見出し画像

社会保険、社会保障とは?

鹿島 「お疲れさま、実務初日で疲れたでしょ?」

出雲 「いやあ、何が何だか分からないうちに終わりました。」

鹿島 「まあ、誰だってそんなもんです。何か気になったことがありましたか?」

出雲 「いやあ、そもそも国民健康保険ってのが、よくわかりません。会社がやってる保険と何が違うのですか?」

鹿島 「そうですね、保険というものは掛け金を支払って未来のマイナス面を補償してくれるものですね。生命保険ならケガや病気、車の保険なら事故や盗難。」

出雲 「そう言われりぁ、そうですね。車をぶつけちゃったから車両保険に入ろうなんて虫が良すぎますよ。保険は未来のもんです。」

鹿島 「あら、察しがいいわね。過去の事故を補償していたら商売が成り立ちません。そこは国民健康保険も生命保険も「保険」と名が付けば同じ仕組みです。」

出雲 「じゃあ何が違うんですか?」

鹿島 「国民健康保険は社会保障のひとつです。社会保障については偉い先生たちがいろいろご意見をおっしゃっていて、私も難しいことはよくわかりませんが、まあ、社会保障のうちの社会保険と言われているものについての私の考えはこうです。」
 
鹿島 「お金を稼いでいる人ほど掛け金や給付を受ける時の一部負担が多い事。お金のない人はその逆。これを所得の再分配というようです。これがあるのが社会保険。車の保険は損害補償額を大きくしたり様々なオプションを付けたりするには、より多くの掛け金を多く払う必要があります。保障される賠償額やサービスに応じて保険料が決まるわけですが、国保は掛け金を多く払っているからと言って給付の額が多くなるわけではありません。生活を成り立たせるための保障をしないといけないから、受ける給付サービスは同じだけれど、収入や所得が多い人はより多く保険料を払い、サービスを受ける時の一部負担もより高額となり、収入や所得の少ない人はその逆となっています。」

出雲 「優しいんですね。」

鹿島 「でも、所得の再分配があるからといって社会保障となるわけではありません。例えば、出雲さんも職員互助会に入ることになったでしょう?」

出雲 「何か総務の方がそのようなことをおっしゃっていました。」

鹿島 「うちの職員互助会は給料のコンマ何パーセントかを互助会費として支払って結婚やら病気やら亡くなったときに定額の祝い金やら見舞金を渡す仕組みなので所得の再分配があるといえばありますが、これが社会保険かと訊かれれば、どうです?」

出雲 「違うような気がします。規模も小さいし。」

鹿島 「規模や内容で直感的に違うと思ったのだろうけれど、違いは使用者負担と国庫補助金があるかどうか。」

出雲 「使用者負担って、事業主にも保険料負担があるという事ですよね。どこかで聞きました。でも、コッコホジョキンって何すか?」

鹿島 「国などから出る補助金で元は税金です。使用者負担と国庫補助金という二つの要素が入るからこその社会保険だし社会保障を名乗ることが可能となります。事業主負担と国の責任という大事な要素が登場するわけです。所得の再分配と使用者負担と国庫補助金があることが一般的な商品としての保険と社会保険を分ける指標でしょう。」

出雲 「話としては分かるような気がします。」

鹿島 「社会保険の成立過程において使用者負担は主要な役割を果たしてきたけれど、日本の国保制度では使用者負担の根拠は薄いから税金と保険者間の財政調整が大きいかな。」

出雲 「ちょっと気になっているのですが、なぜ使用者負担とか税金が財源として提供されるのですか。不思議な気がします。」

鹿島 「歴史的にはさまざまな運動があってこういう制度ができてきたの。人は病気や怪我などのリスクを抱えながら生活をしているわね。病気や怪我に遭遇した人にとっては偶然だけれど、全体からみれば一定の割合の人が実際に病気や怪我などによって経済生活が続けられなくなることは必然よね。」

出雲 「全員が病気も怪我もしないなんてことはないです、はい。」

鹿島 「そこで保険に入るわけだけれど、食べる物や着る物、住むところに困っている状態の時に保険に入る気になる?」

出雲 「そりゃあ、衣食住を優先します。」

鹿島 「そうよね。それに個々の会社が無くなっちゃったり、ある産業が衰退したり、身体以外の様々なリスクもあるわ。こういったリスクと隣り合わせで生活しているわけだけれど、全員が自主的に保険に入るなんてありえないから、もし保険加入が任意だとしたら未加入の人が病気や事故にあって生活できなくなれば社会不安の原因ともなり得るでしょうし、実際になったわけです。そこで法律を作って加入を強制にして、被用者保険なら事業主負担、国保なら国庫金という、加入する人間が支払う保険料以外の財源をいれて、加入者保険料総額に大きく上乗せをして様々なリスクを担保することになったの。これが一般的商業的な保険や加入者の助け合いである共済とは質の違った社会保障といわれる所以です。事業主負担と国庫補助金が医療保険制度の大きな財源となっているという事は、いわば資本主義社会の大原則である「自助」、「自助」と言っても個人レベルではなく加入する自然人の助け合いである「共助」も含まれますが、の修正です。社会保険制度の状態尺度として、「国庫補助金」「事業主負担」「加入者保険料と一部負担金」がどういう構成になっているか、どう変化したかを認識することはとても大切なことだと私は考えています。医療保険制度は大企業の健康保険組合や中小企業の協会けんぽ、公務員の共済組合、自治体の公営国保、私たちみたいな国保組合、後期高齢者医療保険など様々な保険制度があり、たくさんの保険者がいますが、総体として捉えることが大事です。」

出雲 「あのう、そうなんですかっていう感じなんですけれど・・・・。でも、何で総体として捉える必要があるのですか?」

鹿島 「人が移っていくからよ。胎児の時から医療が必要でしょ。生まれ育っても働くまでは収入が無いからだいたいは親の医療保険に加入します。学校卒業後に民間に勤めれば健康保険組合や協会けんぽに自分で加入することになるわね。この時は収入も多いし若いから病気や怪我も少ないわね。やがて定年を迎え退職し公営国保に加入するけれど収入は激減するわ。不幸にして大病を患い若くして退職する人も同様に公営国保に入ることになります。そして75歳になり後期高齢者医療制度に加入することになるけれど年金以外の収入がある人は多くない上に病気と付き合うことが多くなるわ。そんな風に人が移っていくにも拘らず、例えば、現役バリバリの働き手で構成される大企業の健康保険組合が自分の保険の収支のみで閉じてしまえば実にめちゃくちゃ楽な良いとこ取りの虫のいい経営ができることになってしまう。保険者の財政力と加入者の年齢などの状態に応じて国庫補助金の差があり、保険者間の財源の移動である後期高齢者支援金や前期高齢者納付金などの財政調整も当然に必要となるわけです。」

出雲 「構造的に少ない家族も含めて健康で若く働き手は収入の多い人がほとんどということ医療保険がある一方、真逆の高齢者だけの医療保険では相当な格差になるということは理解できます。」

鹿島 「それが解れば充分です。政府の審議会の委員さん発言やネットなどの情報を見ても、財政調整はおかしいから税金でやれとか、国保組合の傷病手当金などをしている組合には国庫補助金をゼロにしろという主張を目にしますが、事業主負担という特に大企業の社会的責任を免れようとする社会保障を否定する主張であり、日本の医療保険制度が異なる層を強制的に構成していることを無視した乱暴な主張です。頭のいい人たちだから何もかもわかって言っているでしょうから、余計に腹の立つ・・・・あら、暴走しちゃったかしら。まあ、今の段階で実感がわかないのは当然です。所得の再分配と公的扶助は保険料とか給付内容とか補助金額・率とかの違いとして複合的に現れます。健康保険制度も目まぐるしく変わります。制度の変更についていくだけでも大変ですが、忘れてはいけないのは変更によって「国庫金」「事業主負担」「加入者保険料と一部負担金」のベクトルがどう変化し、それが組合員の生活にどう変化をもたらすかを考えて、かつ、法令の範囲内でより良いサービスを提案し提供することです。1984年以降は、制度はより細分化され複雑になっていますが、目的は結構分かりやすくて、補助金の比率を減らすことと、それだけだと不満が溜まるから窓口での一時的な立替金を減らすことです。踏み込んで話せば、国民負担を増やすためには、所得という負担能力や老若などの違いを利用して国民を細分化し負担増の合意を国民間に醸す必要があるし、最終的な窓口負担は増えるものの窓口での一時的な立替金を減らして負担増感を緩和する必要があるわけです。国民負担増のベクトルならば制度はより細分化複雑化していくことにならざるを得ないのよ。そういった国の事情やらそれらに対応する国民運動やら、様々なことがあって今の国保制度があります。医療制度にしても、海外に目を向ければ社会保険制度ではなく公的扶助で提供している国もあります。興味と余裕ができたら調べてみるのも悪くはありません。国保組合職員ならば国保制度の知識を持つのは最低限の事ですが、制度知識に埋没せずに、見識を身につけるよう心掛けてくださいね。それとね。」

鹿島さんは眉をひそめた。

鹿島 「2026年度から子育て支援金の財源を社会保険料に上乗せして払うとかいうのご存じ?」

出雲 「なんか、ひとり500円とか千円とか・・・」

鹿島 「そう、でも、金額の多寡ではなくて、そもそもの話。被用者保険では子ども・子育て支援金は従業員の報酬に応じて100%事業主負担というか、報酬にかかる税金として徴収されているけれど、国保には事業主負担はないから事務そのものがありません。でも、税だか保険料だか得体のしれないものを徴収することになるのよ。」

出雲 「はあ?」

鹿島 「まあ、実質は税金なんだけど、為政者が増税はしないと言っちゃったし、かといって社会保険料とはいえないから、「上乗せ」などという、性質ではなく金額だけの実に訳の分からない表現になっているのよねぇ。」

出雲 「全然わかりません。」

鹿島 「ごめんなさい。説明するわね。そもそも保険というのは一定の掛け金を払って自分の未来のリスクを担保するものでしょう。給付予定者が、いえ、給付予定者だからこそ、保険料を負担してもリスクを担保したいわけです、そこに保険料負担の合理性がある。ところが、今回の子育て支援金は、受給権を持つ人と掛け金面した負担金を徴収される人が異なっている。原点において保険の原則から逸脱している。提案している側も分かっているから社会保険料とは言えない、かといって増税と言えないものだから「上乗せ」などという曖昧な表現になってしまっている。ふざけた話だわ。計算方法が報酬に対する料率計算であるとか、介護保険拠出金とか後期高齢者医療制度支援金などの財政調整とか、見かけが似ているどさくさに紛れ、皆保険であることを悪用して、税金だか社会保険料だかわからない金を奪っていく。保険者はそんな金の徴収装置じゃないっていうのよ、まったく。政治家が無理を言うのでしょうが、官僚としての矜持は持っていて欲しいものよねぇ。」

 

いいなと思ったら応援しよう!