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電波戦隊スイハンジャー#191 生誕
第10章 高天原、We are legal alien!
生誕
産院の前に横付けにしたタクシーから慌てて降りた野上祥次郎は、
「ちょっとお客さん!」と運転手からの注意が無いと愛器のバイオリン、ヴィヨームを紛失してしまう処であった。
受付から聞いた病室まで廊下を小走りに移動していたところを看護婦に注意され、右腕ににバイオリンケースを抱き、もう片手で海外旅行用トランクを転がしてたどり着いた、
306と部屋番号のプレートが掛かった病室のドアを震える手でノックする。
「どうぞ」
とはっきりと妻の声がしたのでドアを開くと
まずは10才の長男啓一が「お父さん、お父さんや!」と弾んだ声と表情で彼を迎え、ベッド脇のソファで2才の長女沙智をだっこしていた父の鉄太郎が
「おおっ、生まれた日に間に合ったじゃねーか!」
と丸い黒眼鏡の奥で顔をほころばせた。
そして祥次郎は少し面やつれしていながらも微笑みを浮かべてベッドに横たわる妻、緋紗子の額に口づけし、傍らのコット(乳児用ベッド)に横たわる次男と目が合った。
彼と同じ灰色の髪と目をした可愛い赤子だったが、祥次郎が我が子に抱いた第一印象は、
僕に似て可愛いんだけれど、僅かに目が据わってて足を大の字に踏ん張って寝てて…
何だかふてぶてしいな。
というものだった。
こうして野上家の人々が新しい家族を迎えていた頃、
「うっ…うう~っ。真性の高天原族の誕生だべ」
「スミノエ様ばんざい!祥次郎ジュニアばんざい!」
「お祭りだべ!」
「餅つきだべ!」
と病室内にひしめく30体ほどの超知的生命体の小人集団、スクナビコナ族がヒトに見えないのをいいことに「よいやさぁ~!!!」と両手を上げて青海波(ウェーブ)をかましていた。
とにもかくにも、
昭和57年12月26日、野上聡介誕生。
…あれから30年11ヶ月経過し、
ここは東京根津にある民宿喫茶、グラン・クリュ。
「クリスマス明けと元旦の間のビミョーな日に生まれたせいでクリスマスプレゼントとお年玉を元旦一回で済ませられ
『こりゃあ安上がりな子だぜ!』と成人するまでじーちゃんに言われて育った俺の気持ちなんて…分かるかっ!」
とホットミルクセーキを飲み終え、カウンターで愚痴をたれるのはシルバーエンゼル野上聡介。
戦隊最強、なれど人間性は戦隊で一番難あり。
のあと23日で31才になるいい大人。
「はいはいそーですとも、私も生みの親に誕生をお祝いされたことの無い身の上、お気持ちはよーっく解ります…」
と聡介の隣で親身に話を聞いてくれるのは高天原族元元老で今はツクヨミ王子の助手であるヒューマノイド、思椎。
この日の彼の格好は袖の二の腕が膨らんだ全身黒のベルベットのワンピース姿。首のチョーカーにはアクセントに白レースの大きな蝶ネクタイを付けている。
藍色の髪に黒い中折れハットを斜めに被り、白いハンケチで目頭を押さえて聡介に寄り添う彼の姿は「三者面談の帰りに『本当はラッパーになりたい』という息子の本音を傾聴する母親」みたいだった。
12月3日午後三時。
おやつにティラミスを用意する隆文は、あ、あの~と初めてのお客さんにいきなり失礼な事聞くの承知で、
「思椎さん体は男だべな?」と聞くと「そうですわよ」とあっさり思椎は答えた。
「んじゃ女装家なの?心の性別は?」
と聞くと、
「それが、はっきりしてませんの。元々性別を持つ必要の無い存在でしたから」
思椎が平然とした顔でぶっ飛んだ回答をしたので隆文とマスターの悟、聡介の視線が一斉に思椎に集中した。
「それ…どゆこと?」
ついさっきまで愚痴をたれて慰められていた相手に聡介が指差しながら問うと、
「わたくしはかつて二億光年前の銀河30星系を統べた高天原族のホストコンピューター、『オモイカネ』のAIなのです。肉体の方は後からツクヨミ王子が作って下さったのです」
「じゃ、じゃあ貴方は肉体を与えられた人工知能、ということなんですね…」
という悟の実に簡潔な言葉に思椎は指を弾いて「That's right(ご明察)」と何故か英語で答えた。
この時店内に居た戦隊メンバー悟、隆文、聡介の脳裏にはシスティーナ礼拝堂に描かれたミケランジェロの天井画、「最後の審判」の中心。
創造主に命を吹き込まれるアダムの姿を思い描いた。
「まあ大体そのようなものですわね、地球の三次元人の単純な思考回路では」
彼らの脳内をスキャンしていた思椎は、
コイツ、人間を五段下で見てやがるな…!
という全員のぶちギレた心の声を聞き流して平然とダージリンティーを飲んだ。
ちょうど女性から男性に肉体が変わる性別転換期のストレス(地球人女子によるPMSと症状が酷似している)をぶつけてくるパワハラ主、ツクヨミ王子から逃げてきた助手、思椎の東京根津でのショートステイライフと、
高天原族の全情報を蓄積している彼が語る「神話」がここから始まる…
後記
思惟のモデルはイギリスの俳優クエンティン•クリスプ(スティングのイングリッシュマン•イン•ニューヨークのPVに出演)
か漫画「パラダイス•キス」のイザベラ。