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でんどろさんの苦難

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最近、我が家には居候が住み着いている。
名前はでんどろさん。

まるで深海魚のような縦に短く横に長い胴体。
その平べったい体には似つかない大食漢で、
どこにどう入っていくのかは甚だ疑問である。
胡麻粒のような目はどこかに思いを馳せているようで
実際には何も考えていないのだろう。

ちょっとばかり食いしん坊だが、概ね温和で良い奴である。
彼が本当に魚であることを除いては。

一見どん臭そうに見える彼は、
期待を裏切らず本当にどん臭い。
「本当に緊急の時だったら動けるでん!」と豪語しているが、
人間に捕まって売り捌かれようとしていたのに
それ以上の緊急事態がこの先あるのだろうか。

私のじとりとした視線を気に留める素振りもなく、
でんどろさんは一心不乱に目の前の夕食にかぶりついて、
いや、夕食を飲み込んでいる。
彼の前ではカレーだけでなく全ての料理が飲み物と化すのだ。

今日のメニューは業スーでセールされていた冷凍餃子である。
量より質を重視するなら最良の選択と言っても過言ではない。

「でんどろさんって肉食なんだね?」
「そうでん、まあ肉食べ始めたのは陸上がってからでん」
「はは、そりゃ当たり前でしょ」
「当たり前でもないでん」
「え?」
「たまに“上”から肉が降ってくるでん」

一瞬でんどろさんの箸が止まる。
しかし、それも見間違いかと思うほど一瞬で
またすぐに白米をかき込みだした。

“上”というと人間界では空を思い浮かべる。
私も例外ではなく、ふと窓の外を見上げると今日も半月が昇っていた。
月の光がきつね色に焼かれた餃子をてかてかと照らしている。

「周りはすぐ群がってたけど、
 どういうわけか食べる気が起きなかったでん。
 こうして拾われる運命を悟ってたのかもしれないでん」
「そんな大げさな~」
「目の前にぶら下げられた飴はロクなことがないでん」
「じゃあ今の状況も釣り餌かもよ?」
「お互いさまでん」

カタン、と小さな音を立てて箸置きに着地する。
短すぎて届かない手が形式的に合掌した。

「お粗末様。
 そういえば餃子は縁起の良い料理らしいよね」
「そうでん?そういえば初めて会った日の夜も餃子だったでん」
「あの時はびっくりしたよ、
 何人前もおかわりして私の分まで食べようとするんだもん……。
 まあもう慣れたからいいけどさぁ」

食費こそかかるものの、
何故か彼はどこからともなく金目になるものを持ってくるので
家計には大して痛みはないのだった。
どこから出てきたものなのか何度も問いただしたが、
「法に触れるようなことはしていない」の一点張り。

そもそも魚介類なのだから彼を裁ける法も無く、
魚介類だとしても捌ける方法も無いのだが、
そんなことを考えられる頭はとうに無くなっていた。

そういえばでんどろさんに出会ってから外に出ていない気がする。
たまには自分で買い物に行こうか。
あれ?ならどうして冷凍餃子を切らしていないんだろう。
彼ほどの大食漢であれば一食で無くなってしまうのに。

何故か捲り忘れているカレンダーを横目に、
綺麗に平らげられた皿を片す。
手元がよく見えない。

この時の私は知る由もなかった。
世界の存続が私に懸かっていて、
その原因がでんどろさんだなんて。
いや、考えることも出来なかった。
彼が私に取り入った時点で、終末は約束されていたのかもしれない。

∈( 𓁹______𓁹)∋


【SpecialThanks】※敬称略
でんどろさんキャラデザ・名付け親・挿絵
epi

でんどろさんキャラデザ原案
そうくん

当日配信に来て見守ってくれたみんな

epiさん作「でんどろさんとまま」


配信アーカイブ前編↓

配信アーカイブ後編↓


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