電波戦隊スイハンジャー#111
第六章・豊葦原瑞穂国、ヒーローだって慰安旅行
野上の姓4
それはなんとも、奇妙な光景であった。
ストーンヘンジを思わせる巨石群のふもとの地面で、7人の若者と阿蘇の地霊が円を作って座り込んでいる。
蘇りの始まりの地で、全てが明かされる。ブッダの予告通りになった、と悟は思った。
阿蘇山の神健磐龍命からいま、真実が明かされるのだ。
悟は緊張して隣の隆文にも聞こえるほどごくり、と音を立てて唾を呑み込んだ。
健磐龍命さま、と呼ぼうとする聡介に「ミコトでよい」と地霊は軽い口調で言った。
「私は地霊、地球(ちだま)と呼ばれる星の地の力と数万年の阿蘇の民の祈りでいつの間にか『意志』を持っただけの存在、それ以上でも以下でもない」
と聡介が自ら傷つけた部位を手で覆った。ミコトが手を離すと、傷は完全に消えていた。
「これくらいの事はできる。もう血を捧げなくともよい」
深く目礼した聡介は持っていた封筒から古びた懐紙を取り出した。楷書で、野上鉄太郎。
「この字は貴方がお書きになったものですね?」
「如何にも、私が高天原族の王子より託されし赤子に名を付けた。
野の上に置いたので『野上』と姓を付けた。氏神としては名もつけねば、と鉄太郎と名付けた。鉄の如く強き人であれ、と」
「高天原族の王子とは?」
そこでミコトはふつっ、と口を閉じた。
「ここまで来てだんまりは無しですよ」と琢磨が少し怒ったような声で急かせた。
「そこな若者も高天原族の匂いがする…子孫か?」
「タヂカラオの直系と代々言われてきました」
と眉をそびやかす琢磨にミコトは「ああ、3400年前長野県に、天の岩戸を投げ捨てた力馬鹿か」と言葉のアイスバケツをぶっかけた。
琢磨の情けない表情に全員、笑いで肩を揺らした。
「やっと心がほぐれたようだな。百聞は一見に如かず、見るがいい」
ミコトが腰帯に差していた扇を取り出してぱちん、と開いたと同時に南小国の丘が一変にして何処かの山奥の、泉の風景になった。
泉のほとりにいる人物は3人…変装なのか修験者姿。
皆、頭巾で顔と髪を隠している。それぞれ背負っていた荷箱を椅子替わりにして腰を下ろしている。
久しぶりに会えたな、会えたわね、という会話の様子から男2人に女一人、
おい、人払いは完全に済ませたから存分話していいぞ、と男の修験者が繁みから3人に声を掛けた。小角である。
おおきに、タツミ。とまず頭巾を取ったのは、やはりウズメであった。背の高い男2人も長い銀髪をばさっと背中に垂らした。
3人とも銀髪に銀目、高天原族であることは間違いない。背の高い方の男は聡介に、いや「荒魂」によく似ていた、が線は細く、声は女のように柔らかい。
季節は夏だけど、ここはひんやりしてるわね。と口調もなぜか女言葉。蓮太郎とキャラかぶるな、と聡介は思った。
もう生き残りは、この3人になったのね…ウズメが濡れた手拭いで顔を拭いて一息つくと、長い、長いため息をついた。
それはまるで彼女がこの星に降り立って過ごして来た年月の長さと、進歩してない人間の愚かさを嘆くようであった。
もう一人の高天原族の男の顔を見たきららが「ひこちゃんのお兄さん!?」と立ち上がって叫んだ。
「あたしにひこちゃんを預けたのはこの人ですよ!確か霧島の…イニシャルNの、ええっと」
実は5月に戦隊初顔合わせをした時、きららの情報から正嗣はその青年Nが誰かは見当が付いた。
言っちゃっていいですか?と正嗣はミコトに目配せしたがミコトはめっ!と凄い形相で睨み返したので正嗣は傍観者に徹する事にした。
やあやあ、遠路はるばるご苦労!と小角の手に乗せられて3人の前に出たのは、松五郎である。
3人の高天原族はこいつがくるとロクなことが起こらないのが分かり切っているかのように一斉に松五郎を睨みつける。
文が来た時は仰天しましたよ、とぼそっ、と青年Nが口を開いた。
まああたし達高天原族より「優秀な」少彦名族が言うんだったら間違いないんでしょうね。スミノエ。
ウズメが嫌味たっぷりに言って小人の角をつついた。
あでっ、あでっ!そこ弱点なんだからやめろや。
えー、あなた方高天原族しかできない生殖方法、生殖行為なしに万能細胞を取り出して胚から胎児にする。それを、この星で行う許可が下りたのだ!
ふーん、と高天原族たちの反応は案外醒めていた。
ちょっと、少しは感動しろや。あんたたち高天原族が地球人と子を成しても身体能力は10分の1以下、精神感応力(超能力)はせいぜい予見(予知)くらいの「ただの特殊能力者」しか生まれなかった、が、我の方法で「完全な高天原族の子」を成すことが出来るのだぞ!
それは貴方の研究の目標ではなかったか?ツクヨミさま。
と松五郎は中性的な青年を初めて名指しした。彼は古事記では夜の神、暦の神、月夜見であることが分かった。
月夜見とは太陽神天照の弟で、素戔嗚の兄。
3兄弟では影の薄い真ん中っ子である。
確かにそれは、年々種族が減少していく一族の命題ではあった。と青年Nが言った。
しかし、私以外の二人はちと「特殊」ですぞ。
女官長ウズメ様は不死細胞で構成されたヒューマノイド(人造人間)、ツクヨミ王子に至っては性染色体が「両性」なのだ。というこ、と、は…
あんたが提供するしかないわね、とウズメとツクヨミが同時に青年Nを指さした。
はぁー、やりますよやりますよ…と青年Nは衣の胸をはだけた。
ちょうど胸骨のあたりを中心に渦巻きの痣が広がっている。地球移住以来何度も試みたが失敗した高天原族式生殖法、つまり、完全クローンの為の細胞をNが提供するのである。
私たちの生殖細胞は、ヒトの受精卵と同じ特性を備えています。Nはたたみ針を喉の下から胸骨の裏にぶっ刺した。涼しい顔をしてるから痛くはないらしい。
我々の生殖細胞は胸腺で作られますが、体内にある内は何も変わらない。体外に出してカプセルに満たした培養液に移して、初めて胚、胎児へと育つのです。
人工の子宮だな、と頷いた松五郎の前で、Nが針を引き抜き、その先には…小さく光る1個の、針孔ほどの細胞。松五郎はすぐに羊水入りの試験管の中に「それ」を迎えた…
本当に、大事に育てて下さいね。とNは試験管の中の光をとてもとても、深い眼差しで見つめた。
承知した。と言って松五郎を乗せた小角は消えた。
さて、こうして3人集まったんだし、用事は終わったんだし、富士家ホテルに逗留しましょうか?なーに、フランスのお金持ちのフリしてりゃいいわよ。
いいですねー、とツクヨミとNが喜んで合意する映像が薄れていく…
そして、次の映像は何かの培養工場みたく、桜色の液体の詰まったカプセルには人間の胎児がいた。
松五郎をはじめ白衣を着た小人たちが色々データを取りながら順調です、と言っている。その胎児が早送りで成長し…
最後の映像は聡介には見覚えのある阿蘇の草原だった。
再び青年Nが、抱いていた赤ん坊をしぶしぶ、といった様子でミコトに預けた。
この子にとっては、苦難の多い生になることでしょう…お願いします。
私が守りを授けるのだ。強い子だ。それはお前の子だからぞ、ニニギよ。
ミコトは赤ん坊を草原に置いた。
お前に「野上」の姓(かばね)を授ける、鉄太郎。何があっても生きるんだぞ。
赤ん坊は力強く泣いて、程なく一人の男がその声を聴いて駆けつけた…
「もういい、もうわかった…じいちゃん…その赤ん坊が鉄太郎じいちゃんなんだろ?」
「如何にも」
「じいちゃんに細胞をくれたあの人はやっぱり?」
「そうだ、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(アメノニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト)…略してニニギ、天照の孫だ」
やはりこの身は人ではなかったのか。
という痛みより、あの人がじいちゃんの親なのか、という感慨の方が大きかった。
そして、ニニギが俺のひいじいちゃん、ってことか…
情の深そうな人でよかった。
「ニニギは今も存命し、霧島の山深くで隠れて住んでいる。いずれお前と会う事であろう」
「なんでじいちゃんを…生まれさせなきゃいけなかったんだ?わざわざ高天原族として」
「すべては小さき神の、悪魔の如き実験から始まったのだ…あの映像は103年前、吉野の山奥での出来事である。
地球に再び高天原族を誕生させる試みは、天部の仏族の最終審査を経て『アルジュナ計画』と名付けられた」
アルジュナ計画?ヒンドゥー教の戦士の名が日本の地霊の口から語られるなんて。