電波戦隊スイハンジャー#63
第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘
ミレニアムベイビーズ4
8月1日ぃ。やっほーい、今日から夏休みだーい!
はーい、あたしの名前は小岩井きらら。4月2日生まれの20歳。
東京藝術大学の音楽部邦楽科の2年生でぇす。
え?天才ばかりが受かる大学じゃないかい、ですって?
んー、まー、ピアノやバイオリン、声楽科はそうだと思うんだけどー、他の学科はー…
受けてみなきゃ分かんないって。きゃははー☆
ちなみに受験では、センター試験は当然として、楽典もだけどー、
やっぱり実技が大事だよっ。(びしっ)
そりゃーあたしだって高1の終わりにフィギュアスケート断念してー
(体が発育しすぎてジャンプ飛べなくなった)
父ちゃん母ちゃんに「他に本当にやりたい事はなんだ?」って聞かれてー、あっそーだ!と小学校の頃から習ってる雅楽だー。とお師匠に相談したんです。
お師匠つっても母方の叔母さんで、けっこう大きな神社にお嫁に行ったんで、御神楽って言うのかな?
稼業で雅楽をやってたんで、あたしはお師匠からいろんな楽器を教えてもらったの。
龍笛でしょ、篳篥でしょ、鳳笙でしょ?ちなみにお師匠は、生田流の琴で音大出ています。
いきなり「東京藝大受けたーい」って言ったら
ソッコー「無理無理無理!」と喰い気味に言われましたー。
「だってー、雅楽教えてる大学で、公立あんまりないんだものー」
「音大の実技は思ってるほど甘くないのよ!藝大?はぁ、藝大ですって?音大の中の東大じゃないの!いやそれ以上かも!」
「だからぁー、卒業生の知り合いの先生いないかなーって。
ネットで調べたけど絶対藝大卒の先輩から1年以上習う必要があるって。
受験まであと2年あるからギリギリなんとかなるって思って」
「藝大の先輩?そんな簡単には…あ、幸寿《ゆきひさ》さん」
そーなんです。お師匠の旦那の弟さんで権禰宜という神職なんですけど、雅楽で藝大卒業した親戚がいたんです。
「きららちゃんは筋がいい」とお師匠より熱心に雅楽器を教えてくれたのは幸寿おじさんなんです。
受験の師匠は確保しました。本当に人のつながりって大切ですねー。
幸寿おじさんは「きららちゃんは琴を習ってきたけど、僕の得意な龍笛で実技試験してもらう。あと、教員資格取りたいならピアノも水準以上じゃないと1年生で挫折するよ」
とにっこり笑ってこれは絶対やってもらう、とちょー体育会系なセリフを言いやがりました。
ひぇー!でも、10年間体育会系だったんだもの、頑張る!氷上では、泣かなかったもん!
それから2年間、幸寿師匠は松岡○造越えの「鬼」でした。
ちっ、だから45才で独身なんだよ。この浮世離れめ。
「もし落ちたら國學院で雅楽も習えるし、教員免許も取れるじゃないか。ははは、僕のお嫁さんになるかい?」
あたしがめげそうになると半分本気、ともとれそーな神職ジョークを飛ばすんですぅー(涙)
おっさんの嫁になるなんてそりゃ無理無理無理!と寝る間惜しんで頑張りましたぁー。
合格発表の通知が来た時には親戚全員で万歳三唱しましたよお!
ひとりクールなコメントをしたのは当の幸寿おじさんで「これからは留年しないように頑張りなさい」とあたしがこれから入る大学の厳しさを教えてくれました。
あの、「落ちたら嫁にする」発言は帳消しですよね?と聞いたら
「それだけ言って脅さないと君は本気で頑張らないと思ってね。こっちもセクハラ抗議覚悟の冗談でしたよ…」
とやっとおじさんは鬼教師の仮面を脱いで、気弱そうな笑みで答えました。
本当は、若い女性は苦手なんです、と、顔をほんのり赤くして。
おじさん可愛いなー、とその時はちょっと思ったりして。
いや、あたし「枯れ専」じゃないからね!
とゆー訳で、雪溶けてない北海道十勝から上京して2年生の夏休みっ、人生2つ目のバイト、東京根津の
安宿「したまち@バッカーズ」の看板娘でぇす。
申し遅れました、あたし、ヒーロー戦隊スイハンジャーのきららホワイトもやってまぁす。
「…で、今日からの新商品『氷ぜんざいフラッペ』の黒蜜と練乳を、重点的に売ってもらいたいんだ」
と宿屋の社長でササニシキブルーの勝沼さんが相変わらず眉根を寄せた不機嫌そーな顔で接遇訓練してくれた後で言いました。
この人、よく見たらハンサムなんだけど、いつも眉を寄せてるからダメなんだよねー。
他メンバーから「陰険メガネ」って呼ばれてるの知ってんのかな?
30分前、「はじめての接遇研修」で勝沼さんが当然のように75センチ竹定規取り出したんで
「道具使うのって何かのプレイ?」って言ったら勝沼さんはあぁ、もうそういう時代なんだね。と素直に定規をカウンター下にしまってくれました。
それを見た先輩のコシヒカリレッド隆文さんが、なんか腑に落ちない顔してました。
隆文さん、定規で何されたんだろ?
勝沼さんの接遇訓練は厳しかったけど、フィギュアのに先生に比べたらへっちゃらだい!
「今日から3日間研修のつもりで午後1時から5時まえで注文受けとウェイトレスしてもらいます。
テンパったら遠慮なく僕や隆文くん、オッチーさんに助けを求めること。
僕からは以上、あと、ドメイヌさんから特別研修があるそーです」
ドメイヌさんというのは先輩店員オッチーさんの奥さんで、自称フランスの伯爵夫人。銀髪で銀目のすっごい美人で、Fカップのあたしよりもおっぱいが大きいんです!
今着てらっしゃるTシャツがはちきれそーなくらいなんです。
あたしの前に出たドメイヌさんは豊かな銀髪を鼈甲のかんざしでまとめ、黒いタイトなTシャツにホワイトジーンズ姿。ぼんっきゅっぼん。
うっわぁすごいフェロモン…やっぱり神様はオーラが違うなあ。
あ、ドメイヌさんの正体は芸術の神ウズメさんでーす。
「ええか?きららちゃん、今から集客アップ3割4割増しの方法伝授したる」蛍光灯の下では銀目も薄いグレーに見える。
「はあ」
「うちの真似したったらええねん」
「はあ」なんでこの人関西弁なんだろ?
ポーズ1・お客様、ご注文いかが致しますかー?でこころもち前のめりになる。むにっ。
ポーズ2・あーあ、肩が凝っちゃったーで軽く両手を上げて背伸び。ぷるん。
ポーズ3・お客様、面白ーい、と片足のかかとをお尻に付けるように曲げ、トレイで胸を隠す。
『いやーん、まいっちんぐ』
「この3つで、特に男性客が撒き餌に群がる魚のように寄って来るさかいに頑張りや」
「はあ…」あたし、ジャスミン柄のかりゆしウェアのボタンは一番上まで閉めてるんですけど。まいっちんぐ、って何語?
「きららさん、最初のお客さんだ!」勝沼さんが緊張した声で呼ぶ。
生まれて初めての接客業、がんばるぞー!
「お客様、ご注文いかが致しますかー?」むにっ。
「なんか、いかがわしい光景のように見えるのは気のせいだろうか?」
悟が銀縁眼鏡をずりあげて、開店以来初めての、異様な熱気に満ちた男性客ばかりのカウンターを見てのけ反りそうになりながら言った。
「ラテン系の客はガン見、フランス系はチラ見、アジア系は写真撮影しようとしてオッチーさんに止められ…
あ、『大きいお友達』もいる。いつからここは多国籍メイドカフェになったんだべ?」
はいはいはい、彼女言葉分かりませんからナンパ禁止でーす。お触りはご遠慮くださーい。とオッチーは仕事するきららを用心棒のように守らなければならない。
「忙しくて儲かるのは嬉しいんだけんど…ウズメさん、いらんこと教えたんじゃないべか?金時豆炊き過ぎたから売らなきゃいけなくなったんだけども」
それも勝沼さんの『沖縄で食べた氷ぜんざいが食べたい』とゆー坊ちゃんワガママで…。慌ててフラッペのグラスで氷を受けながら、隆文は上司の葡萄柄のかりゆしウェアの背中を睨んだ。
午後3時。厨房から支配人の柴垣さんが「あと10人前で金時豆切れるべ!」と悲鳴を上げると悟は自分と従業員の分は残そうと「あと3人前でストップ!」と指示を出した。
軽食兼純喫茶グラン・クリュの売り上げは最高売上、平均の1,5倍だった。悟は累計レシートを見ながらうはっ、と思わず声を上げた。
「僕の意に反するけど、ウズメさんの、売るためなら貞操堅守しつつ女性の見た目を使え。という遣り手女将なアドバイスでやってみたら…看板娘作戦は成功だよ」
「最後の金時フラッペの客が、近所の商店街の和菓子屋の大将、松蔵じーちゃんだったのにはたまげたべ…だって88歳だよ」
「いや、和菓子職人の敵情視察だと思うよ。黒蜜食べた瞬間『お、波照間産』と言い当てたもの」
残した金時豆で氷ぜんざいを食いながら言った悟を、隆文がぶんっぶん片手をひらつかせて否定した。
「あそこのおはぎは絶品だべ…ってちげーよ。最後に松蔵じーちゃん何て言ったと思う?『オトコってーのは、骨になるまで若いおねーちゃんと触れ合いたい生き物なんだぜ…』って、カッコよく後ろ姿向けて出てったよ!」
ええーっ!と勝沼さんが驚いている横であたしも氷ぜんざいをかきこんだ。勝沼さんが焚いた金時豆は、どの甘味処のあずきよりもおいしかった。
4時から5時までは、近所のおじいちゃんが3、4人来てコーヒーを注文したりと暇だった。
(それでも客として来るのは初めての人たち、と勝沼さんは言っていた)
5時過ぎたのでタイムカードをレコーダーに押し込んだ後、外の空気を吸いにあたしは店の外の出てんー、と背伸びして深呼吸した。
あれぇ?と聞きなれた声がしたので腕を下ろして見ると、常連客のヒノヒカリイエローの琢磨さんが、グレーの背広姿で立っていた。
相変わらず就活中の大学生みたいな童顔だなあ、と思う。
「きょ、今日からバイトだったんですか…?」とうわずった声で言う。
ああ、ポーズ2が効いたんだな。とあたしは気づいた。まったくオトコってやつは。
「はい、といっても研修中ですけどね」
「そうだ、TDL行ったことある?」
「上京してから1度もありません。地方出身の大学生ってバイト漬けで意外と行ってないですよ」
じゃあ!と琢磨さんは分かりやすく喜んだ。初めて会った時から素直すぎる人だな、と思っていた。
「今度の土日に一緒に行きませんか?費用は僕がおごりますから」
「えっ、いいんですか!?うれしー」
あたしはナチュラルにポーズ3で喜んでいた。
頑張って働くと、いいことがあるもんだなあ。
ごごごごご…きららねたん、それは初めてのデートのお誘いだにゃ…
これはちび女神ひこが頑張って止めないと。と息巻くひこに、悟が声を掛けた。
「ひこ君、松坂牛に興味はある?」
「まつざかぎゅー?ある!!」
「母さんが料理得意でねえ、残念ながらその肉が届くのは今度の土日なんだ。どーしよーかなー」
「サトルのおうちで待つ」
ひこはあっさりとブランド牛に釣られ、保護者を売り渡した。
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