電波戦隊スイハンジャー#94

第6章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行

いなおり鉄太郎2


黒たまごなう。in箱根。あと一泊してから帰りまーす。


と兄啓一と兄嫁の菜摘子なつこ、姪っ子の菜緒がそろって箱根大涌谷名物の「黒いゆで卵」を上半分だけ殻を向いてふざけてぱくついているほのぼの写メを眺めながら


野上聡介は、思った。


こういう時、つくづくと…あー嫁さんと子供が欲しい!!今彼女いないけど。


あー、新婚レッド隆文うらやましー!


去年の暮れに姉の沙智の婚約が決まってから、聡介の周りで「そろそろ身を固めたらどうだ?30だし」と祖父鉄太郎の直弟子達、つまり聡介にとっては兄弟子に当たるおっさん達。


合気柔術柳枝流幹部会、通称「やなえ会」が入れ替わり立ち替わりお見合いの話を持って来るのだ!


ケース1・本部道場師範で元警部の野村操(62才)の場合


「聡介、女は顔じゃない!選り好みせずにさっさと結婚して柳枝流3代目を作ってくれ。


さすればおれも生きてる内に稽古の付け甲斐がある。おれの県警時代の人脈で体育教師とか、女性自衛官とか婦人警官とか…」


「ノムさん、体育会系女子しか人脈ないんですね」


「当たり前だ、女は顔じゃなく、強さだ」


きっぱり!と現役時代「鬼野村」と呼ばれて九州の暴力団組織を震撼させたノムさん。こと野村操は聡介の顔の前で拳をぐっと握ってみせた。


きりりとした太い眉に苦み走った顔立ち。


リアル戦国武将ってこーいう顔してたんだろうなー。とノムさんが家に来るたび、稽古を付けてもらう度に聡介は思う。道場では聡介と同列の、黒帯七段。


弟子への稽古の付け方も苛烈を極める。オラオラ系を地で行く男である。


「ノムさんの奥さんって美人だったじゃないですか?でも好みのタイプは女子レスラーか柔道家ってなんか矛盾してません?」


聡介は去年亡くなったノムさんの奥さん、禮子れいこさんの話を出して見合い写真をさりげなくテーブルの端にずらす。


「うむ、おれも結婚した時は32で相手は上司の娘。半ばお見合い状態だったがなー、美形は好みじゃなかった。


好みじゃなかったけど…気が付いたら婚約してた。肚の据わった女性だったからだ。なあ結婚って案外そんなもんだぜ。とにかく出会ってしまえ」


とノムさんは聡介が端に寄せた見合い写真の束を引きもどして見せてくれた。おちょぼ口でえらの張った女性体育教師が振袖姿ではにかんでいた。


「な、いい女だろ?昨今女子力女子力とかまびすしいが、そんなものは上っ面。女の魅力は、太古から生命力、体力!要するに、生物としての強さ!

…それは

あらゆる命を産み出す母なる大地の魅力なんだっ!さあ強い遺伝子を遺せ!」


とまあ一人で勝手に盛り上がる始末。やれやれ毎回こうだよ。聡介の隣で話を聞いていた叔母の祥子もげんなりとした顔で意見した。


「何気に女性賛美しているようで失礼な表現になってんのよ…それならミサオちゃんがムキムキ系女子と再婚すればいいじゃないのよ!」


「いや、娘夫婦と孫いるし」「出来ないんなら言うな、って話よ!」


ノムさんと祥子は同級生で幼い頃からミサオちゃん、祥子ちゃんと呼び合う仲。元県警の鬼野村も口ゲンカでは祥子に勝った事は無かった。


「祥子ちゃんには敵わんなぁ…」と一応写真を置いてくたびれた道着に黒袴姿でで稽古を付けに向かうノムさんだが、その背中は「諦めないからな…」と主張していた。


鬼野村、恐っ!


ケース2・熊本開成会病院消化器外科センター長、中松彰孝なかまつあきたか(47才)黒帯五段の場合


「ノムさんみたく強引な言い方はしないつもりだけどな。ほら、私は聡介くんを研修医時代から指導してきたし、今は職場の上司でもある。


今日は世話焼き上司がお茶飲みに来たぐらいに思ってくれていいよ。でも聡介、お見合い結婚は案外いいもんだぞぉ…」


と言い切ったセンター長の眼差しは、真剣(ガチ)だった。


「センター長もお見合い結婚でしたからねー。相手が14才年下の中松医院のお嬢さん先生とはうらやましい限り。しかも45才で!」


は、は、は、は、と聡介はスタッカートの付いたわざとらしい笑い声を立ててみせた。


ちなみに中松医院のお嬢さん先生で小児科医の中松馨なかまつかおるは、聡介の高校時代の先輩で姉沙智の親友でもある。


つまりセンター長は45才で入り婿をしたのだ。夫婦仲睦まじく去年男児が誕生し、センター長は赤ん坊の育児に追われる中年男になった。


「結婚しなかったんじゃなく、出来なかったんだよ。…45まで。


外科医は忙しすぎるから離婚率も高い。恋人が出来てもすれ違いですぐ振られる。


先輩ドクターの何人かが慰謝料の為に働いてるのを見てると結婚するもんじゃねえなあ、って思ってズルズル来ちゃって。ハッキリ言って婚期逃したんだな…私は。


恩師の教授の紹介だったから渋々受けたんだが…最初のお見合いの席で馨さんを初めて見て『あ、この人だ』と心を決めたんだ」


そう言ってイタリア人みたいに彫りの深い顔に顎髭を生やしたセンター長、(ニックネームは肥後のイタリア人)の顔が、少女みたく頬を染めて「婚期を逃してた」と告白するのを見て聡介は思わず吹き出したくなって辛うじて我慢した。


研修医時代「お前、大学病院で何習って来た?解剖生理からやり直せぇっ!」とひよっ子医師たちを叱りつけていた恐い恐い「鬼の指導医」がねぇ。


「と、いう訳でだ」

「何が『と、いう訳で』なんですか?」


「いいか?私みたいにズルズル婚期逃すな、という事だよ。君はどーもそーなるよーな予感がしてね…私の場合は奥さんに恵まれたし、可愛い子供も生まれた。


だが、40代後半過ぎてからの子育ては、肉体的にキツイぞ…まあ見るかどうかは君に任すが写真だけ置いて行く」


あっそーだ、と玄関口で振り返って行ったセンター長の一言が少なからず聡介を凹ませた。


「このお見合い話、実は僕の奥さんが持ってきたんだよ『聡ちゃんは恋愛下手でズルズル婚期逃すタイプよ』って」


馨せんぱい。


まだ誰にも言っていないけど、俺の初恋は、実はあなただったんですよ…


初恋の人が今や上司の妻って、なんか夏目漱石の小説みたいな話じゃないですか?


同じ高校の1年と3年で、通学バスがいつも一緒だった。額が広い知的な顔だ。だがそこが可愛いと思っていた。


あー、好きな気持ち隠して「デコッパチ先輩」とからかうんじゃなかったな~、医学部に進学しても先輩後輩で顔つき合わせてたからいつでも告白できるチャンスあったのに…


「おい野上、人の話を聞いているのか?」


レストランのテーブル越しに職場のナース、狩野瑞樹が結構むっとした顔とドスの利いた声で聡介を苦い回想から休日のランチタイムに引き戻す。


8月18日、聡介も瑞樹も食後のデザートを食べ終え、聡介はアメリカンコーヒー、瑞樹はアイスティーの半分を空にしていた。


「ごめん、姪っ子からのメール見てた」


「そんなに姪が可愛いなら結婚してはよ子供作れ」


うっ、今一番気にしている事を…やなえ会のおっさん達みてーじゃねーか。


「おめーもな」


熊本市下通の外れにある老舗レストラン「ドン・ガバチョ」は値段が安く、料理も質が良くて旨い。


隠れた名店なため、平日はランチタイムでもそんなに混まないのが聡介のお気に入りで、家族や特に親しい友人にしかこの店を教えない。


同い年の狩野瑞樹もその一人だった。知り合ったのは、聡介が大学院を卒業してすぐ現在の職場である開成会病院の面接で順番を待ってる間、席が隣同士だった。


二人とも29才。瑞樹はオペナース志望で個人経営の外科病院から転職活動中で、聡介は新卒同然。


灰色の髪と瞳を持つ聡介の容貌にてっきり研修に来た外国人医師と思った瑞樹が「は、How do you do?」とこわごわ話しかけてきた。


聡介はスイス人クォーターだが生まれも育ちも熊本のれっきとした日本人。「違う、自分はクォーターです!中身は日本人です」と初対面の相手にいつも通りの説明をした。


「ほんとだ。熊本訛りだ。でもべらんめえ調も入ってるね。親戚に江戸っ子でもいた?」


「ん?じーちゃん…祖父が神田の育ちだけど。初対面でそこまで当てた人は初めてですよ」


「あー、あたし、地方のなまりとか調べるの好きなんだ。ローカルバラエティ番組の影響でさー。私は狩野瑞樹、正看護師です。29才」


リクルートスーツに身を包んで印象は地味だが、眉がきりりとした意志の強そうな顔つきに聡介はお、出来るナースなんだろうな、と好印象を持った。


「同い年だ。僕は野上聡介、ここの消化器センターで研修医していました」


「29で就職活動ってことは、院生だったの?」


「うん、博士課程」


「データが出るまで気が狂いそうな日々送るんだってね?前の病院のドクターから聞いた」


「まさにそーだよ。ラット(実験用ネズミ)と研究データとにらめっこしながら。しかも真夜中に。何度か発狂するんじゃないかって思ったね」


たった10分足らずの、しかも初対面の会話でこんなに打ち解けたのは彼女が初めてかもしれない。面接が終わってから2人はアドレス交換して「受かってたらいいね」と病院玄関前で別れた。



そして現在、聡介は消化器外科センターのドクターとして、瑞樹はオペ室ナースとして、毎週水曜の手術日にはタッグを組んでいる。


執刀医に直接メスなどの器具を渡す役割を「器械出し」というが、狩野瑞樹は聡介が知っている限り一番優秀な器械出しナースだ。


特に聡介と相性がいいという訳ではなく他の執刀医も「狩野ちゃんと組むとオペがさくさく進む」と上機嫌で言っていた。


執刀医の術式の癖や呼吸に完璧に会わせてくれる。狩野瑞樹はまさに逸材だった。


一緒に仕事をするようになって2年。こうしてどっちかがメールか電話で呼び出せば一緒に食事もする。


恋愛相談も、失恋の愚痴もこぼし合った。

気の置けない異性の友人だが、なぜかお互い「こいつと付き合えば楽なんだろうなー」と思いながらも恋愛感情を持てないままで来ていた。


嫌いなタイプではない。むしろ好みだ。


しかし…病院内職場恋愛は得てしてのめり込み、バレたらすぐに噂されるからなー。


聡介も瑞樹も、先輩たちの不倫、二股、離婚などの「失敗例」を見て二の轍を踏まないように気を付けている。二人とも生真面目な性格なのだ。


聡介はドクター内の「ナースとは寝るな、武勇伝のようにすぐに言いふらされる」の鉄則を守り、


瑞樹はナース内の「ドクターとは寝るな、どうせその内浮気される」という掟を守っているだけ。


「白衣同士の恋」は、得てして爛れがちになるのはよくある事なので。


「野上」


「うん?」


「あたし今男いるんだけどさー」


「仕事はなに?」


そこなんだよ…と瑞樹は空になったグラスを前に頭を抱えた仕草をしてみせる。


「実はさー、ドクターで野上がよーく知ってる男…誰だか分かる?」


「まさかさー、一番思いたくない相手なんだけど、まさか篠ちゃん?」


篠ちゃんとは聡介高校からの同級生での親友の篠田博通しのだひろみち。市民病院に勤務する産婦人科医である。丸ぽちゃな色白の顔同様、本人も至って人畜無害を絵に描いたようなお人好しであった。


「そうなんだよー、そのまさかなんだよ。あーあドクターだけは好きにならないと心に決めていたのに…」


「いや、狩野ちゃん。篠ちゃんは人格は保障するよ。浮気はしないというか、怖くて出来ないタイプの男だ。むしろ狩野ちゃんは男を見る目がある。


だけど…問題はあいつの実家だよ」


瑞樹の恋人、篠田博通の実家は全国でも有名な産婦人科医院で、博通は院長の次男。県でも有数の資産家の息子なのだ。


「狩野ちゃん、俺達がこうしてダチやってんのはお互い『元ヤン』の匂いがするからなんだよな。


俺は中学の頃からなぜか喧嘩売られては暴れまくっていた。


おまえ、故郷の菊池では『ジャイ子』と恐れられていただろ?正嗣から聞いたよ」


「そこだよ!まさか共通の友達がいるとはね。泰安寺の息子とどーして友達なわけ?マサは中学の後輩だよ」


まさか屋久杉の前でたそがれていた所を意気投合して一緒にヒーロー戦隊やってます!なんて本当のことは言えないので「観光地で知り合った」と正嗣と口裏合わせをしている。


「ほんっと世間って狭いなー」と聡介はしらばくれた。


「そーなんだよ、ご両親に対面って時に元ヤンの過去がバレたらどーしよ~」


「ちょっと待て。ご両親の話ってお前たちそこまで進んでるのか?って、どーして俺に今日まで知らせなかったの?」


親しい間柄の友人同士が交際するのは大いに構わない、だけど、隠さなくたっていいじゃないか…疎外感を受けた聡介は結構傷ついた。


「付き合って3か月だよ。おとといプロポーズされたんだ…」


「はやっ!問題は、平成の時代にそんな事?って思うかも、だけど『お育ちの違い』で平気で反対したり、政略結婚させる開業医は今でもいるんだぜ」


聡介は学生時代、博通の実家にに何度か遊びに行って彼のご両親にも会ったが、産科医の父親は温和な中年、母親は元助産師のしっかり者、という印象だった。


だが、息子の結婚となるとどう豹変するか分からないのが人間だからなー。


むむむ…と聡介が顎に手を置いて考え込み始めた時、「ああーっ!」と素っ頓狂な子供の声が傍で聞こえたのでうるせえな、と思って見上げると…


「野上先生…カノジョ?」

と自分を指さす光彦と、隣にはすらっとした体つきの少女。凛々しい目元が誰かに似てる!?


「姉ちゃん、オトコか!?」


と瑞樹の妹、狩野毬かのうまりが、瑞樹を指さしていた。


しまった、こないだ光彦とこの店来たんだったよ…これじゃどーみても同僚同士の休日デートをガキに見られた図じゃないか。


大人のデリケートな話題の最中に飛び込んで来た夏休み中の中学生2人を前に、


聡介は気まずい顔をした。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?