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電波戦隊スイハンジャー#205 大王への一歩

第10章 高天原、We are legal alien!

大王への一歩

一年に一度の空腹に苛立ちながら「彼」は次の貢物を待っていた。

(ええい、遅い!さっさと次の娘を持って来ぬかあっ!)

光の加減によっては虹色に輝く美しい鱗なのだがその全体像は残念ながら全長50メートル、幅3メートルの
獣身の上半分から八つに分かれた頭部を持つ醜い大蛇おろちであり、およそ20年前から地下に熱い火の海が通い程よくあたためられた阿蘇の地の磐座いはくらでその身を激しくよじらせた。

元は他星系のキメラ生物だった彼が隕石と共に地球に降下し、覚えたのは人肉の味。様々な獣の肉を食べ比べて来たが特に人間の、若い娘の肉は最高に美味だった。

人間をひとり喰らえば一年何も食べなくても良いエネルギー効率の良い体質でありこの星の爬虫類と同じく春夏活動し、冬眠前に生贄として若い娘を捧げるよう近隣の住人たちを恫喝し続けてきた彼を、ムラの人々は恐れながら…

八岐ヤマタ大蛇オロチ

と呼んだ。

今年も冬眠期を前に生贄が差し出される筈なのだが、邑人がなかなか来ない。

業を煮やした頭部「壱」がよし、ならばこちらから喰らいに行くまで!と決断を下した時、

頭部「弐」が
(なあなあ壱ちゃん焦って邑潰したら来年から食べ物無うなるよ)と中年女性の声で悟し、それに頭部「参」が老人の声で(弐ちゃんに賛成。この阿蘇の厳冬期を前に動いたら硬直してしまうぞよ)と「壱」を諭す。

説明しよう、ヤマタノオロチは頭部が8つあるが故に脳と精神も8つに別れ、思い切った活動をする前に8つの頭部で話し合って壱以外の多数決で決める極めて面倒くさい生物なのである。

少年の心を持つ頭部「」が
(おなかすいたー、早くお肉食べたーい)と駄々をこね、
若い娘の精神を持つ「伍」が
(私よりキレイな女来たらガッ、と頭からイっちゃうから)と舌なめずりし、

生まれたままの純真な心の頭部「ろく」は(ばぶー)とはっきりした意思を伝えられず、

短気な幼児の頭部「しち」は(邑潰したら次の邑いこーよ)と頭部「壱」を急かし、最後の老女の心を持つ頭部「はち」が、

(意見をまとめなくても向こうからやって来たわよ)

と前方800メートル程先に邑の男たちが総勢二十人くらいで台車で大きな酒樽を運んで来て、その後ろに豊かな黒髪を櫛でまとめた白装束の娘がうなだれたまま歩いてくる。

(うはははは!約束は守ったようだな邑人ども。娘以外はさっさとぬるがよい)

赤い舌を出し、口から炎を吐くヤマタノオロチ頭部「壱」の言うとおり邑の男たちは娘と酒樽を置くとさっさとその日から逃げ出してしまった。

(見よ、この星の人間どもは何という薄情な奴らか…娘御よ、名は何という?)

「は、はい…クシナダヒメと申します」
とかすれ気味の声でクシナダは答えた。

(ううむ、その方肉付きもよくなかなか美しい容姿をしておるな。お前の美しさを肴に酒を飲むと致す)

オロチの足元にある直径2メートル四方の生贄のいはくらの上に置かれた酒樽に頭を突っ込んで、酒好きの頭、壱と四と伍がたちまちうまそうに中の酒を飲み干した。

今年の酒は何度も絞った強くて辛い酒である。
げふぅ…!と3つの口から酒臭い息を吐いたオロチが

(はっはっはっはっは!冬眠前に美味い酒を飲んで若い娘を喰らう我は最高に幸せものよ!)

と上機嫌によだれを垂らして舌を出し、(まずは匂いを楽しんでから)と生贄の頭髪に近づいた時…

(待て!…こいつ娘じゃなくて男子おのこじゃぞ)

と頭部「参」が舌先で生贄の本当の匂いを嗅ぎ当てた。

生贄は豊かな黒髪の下で大きなため息をつき、

「あーあー、さっきからおまえらの話聞いてりゃ酒かっくらいながら若い娘をゆっくり味わうのが好きだと?
まるで生き汚くいやらしいくそ爺ぃではないか。こんなのが同じ星にいるかと思うとうんざりする。これ以上喋るな、ね」

生贄は前髪から抜き取った櫛に真空波を乗せて素早く投げ放ち、その先にいた六と八の頭部頸から切断される。

(っああーっ!!最も純粋な精神の二頭があっ!…その力人とは思えぬ、お主何者ぞ!?)

今まで生贄にされてきた娘たちの遺髪を集めて作ったかもじ(かつら)を取り、クシナダヒメの匂いの付いた白装束を脱ぎ捨てた青年が長い銀髪を風にたなびかせ、

「倒す相手だから名のってやる、わが名はオトヒコ、高天原族の王子なり!」

そう言ってオトヒコは背中に隠しておいた大剣を抜いて構える。

一人と一体との間で長く伸びた秋草が突風で激しくうねった…

(若い男だったら私でも美味しくいただけるう〜)

頭部伍がこの星で初めて喧嘩を売ってきた生意気な人間を頭からぱくりと呑み込んだ。が、口中から脳天を砕かれ伍は一瞬にして絶命し、下顎から上がオトヒコの放った拳で細切れに飛散した。

「…で?」

かつての伍の舌の上で唾液で濡れた顔を拭ってからオトヒコはかつてない好戦的な笑みを浮かべた。

残りの五つの頭は数千年も生きてきて初めて自分以外の生き物に恐怖した…

破壊天使ウリエルがオトヒコとヤマタノオロチ決戦地に降り立ったのはオトヒコの名乗りから地球時間で48時間後のことである。

ひとり焚き火で暖を取り毛皮を巻いてちぢこまっていたオトヒコはウリエルを見るなり、

「遅いぞほむら!」

と文句をたれた。

「悪い悪い、高天原族の全エネルギー解放の波動を感知してここまで来るのに46億年光年かかったのだ」

と今燃え盛る焚き火のように真っ赤な髪を掻いてウリエルは珍しく詫びた。

「で、お前が全力を出して屠った奴が『これ』か」

と天使が顎をしゃくった先には…
8つの頭のうち2つが頸部から水平に切断され、2つが下顎から上を粉砕され、3つが頭部を縦に切り裂かれ、たぶん壱の頭である残りの一つは脳天から垂直に大剣を突き刺されて絶命した大蛇の遺骸が転がっていた。

「8つ脳を破壊するのが大変だったよ。縦に割れば効率いいと気づいたのは5頭目からだった」

「確かにこいつはここから3億光年先に生息していたウルファ=ヌル星の危険害獣である。徹底的に駆除したつもりだが生き残りがいたとはな…」

「こんなでっかい図体のやつ埋めたり焼いたりも出来ないし邑人たちが恐がって近づかないし困ってたんだよ〜」

まあ待て、とウリエルが最後のヘビ型キメラ生命体の肉片を試験管に取り、遺伝子データを手元の記録端末に保存してから…

「今から焼却処分するから少し離れてろ」

とオトヒコに草原の端まで下がらせた。

かつてヤマタノオロチと呼ばれて恐れられた遺骸に向けてウリエルは左右の手を縦に構えて真っ赤な焔を放射状に放った。

煙も臭いも発することなくオロチの骸は焔に包まれた所から乾燥し粒状化し、最後は素粒子と化して磐座の上は「元から無い」状態となった。

これがウリエルしか発することのできない三次元最大の物質破壊である光子爆発、「破滅の炎」である。

よーっし、きれいに片付けたぞ。
と一仕事終えて首を鳴らした後ウリエルは、

高天原族の力を使ってまでこれを倒したオトヒコを住人たちは畏怖するだろう…

「お前これからどうする?」

と根は悪い奴ではないオトヒコを心底心配して言った。

えへへ…と照れくさそうに頬を掻いたオトヒコは、

「実は邑に戻ったらクシナダヒメとの婚儀が待ってるんだ。助けてくれたお礼に長になってくれ、だってさ」

愛とか恋とかいう概念がまだ無かった天使ウリエルは、やれやれ、と肩をすくめ、

「めでたいことで、それなら勝手にしたまえー!」

と半ばやけ気味に叫びながら翼をはためかせて宇宙《そら》へと飛び立って行った。

邑に帰ったオトヒコを長は婿として歓待し、過去に娘を喰われた父親たちは仇を討ってくれた恩人として涙ながらに感謝した。

酒と馳走が振る舞われた男だけの宴が終わるとやっとクシナダヒメと会える初夜。

新しく作られた竪穴式住居の中に入ると白い蚊帳の中には可憐な美少女クシナダともう一人…

「初めまして、山の麓の邑長の娘オオイチヒメです。お強いあなた様に嫁ぐように父に言われて来ました」

とクシナダより少し幼いが目がぱっちりとした娘がクシナダと並んで恥じらいながら挨拶をした。

この地の風習では、人がくれるものはありがたく受け取り、決して断ったり相手に返すような事はしてはならない。

と兄ユミヒコから言い聞かされていたオトヒコは、

ま、いっか。

とはにかんでから右腕にクシナダ、左腕にオオイチを抱いて「よろしくな」ととろけるような笑顔で言うと寝所を照らす灯火を吹いて消した…

こうして二人の妻を娶って一つの邑の長となった流人オトヒコは葦原中津国の大王への一歩を踏み出すのだった。

後記
「ま、いっか」はクヨクヨしなくなる魔法の言葉。
もらえるものはもらっとけ。が古代の掟。























































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