買占めとサプライチェーン 1/2
今日は買占めという行動がサプライチェーンに与える影響を考察してみようと思う。
先日あるSNSで、「小売店の在庫が家庭内の在庫に移っていくと小売店が困るんだよなー」という主旨のコメントが流れてきた。
その理由は色々あるのだと思うけど、今回はサプライチェーンマネジメントの視点でひとつ考えてみたい。
ここで考察の足掛かりとして、まず「ビールゲーム」について紹介したい。
ビールゲームはMITが開発した、ビールの製造から販売までのサプライチェーンを模擬したシミュレーションゲームだ。
詳細なルールは長くなるので省略するけど、大まかには下図のように、まず4人以上が1チームとなってそれぞれ4つの役割を受け持つ。
そしてチーム間で「ビールをどれだけたくさん、どれだけ少ないコストで売ることが出来たか」を競う。勝敗は、全チームの在庫コストと受注残(機会ロス)の総和が一番少ないチームの勝ち。ビールの売上量は計上しないが、それは受注残として換算されると考えればよい。
ゲームの流れとしては、まず小売店担当が消費者からビールの需要数を聞き、小売店担当は自分の今の在庫量も考慮しながら、卸売り担当への発注量を決める。
卸売り担当も同様に、小売店からの受注の内容と自分の在庫量を考慮して、工場担当へビールを発注する。
工場担当も同様に受注内容と自分の在庫を考慮し、生産するビールの量を決める。
尚、消費者からのビールの需要数は、ゲームが進むにつれて、ある特定のパターンに従って変化していく。
ビールゲームのポイントは二つ。
発注してから上流の担当が受注する間と、ビールが下流に届く間に2ターンがかかること。
そして、受注残による損額は在庫ロスによる損額よりも大きいこと。
つまり各プレイヤーは、自分の発注が反映されたビールがすぐ届くわけではなく、反映されるには数ターンの時間遅れが発生する。
また、在庫ロスよりは受注残をなるべく少なくしたいというバイアスがかかる。(本当にそれがチーム全体にとっていいのか、というのは別にして)
これらの要素もあって、ビールゲームではよく「ブルウィップ効果」という現象が観測される。
ブルウィップ効果が発生する理由も長くなるので省略するが(知りたい人はピーター・センゲ著『学習する組織』を参照いただきたい)、原因の一つは下図のように、ゲームが進行するにつれて各プレイヤーが自分の在庫を多めに確保しようとして、多めに発注しだす傾向が生まれることにある。
基本的にどの担当者も受注残をなるべく発生させたくないため、安全在庫以上の確保を目指そうとする。しかしこれが積み重なっていくと、サプライチェーン全体での在庫コストや受注残が乱高下するようになる。
これが一度起こってしまうともはやサプライチェーン全体のバランスをとることは難しくなり、そのチームは一気に不利になる。
そしてもう一つ重要なのは、このとき最も損失のリスクが大きいのは、最下流にいる小売店だということだ。
何となくイメージ出来る人もいるだろうけど、下図のように、最下流の小売店は発注のブレによる在庫・受注残のリスクを最も抱えやすい立場にいる。小売店は5Fがどうとか言う以前に、そもそも構造的に弱い立場にあるのだ。
したがってサプライチェーンマネジメントでは、全体のコストの総和を下げることはもちろんだが、小売店の在庫コストや受注残のリスクをいかに小さくできるか、もカギになる。
70~80年代は自動車や半導体業界をはじめとして世界中でブルウィップ効果による損失が発生していた。でも近年のサプライチェーンはきっと色々システム化されてるだろうから、まぁそういうのが露骨に起こることはあまりないのかもしれない。
ただサプライチェーンマネジメントをちゃんとやらなければこういう現象も起こり得るというのは、知っておいて損はないと思う。
さて、このビールゲームでは、消費者は自分が欲しい分だけを小売店に発注するという仮定を置いている。しかし仮に消費者が本当に必要な量の何倍もの量を「買占め」として突発的に注文しはじめたら、サプライチェーンはどうなるだろうか。