電波戦隊スイハンジャー#120
第七章・東京、笑って!きららホワイト
グリマルティ1
高天原族の王子ツクヨミが東京根津の安宿「したまち@パッカーズ」に転がり込んで3日が経った。
9月11日お昼のまかない飯はエビマヨ定食。
副菜は黄色いジャガイモ「インカのめざめ」ときゅうりのポテトサラダに、国産わかめの卵スープ。
白飯はお替わり自由。料理人は勝沼悟である。
時刻は午後二時近く。客足が途切れた店内のカウンターでエビマヨを堪能するのは…
「うまし!ちょっと勝沼のぼんちー、あんた会社継ぐのやめて料理人になんない?」
と「Fly Me to the Moon」とロゴの入ったTシャツにジーンズとゆーラフな格好のツクヨミと
「ぼんちは嫌味なくらい何でもできちゃう子なのよ。器用貧乏じゃなくて器用金持ちだし」
と日舞の稽古を終えて店に遊びに来た紺野蓮太郎と
「かーっ、当直明けの飯はうめえっ!」
とかけつけ3杯魚沼産コシヒカリの白飯をお替りして定食を物凄い速さで完食した野上聡介であった。
「ちょっと聡ちゃん、早食いと大食いは肥満の元って…消化器科医のあんたが言ってることじゃないの!」
隣の席の蓮太郎は聡介の喰いっぷりにすっかり呆れ果て、お母さんが息子を叱る口調で注意した。
「たまにはいーの、今夜は道場のおっさんたちに稽古つけなきゃいけないからエネルギー補給しないと」
と聡介は口元を紙ナプキンで拭いごっそさんでした!とぱん!と両手を合わせて空の食器にお辞儀した。
「ああ…鉄太郎おじいちゃまの直弟子のおじさま達ね。確かに兄弟子に稽古つけるって疲れるわよねー」
うんうん、と日舞師範で喬橘流次期家元の蓮太郎は自分の立場を振り返ってみてもだ、と思い深ーく同意した。
「伝統芸能と武門の家、立場は違っても家元はつらいよ。ってコトかしら?
ちょっとー、玄関先でしゃがんでるホワイトちゃん。ご飯が冷めるからこっち来なさいよー」
と食事を終えたツクヨミが店の入り口を塞ぐようにちょこんとしゃがんでいる小岩井きららと、その背中をよしよしと撫でているちび女神、見た目4歳児のひこに声をかけた。
「随分元気ないわねー、もしかしてブルーデイ(生理中のイライラ期)?」
ツクヨミ、席から立ち上がってきらら達の傍に寄ると、二人がぶつぶつ言っている台詞の内容にぎょっとした。
「東京のもんはなまら心が冷やっこいべ。おらほとほと愛想が尽きたべさ…」
「きららは言った。とーきょーには、そらがにゃい。ひこつーやく(通訳)」
「なに高村光太郎ってるのよ!?きららちゃんホームシック?」
「しかも智恵子抄ですね。あー…彼女はしばらくそっとしときましょう。僕が説明します」
と厨房から出て来たこの店のマスター勝沼悟が、エプロンで手を拭きながらカウンター内の椅子に腰かけて語り始めた。
それは
きららが午前中で大学の講義を終え、電車でこの店に向かう途中に事件は起こった。
お昼時で電車内は混んでいた。入口近くに立っているブレザー姿の女子高生の様子が何かおかしい事にきららは気づいた。
女子高生の真後ろにはサラリーマン風の中年男がすまし顔で読売新聞を掲げて立っていた。
もう片方の手は…ときららは男の手先を目で追った。
男の手が、女子高生の制服のスカートをまくり上げてお尻をまさぐっているのだ。
明らかな痴漢行為である。あの子の周りは?というと周囲のサラリーマンや大学生風の若者や主婦風の中年女性は、痴漢に気づいているが見て見ぬふりをしているのだ!
二十歳の女の子が実際に犯罪行為を目の当たりにしたら、恐怖で固まってしまうのがほとんどかもしれない。
しかしきららは、何を隠そう今ネットで話題の謎のヒーロー戦隊、スイハンジャーのきららホワイトなのだ!
きららは人混みをかき分け痴漢男のいたらぬことをしているお手々をむんず!とつかむと
「現行犯、確保ー!!」
と高らかに叫んだのだ。
「乗務員さんに言ってすぐの駅で降りて乗務員室に痴漢のおっさん押し込んで話聞いたら…
なんと小学校の先生なんですよ!奥さんと、高校生の娘さんいるって…
あたし思わず『まさぐるなら奥さんの尻まさぐりなさいよー!娘と同じ年頃の女の子狙うなんて、ロリべド野郎死ねー!』
と思わずブチ切れて、あたしのキャラらしからぬ暴言吐いてしまいましたあー」
案外そっちが本性なんじゃないの?
と事情を聞いたツクヨミは思ったが「それで、被害者の女の子は?」と話を合わせた。
「泣きながらお礼言ってました。
何度か痴漢に遭ったけど、周りに助けられたのは初めてです、感謝します、って
…いつもみんな見て見ぬ振りするの?って聞いたら、はい、それが東京なんですって…
はっ!はんかくせぇさあー(バッカじゃないの?)!!!おら東京の冷酷無比さにほとほと愛想が尽きたさぁー!」
「きららちゃん落ち着けってば…あかん、怒りで興奮状態だ。勝沼、冷たいおしぼりと飲み物出してやって」
聡介が悟に向かって頼むと悟は手際よく冷茶の入ったコップと、冷たいおしぼりをカウンターの上に出した。
「ちょうど菓子処『松蔵(まつくら)』のおはぎがあったんで」と皿に小振りなおはぎを2つ、ちょいと乗せた。
きららはほとんど本能でおはぎをまるごと1個口に放り込んで、冷茶で流し込んで、おしぼりで額を冷やすと…やっと一息ついたのだ。
「はぁー、甘いものはイライラに効きます…」と口の端に付いた小豆を親指ですくってぺろっと指ごと舐めた。
あ、なんかエロい仕草だな、と30男聡介は思った。
「うん、鎮静剤を出すほどじゃねーな。夕方までバイト続けられるか?」
「はい!それはもう。目の前の日銭は手放しません」
「こらこらワーキングプアの本音を口に出して言うもんじゃないですよ。落ち着いたら食器洗いに入ってくれる?」
「はあい☆」
さっきまでの怒りがまるで無かったかのように、きららは厨房に入って行った…
「やれやれ、若いもんは切り替えが早くて羨ましいぜ、でも」
「でも?何なの聡ちゃん」と蓮太郎が熱いお茶を飲んであぁーとため息をついてから聞いた。
蓮ちゃんじじむさい仕草だな。あ、こいつも俺と同じ30歳だった。
「これできららちゃんに丸ごと東京を嫌いになってもらわれちゃ嫌だな、って。俺のじいちゃん東京育ちだから」
「そうね…粋でいなせで、人情深いところもある。悪人や日和見な冷たい人間ばかりじゃないって分かってもらいたいわ」
じいちゃんは言っていた。東京は昔はいい所だったけど、物凄い早さで変わっていく。悪い方に。
そう呟いた横顔が寂しげだったなあ。
京都の人間30年やってるとね、江戸っ子の率直さが羨ましくもあるのよ。
京都市内はまるっと何かの諜報組織ですか?って思いたくなるくらいコミュニケーションが難しいから。
聡介と蓮太郎はそれぞれの思いで沈黙していると、からん、と入口が開いて二人の若者があの~、と遠慮ぎみに入って来た。
一人は180近い長身で色白切れ長の目をしたすらっとした印象。もう一人は小柄で、身長160センチぐらいの、目がくりっとした愛嬌のある顔立ちをしていた。
「こちらのお店、アポなし取材ってできますかねえ…僕達芸人やってるんですけど」
「あ、困ります」と反射的に悟は即答した、が…小柄のほうの顔を見るなり
「み、汀くん!?」
「勝沼さん!?」
とマスターと芸人がお互いを指さした。
「いやあ、村瀬くんが芸人やってるなんて想像もつかないよ!会合では謹厳実直じゃないか」
「勝沼さんも、ここで店やってるって言ってくれれば!」
一転和やかな空気になったマスターと相方に、長身の方が数秒間二人の間で目を泳がせてから相方に聞いた。
「おい汀、マスターとどういった知り合い?」
「家業の不動産屋の会合で知り合ったんだ」
「ああ」
急に入って来たお笑いコンビ「ラインダンスで神楽坂」は、コンビ名の通り神楽坂育ち。
長身の樋口謙太郎はボケ担当。
早稲田大学文学部で本格的に演劇を学んだ彼の演技力は、芸人にしとくには勿体ない!と芸能界で定評がある。
神楽坂の老舗「鮨ひぐち」の跡継ぎで修行中の寿司職人でもある。
ツッコミ・ネタ担当、村瀬汀。彼の作るコントネタは「シュールと日常の間。ありそうで怖い」と定評がある。
神楽坂の物件を扱う3代続く不動産屋の息子。
共に、28歳。小学校からの幼馴染でもある。
「ここにはいねーけど正嗣がこの二人の大ファンでな。俺もYouTubeでライブ見たけど、面白かった!特に『伝説の先輩~シェイクスピアを5000回演った男~』は名作だったぜ」
「ありがとうございます!」
売れかかっているお笑いコンビは、マナー研修みたいに礼儀正しくお辞儀した。
「あざーっす、って言わない所がいいね。二人とも汀は慶応、樋口は早稲田卒のお坊ちゃんでガツガツしてないところがいい!って最近の草食好みの女子に人気なんだってさ、って、本人たちを前になんで俺が説明せにゃならんのだ?」
(おい汀、この外人、高度なノリツッコミをしているぜ)
(うん、只者じゃないな…)
このコンビ、実は聡介が熊本人で、熊本弁と江戸弁のネイティブスピーカーであることを知らなかったのであるが。
「じゃあ勝沼さん、ここの取材は無理ってことでひとまず出ます…」
と村瀬汀が謝って店を出ようとすると、悟のほうから信じられない解答が来た。
「えー?せっかくだからカメラさん入れて下さいよー。カウンターの人達には後ろ向いて映ってもらえばいいでしょ?」
「え、オッケーですか!?」
か、勝沼ぁ~…聞いてないぞ!と聡介、蓮太郎、ツクヨミは同時に思った。
「じゃあ、カメラさんOKでーす」
村瀬がスマートな手招きでカメラマンを店内に入れた。
どーする!?アポなし取材。
後記
お察しの通りお笑いコンビのモデルはフォークダンスDE成子坂です。