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電波戦隊スイハンジャー#234 ドメイヌス・クノイチ



盗聴常習犯、環八かんぱちの秀こと、

久米田秀雄くめたひでお52才は仮の店長として潜伏していたクリーニング店で味噌ちゃんぽんの出前に来たハルちゃんにいきなり捕獲され、

目隠しと耳栓、その上舌を噛まないようご丁寧に口の中にゴムボールを詰められた状態でおそらく複数人に10分か何十分経ったか時間の感覚もわからず車で都内某所に運ばれ、

地上なのか地下なのかもわからないとある一室の、スプリングのきいた布製のがっしりしたソファの上に座らされてやっとのことで耳栓と口のゴムボールを外された。


やっと呼吸器官が全開放された秀雄はそこでぶはあっ!と大きな深呼吸をし、

「あ、あの…私、高額の報酬に釣られて盗聴してただけですからね?痛いことしても有益な情報何も出ませ」

とぺらぺら喋り出すと秀雄は下顎を物凄い力で掴まれ、

「あの、無駄口嫌いなんでちょっと黙っててくれませんか?」と苛立たしい声のもと目隠しを外された。
自分を睨みつけているのは白い忍び装束の女性。

下顎が万力で砕かれそうな勢いでめりめりと締め付けられる苦痛で秀雄は蒼白な顔で頷く事しかできない。

「ほらやっぱり、こいつには自分で舌を噛む覚悟や気概なんて無い。
久米田秀雄くめたひでお、盗聴と不法侵入で前科8犯の軽犯罪野郎…はっきり言って彼から有益な情報なんて得られるとは思いませんが、『ゴシチ』様」

と顎から手を外した相手は自分に背を向け、クリーニング店から押収した荷物を検品しているこれまた同じ格好をしている白いくノ一に向かってお伺いを立てた。

「『白雪』さん、私たちが調べているプラトンの嘆きは調査の結果、単なるカルト教団でも蔡グループのマフィアでもなく、1200何もの長い歴史を持った

観音族の生存と人類社会への貢献。

を第一目的にしたフリーメイソンのような秘密結社だと解ってきた。

しかし、35年前にメンバーの一人、蔡玄淵がマスターに離反して殺害。幹部のほとんどを粛清し、結社を乗っ取ると、

観音族以外の人類の粛清。

を第一目標に掲げた手段を選ばない組織になってしまった。

いい?「白雪」さん。自分は選ばれた人類であり人智を超えた存在によって守られてるから何をしてもいい。という選民意識はどの人間の心にも眠っているの。

普通の人間と悪人の違いは、

悪事を行うか行わないかだけ。なの。

それにね、悪質な暴力装置としての組織というのは一見小物にしか見えない信者のところに大事な情報を託しているものなのよ。ね?」

とくノ一は振り返り、一本のお色気DVDのパッケージに隠されていたプラトンの嘆きの教義の冊子を秀雄に向かって突きつけて見せた。

「『束縛系は嫌いじゃないの、緊縛あっはん若奥様』、これはまた乙なご趣味で」

白雪、と呼ばれたくノ一は教義のページをめくると途端に眉間に皺を寄せる。

「これは、全部のページに特殊印刷が施されて隠れ3次元バーコードになっています!驚いた…おい、そこの豚吐け。これを誰から手に入れた?」

「盗聴仲間がくれたんだよう!預かるだけで月々50万やるからって。それ以上は何も知らないよう!」

ふーん。と二人の白いくノ一は面白い事を思いついた少女みたいに語尾を跳ね上げ、

「なんならあなたがお好きな梱包術で人間チャーシュー体験してみる?」

とゴシチが言い、白雪が目の前にちょうど人肌に食い込みそうな太さの麻縄を両手に持って秀雄の目の前でぴーん!と水平に引っ張って見せた…

それから訳20分弱の責め苦の悲鳴を隣室の壁越しに聞いていた特務機関、ゴシチのメンバー二人、
コードネーム「猿飛」でスパイ狩り担当の小日向晴美と

コードネーム「胡蝶」でキャバ嬢に化けた潜入麻薬捜査官の鍋島ひふみは、

「あーあ、あいつ公家忍びたちの趣向を凝らした尋問の餌食になっちゃってるよ」

「白雪さん、最近『術を発揮できないから腕落ちちゃう』ってストレス溜めてたからねー。

部下のあたし達は公家忍び直伝のエグい尋問術(敢えて拷問とは言わない)は見ざる言わざる聞かざる、と」

とクリーニング配達人の制服姿で肩をすくめるだけ。
108キロの巨漢である尋問対象の配送を終えてあたしらの仕事は終わり、とゴシチ様差し入れの焼きドーナツで悲鳴をBGMにティーブレイク中である。

やがて悲鳴は止み、10分後に特務機関の頭領であるくノ一ゴシチが晴美とひふみに向かって得意げに頷いて見せた。これは、

必要な情報は全て吐き出させた。

という合図である。

「ゴシチ様!」

とパイプ椅子から立ち上がってその場で片膝をつく。部下たちの前でゴシチが頭巾を脱ぐと…

表向きの顔は華道講師である箒木まどかの品のある顔が現れた。

まどかは忍びによる秘密結社、オニの幹部で警視正、箒木哲治の妻であると同時にウズメが作らせた特務機関ゴシチのくノ一達を束ねる頭領でもある。

「結社の本拠地と幹部リスト、彼らの計画が記された光学印刷教本を白雪が爆速解析中。データを落とし込み次第、猿飛はサルタヒコ様に届けること」

「りょーかい!」と晴美は笑顔で敬礼し、15分後に解析を終えた白雪が必要な書類を詰めたスーツケースを晴美に手渡した。

「絶対、絶対、絶っ対。確実にサルタヒコ様に迅速確実に届けるように」

と最強の圧をかけた白雪に対して「がってんしょーち!」とてへぺろ敬礼でかるーく受諾する晴美に白雪は、

「ま、『猿飛』に任せるのだものな。と一括信任するべきだけれど今回は最重要事項なので君にはコードネーム『ほむら』という護衛が付く」

「へ?ほむら?」

と目をぱちくりさせる晴美の背後にいたウリエルが、

「では最重要事項運びつかまつる」

と言うなりオレンジ色の筋の入った翼を広げて晴美を包み、オレンジ色の羽を一枚残して消えた。

「あれが焔ですか、赤髪の天狗を見るのは初めてです。…あのー、解析疲れで脳が糖分欲しているんでドーナツ3個頂いてよろしいでしょうか?」

と最後に頭巾を取った白雪こと天華碧てんげみどり32才は名門京阪大学准教授でロケット工学を研究する天才数学者で、

戦隊の頭脳、ヒノヒカリイエロー琢磨にプログラミングと足跡を残さないハッキングの極意を教えた情報解析の師匠でもある。

さて、任務終了とばかりに思考のスイッチを切り替えた碧は

「あーお腹すいちゃったあ!ひふみちゃんストロベリーと抹茶ともちもち米粉ドーナツちょーだーい。ついでにお茶淹れてー」

と女子会モードになり、手づかみでドーナツにかぶりつく。

「長年くノ一やってるけど碧さん、あなたの二重人格的なスイッチ構造は未だに謎だわ。胡蝶ちゃん、あの盗聴男はもう用済みだから証拠ごとどっかの交番裏に転がしといてー」

と無茶ぶりをする頭領、まどかの忍び装束の白衣の背には、黒い五七の桐紋が染め上げられている。

これは1200年前、宮中女官で征夷大将軍坂上田村麻呂の妻である三善高子みよしたかこが嵯峨天皇側仕えの命婦たちを鍛え上げ、

当時、兄である平城上皇に命を狙われていた嵯峨天皇と跡継ぎの皇子を身籠った妻、橘嘉智子を守り抜いた功績から、

「よって、三善高子とその弟子達には五七の桐を使用する事を許す」

と特例で与えられた紋。

特務機関ゴシチこと五七。

その始まりはひとりの女官によって結成された女性による女性だけの宮中内護衛組織が歳月を経て小角の妻ウズメの指揮によりくノ一集団として今日こんにちまで在り続けたため、

この古都発祥の忍びたちは別名公家忍びと呼ばれているのである。


後記
カクヨムもやめて書くことに疲れていた作者の復帰作です。

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