電波戦隊スイハンジャー#34

第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵

鉄太郎の孫1

熊本県の菊池、山鹿地域に響いていた怪音は消えて、虫の音がちりり、と聴こえる。


静かな地方都市の夜である。


菊池市七城町の辺りの水田地帯を見渡せる小高い丘の上に江戸時代からの400年以上の古刹、泰安寺はある。


寺の客間の布団に髪を二つくびりにした少女が横たわっている。


光彦の小5の妹、愛恵である。


泰範はじめとする4人の空海の弟子の僧たちが愛恵の体や意識を調べた。


「深く眠らされとるだけや。精神汚染も受け取らん。体に傷ひとつあらへん」


僧たちのリーダー格である真如が告げた。


「じゃあ意識は戻るの?」


「明日の朝には自然に目覚めます。誘拐されたという自覚も、記憶もありまへん」


泰範が光彦の肩に手を置いた。


良かった…光彦はやっと脱力して涙ぐんだ。


「良かった…マサは?ブルー、いいや勝沼さん…」


葡萄柄のかりゆしウェアを着た、ずばぬけて長身で細身の男に光彦は尋ねた。


「光彦くん、今は先生をそっとしといてあげよう…」


縁側の蚊取り線香の煙を見つめ、煙草をくわえながら悟は答えた。本堂にあった徳用マッチで煙草に火をつける。


白い煙が、夏の夜の闇に吸い込まれてゆく。銀縁眼鏡をかけた端正な横顔には翳りがあった。


光彦は無言で悟に賛同した。


「お大師、後は私らに任せて下さい。戦隊のみなさんには休んでもらっては?」



空海の甥2人、実恵じちえと智泉が師に提案した。


「せやね…隆文さん、きららさん、帰宅していいですよ」


空海が変身を解いた若者たちに促そうとした。


「僕はここに残るよ。隆文くんは店に戻って」ブルー悟の背中が頑固に宣言した。


「仕事だから戻るけど、気持ちは勝沼さんと同じだべ…」


名残惜しそうに隆文がテレポートして消えた。


「あたしも残りたい」


Tシャツにジーンズ姿のきららが縁側に体育座りをしたまま呟いた。


「きららさん、明日は学校でしょう?帰って休みなさい。ひこちゃんも待ってる」


まだ9時じゃん、と反論しそうになったが悟の口調が厳しいのに気付いたきららは、しぶしぶと自宅アパートにテレポートした。



銀色の戦士シルバーエンゼルは、近藤兄妹を泰安寺の正嗣の父に預けた後、「アディオ~ス☆」とフザけた言葉を残して消えたのだ。


「勝沼さん、シルバーは?あの人は何者なの?」分からない。と悟は言った。


「でも戦闘力は僕ら全員合わせたよりはるかに上だ。真空波を使えるなんてとても人間業じゃない…だから、イエローに追跡させている」


悟が片頬を上げて笑った。これは彼が悪だくみしている時の癖である。


「イエロー琢磨さんは、本物の忍者なんだよね?平成に忍者は残ってたんだ…」


この夜光彦は、何度「信じられない」と思っただろうか?でもヒーロー戦隊も、自分と妹を襲った化け物も、実在したのだ。


そして担任教師のマサが、サキュパスを殺害した…


「仕える主君や家禄は失くしても、代々超人的な身体能力を持ち、『技』の継承を続けてきたそうだよ。まるで歌舞伎役者だ」


悟は煙草を2,3回ふかしただけですぐに、携帯灰皿に煙草を押しつけてしまった。


もったいねえな。ふかす位なら吸わなきゃいいのに、と光彦は思った。


「そして忍者の追跡能力は、麻薬捜査犬よりもしつこい。空海さん、『作戦』を実行します」


「了解」の言葉と共に空海が消えた。


悟はやっと光彦に向き直った。まるで美術の教科書で見たダ・ヴィンチの「洗礼者ヨハネ」のような、不吉なアルカイックスマイルである。


この人だけは敵に回しちゃいけないよーな気がする…


と光彦は本能的に思った。


「シルバー捕獲作戦、開始」


自称スイハンジャー参謀長、ササニシキブルー勝沼悟は右手人差し指を天井に向けて、厳かに告げた。


その仕草はまさに「洗礼者ヨハネ」であった。


4度目か、5度目のテレポートを繰り返しても、黄色いちょこざい戦士がしつっこく追って来る。


何だよ!?こいつはまるで警察犬だ!!


自分に変身能力を授けてくれた『種族』に、テレポート理論の仕組みについて聞いた事がある。


1、別次元に移動し、4次元との狭間をくぐりぬけて3次元の目的地に移動する。


2、空間をひずませてワームホールを作り目的地に移動する。(宇宙空間のワープ移動と同じらしい)


どうやらシルバーとイエローのテレポート方法は同じく「2」。


なんて奴だ…俺が作った空間のひずみに、超人的な速さで入って来るのだ!!


これじゃ逃げられないぞ…6回目のテレポートの後で、シルバーはやっと地に足を付けて立ち止まった。


「いい加減に追っかけっこはやめてくれないか?俺にも生活があるし、プライバシーは大事にしたい」


「西日本を中心にさんざん暴れまわっといて、今更何を言うんですか?」


イエロー琢磨はマスクのゴーグルごしにシルバーを睨んだ。


「氏素性を明かしてください。仲間なのかどうかも…小人の松五郎に会ったんですか?」


小人、と聞いてシルバーがため息をついて肩をすくめた。


「松五郎というのか?あの田舎くさい小人は。銀色のしゃもじ持って俺の部屋に来たよ」


やはり、松五郎に選ばれた戦士だったのか!!


「受け取ったのですか?」


「まさか、うざいんでシカトを決め込んだよ。でもしつっこくて投げ縄で襲ってくるしさー。


仕方なく、スタンド『バッド・メディシン』を放って追い出したよ」


は?スタンド、バッド・メディシン?昔のボン・ジョヴィの曲じゃねーか!


このおっさんとことんふざけてんなー。


「これだ」


シルバーは自分の右手首に装着した、銀色の2匹の蛇を模したバングルをイエローに見せた。


「ぶっちゃけこの2匹の蛇は生きてるんだ。本来の大蛇に戻って貰って小人にけしかけた。


めちゃくちゃ怯えて逃げ出したぜ。あの松五郎って奴は蛇に強いトラウマでもあるんじゃねーか?喰われそーになったとか」


その時の事を思い出したのか、シルバーはくっくっと肩で笑った。


「いつの事です?」


「6月1日の夕方だ。マリリン・モンローの誕生日だったんで覚えてる。追い出したのは乱暴だったと反省してるよ。守護者たちに叱られた。


でも当直明けで俺も機嫌悪かったしな…」


松五郎は、一番最後にこの人を選んだのか。


でもしゃもじを得てないのに変身能力がある?彼の守護者とは一体?


周囲でざわざわ、と声がした。2人はやっと自分たちがいる周囲を見回して、心底おったまげた。



熊本市最大のアーケード街、通称「下通り」。そのイベント用の特設ステージで、2人は会話していたのだ!!


ざっと100人を超える通行人が自分たちを見ている…


自分たちの間でじっと様子をうかがう黒い着ぐるみは、すでにレジェンドと化した最強のゆるキャラ「くまモン」だった!!


うおぉー!!生くまモンいるー!!


2人は内心テンションMaxになった。くまモンは心配そーに2色の戦士を交互に見ている。


こんなの、プログラムになかったモン!!どーすればいいモン?

お二人はどこから来たモン?


くまモンは全身で焦りを表現し、おろおろしていた。


(ここ、マズくねーか?俺たちくまモンより悪目立ちしてるぜ!)


(りょ、了解!)


2人は目で会話した。



「ちょっとちょっとー!ヒーローアクションショーは予定に無かったけーん」


若い女性がくまモンの後ろから出てきた。


テンションとアドリブ力の高さに定評のある有名県内タレント、通称オガちゃんこと小鹿久美である。


えー、生オガちゃん?シルバーはスーツの下が汗ばむのを感じた。


この地方タレントさん、アクシデントに動じてないっ、こなれてるー!!


イエローはオガちゃんの溌剌とした笑顔を凝視した。



ピンクのハッピに身を包んだオガちゃんも必死であった。


段取り間違って来てしまったどこかの地方ヒーロー部隊かしれんが、


(その割にはスーツに予算かけとるねー)


このステージの目的は「くまモン体操」を披露することである。


主役はくまモンだけんね(きっぱり)!!



ヒーローショーは、体操の後にしてだモン!

お二人とも、いまはケンカはいけないモン!



この著作権フリーのゆるキャラが、二人の間に立ちはだかった!!


「そーよー!!ヒーローさんは一旦休戦!さーあ、『くまモン体操』いくばーい!」



オガちゃん、ナイスアドリブー!!君のレギュラー番組「竹の子ランド」は毎週録画するけんねー!



シルバーはくまモンの陰に隠れてテレポートしてしまった。


オガちゃん、何てことしてくれるんだー!!シルバーに逃げられてしまったじゃないかー!



「くまモン体操」のイントロが流れる中、くまモンはそっとイエローの肩を叩いた。



さあ、今の内にステージ袖に移動するモン!


ありがとうくまモン、やっぱり君は神キャラだよ…


ステージ袖に隠れたイエローは、ミサンガの通信機能を使って熊本城二の丸広場で待機している空海に詫びた。


(すいません、取り逃がしてしまいました…)


(いいえ、よくおびき寄せてくれました。シルバーの気配を感じる!)


強引にテレパシー通信は切れた。


トラップ成功か?


「くまモン体操」の歌を背後にイエローは自分の努力が報われたのを感じた。


夜の熊本城二の丸広場。シルバーは移動した先で自分が罠にかかった事に気づいた。


プロレスリングほどの広さの、透明な結界に閉じ込められている!!


「無駄ですよ、私の思念結界を破った者はいない…」


小柄な僧侶が、柔らかい声で言った。一瞬尼僧かと思った程に綺麗な顔をしている。


「それに、ここの中は他の人間には見えない。さあシルバーエンゼルよ、思いっきりボコり合おうじゃないか」


口調は明るいが、殺気に満ちた声であった。背の高い、修験道の行者姿の男である。


「お前ら、人間じゃないな?」


空海と役行者小角はほう、と感嘆の声を上げた。一瞬で自分たちを見破る奴は初めてだ。


「最凶のふたり」は、シルバーに向けてそれぞれの体術の構えを見せた。


さあ、と小角はシルバーを手招きした。

「単独で好き放題やらかしやがって…初対面の挨拶でボコるのが俺様の礼儀」


らないか?


と二人の聖職者はすざまじい目つきでシルバーに語り掛けた。











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