資格 組合員の範囲 その4 一馬力核家族モデルの遺物 法第13条第3項 同第4項
鹿島 「さて、前回の疑問ですが、結論を先に言うと、はっきりとは判りません。少し長くなるし、推測の域を出ませんが、よい機会だから考察してみましょう。現実的で合理的だった法令も時代の変化によって現実的でなくなり合理性も薄れていくことも確認できると思います。NHKのドラマ「虎に翼」で、主人公が法を船に例えて、乗っている人が人らしくあるためには船改造や修繕が必要というような主旨のセリフがありました。番組で扱ったのは尊属殺人重罰規定などの重大案件でしたけれど、この条文も修繕案件の一つだと考えています。最初に鍵となる語句を挙げておくと、一馬力核家族モデル、世帯、旧住民登録法、住民基本台帳法となります。」
出雲 「核家族なんて学校で習った記憶があります。今は、結婚しない人も増えているようですけれど、結婚したら核家族って今も普通じゃないですか?」
鹿島 「ただの核家族ではなくて一馬力核家族です。説明に入ります。現国民健康保険法は1961年4月から皆保険制度を開始するために制定されました。「平成24年版厚生労働白書 -社会保障を考える-」の第3章日本の社会保障の仕組みには「日本の社会保障は、1960年代の高度経済成長期以降に、右肩上がりの経済成長と低失業率、正規雇用・終身雇用の男性労働者と専業主婦と子どもという核家族モデル、充実した企業の福利厚生、人々がつながりあった地域社会を背景として、国民皆保険・皆年金を中心として形作られ、これまで国民生活を支えてきた。」とあります。また、1959年に木代一男氏が著した「国民健康保険法 : 逐条解説」には、「同種の事業または業務に従事する者で規約で定める地区内に住所を有するものであっても、法第六条各号(七号を除く)のいずれかに該当する者および他の組合が行う国民健康保険の被保険者である者は、組合員となることができない。これらの者は、すでにいずれも他の制度により医療給付を受けられるからである。」とあります。あっ、当時の7号は国民健康保険組合被保険者ですよ。皆保険制度は、核家族モデルを基本としたこと、また、皆保険制度が始まったころの国保法の内容はほぼ医療給付に限られていて、保健事業の条文は保健施設に限定されていたため、療養の給付が受けられれば、あえて組合員とせずともよいと判断されたためなのかという推測です。」
出雲 「なるほど、でも、当時も共働きで別な国保組合の組合員夫婦なんて世帯もあったんじゃないですか?」
鹿島 「そう、だから当時の国保法の条文も世帯内に複数の国保組合の組合員が存在することを前提に書かれています。話を進めて、住民基本台帳法と国保法の関係についても知っておいてくださいね。旧住民登録法が廃止され住民基本台帳法が公布されたのは1967年で皆保険の国民健康保険法事業が開始されてから6年後のことになります。この法律から国民健康保険法の世帯の定義は住民基本台帳法と同義とされました。言い換えると国保上の世帯の認定は保険者の判断で実施できたということです。だから、ある国保組合の家族被保険者が他の国保組合の組合員になる場合でも、国保上の世帯は別となったと保険者が判断して他の国保組合の組合員になることも可能だったと思うのよ。でも、この法律の施行によって、世帯は住民基本台帳法の世帯と同じになったから、それができなくなった。住民基本台帳法への移行時に国保法の第13条の第3項と第4項そのものが改正されたのではなかったから見過ごされた。経過はそのように推察していますが、同一の世帯において、別々の国保組合の組合員が存在することは、世帯の合併か、国保組合の組合員がいる世帯に他の国保組合の組合員が転入する以外に起きないし、別々の国保組合の組合員がいる世帯においても、例えば、ある組合員が当該国保組合を任意脱退してしまえば、国保法第19条により当然に他の国保組合の家族被保険者となり、世帯分離をしない限り、元の国保組合の組合員に戻ることができない一方通行の条文となっているわね。何度も読み返したけれど、そうとしか読めないわ。それに、出雲さんが、もし他の国保組合の家族被保険者だったら、健康保険法では国保組合の職員は適用除外となっているから協会けんぽには加入できず、かつ、うちの国保組合の組合員にはなれないから、その国保組合の家族被保険者としての資格が継続することになるわね、とても変だなあ感は残るけれど。共働きが一般的となり、医療給付を受けられれば良いという消極的な制度から、積極的に特定健診や職業病対策などの保健事業を重視し医療費を抑えていこうというのであれば、法13条第3項と第4項は、「他の組合が行う国民健康保険の被保険者」を「他の組合が行う国民健康保険の組合員」と改正すれば、共働きが普通の現代に合うと思っています。」
国民健康保険法抜粋
(組織)
第十三条国民健康保険組合(以下「組合」という。)は、同種の事業又は業務に従事する者で当該組合の地区内に住所を有するものを組合員として組織する。
2前項の組合の地区は、一又は二以上の市町村の区域によるものとする。ただし、特別の理由があるときは、この区域によらないことができる。
3第一項の規定にかかわらず、第六条各号(第八号及び第十号を除く。)のいずれかに該当する者及び他の組合が行う国民健康保険の被保険者である者は、組合員となることができない。ただし、その者の世帯に同条各号(第十号を除く。)のいずれにも該当せず、かつ、他の組合が行う国民健康保険の被保険者でない者があるときは、この限りでない。
4第一項の規定にかかわらず、組合に使用される者で、第六条各号(第八号及び第十号を除く。)のいずれにも該当せず、かつ、他の組合が行う国民健康保険の被保険者でないものは、当該組合の組合員となることができる。
(2024年11月22日)