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電波戦隊スイハンジャー#142

第七章 東京、笑って!きららホワイト

静かの海1

戦隊たちがテレポートで飛ばされた場所は雲に抱かれた富士山を背景にした湖畔だった。

7人の若者は変身を解かれて普段着になっている。

小角だけが忍び装束のままで、右肩に先程の子烏(こがらす)を乗せている。

「ちょうど真ん中に富士が見える…ここは精進湖だ」とさすが地元っ子の悟が現在地を言い当てた。

湖を後ろにパワースーツを着たままのツクヨミと甲冑姿のウリエルが並んで立っていて、小角と若者たちが2人に向き合う形になっている。

「さて、『箱』の中身は何だと思う?」

ヘルメットを脱いで冷たくなった夜風に銀髪をなびかせて、アクリルキューブに密閉された「箱」を掲げながらツクヨミが問うた。

「おそらくは、レトロウイルスに手心を加えたもの。致死性の高いウイルスが入った、噴霧式の爆弾じゃないか?」

と答えた聡介の顔をツクヨミはしばらく無表情で見つめた。

「なかなか最悪の予想ね」

「でも『ありえなくはない』」

9月末の富士湖畔の気温よりも冷たい眼差しで聡介を見ていたツクヨミはにっと片頬を上げて、笑った。

「正解よ。この10センチ四方の箱の中に、およそ2週間足らずで日本人全部を死に至らしめるウイルスが入っている。

時期が来れば起動する仕組みになっているのよ。

例えば世界中のVIPが集まる東京オリンピックの開会式とかでね」

7年先、辛うじて安全神話が保たれている日本の東京でウイルステロが起こったとしよう。

数日後に発症、感染に気付いた時にはもう帰国している観客が、世界中にウイルスを撒き散らしいるだろう。

あまたの人命が失われ、その事件が世界全体に与える絶望は計り知れない…

自分たちが防いだテロの、事の重大さを知って若者たちは氷像のように立ち竦んだ。

「でも柳は箱を素手で持っていたじゃねえか」

と急に矛盾点に気づいた隆文が言った。

「柳は箱の正体を知らされて無かったのよ。
おそらくアジアか国内のどこかで結社のメンバーから箱を渡され、
一時期預かって他のメンバーにリレー形式で渡す運び屋に過ぎなかった」


「そして時期が来るまで箱は守られる筈だった…それを僕たちが奪った、って訳だ」

と呟いた琢磨に、そ、とツクヨミはウインクしてみせ、アクリルキューブをウリエルに持たせると

髪を束ねて再びヘルメットをすぽっと上から被り直した。

「そ。だからこんな危ないモノは、さっさと地球外に運び出すのよっ。ウリエル!」

了解したようにウリエルはひとつうなずき、キューブをツクヨミに返した。

ツクヨミは特殊なベルトでキューブをスーツの胸に縛り付け、外れないのを確認するとウリエルに背後から自分の体を抱きかかえさせる。

ウリエルの背中から、ミルクオレンジ色の羽根がばささっ!と大きく力強く広がった。

「それじゃあね、バ~イ!」

月を目指して飛翔する破壊天使と、こちらに手を振る高天原族王子の姿が急速に遠ざかり、小さくなって富士の夜空の中に溶けた。

若者たちと小角は唐突すぎる「かぐや姫の帰還」の、平成の見送り人となった…

「なあ天狗」

しばらく夜空を見上げていた聡介が小角に声を掛けた。

あんだよ?と不機嫌そうに小角が振り返る。子烏も一緒になって聡介を睨み付けた。

「俺たちをここにテレポートさせたのはお前の力なんだろ?
不老不死の体といい、その毒ガスでも平気な烏といい、いったいあんたらの正体は何なんだ?」

「ふうん?さて俺たちの正体ねえ」

小角は小烏と見つめ合い、大仰に肩をすくめて見せて笑いながら言った。

「俺とこいつのエグい正体を知るのは、また後の話」

小角はくっくっく…と悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。

「エグイの前提なのかよ…それにしても富士近辺は寒いな!」

聡介はじめ戦隊の若者達は身震いをしてびゃーくしょい!と大仰なくしゃみを連発した。


翌日の明け方4時過ぎ、東京港区の第3葦ビルの203号室に4人の普段着姿の男性が入って行く。

その様子を向かいのビルの窓から見張っていた福嶋くんはすぐに悟の携帯に連絡した。

「この時間急に従業員全員入って行くのって変ですよね?社長…」

「お疲れ様、見張り終了だよ」

と背後から肩を叩かれ振り向いたら、電話の相手の悟がそこにいた。

あ!の形に口を開いたままの福嶋くんは自分の上司がスマートフォンを何処かにかけ直して

「今入りました」と告げるのをぼんやり見ていた。

「あ、あの…」と何だか訳が分からない、という顔の秘書に

「今から近くのファミレスでコーヒーでも飲もう」

と笑いかけ、窓のカーテンをぴっちりと閉めた。

もちろん、カナメ本社事務所に忍び姿の2人が侵入するのを、この優秀な秘書に見られないようにするために…

週明けのお昼のワイドショーはサプリメント工場と健康食品会社摘発だの、製氷工場に謎のヒーロー戦隊突入だの、視聴率を集める話題に事欠かない。

司会の小池正司アナが「謎のコスプレ戦隊は何者なんでしょうかね~」と相変わらずのニヤケ顔に軽い口調で思い付きのコメントを述べている。

「やっぱりつまらないにゃ」

とカウンターに居たちび女神ひこが、リモコンでテレビを消した。

「あーひこちゃん、勝手にテレビ消しちゃ駄目だよ~」

ときららが注意しようとするのを喫茶グラン・クリュオーナーの悟が止めた。

「いいんだよ。刺激や毒に満ちた情報はしばらく懲り懲りだ」

そして淹れたてのブレンドコーヒーが入ったカップを奥座敷に運ぶようきららに頼んだ。

「ご注文のブレンドコーヒー2つです。ごゆっくりどうぞ」


ときららがコーヒーを置いた奥座敷の座卓には、お笑いコンビ「ラインダンスDE神楽坂」の今は休業中のボケ担当、樋口謙太郎とその相方でネタ兼ツッコミ担当の村瀬汀が向かい合って座っている。

汀は昨日四国ロケから帰って来たところで、四国八十八か所霊場31番目札所名物「竹林寺ようかん」の包みを

「コーヒーとようかんって案外合うんだぜと」言いながら開け、筒状の羊羹を相方に勧めた。

休業前より血色が良くなった謙太郎は、羊羹を一口かじって、コーヒーをすする。

「どうだ?」

と汀は相方の表情を窺った。

「うん、ほんのり甘い。少しは味覚が戻った…気がする。コーヒーだけは相変わらず旨い。
休業前は何食っても消しゴムかじったみたいで気持ち悪かったのにな」

汀が何か言いたそうだったが、とても言いにくそうでもあった。

謙太郎は促さずに、黙って待った。


「…悪かった。俺は結果売れれば勝ちと思ってる俗人だから、どんどん仕事を受けた。
結果主義がお前を限界まで追い詰めたんだな。

それに気づきもしないどころか、おまえの事なんてどうでもよくなってた自分に気づいた。最低だよ」

目線を落としたまま語る汀に謙太郎は

「ロケでお遍路体験して何か悟ったとか?」

と茶化すように言った。

「悟ったって程じゃないけど…静かな所で黙々と歩くと普段考えない色んな事頭に浮かぶんだ。

俺いま何やってんだろ?って。

本当は俺、お笑いネタばかりじゃなく劇を書きたかった自分に気づいたりさ…

働き過ぎだったな。我欲の塊だったな。お前に切られて当然だよって」

「確かに今の俺は、コンビ復活は考えられない」

謙太郎の言葉に汀はさらに首を垂れた。

「でもさ、友達としてのお前を切ったつもりは無いぜ」

汀ははっと顔を上げた。俺たち終わりにしないか?と宣言された時以来、やっと謙太郎の目を見る事が出来た。

店外の通りからは自転車のベルが鳴ったり、商店街の買い物客のお喋りが聞こえてくる。

それでも
静かだな。
と汀が思ったのと

「心地いいくらい静かだ」

と謙太郎が言ったのはほぼ同時だった。

こいつは相方以前に、親友だった…。

汀の胸に熱いものが込み上げてきて洟をすすり上げそうになるのをこらえながらも

「お店の皆さんも四国土産の羊羹どうですか?」

とわざと明るく声を張り上げて座敷のカーテンをめくった。


後記
言っておきます。これ書いたの8年前です。

芸人コンビのモデルとなった成子坂さんも天国でこのように寛いでいますか?

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