電波戦隊スイハンジャー#151
第8章 Overjoyed、榎本葉子の旋律
観音3
「それでは野上さん、ごきげんよう」
と、薄情な榎本葉子は話が終わるとつったかたー!と帰宅しやがり、うち野上菜緒は担任の立花先生と30分かけて
主に体育会系の部活動見学をしながら並んで歩きました。
体育館ではバスケ部の横で拳法部10数人の生徒が「はーっ、はーっ、はーはー!」と昔のカンフー映画さながらに基本の型の稽古をしています。
「きゃーっ!素敵!」
「お姉さまー!」
と飛び跳ねて体育館の窓から中を覗く女学生たちの歓声を集めているのは…
中等部3年の拳法部主将、妹背霞先輩。ショートカットが似合う、160センチ越えの長身の美人さんです。
この綺麗で強い先輩ひとりの存在で、拳法部はヅカ(宝塚)クラブと呼ばれています。
ゴツい、ムサい、汗臭い男子が居ない環境で現実の男よりもオトコマエな「お姉さま」に憧れ群がる女子が発生するのは、女子校の常のようです。
おまえら自分の部活はどうしたよ?とギャラリーやってる女子に言いたくなります。
「先生の学生時代も、女生徒にもてるお姉さまが必ずいたのよねえー」
と立花先生はン十年前の自分の学生時代を思いだしたのか、クールな横顔で汗を拭いてスポーツドリンクを飲む妹背先輩を何か懐かしそうに見つめていました。
あ、妹背先輩の雰囲気、なんか聡介に似ている…とうちはふと熊本にいる叔父の事を思い出して、
あのシスコン、サッちゃんに出て行かれてブルーになってへんやろか?
と心配していると先生は「さあ、次はグラウンドに行きましょう!」
と校舎敷地からグラウンドへと降りる石段の端っこにうちを座らせ、自分もその隣に腰掛けました。
「はい」といつの間にか自販機で買ったペットボトルのミネラルウォーターをうちに手渡し「先生のおごりよ」と言って飲むように促しました。
10月に入ったとはいえ、残暑から抜けたばかりの京都の空の下で飲む水は、とても冷たく美味しい。
先生も自分のミネラルウォーターで喉を潤すと、
「野上さんは、進路の事で悩んでいるとか…ない?」といきなりどストライクにうちの悩みを言い当ててしまいました。
さては、ロッ〇ンマイヤーも超能力者か!?
グラウンドでは高等部のラクロス部が、網の付いた長柄杓みたいなクロスと呼ばれるスティックを振り回して勇ましくボールの奪い合いをしていた。
「入学してすぐに将来の夢の作文朗読した時にね…野上さんだけ顔が暗かったのが気になって、
他の子たちは溌剌と夢を語ってたのに…あなたには何か、諦念というか醒めた印象を受けたの」
はあ…と菜緒は観念したように返事をすると、
「だって、うちの夢って叔母みたいに国文学者か歴史学者になる、って作文では書いたけど…
文学歴史で満足に飯食える人ってほんの一握りやないですか?」
とシビアな本音を担任教師に初めて打ち明けた。
「叔母さまは大学の講師をなさってたわね?」
「それが…大学の講師は収入ひっくいから、カルチャーセンターの講師と、
実家の道場の師範兼事務長とを掛け持ちして人並みの収入って叔母は言ってました。
戦国武将の手紙をすらすら読める頭いい人なのに、苦労してるの見てたからかなー
…なんや、夢だけで飯食っていけないやん!と心のどっかで思ってて」
「確か叔母さまは先週の水曜に」と立花先生は先週の菜緒の欠席理由を思いだして言った。
「はい、お嫁に行きました。正直ほっとしてるんです、良かったな…もう3つも仕事掛け持ちせんで、って。
ゆっくり主婦してもらって、その内赤ちゃん産んで縁側で日向ぼっこしてほしいな…って」
と中学生女子の願望というか妄想を勝手に膨らませていると、立花先生から意外な一言が返って来た。
「先生だって大好きな国文学でご飯食べてるわよ。教職って大変な仕事だけどね」
ふふっ!と肩を揺すらせて立花先生は笑った。
「野上さーん。あなたまだ13なのに考え方を狭めているわ。まるで先生の親世代、おばあちゃんみたい」
おばあちゃん!?と言われて情けない顔をしている教え子に立花先生は尋ねた。
「あなたの叔母さまは、こんな人生じゃなかったのに。と愚痴をこぼしてらした?卑屈になってらした?後悔してらした?」
「いえ…」
そうだ、いつもサッちゃんは前を向いてどの仕事も真剣に取り組んでいた。好きでやっているからと笑っていた。
「『好き』を仕事にして生き生き働いてらっしゃったからあなたは叔母さまに憧れたんじゃないの?
お金に不自由しなくても、後悔して妥協して生きてる人間に、人は魅力なんて感じないものよ。
国文学と歴史が好き?いいじゃない!
学者じゃなくても教師、司書、学芸員、時代劇作家…職業選択はいっぱいあるわよ。頑張れば食べていけるじゃない」
菜緒は、自分の視野の狭さに気付いて恥ずかしくなった。赤くなった顔を体育座りした膝に乗せる教え子の背をぽんぽん叩きながら励ますように言った。
「野上さん、世間から目線を上げて世界を見なさい。自分のいる場所が案外広いって気づくから…
今あなたがやるべきなのは、榎本さんや那須さんと楽しくお喋りして青春を謳歌する事じゃない?」
「なんや…先生は、全てお見通しって気がする」
「年の功です」
観音様じゃないんだから!と立花先生は言って笑った。
ラクロスやってる先輩たちの動きが、思いを打ち明ける前より躍動しているように菜緒には見えた。
飛び跳ねて、ボールを追って…組みついたり蹴り合ったり…ん!?
「先生、ラクロスの人達、試合じゃなくて『乱闘』してませんか?」
確かに、12対12の計24人のラクロス練習試合している中心部の生徒たちが、
きえぇぇっ、とああぁっ!うりゃーっ!と奇声を上げながらボールを無視したスティックでの打ち合い、
蹴り、突き、髪の毛のつかみ合いなど、凄まじい乱闘状態になっている。
「ちょ、ちょっとちょっとー!!!」
と立花先生が石段を降りようとした時、
「はい、カットー!」と甲高い少女の叫び声がグラウンドに響き、
カーン!とカチンコの拍子木が鳴るとラクロス女子たちはぴたり、と動きを止めた。
「いい画が撮れましたー!えー、ギャラは京きななのアイスを各部に送りまーす。
空手部、拳法部の部員さんお疲れ様でしたー!」
とハンディカメラを持った女生徒が宣言すると、
いえーい、やったー!とユニフォームに巻きスカートのラクロス女子たちがスティックを掲げて全身で飛び上がった。
「え、これは撮影なの!?」
とやっと状況が分かった立花先生に、一人の高等部の生徒がハンディカメラ片手に駆け寄って、ぺこりと90度頭を下げた。
「お騒がせしてすいません…文化祭用のショートフィルムの撮影ですっ!」
と高等部二年の映研部長、四宮蓬莱が生活指導教諭を前に、ちらっと目線だけを上げて顔色を窺う。
「これ以上激しくやってたら問題にするところでしたわよ…」
許してやろう、とでも言うように立花先生が黒縁眼鏡の縁をきゅっとずり上げた。
「有難うございました!」と蓬莱は長い髪ごと顔を上げ、日本人形のような上品な顔でてへぺろをした。
「蓬莱先輩!」と先輩に菜緒が手を振ると蓬莱は「菜緒ちゃん!」と石段登って駆け寄り、菜緒の両手をぎゅっと握った。
(…実は、ショートムービーのネタに詰まってんねん、智恵貸して)
(え、まだネタ出来てへんの?今撮ってるのは何?)
(一応オープニングの3分だけ。後は脚本もまとまってへん。お願い、家に来て一緒に考えて!)
(そんなぁー)
蓬莱は立花先生の方にくるりと向き直ると、
「野上さんが映研に興味があると言っています。先生、彼女をお借りしてよろしいでしょうか?」
とその場の思い付きの大嘘を吐くと、は、はあ。と肯く立花先生の「許可」を確認してグラウンドで指示待ちをしている映研部員5名に
「撤収!」
と号令をかけ解散させ、菜緒の手を引いて学校のすぐ近くにある自宅へと連れて行ってしまった…
アクション出演をしていた空手部、拳法部の生徒たちも衣装の着替えにのろのろと部室の建物に歩いて行き、
正規のラクロス部員たちは、やっと本当の練習を始めた。
はっ…野上さんを、我が校の問題部活、映研に攫われてしまった!
と立花先生が気づいたのは菜緒が連れ去られて5分以上も経っていた。
四宮蓬莱が顧問の先生から校則の『いけません五カ条』と創立110周年を織り込んだショートムービー撮って欲しい、
と無茶ぶりをされたのはゴールデンウイーク明け。
「とりあえずラクロスガールズが校則違反者を成敗するって話にしようとさっきの格闘シーン撮ってたんや」
と、日舞喬橘流家元、紺野家の邸宅内の自室で栗餡のもなかをパクつきながら蓬莱は菜緒に映研の活動内容と、
「まだプロット(あらすじ)がほとんど出来てへん」というとんでもない事実を告白した。
それを聞いた紺野蓮太郎は、
「アタシも時々俳優としてドラマや映画に出させていただくけどね…
プロットも脚本もまとまってなくて撮り始めるアホな監督はそうそういないわよっ!」
と蓬莱の書いた「ラクロスガールズ」の脚本をぺしっ!と床に叩きつけた。
「なに?この2,3ページしかない脚本は。物語は『少林少女』の二番煎じだし!
創立110周年というテーマが盛り込まれてない。モノ作りを舐めんじゃねえ!って話よ」
「はぁー。だからうちに15分でまとまる脚本依頼ですか…」と菜緒も出されたもなかをかじってう、うまい…さすが日舞家元のお家。出されるお菓子も上等やなー。と唸った。
なぜ、戦隊のピンクバタフライ紺野蓮太郎の家に蓬莱が住みつき、菜緒と親しいのかというと…
蓮太郎の母と蓬莱の父親が兄妹で、二人はいとこ同士なのである。
蓬莱の実家は大阪天王寺。父親の四宮徳逸の芸名は、
五代目・龍村久右衛門。その父親で蓮太郎と蓬莱の祖父に当たる四宮徳治の芸名は、
三代目・龍村藤四郎といい、3年前人間国宝に認定されている。
つまり蓬莱は、上方歌舞伎の名門の家に生まれた超お嬢様なのである。
蓬莱の祖父、三代目藤四郎が「日舞の鍛錬も兼ねた行儀見習い」という目論見で蓬莱を中一から輝耀女学院に入れ、娘の嫁ぎ先の紺野家に居候させているのだが。
「まったく、天王寺のおじいちゃまがアンタの行状知ったら泣くわよ!」
と兄代わりの蓮太郎が叱るくらい、映画三昧のやりたい放題。まさか中等部の菜緒ちゃんまで巻き込むなんて…
ちなみに菜緒は、9才の頃から父に連れられて紺野家の隣にある合気柔術柳枝流京都支部の道場に通っている。
支部道場は先代家元である蓮太郎の父方の祖父が設立し、祖父の死後は蓮太郎が支部長兼師範を務めている。
菜緒と蓬莱はほぼ同時期に入門し、毎週土曜の午後は一緒に合気道の稽古を5年間続けて来た仲であった。
「菜緒ちゃん、このアホ娘の強引な誘い断ってもいいんだからね…」
と学習机に肘ついて不貞腐れる蓬莱を心配な目で見た。
「いや、うちもアイデアあってな」
ほう、聞かせてもらおうじゃないの。と蓬莱と蓮太郎が身を乗り出した。
「ゾンビムービー。マサカリ担いだ美少女が、校則違反者を『いけません!』とぶった斬るんや」
この子も相当アタマ沸いとるな、と蓮太郎と蓬莱は思った。
「刃物は顧問の検閲に引っかかるで」
「だからマサカリをラクロススティックに変えて、110年前からタイムスリップしてきた先輩が乱れた学校を成敗する。
ってのは?出演者に2名ほど目を付けてる生徒がいるんやけど…」
段々と、話づくりが菜緒主導になってきた。
「なんか色々とやっちまってる内容だけど、面白そう。出演者は6名に絞って…一人は菜緒ちゃんね。留学生のヨハンナやって」
「え、うちが!?」なんでヨハンナなんですかー!?
「ついでにプロットと脚本をお願い。書きあがり次第、メールで送ればいいから」
段々やる気が湧いてきたぞー!と両手を上げる蓬莱に、蓮太郎は
「この後踊りの稽古付けるからね」と冷徹な一言を浴びせた。
「蓮兄ちゃん、なんか最近ピリピリしてへんか?発表会前のストレスかな」
玄関先で見送る蓬莱に、菜緒が尋ねると
「大役、『娘道成寺』の花子を踊るプレッシャーからや。家元は12月の発表会で蓮兄ちゃまの次期家元みきわめするって」
なるほど、父家元に唯一けなされている白拍子花子役か…
蓬莱先輩の実家もだけど、先祖代々の伝統芸能を受け継ぐ重圧って、すさまじいんやろな。
と思いながら、菜緒は帰りのバス停に向かった。
夜9時過ぎ、蓬莱にかなりダメ出しして稽古を付けて夕食を食べた後、蓮太郎は自室で携帯電話を取った。
もうワタシのこの気持ち、抑えきれない。限界よ!
と思った時は、この番号。
と空海から教えられた「悩みの事なら7・6・3(ナムサン・南無三)」の順に携帯のナンバーボタンを押していた。
「はいもしもしー、戦隊の心の悩みにお答えする電話相談室、オペレーターは、わたし泰範です」
と空海の弟子の泰範がアナウンサーみたいな口調で電話を受けた。
「もしもし、ピンクの紺野蓮太郎です…」
と蓮太郎は長年の自分の想いを一気にぶちまけた。30分くらい話した時、泰範が
「話し相手が私で『ちょうどよかった』な。今から指定した場所に出れますか?」
と都内某所を指定すると「大丈夫」と答えた。
「一応デートに行く時ぐらいの恰好はしといて下さいね。相手を選ぶ場所なんで、じゃ」
蓮太郎が呼び出された場所は、東京銀座の高級クラブがいくつも入っているビルの前。
「こっちですよ」と蓮太郎の肩を叩いた男は少し長めの前髪を撫でつけ、フォーマルな黒スーツを身に纏った…
ぞっとするような色気を放つ美男子であった。ホストの勧誘かしら?
「いや、人と待ち合わせなんで…」とやんわり断ると男はくすり、と笑って私ですよ。と縁なし眼鏡をかけてみせる。
「まさか、泰範さん!?」
そーでーす。と妖しき色男は眼鏡を仕舞って行きましょ、と蓮太郎の手を取った。
会員制クラブJack Lemmon と表札がかかった重厚そうな扉の前に二人は立った。
「実はもう一人お呼びしてるのですよ」と泰範が片頬で笑いを浮かべ、そのもう一人が来ると…
「そ、聡ちゃん!!」
「蓮太郎?」
と彼女をデートに誘う位ビシッとフォーマルに決めた聡介と蓮太郎が指差し合った。
ああ…二人ともそこんじょらの俳優よりもいい男(蓮太郎さんは俳優やけど)。
もうどっちでもいいから食べてしまいたくなるやないか!とガチゲイの泰範は内心煩悶してインターホンで入場確認を取った。
「どうぞご入場下さい」と内側から扉が開くと、
3人はクラブJack Lemmonの中に入った…
後記
話まとまってなくて撮影に入る大概な監督は実は結構いる。という都市伝説あり。
悩みの相談763(ナムサン)♪丁寧傾聴763♪
荒療治だけど即解決♪オペレーター私た・い・はん♪
作詞 白浜台与
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