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電波戦隊スイハンジャー#186 人倫の境目
第9章 魔性、イエロー琢磨のツインソウル
人倫の境目
正嗣は右腕を肘から、左脚を膝下から切断されて全身の皮膚を鋸状の刃物で撫で切りにされていた。
彼の傷を一目見た外科医の桃香は、
なんて酷い。これが同じ人間に対する仕打ちなのか。
…いや、こんなことをするのは人間の心を持ってない奴の仕業だ。
と急沸する怒りで眉間に縦皺を寄せたがすぐに
「こっちは出血がひどい、もっとじゃんじゃん輸血するのだ!」と助手の僧医たちに指示した。
琢磨と正嗣は手術台に並んで寝かされ、正嗣は隣で琢磨の心臓手術にとりかかる聡介に向かって蒼白な顔で、
「絶…対琢磨くんを…助けて下さいよ」
と言い、「任せろ」とゴーグルの下の聡介の強い眼差しを確認してすると、
よ、ろしく…と麻酔で意識を失った。
「こんなに痛め付けられて意識を保っている患者は初めてだ」
なんて精神力の強い男なんだ…!
自分の方が痛めつけられているのに尚も仲間を思う正嗣に桃香は強い感銘を受け、直ぐに手足の接合手術に取りかかった。
その隣で、
「琢磨お前本当よく頑張った。お前の心筋についた悪い虫今すぐ取り除いてやるぜ!」
と助手の薬師如来ルリオにバイタル管理、ガブリエルに人工心肺の管理を任せ、切開部を鉤で固定して露になった術野の中央には拍動を止めた琢磨の心臓が露出している。
「隆文くん達…無理して見なくていいから」
と手術室を見下ろす見学席で悟は前回の空海と小角の手術で吐きまくった隆文ときららを気遣ったが、
「いんや!身を挺して戦ってくれた二人にそれは失礼だべ」
「そうです、最後までここにいます」
何度も戦いを重ねて精神的に成長した二人はきっぱりとそう言った。
手術初見学の蓮太郎は「ご、ごめんアタシ…」と吐き気で口元を抑えトイレに駆け込んで行った。
蓮太郎さんは無理もないよなあ。と彼の背中を見送った三人は再び切開された琢磨の心臓に注目する。
「そーすけ、ちょうど卵円孔の辺りにあるモノ見えましたか?」
卵円孔。
それは胎児期の心臓に存在する孔のことである。胎児期は肺が機能していないため、左心房と右心房を卵円孔がつなぐことで、血液の循環が行われ通常は出生後、肺機能の活動開始および呼吸の開始と共に卵円孔は自然に閉鎖する。
その閉鎖された卵円孔に噛みついた一センチ位の線虫を聡介は見逃さなかった。聡介がピンセットでつつくとS字状のそいつは威嚇するようにぐにゃっ!と激しく動いた。
こいつが心筋に分泌物を流し、観音族に攻撃しようとする琢磨の動きを封じてたのか…
「よっしゃラファ、寄生虫確認。卵円孔を切開して取り除く。逃がさないように虫の周囲を確保してくれ」
「らじゃ」
まるで軽くひっかき傷を作るような繊細なメスの動きで卵円孔を切開した聡介は持ち替えたピンセットで慎重にその寄生虫をつまみ上げた。
その虫は暗緑色をし、頭部から環状の触覚を二本生やしたピンセットの先でびちびち蠢いている。
「なんだ…?これは」
と聡介が呟いた瞬間、そいつはヒトデのように口を放射状に広げて聡介の手に襲いかかった。
「う、うわっ!」
それが聡介の人差し指に噛みつく直前、ラファエルが冷凍した膿盆を差し入れたので凍った虫は動きを止めた。
「そーすけ、セーフ…」
聡介はピンセットで固定したままをヒドラ型に変形した虫を膿盆に落とし、すかさずラファエルが冷凍膿盆で蓋をする。
心臓の切開部位を縫合して大動脈と上下大静脈に繋いでいた人工心肺を外して心臓に血流を行き渡らせ、琢磨手術チームは待った。
…やがてピンク色になった心臓が力強く拍動し、ルリオが「心電図もバイタルも通常通り、成功だよ」と告げると聡介はよっしゃ!とガッツポーズをした。
しかし、握りしめた拳は未知の寄生虫に襲われそうになった恐怖で細かく震えていた。
「オペでブルったの生まれて初めてだぜ…」
聡介は手術着の下で余分な汗をかいた。
幸い正嗣の方も桃香と泰範、優秀な整形外科医の二人がかりでの手足接合術も成功し、患者二人を回復用の高濃度酸素を溶かした液体を満たしたカプセルに入れて寝かせた。
「恩に着るぜ、桃香さん」と聡介が礼を述べると桃香は「医師として当然のことをしたまで」と小さく笑いながら颯爽とカンファレンスルームから出ていった。
背の高い美女の長い髪がジーンズのお尻に当たる後ろ姿…いい。
今度会ったらモーションかけよう。
と密かに決意した聡介が患者の様子を見に回復室に入ると正嗣と琢磨が眠るカプセルのちょうど真ん中に椅子を置いて座る悟の背中が…
二人とも済まない。と泣いて詫びているように見えた。
「…勝沼」
「死ぬかもしれないのに二人ともここまで僕の作戦通りに動いてくれた…
ねえ、葉子ちゃんの体力測定で解った『観音族の戦闘体勢は15分しか続かない』ってデータを元に福明の力が尽きるまでただひたすら耐えてくれ、って作戦を立てた僕は…やっぱり悪魔なのかなあ?」
「おまえは俺が出会った誰よりも人間くさい男だと俺は思うよ」
それよりも、と聡介は悟の肩に手を置いてから、
「火山に生える藻をヒントに観音族を殺すための生物兵器を思い付き、真理子さんに作らせちまった俺はもっと悪魔だ」
と及磨が福明に切り付けたナイフに、実は人体には無害だが細胞内に葉緑素を持つ観音族に確実に効く毒薬を塗り込ませていた事を自分で口にすると、
「はは…勝つためなら人倫の一線を越えちまった俺は医者やってる資格ねえな」
とカプセルの中で眠る正嗣と琢磨の顔を交互に見てから、
正嗣、琢磨。本当に済まない。
とやっぱりうなだれた。
ある科学者は、
他の誰も思い付かない事を思い付いた。
だから論文にして皆に公表したのだろう。
それがどんな結果になるか全ての可能性を想定せずに。
大勢の人のためになるとばかり思い込んで実用化したのだろう。
他人がそれを悪用する。と考えもせずに。
兵器という形で実用化した者たちは、
使ってみたいという欲求に負けて民間人に向けて使い、勝ったと高揚したのだろう。
思い付いた。
作ってみた。
使ってみた。
そして悲劇は繰り返される。
「倫理の一線を越えた科学者ってのは人を滅ぼす魔性だよ、その一点では僕たちも福明と同じだ」
とにかく観音族との二戦目、蔡福明には勝った。仲間二人を失うかもしれない。という危険を冒してまで。
それにしても、
戦う度に心の傷が累積してやがて壊れていくのが人というものなのかもしれない。
「勝沼…絶対葉子ちゃんが触れないようにあの毒をおまえの研究所に封印しといてくれ」
と聡介が頼むと、
「僕もちょうどその事を考えてました」
と悟は顔を上げて答えた。
後記
勝つために一線を越えてしまった戦隊たち。