電波戦隊スイハンジャー#130
第七章 東京、笑って!きららホワイト
花言葉は復讐1
身分と階級を言われても哲治は唇を引き結んだまま悟を見つめている。
不意に背後からぽん、と両肩を叩かれて哲治は振り向いた。そこには店の制服のポロシャツに胸当てカフェエプロン姿の小角がいた。
(サルタヒコ…!)
(お前に見せたいものがある)
忍びにしか理解できない言葉で二人は唇だけ動かした。
とは言ってもコードネーム『サルタヒコ』を名乗るこの男が創設者の役小角様だなんて哲治は信じていない。
だって、小角様は1400年も前の人間じゃないか。
きっとこの男も代替わりして隠《オニ》頭領家を守ってきた豊葦原族の男なのだろう。俺たちみたいに。
「お客様、ご注文は?」
と悟に聞かれて哲治は「ペリエ」と答えた。こんな大事な時に酔ってられるか。
「では座敷のほうでお待ち下さい」と小角に指し示されたその場所は店内の奥の方にあり、外側から見られないようにエスニック調の白いゾウ柄のカーテンで覆われている。
革の靴を脱いで哲治の体が完全に座敷席に入った時、辺りの景色が一変した。
真っ白な壁に床、まるでどこかの研究施設のようなで無機質な空間。20畳ほどの室内の壁ぎわには見たこともない機器が添えつけられている。
部屋の中央に小さなテーブルがあり、そこに腰掛けている銀髪の女性は…
「ティオリエ!」
と堅い声で呼びかける哲治にツクヨミは
「まどかさんみたいな素敵な女性があんたみたいな冷徹男の奥さんなんてね。世の中は不公平よね」
と腰まである銀髪をふぁさ、とかき分けて優雅に歩み寄って哲治に握手を求めた。
「私は高天原族の第一王子ツクヨミ」
え!?
哲治はツクヨミに手を握られながらもつい相手のブラウスの胸元や腰つきを見てしまう。
「今は肉体的には王女なんだけどね、半年周期で性別が変わるの。今夜のことで安心したわ」
「安心って…何が?」
「冷徹な仕事っぷりで有名なあんたも家族が弱点ってこと。まだ人の心が残ってたのね」
ツクヨミの銀の瞳が自分にも分からない心の中を見透かすようで、哲治は目線を無理に外そうと顔を横に向ける。
そして自分が7人のヒーロー戦隊に囲まれている事に気づいた。
まず金色の稲穂の刺繍を纏った赤い戦士が「コシヒカリレッド」と。
次に葡萄柄の刺繍を纏った瑠璃色の戦士が「ササニシキブルー」、
草葉の刺繍を纏った緑色の戦士が「七城米グリーン」、
真紅の炎と不死鳥の刺繍を纏った黄色の戦士が「ヒノヒカリイエロー」、
雪の結晶の刺繍を纏った白い戦士が「きららホワイト」、、
羽根の刺繍を纏った銀色の戦士が「シルバーエンゼル」、
蝶の刺繍を纏った緋色の戦士が「ピンクバタフライ」、
戦隊全員が名乗りを上げた。
「なんだ、名前に似合わず格好いいじゃないか。イロモノじゃなくて傾奇者みたいだ」
と哲治は感嘆のため息とともに正直な感想を述べた。
「やっと『素』になったわね」ツクヨミは笑いながら哲治の頬をつんつんした。
7人の若者たちは「ごちそうさまでしたー!」という合図と共に変身を解くと、まずは悟が一歩出て
「まずはこの一週間のお仲間たちに対する突然の訪問と、非礼をお詫びします」と言い深く頭を下げた。
「いいんだ。初対面で君達を小馬鹿にしたのは確かだ。…怒らせて悪かったよ」
哲治は右手を上げて悟に頭を上げるよう促した。
「あなたと風間さんは軽々には動けない立場だ。なんたって外事警察と公安調査庁の人間だもの」
「俺たちは墓場に持ってかなきゃならない秘密をいくつも抱えている」
と言って哲治はわずかに目線を落とした。
「それもバレたら国家が転覆するような秘密だ。やわな神経じゃ勤められない」
琢磨が諜報術の師匠でもある先輩を労りの目で見た。
哲治は自分のスマホを取り出して妻が蓮太郎とツクヨミと映る画像を若者たちに見せた。
「しかしだ。今夜は家族のことで逆上して自分からほいほいここまで来てしまった…いや、来なきゃいけなかったんだ。
協力関係を築くには、俺たちはまず理解し合うことが必要だ。1400年日本を守ってきた結社の誇りは、いつの間にか驕りになっていたんだな…
ツクヨミ王女、ここはどこなんですか?」
「3次元と4次元の狭間よ。この世であってこの世でない。盗聴器の心配も無いわ」
「じゃあ何喋ってもいい訳だ」
ここで初めて、哲治の表情が緩んだ。
この場所は野上聡介の私室の本棚開けて徒歩0分の、未来の機器に囲まれた「エンゼルクリニック」の会議室。
聡介が全員を壁ぎわに寄らせると、右腕にはめた銀色の「神蛇のバングル」を壁に押しつける。
ツクヨミが座っていたテーブルと椅子が床下に沈み、代わりに3畳ほどの大きさの流線型デザインのテーブルと、それを取り囲む9人分の革製のチェアーがせり上がってきた。
「ではお互いの情報を共有しましょう」
全員が席に付くと自然とツクヨミが司会進行役となり、まずは帚木哲治に発言を促した。
「9月9日の早朝6時25分、荒川の河川敷で発見された2遺体はいずれも20代後半の男。張博則27才と徐秀雄26才。二人とも君たちが心配している通り、
6月の闇カジノ摘発で捕まった男たちだよ」
「死体の状況は?」
聡介が尋ねると哲治はうなずいて報告を続けた。その手元に資料などはない。
情報は全て記憶するのが忍び達の鉄則である。
「死因は心臓を鋭利な刃物で一突きの失血死。衣服が汚れてない事から死後着せたと思われる。顔には袋を被せた処刑スタイル…まるで晒し者だ」
「カジノ現場にいたのは黒人のボディーガード一名と、広東語で会話していた東洋人の黒服3名…香港系のマフィアの内輪もめにも見えますけど」
悟自身が現場に入った時の状況を語り出した。3か月も経つのに大した記憶力だ。一緒に現場で暴れたくせにほとんど忘れている隆文は感心した。
「その通り、被害者は香港系マフィア『花龍《ファロン》』日本支部の構成員だ」
「花龍?」
と戦隊全員が同時にその組織の名を呼んだ。
「花龍は香港の中国返還後に出来た組織でね、構成員も中国系3世の若者が多いのが特徴だ。
組員というか構成員は、腕に薊(あざみ)の刺青をしている。
俺が妙だと思ったのはね」一人一人の顔を見回して哲治は自分の考えを述べる。
「彼らは例のカジノ事件で初犯で逮捕。拘留されて執行猶予2年の判決で出てきている。
…賭博罪で捕まったくらいのポカで殺されて河原に捨てられるなんてあまりにも変だ」
「つまりガイシャは他に大きなポカをし、口封じと見せしめに殺られた。
花龍は他にどでかいヤマを隠している、ということですね?」
琢磨の意見に哲治はそうだ!と最年少で戸隠を継いだ後輩を指差した。
「いい意見だ、琢磨。お前はなんで警視庁に来なかったんだろうねー?」
「ギチギチな上下関係と同じ職種で手柄奪い合うえげつなさが嫌だったからです」
警視庁の警視に向かって悪びれもせず琢磨は言い放った。哲治は特に何も言い返さなかった。
「…職業選択は自由よね。もう10時半だから今夜はこれで解散」
こうして第一回ヒーロー戦隊×忍者組織の合同会議は終わった。
後記
職業選択の自由、アハハン♪