アマナミチ....アマナのオコナヒ カムナガラノミチ 4 【直観物理と相似象 その 22】
アマナミチ....アマナのオコナヒ
楢崎皐月は、<アマナのオコナヒ>の直観に関しての8句を選び、それを相似象学会誌第5号において、カムナガラノミチ第17句から第24句までに示しました。オコナヒ(行動)とは、運動(イゴキ)や作用(ハタラキ)の在り方を刻々に決定し実行する能力のことを言います。これはカタカムナ人独自の直観に基づいた解釈であり、現実に繰り返されるオコナヒが、その「ミ(実質)」の「チ(持続)」すなわち「道」となるわけです。このページで説明するアマナのオコナヒについて、どのようなものがあるかについては、目次に示してありますので、参照してください。以下にそれらのオコナヒについて、詳細に述べて行きます。
第17句 スケシナギナミ(透明体)
<アマナ>はアマ始元量が潜態のまま凝集している「ミ」であり、物質に内在し、その物質を成り立たせる結合力となっています。また<アマナ>には、それ以外にも、物質がいろいろなものに変遷したり転換したり、という物理現象をさせる行動(オコナヒ)の性質(ナリ)があります。
<ココロ ホミ>は、アマ始元量から分けられたココロに加着親和(ホ)している「ミ」のことで、ここでは<アマナ>を指します。
<スケシ ナギ ナミ>:<アマナ>はアマ(宇宙空間)においては、マの粒子性・波動性を引き起こさせたり、マのユガミやシマとなったり、現象の物質にホミして、さまざまなオコナヒを示します。しかしその正体は、潜象の<アマナ>であるために、透明で(スケシナギナミ)目に見えないということかた、<スケシ>は「目に見えない」意となります。
宇宙での電磁気の発生や、輻射波、天体の引力、星座の運行といった現象でも、その「カミ」にはアマナの「ミ」がありますし、更に、インスピレーションや心霊現象、夢等にも<アマナ>のオコナヒが関わっていることが考えられます。
オコナヒは、運動(イゴキ)や作用(ハタラキ)の在り方を刻々に決定し実行する能力のことです。個体の内外環境に即応して、<イマ><イマ>に生起するのが「ココロ」に内在している<アマナ>のオコナヒです。そして、現実に繰り返されるそのオコナヒ(行動)が、その「ミ(実質)」の「チ(持続)」すなわち「道」となるのです。それが<アマナミチ>のサトリなのです。
第18句 アマのイガミや波動(島や縞の消滅)
この句は、宇宙空間(広域のアマ始元量の世界)における、「マの歪(イガミ)」や、自由に変化する「マの波動(ククミナミ)」や、発生・消滅を続ける「マの縞や嶋(ハエキヘ シマミ)」となるオコナヒがあり、それがアマナのミチであるという直観を表明したものです。
<ヤホ>はたくさん(八百)の意。
<マガイガミ>とは、マの歪みの意。(アマ-カムの重合の思念を踏まえて、マカ・マガ・マノとなる。)
<ククミ>は「自由に変化する「ミ」の波動」の意。「ク」は「自由」の思念。
<シマ>は、「マの示し」の思念から、縞と嶋の意となる、アマの「嶋」は「天体発生」を、アマの「縞」は「アマのウヅメ」を意味する。
第19句 マリの発生消滅(光子の発生・変換)
この句は、<アマナ>のオコナヒが、マリの発生消滅や、光子の発生、また物質の粒子とエネルギーの変換等の基となることについて述べています。アマナそれ自身は潜象の存在であるために、常に透明体(人間の目には見えぬ存在)であり、物質の粒子や波動に親和加着しているのです。また、その発生消滅や変換の速度が極めて速いために、人間の意識に昇らないことを、直感したサトリを示すものです。
<ウマシ イヌ マリ>とは、発生(ウマシ)し、消滅(イヌ……消え去る意)するマリという意味です。
<ホホ ヒカリ>とは親和加着(ホホ)して、ヒカリ(光)になる意。
<コロミ>は、粒子の「ミ」、すなわち物質を意味します。
<イキホヒ>は、アマのイキイブキが、個々物質のエネルギーとなっている状態を意味します。
<トモカハリ>は「相互互換」の意。「トモ」とは、コロ(粒子)とイキホヒ(エネルギー)との相互変換を意味します。
第20句 サヌキ アワ(正反粒子)の生滅(エネルギー粒子の相互変換)
この句は、<アマナ>のオコナヒには、正の粒子(サヌキ)と、反の粒子(アワ)の消滅の相(スガタ)があり、その際に、エネルギーと物質(電磁波動と電子、光波と光子等)のそれぞれに加着(ホミ)して、相互変換を行うというスガタがある、という直観を示しています。
アマナは、原子核的存在として、正反の素粒子(カブシヌ・ウキフヌ)を生産するというオコナヒを持ちます。しかし、ここに示されたように、正反の粒子を発生する際に、物質粒子とエネルギーを相互互換させるオコナヒも持っているということです。
<ツブミ>は、粒の「ミ」であり、「正の粒子」(サヌキ)を指します。
<ソラツミ>は、ソラのツブミで、「反の粒子」(アワ)を指します。
<ハエ>は発生、<ツブレ>は消滅(「ツブ」が「ツブレル」)を意味します。
<イブキ>とは、アマ変遷の一過程であり、<カム>のチカラが<アマ>の「イキ(生氣)」となり「イブキ(息吹)」となり、「イキホヒ(勢)」となる関係です。
<コモカハリ>は、コモゴモ変換する意。
第21句 サヌキ アワのチカラの根元(質量)
この句では、正反電氣粒子(サヌキ アワ)の力の根源(ヌシ)や、質量の根源(ヌシ)が、<アマナ>のオコナヒにある、ということを示しています。
<アマネ ヒカリミ>とは、アマの根から発生したアマネキ光の「ミ」すなわち光量子の振動現象のことです。
<カラミヌシ>は、カラミのヌシ、すなわちチカラの「ミ」の意味です。ヌシは「見えない示し」の思念から「主」の意味を持ちます。ここでは、陰陽の電氣粒子(イカツ サヌキ アワ)のチカラの基は、ヒカリのエネルギーであり、ヒカリは、アマ始元量から発生する、という関係が述べられています。
第22句 ヨミカエル(サヌキ アワの結合)
この句は、<アマナ>のオコナヒによって、正反電氣粒子の結合によって、四光子の運動エネルギーが復元するという現象の示しです。
<イカツ マクハヒ>は、正反電氣粒子(サヌキ アワ)の「結合(交換)」を意味します。
<イゴキ ヒカリミ>は、「光量子の運動エネルギー」であり、第21句の「アマネヒカリミ ユレイゴキ」に相当します。光量子に当たる言葉はヒカリカカリミ(第13句)ともいわれ、また、「四個の光子」の意味で、「ヨミ」とも呼ばれます。
<ヨミカエル>:「ヨミ」は、上述のように「四個の光子」ですが、ヨミカエルとすれば「復活」の意味になる、と楢崎皐月は推量しています。「ヨミにカヘル」は、物質系の最終的な「死」を意味しますが、それは同時に、ヨミのイゴキヒカリミ(光量子エネルギー)に復活することから派生して、「ヨミカエル」は蘇生の意味になったのではないかということです(「カヘル」と「カエル」の違いに注意)。
第23句 ヒトシアマタマ(相似現象)
この示しは、<アマナ>のオコナヒが、微視的現象と巨視的現象において、いずれも、相似(ヒトツカタ)である直観を説明しているものです。
<チカラヌシ>は、アマの巨大な力の根元を指す巨視的な場合の表現であり、<カラミヌシ>の方は、チカラが微視的な万物万象に現れる場合の表現となります。「光量子の運動エネルギー」であり、第21句の「アマネヒカリミ ユレイゴキ」に当たります。光量子に当たる言葉はヒカリカカリミ(第13句)ともいわれ、また、「四個の光子」の意味で、「ヨミ」とも呼ばれます。
第24句 イカツミ マクミ カラミの変換(心霊現象もアマナのオコナヒ)
この示しでは、一般に心霊現象といわれるものも、アマナのオコナヒであり、しかも、それは、磁氣、電氣、力、の各要素の変換の現象である、ということが示されています。
<マクミイカツミ カラミアヒ>において、「マクミ」は、磁氣素量のことで、イカツミ(電氣素量)を巻いて発生します。マクミ、イカツミ、カラミ(力素量)は「ミ」として存在するもので、それらはイカツ(電子)の位相の変換なのです。そして、これらは絡み合って、磁氣力、電氣力等のチカラが発生します。したがって、「磁子」というものは存在しません。
<アオ ヒト ココロ>
「アオ」とは、「アマを生む奥の方」すなわち<アマ-カム>の潜象を指す思念で、「ヒト」とは「ヒトツに統合されたもの」、すなわちアオヒトと言えば、「アオから発生して、ヒトツのものに統合されたもの」という一般的思念で、人間のみならず、万象を指しますが、そこから延伸して、アオアオ(青々)と生きるヒト(人間の肉体)の意にも取れます。
<ワカレ ホミ>とは、別々に(ワカレ)加着している「ミ」(ホミ)の意であり、ここでは<アマナ>のことです。即ち、電氣、磁氣、力の素量(ミ)は、いずれも、それぞれに加着しているアマナのオコナヒによって異なった位相を呈するのです。
カタカムナ人の<アマナ>に関するサトリによれば、原子転換、電氣磁氣、物質とエネルギーの変換、精神現象、生命の発生等の問題も、極めて自由に、総合的に扱われていることがわかります。元素変換も、人間や動植物の生体内や、土中等で、常温下で着々と行われているのです。