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男は冒険し、女は愛を歌う。保守と進歩を皮肉に描く『パリ・オリンピック 開会式』解説

パリオリンピック開会式に感動したので演出意図を自分の知識の範囲で読み解きます。
今回の開会式のモチーフは小説家「ジュール・ベルヌ」
そしてテーマはベルヌの描く「冒険に向かう勇気」
個人の解釈なので間違いも大量にあります。

NHKの映像はこちら。(TVerはシーンが網羅されてないのでNHKがおすすめ)
https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2024072704488?playlist_id=aaa8668b-fdac-4ae8-b215-fc3d7cfc9c9b

ジュール・ベルヌは『海底2万里』『月世界旅行』『気球に乗って五週間』など冒険小説の大家。常に道の世界に挑戦することを描いた彼の作品は、試合に臨むオリンピック選手に最適。そして、古典的なフランスに加えて新しいフランス像をPRしていく。

表現としては「フランスを変えた偉大な英雄」が軸。主役となるのがスポーツの英雄ジダン、途中に偉人が様々な分野で登場し、最後は自由の女神マリアンヌ(ジャンヌダルクともとれる)。彼らのような英雄になれと呼びかける。

開会式では「映像の空想の人たちが、リアルに出て来る」という演出が繰り返される。これが「ベルヌという空想」と「それを実現した英雄」の対比になっている。フランスは無謀な夢を実現し続けるのだというメッセージ。

裏テーマとして「エスプリ」。「建前はそうだけどさ、ほんと?」といった皮肉な目線、お笑い。体制と個人を対比させ、鷹の目のような客観的な目線で茶化す。だから、開会式はコメディアンから始まる。

開会式は会場を間違えた笑いから始まり、ジダンに聖火が継がれ、子ども達へ。子どもたちは、ギリシャ神話のカロンのような船にのった、『オペラ座の怪人』のような「仮面の男」にいざなわれ、フランス革命で犠牲になった人々の共同墓地、カタコンベを抜けていく。死のイメージが強い

ガストン・ルルー『オペラ座の怪人』も「過去に遡る」作品であり、引用が美しい。オペラ座の物語である「歌う女性の恋」が暗黙的に示される。このあとのパフォーマンスで歌うのは女性が中心。男性は「組織」、女性は「個人」と対比されていく。

子ども達から聖火を担うのはフランスを代表するゲーム企業Ubisoftの『アサシンクリード』シリーズの主人公! 「歴史を追体験する」ゲームの、客観的な目線。新しいフランス像のPRとともに、選手ではない立場で聖火というスポーツの魂を担う。

シーンが明るくなり花火ともにフランス・セーヌ側クルーズへようこそ! アコーディオンから始まる12のシーンで「観光的な」フランスを改めてご紹介する。非常に保守的に「みんなが知ってるフランス」「EUの多様性」みたいなノルマをちゃんとこなしていく。

各シーンには常に映画や文学の引用が入る。映画の元祖リュミエール兄弟がフランスだからというのもあるし「空想」を大事にしていることが分かる。空想は「理想」であり「精神」。「自由、平等、友愛」は理想である。

具体的に革命を描くシーンでは「体制と個人」の対比が『レ・ミゼラブル』から続くのが美しい。保守的なマリーアントワネットが幽閉された建物で男性が革命歌のロックを歌い、女性がカルメンの『愛は反抗的な鳥』を歌う。怒りと愛。それをアサシンが見下ろすという皮肉。

美しい図書館で3人のLGBTな人たちが恋愛を本で表現。3人が部屋に入って性を匂わせて終わるのも極めてフランス的友愛。そして、フランスにおいて愛は気高く悲しいもので、雨のなかで刹那的に人々が美しく揺らめくのがとても印象に残る。

話題になった『最後の晩餐』での「青い裸の男」。享楽的なファッションショーのあと、コメディアンが「裸なら戦争は起こらない」と歌う。左翼的でありながら、ポリコレやファッションを徹底的にバカにしたエスプリのシーン。

最後は川を渡る青白い馬からのドラクロア『民衆を導く自由の女神』。そしてナポレオン。冒頭の墓地から徹底的に死のイメージが通底している。フランスの「自由、平等、友愛」は決して甘い理想ではなく、人々の屍の上にある覚悟が伝わる。それでも旗を掲げる。

旗はフランスだが、聖火はスポーツ選手のもの。だから最後に有名な選手がつないでいく。彼らこそが英雄である。聖火が届けられるのはベルヌの『気球に乗って五週間』。「冒険に向かう勇気」を高揚して締める。

セリーヌディオンの歌う『愛の賛歌』は「愛する人よ、あなたが私を愛してくれるなら、世界の果てまで行くわ」という歌詞が中盤にあるように、ただ個人的な愛。それが旅立つ気球を見送る。感動的でいて、エスプリ。

まとめ。「体制と個人」の構造のなかで、それでも空想の世界を勇気を持って実現しよう! と冒険を謳う構成は圧巻。婉曲的に、戦争に対するオリンピックの立場を表現していて上品。さすがのルイヴィトンが鍛え続けた文化表現と驚嘆せざるをえない。

以上。ポップなネタは各所で言及されているので割愛して全体構成と演出としての読み解きでした。音楽、ファッション、映画の引用などは知識不足で悔しい。
見るならTVerよりNHKがおすすめです。自分はこう見たという解説記事がたくさん読みたい!素晴らしい開会式でした。


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