電波戦隊スイハンジャー#89
第五章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行
プロローグ、流刑の星
美|《うま》し国ぞ…
青く輝くあの国は、何と云うのだ?
ああ、貴方の故郷では惑星まるごとを国と呼ぶのでしたね。
名前などは有りません。
この宇宙の辺境の果ての果ての惑星は、資源は豊富なれど生き物は愚か。
何万年も進歩がない。奪い合い、殺し合うことしか能の無い者たちです。
「私ども」はこの惑星を地球と呼び棄てております。
ふ、だからこうして宇宙の政治犯や問題児を放逐する流刑地として使用する訳か…
政治犯?それは貴方のことですか。いま二人きりなので言いますが…貴方こそ高天原族の王に相応しいお方。
貴方を追放するなど、一族はもう…
言うな。私ひとりが出て行けば政は安寧するのだ。それでよいではないか。私は、どの島に降りるのだ?
島?ああ、大陸の事でございますね…ひとつだけ、強大な権力の支配下にない島がございます。
なんと、幽き島ぞ!
申し訳も、ありません…秋津(蜻蛉)の形をした島なので、秋津島と我々は呼んでおります。
秋津島。それは美しい響きぞ。
地上に降りられましたら、治めますか?あの島を。
まさか!もう政には懲り懲りであるよ。
ではご自由に。無事地上に降りたら私どもはもう干渉しません。
「丁重な護送、実にかたじけない。焔の髪の天使よ、名は?」
「ウリエルと申します。手枷を外します」
「必要はない」
と若者は軽く手首を捻ると、自力で手枷を真っ二つにした。超危険人物捕縛用の枷を、である。
なんとも邪気の無い笑顔であった。
自分には恐怖の概念は無いが、この怪力では周りの者は畏怖するだろうな、とウリエルは思った。
「ところで足元に生えてるこの尖った植物は何だ?」
「葦とこの地の者は呼びます」
若者は、初めて降り立ったこの地の大気を、胸いっぱいに吸い込んだ。
季節は夏の終わりであった。これが、自然の植物が生み出す大気か…!
「水よし、風よし、景観美し。この島を、葦原中津国(あしはらなかつくに)と呼ぶことにする」
若者の長髪と瞳が、星の輝きを受けて銀色に輝いた。悠然と歩きだしてふと気づいたように若者は振り返り、笑いながら言った。
「焔よ。縁があったらまた会おう!」
「は、高天原族の王子オトヒコ様よ…」
葦の原を飛ぶように掻き分けてく若者の背中を、ウリエルは後に何度も眩しく思いだす事になる。
ここは、豊葦原瑞穂国。
後の日本の国の始まりに、私は立ち会ってしまったのだから。
まこと縁とは奇しきものですな、オトヒコ様よ。私がまさか、後に貴方の娘を娶るとは…
約3500年後の京都稲荷山。8月10日の夜、障子の外で鈴虫の音が鳴っている。
くたっとした浴衣の感触が肌に心地よい。OH、日本ってイイデスネー…。
久しぶりの日本酒に酔ったウリエルは、女神ウカノミタマの太腿を枕に短い夢を見ながら、思った。
その姿は完全に日本のおもてなしに堕落した外人である。堕天使とはよく言ったものだ。
いかに「上」からの命令とはいえ、私はこの島にとんでもない人物をブッ込んでしまったかもしれない。
このかそけき島は、今や世界屈指の経済大国。案外しぶとい国になりましたぞ、オトヒコ様。
ウリエルが3500年前に放逐した王子オトヒコ。
後に建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)と呼ばれ、日本の国の礎を作る事となる。
そう古事記で有名な、英雄スサノオである。