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声の演技を身につけたい人に向けた基礎的なマニュアル(私家版)

ゲームキャラクターや動画の演出家の仕事をしています。
最近、お仕事でプロの声優さんの収録や、新人の声優さんの収録で演出をすることが増えてきました。その現場で新人のかたに「音声収録前にどんな準備をすればいいのか?」と尋ねられることがあったので、自分の演出イメージを言語化してみます。これはあくまで筆者の私見であり、非常に独善的な内容であることをお断りしておきます。

声優の演技について「なんかよくわからんけどカッコイイ/可愛い声を出すんでしょう」というぼんやりとしたイメージがあるように思います。カッコイイ、可愛い、山寺宏一さんのように色んな声色が演じ分けられる…というのは最終的な応用テクニックでして、まずは基礎の基礎を身につける必要があります。
演技というのは、ピアノの基礎が指を動かすことであるように、全身の筋肉を動かすことです。ピアノ初心者が左手が全く動かないように、声の演技も最初は全然筋肉が使えません。まず、これをなんとかする必要があります。

身体の基礎技術に続いて、読みの技術があります。台本には、1行1行にすべて異なる状況や意味があります。それを読み取って、全身の筋肉を使って表現するのが声優の仕事です。特にプロの声優さんの場合は事前に台本を読み込み、キャラクター像を確立してから現場にいらっしゃいます。演出家はそれを脚本家のイメージにあわせて微調整したり、台本だけでは読み取れない音声利用上の意図などを伝えることが主な仕事になります。

新人の声優さんの場合だと「基礎的な身体訓練」と「台本の読み込み」「演技のストック」がどうしても不足します。現場でいきなり能力を上げられるわけではないので、演出家は相手の能力値の範囲で演技を一緒に考え、魅力を引き出すお手伝いをします。

今回は自分の考えられる範囲で、訓練法を並べます。ピアノの訓練でいう初心者教本「バイエル」くらいのレベルです。2~3年で身につける基礎です。ピアノで独習の難易度が高いように、誰か指導者がいるほうが楽だとおもいます。

訓練を飽きてやめたらもともこもないので、楽しい順に並べてあります。


■日本語をちゃんと読む(楽しい度:大)

人間は「読んだことのない日本語が読めない」ようになっています。試しに適当な経済系ニュースサイトの記事を口に出して読んでみてください。おそらく専門用語でコケるはずです。目で読める文章と、口で読める文章は全くことなります。
そのため、基本としては台本を口に出して何度も読むことが1番大事です。日頃の練習としては、声の演技をしたいジャンルに近い日本語を読み上げ、慣れておくことがオススメです。

日本語を読むことになれる
 ・文語 → 新聞など
 ・アナウンス原稿 → アナウンス台本
 ・芝居の言葉 →台本

この訓練は半年程度までのあいだ、やればやるだけ直線的に能力が伸びます。録音して実力をチェックすることがオススメです。

■台本を読み込む(楽しい度:大)

台本を読み込むというのは、「キャラクターの状況をイメージする」ことです。
登場人物はどんな身体をしているか。いま、どんなポーズをしていて運動をしているか。どんな心理状態か。周囲の音環境はどうか。話す相手との距離はどれくらいか。
台本の1行には膨大な情報が詰め込まれています。これを読み解いて、状態をありありとイメージできるようになることが基礎です。しかし台本の文字は最低限のため、状況がわからないことがしばしばあります。脚本家に質問したり、共演者とすりあわせる作業が重要です。

たとえば複数で話す場合は、相手との関係性で声は変わってきます。「おはよう」の相手が父親か、友達か、気になっている彼女かは違いますよね。気になっている彼女もさっぱりした性格なのか、奥手の性格なのかで違います。シーン全部がイメージできてないと、おはよう1つ言えません。だから台本がアタマのなかで完全な映像になるまで読み込みます。

読み込むだけでは不十分です。台本には狙いがあります。「おはよう」の一言が脚本上どういう意味があり、観客にどうおもってほしいのかを読み解く必要があります。例えば「奥手な彼女に勇気を出して声をかけるが、無視されてしまい主人公はモグモグする」ということを伝えたいシーンだとします。勇気を出しておはようという演技には「おっ……はよう」なのか「おは……ようっ!」なのか、「……よぅ」なのかと、勇気の出し方を見せる演技は、複数パターンあります。正解はありません。なので数パターンを想像しておいて、収録のときに出し分けることになります。

脳内に存在しないイメージは表現しようがありません。この訓練をするには演出家や脚本家のサポートを受けながら、沢山読んでトライするしかないのかなとおもっています。

■身体の使い方を知る(楽しい度:中)

声は声帯を震わせて、全身という共鳴板で拡大しています。
声を出すには人体のすべての筋肉が関わっています。この筋肉を使い分けるということが、声の表現をすることです。
そのため、身体の筋肉1つ1つに力をいれて、音の変化を確かめると訓練としては良いかとおもいます。筋肉の図鑑あたりを見て身体を理解しましょう。

特に重要な筋肉は腹筋です。続いて、胸や肩まわりだとおもいます。たとえば肩に力をいれて声を出すときと、いれないときでは全く違う声になります。共鳴板としての身体が変わるからです。
ある程度演出家が声に慣れていると聞いただけで「どこの筋肉を使っているか」聞き分けることができます。そして「ここの筋肉をゆるめてはいかがですか」とお願いすることがあります。自分の声に関しては録音したものが聞き分けられるところまでいけると、かなり楽しくなってくるとおもいます。

芝居は1セリフで運動を表現することがあります。「しねやああ!」と切りかかかっている演技は、セリフの頭と尻でキャラクターの筋肉状態が異なりますよね(おそらく剣を振りかぶってる状態と、下ろしてる状態です)
特に生っぽい演技が求められる場合は、身体の動きがどのようになっているかが非常に重要です。剣道でもやっていなければ「斬りかかる動作」なんて普通知りません。動作がわからないと筋肉の状態がわからないので、結果として嘘っぽいセリフになります。(デフォルメを効かせる場合は、ホントっぽい演技を強調するので、そもそもが嘘っぽいとデフォルメもできません) そのため、動作と声の関係を一通り知っておくことは非常に重要です。

こうした動作と声の関係を理解した量のことを「演技のストック」というのだと思っています。演技は口先の声色変化ではなく、脳内イメージとそれを再現する身体のセットです。ベテランになるほどストックが多く、演出家のちょっとした指示であっというまに再現できます。

この訓練は動画を撮影しながら発話するとできます。様々な映像作品の身体動作を真似するとやりやすいとおもいます。

■感情と身体(楽しい度:中)

普通の人間は感情は映画やアニメよりも薄いものです。特に自分は20台半ばまで喜怒哀楽が薄かった記憶があります。劇的までとはいわなくても多くのひとは真剣に悲しんだり怒った経験が案外すくないのはないでしょうか。そうすると、感情の強いセリフが理解できず、モノマネになってしまいます。

これも動作の話と同様です。感情は身体に表れます。号泣しているときは、どんな身体状況でしょうか。きっと鼻や喉の状況が普段と大きくことなるはずです。笑い上戸で酔っているのは、どんな身体状況でしょうか。アルコールにより筋肉はどう変化しましたか。1度も体験していないのに、再現できるでしょうか。

感情を身につけるのはけっこう難しいです。なぜなら私たちは感情が社会によってブレーキされているからです。社会で暮らす上で感情が過剰に出ない教育を受けているので、泣きたいときでもワンワン泣いたりしませんよね。このブレーキを外す訓練をしなくては感情が体験できません。演劇のワークショップでは、感情のブレーキを外すことを目的としたものが多数あります。

無事に感情のブレーキが外れたとしても、感情は単純でありません。たとえば「怒り」1つとっても多様です。なんでもキれるおっさんと、そのおっさんの部下が3年の怒りを静かに溜め込んだ怒りでは、全く異なります。この怒りの身体状況を何種類想像できるでしょうか。このバリエーションが演技のストックになります。

もちろん、日常では体験しようがない感情もあります。まあ、ふつう無理心中しません。しかし演技とは、日常から離れた劇的な感情を描くことがエンターテインメントになんですよね。なんとか無理心中の気持ちになってみよう! というのがスタニスラフスキーによるメソッド演技法です。賛否両論ありますが、演技のストックとしてある程度は身につける価値があります。(詳しくは書籍を)

声の演技では、感情をデフォルメする必要があります。特にアニメっぽい芝居では喜怒哀楽を加工して単純します。日常生活で我々は「こらーっ」なんて分かりやすく怒ったりしません。怒りの感情と身体を理解した上で、演技を取捨選択してシンプルにしていきます。

この訓練は演劇のワークショップが最適だとおもいます。一人では難しい。

■唇の使い方に慣れる(楽しい度:低)

本当な重要度が高いのですが、いったん楽しさ順でかいてあるのでこの位置です。発音です。大事です。
演技では明瞭に日本語が読めることが必須です。プロの声優ほど発音が明瞭です。(山寺宏一さんをイメージしてください) ベースが明瞭だからこそ、くずせます(山寺さんだとドナルドやジーニーやチーズの演技)

海外言語の発音の取得と同じです。母音を明瞭に、子音を明瞭に、1つずつ地味に特訓するしかありません。正直「あめんぼあかいなあいうえお」とか「外郎売り」とか訓練としては効率めちゃくちゃ悪いとおもっています。発音の本を読んで、自分の口をスマホで録画しながら、1音1音を身につけたほうが楽です。

1音1音がクリアできたら、次は早口言葉と遅口言葉を言えるようになるとよいかとおもいます。言葉は音の連続なので、それを早くつなぐことも、遅くつなぐこともあります。早口言葉が得意なかたでも、遅くしたときに明瞭に言えていますか? テンポのごまかしがきかないので、思った以上に難しいです。

さて、さらにいえば口の肉体の使い方は人によって異なります。これもある程度シミュレーションできます。唇をあまり動かさない人、声帯がぶれちゃう人、鼻に声が抜けちゃう人など色々な特徴(フォルマント)があります。このバリエーションをどこまでストックしているかというのも力量です。

この訓練は発音の本やDVDで独習できます

■日本語の言葉の勉強をする(楽しい度:低)

なんか筋肉の話ばかりしていましたが、知識も重要です。
NHK日本語発音アクセント新辞典を買いましょう。
正しいアクセントの理解は、当然必要です。

非常に地味な訓練ですが、やればやるほど身につく訓練です。

■喉の使い方を理解する(楽しい度:低)

歌などで良く学ぶものなのですが、喉の使い方の理解も非常に重要です。

声を太くする、細くする(喉をあける、締める)
声を低くする、高くする(声帯を硬くする、柔らかくする=振動数を変える)
共鳴点を変える(頭を鳴らす、鼻を鳴らす、胸を鳴らす、腹を鳴らす)

などなど。
この訓練はトレーナー、特に音楽寄りが詳しいとおもいます。


■声を音楽として理解する(楽しい度:低)

声は「意味」「感情」だけではなく、単純な「音楽」としても理解できます。
たとえば朗読劇などが典型なのですが、良い読みは、(意味がわからなくても)音楽として聞いたときに心地良くなります。オペラやミュージカルをしている俳優さんは、普段の読みでも独特のリズムがあったりして、1つの表現になっています。
これには音楽的なリズム感を身につける必要があります。

あまりこの訓練については知見がないのですが、ボイパをしたり口笛を吹いたりでしょうか。

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そんなわけで声の演技の訓練、いかがでしょうか。
身につければ役に立つシーンも多いはずです。

ピアノやギターを弾く趣味とおなじくらい、メジャーになってもいいのにと思っています。


(原文 2019年5月6日)

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