、

「見ろ、この子に歯が生えたぞ!」
と母親に向かって喜色満面で叫ぶ。

「あらあら、最近お乳を遣るとき痛いと思っていたらそういうことだったのですね」

と乳児を抱きとった母親は「それでは夕餉で重湯でも与えてみましょう。ね…」と口をすぼめて我が子の名を呼ぼうとした時、

物見台の見張りの男たちが上空の怪しげな影を発見した。

「鳥か?」
「いや人の形をしてるぞ」
「ま…まさか羽根の生えた人!?」

とざわめき、各々の住処に戻って槍と剣を持ち臨戦体制を取る。

「待て待て、あの方は我の旧知の友である。構えを解け」
と丘の上で笑って邑人に命令する長、オトヒコは様子を窺って空中で旋回するほむらこと天使ウリエルに向けて大きく手を振った。

流刑の惑星、地球ちだまに送還された高天原族王子オトヒコが長年邑人達を苦しめて来た害獣ヤマタノオロチをたおし、乞われて邑長になってから10年の月日が過ぎた。

あの夜クシナダヒメとオオイチヒメを娶ったオトヒコは3人の子宝に恵まれ、

「スサノオさまが教えてくださった農法で今年も豊作でございますよ!」

「スサノオさま、獲物の皮のなめし方はこれで宜しいでしょうか?」

「スサノオさま、生まれた赤子に名を付けて下さいませ」

と邑人たちから頼られ慕われているいい長となっているのが傍で見ていても解るのだ、が…

「ところでお前『スサノオ』って何だ?いつから改名した?」

「ああ、そのことか」

それは結婚して間もなくの事。
クシナダヒメの父親で舅のアシナヅチから、
一族のしきたりで結婚した男は一人前の男になった証として名を改めなければいけない。

と云われて「男たちは皆どのような名を付けるのか?」と訊ねた時、

そうですなあ…とアシナヅチはみづらに結った頭を掻いて「我などは脚が速いのでアシナヅチ。他所から来た男は生まれ故郷の地名を名乗ったりします」と答えて下さったのでオトヒコは生まれ故郷かあ…と25年前に追放されたコロニータカマノハラの事を思ったが、

いや、姉上が王として君臨なさる高天原だけは名乗ってはならぬ。と小さくかぶりを振り、

「故郷の名はスサ、といいます」

と太古の昔高天原族を生んだ母星、スサ星の名を口にすると舅は「スサ…か。いい響きです。ならばスサの地の王という意味でスサノオ、と名乗ってはいかがですか?」

スサノオ、スサノオ…その響きは今まで第2王子という意味のオトヒコから自立してひとかどの男になった気にさせた。

うんいい名だ、採用!
「ではこれよりスサノオと名乗らせていただきます」

こうして彼はオトヒコからスサノオに改名した。

「出会った時は罪悪感に打ちのめされた貴公子、って感じだったが今じゃいい面構えした一人前の男になったな」

と昨年秋に生まれた女の赤ん坊をあやすスサノオを見てウリエルは優しい顔の父親になったな、と思ったのと同時に妻と子がいる普通の暮らしは人ならぬ自分の身では決して手に入らぬものだな。と心の奥にちくりと小さな棘が刺さったような痛みを感じた。

「そうだ、お前もこの子を抱いてみるか?」

と不意にスサノオが赤ん坊を自分の方に押し付けるのでウリエルは文字通り慌てて、

「ほ、星々の破壊を使命とする我の穢れた手でこのような清らかな存在に触れるなど…っ!」

と脂汗をかいてぶんぶん首を振るが、
「いいから抱いてみろ、って」と両腕の中に押し付けられた赤ん坊が自分をじっ…と見つめるつぶらな眼に吸い込まれてつい、
「…名は?」と赤子に尋ねる形で聞いてしまった。

「ウカ、という。豊作を願って名付けた」

とすかさずスサノオが答えた。

「ウカってここの言葉で『食い物』って意味ではないか!年頃になったらお前娘に恨まれるぞ…」

そうか?ときょとんとするスサノオの横でクシナダヒメとの間に生まれた9才の長男ヤシマが
「焔さま、まだ赤ん坊の妹に名を問うなんてすごい…」
と父親ゆずりの銀色の眼をぱちくりさせ、さらにオオイチヒメとの間に生まれた7才の次男、オオトシが

「父上が焔さまと妹のこんやく(婚約)を認めちゃったよ!」と握ったこぶしをじたばたさせて興奮する。

え、ということは。
我は赤ん坊に求婚して名乗りが成立してしまった。ということなのか!?

赤ん坊ウカを抱えてウリエルがやらかしてしまった羞恥のあまり頬を真っ赤にする。が、

「よせよせ、この地でのしきたりを知らぬマレビト(客人)をからかうものではない!」とスサノオに一笑に付されてしまった。

こうして流刑の王子オトヒコがスサノオとなって家族を得てささやかな幸せを満喫している時…


2億光年先の高天原銀河のとある太陽系に浮かぶ青い惑星があり、ほとんど全てが海面のこの星の僅かな陸地である孤島に女王天照と元老アメノコヤネ。そして年の頃600才くらいの二人の男児が海を見つめながら立っていた。

男児の一人は天照の抽出子で第一王位継承者アメノオシホミミ。
そしてもう一人はアメノコヤネの愛妻ワカヒルメが命と引き換えに遺した息子、オシクモネである。

オトヒコ追放の後に解凍された天照の生殖細胞は人口子宮の中で順調に育ち、時が満ちて切開された子宮から取り出された赤子を抱いた時、天照はこの子への愛しさを感じたし、弟を不幸にした代わりに生を受けたこの子を幸せにせねば、と思った。

「決めた、我は今後二度と女遊びはせぬ」

と決意した天照は忙しい政務の合間彼女なりに我が子に愛情を持って育ててきた。

今いる場所は高天原族の生まれ故郷であるスサ星の最後の姿。孤島の体をなすこの小さな陸地もかつてはスサ星最高峰イタケダケと呼ばれた8000メートル級の山であった。

お前たち、と天照はオシホミミとオシクモネの目の高さにかがんで見せて、

「今のこの島の姿をどう思う?」と聞いてみた。

「なんだかぜんたいが白くて干からびて…まるで骨みたいです」
とオシホミミが言い、
「本当にこの海の下に陸地があって森があって肌の色の違う人々が住んでたなんて、うそみたい」
とオシクモネが言うと天照は二人の頭を撫でて「信じられないだろうけれど全て本当に存在していて、そして滅んだのだ」と。

スサ星は約2万年前までは多種多様な生物と人種が共生した自然溢れる星だった。

が…爆発的に増えた人類、化学物質、温暖化などもろもろの理由でより急速に海面の水位が上がって人が住める陸地が沈み、宇宙開発と他星系移住の利権を巡って戦争が起こり水爆による津波などで生命力の強い高天原族以外の人種は自滅してしまった。

惑星の軌道内にいち早く民間人居住可能なコロニーを建設した高天原族は結果的に生存競争で生き残っただけだった。

という一族の歴史を子供に解りやすいようかいつまんで教えた。
そして最後に残った陸地であるこの島もあと30年内には海中に没する。

という予測が出ているので星の歴史を全て保存した学舎である王立大学院からデータ全てを抽出し終わった学長が女王に作業の完了を報告し、

「陛下、そろそろ」と白い瀟洒な山荘風の建物である王立大学院の上空に浮かぶ円盤への帰還を促す。

そして女王と元老長、二組の親子はかつての母性の最後の姿を目に焼き付け…

「言語を司る動物の末路は決まってこのようなものさ」

と諦観とも取れる口調で女王天照は母星への最後の行幸を終えた。

後記
スサ星の有り様は地球の末路かもしれない。
































































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