明日好きな人に会えるかもしれない

月曜日に運送会社まで歩いている途中にふと、

「今回の遠征は準備に集中できてていいな」


と思った。
去年の夏に好きな人ができてから、
わたしの頭の中は彼でいっぱいで、
遠征や遠出の予定があっても、
その準備に集中できないことがよくあったから。
1人で遠征するときは安い交通手段や乗り換えの時間を調べなければならないし、
母親と県内で遠出するときも道路の予習やどこに寄って買い物や食事をするかわたしが決めないと、
母親は運転はできても道なんて覚えちゃいないのだ。
だから彼に会えるかどうかと会ったときの反応でいちいち一喜一憂していると、
全然準備に身が入らなくて困ったことが何度もあった。
今は彼に会えないから遠征に集中できている。
いい感じだ。


しかし皮肉なことに昨日の11時頃、
好きな人の工場の募集が出た。



また木曜日だ。なんで?
わたしは運送会社の仕事が入っているし、
きっとまたすぐに埋まるからキャンセルしても間に合わないだろう。
(タイミーはキャンセル後3時間申込みができない)
そう諦めつつも、
わたしは本業のカレンダーをチェックしていた。
木曜日なら他に誰も休みを取っていないし、
社員の女の子もいるからわたし別にいなくてもいい。
今週も本業は暇すぎて、
昨日もこれなら休みにしてほしいくらいだった。
こんな仕事をしてるくらいなら、
本当は好きな人に会いに行きたいな。

タイミーもちょこちょこ見るけど、
なぜか今回は申込みの勢いが鈍い。 


…これなら3時間待っても間に合うかも?




10人も募集してれば今埋まってもきっと後から誰かがキャンセルするだろう。
とりあえず申込みできるようにしておくか。
わたしは運送会社の仕事をキャンセルした。
月曜日にいつもの女の子と「また木曜日ね!」と言って別れたので罪悪感はあるけれど、
今日行ったらいつも優しいおじさんあたりに、
「彼女にごめんねって言っておいてください」
とお願いしてみよう。
きっとおじさんには理由まで言わないほうがいいな。
来週彼女に会ったときに弁解しよう。
嫌な女だなわたし。


キャンセルしてから3時間、
ずっとドキドキしながらタイミーを何度も見ていた。
申込めないから見てもしょうがないんだけど。
でもやっぱり今回は瞬殺じゃない。
間に合うかなぁと時計ばかり見てしまう。
あと2時間、あと1時間、あと45分…。 
お願いだから誰も申込まないで!!!頼むよ!!!
ずーっとハラハラしていたので、
いつも寝ているお昼休みもとても寝られなかった。


長い長い3時間が経つ15分前、
わたしはまだ募集が2人分空いているのを確認し、
先に本業の会社に連絡して木曜日の有給を取った。
今週も暇なのでやっぱりすんなり取れた。


いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!



これで諦めてたまつ毛パーマにも行けるし、
運送会社より早く帰れるし、(※遠征出発日の前日)
時間が長いからお給料もいいぞ!
トリートメントも行っちゃおうかな!ひゃっほう!


8分前に残りの枠が1人になった。
こんな直前で埋まってしまったら、
わたしのキャンセルしたタイミングが悪かったと本気で泣きそうだから止めてくれと祈るように見ていた。そしてようやく申込みができる14時15分になり、
わたしは急いで申込んだ。

最後の一人だ。
ギリ間に合った。
神様ありがとう。



申込み直後にわたしはサロンに電話して、
まつ毛パーマの予約も取った。
トリートメントも予約した。
待っている間に時間計算も済ませておいたのだ。
まつ毛パーマは日祝休みで最終受付が16時台のため、
土日も平日の夜もバイト三昧のわたしはここのところ全く行けそうになく、
ちょっと仕上がりは残念だけど他のサロンに行こうかずっと悩んでいたので、
このタイミングでの平日休みはマジでありがたい。



神様はわたしと好きな人を会わせてくれようとしているのか、
推しを見る前にメンテナンスデーを作ってくれたのか、
一体どっちなんだろう。




なんとか申込めたけれど、
当日好きな人がいるかどうかはわからない。
好きな人がいるポジションに行けるかもわからない。
行けても彼と話せるかもわからない。
遠征で言うと、
とりあえずわたしが取れたのは飛行機のチケットだけというところだろうか。(変な例え)
とりあえず推しと同じ街にいることはできるけれど、 
わたしは会場に入れるかまだわからない。
しかし好きな人は一般人なので、
チケットは取れないし朝から並んで整理券を待つこともできないので、
あとは運まかせだ。



明日好きな人に会えるかもしれない。
週末は推しに会いに行く。



先月も先週も全く予期していなかった事態に突然見舞われて、
わたしは正直めちゃくちゃワクワクしている。
遠くの街に行くにも、
有給を取って好きな人の工場に働きに行くにも、
わたしは母親に、

「ちょっと〇日〇〇行ってくるから!」


と言うだけでいい。
母親は「また〇〇かい!」とか、
「あんた有給残しておきなさいよ!」と言うだけだ。
うちの親はわたしが学生の頃から、
学校行事をサボったり授業を早退してライブ(当時から推しはずっと同じ)に行っても別に怒らない。
だから大人になってからも、
わたしがカッコいい社員のいる工場に行くからというだけで有給を取っているのも知っているけれど、
別に反応は変わらない。


これだから独身は最高だなと思う。



この自由さと身軽さを失うのなら、
わたしは一生結婚はできないなとつくづく思う。
若い頃付き合っていた男のように、
ちょっと市外のライブに行ってくると言うだけでいちいち不機嫌になられたら、
きっとわたしも相手もとても持たないだろう。


わたしはきっと好きな男を幸せにはできない。


 
工場勤めの大人しそうな年下の男の子が、
わたしのような強欲で気分屋で自分勝手に生きている実家暮らしの我儘放題の年上の女と付き合ったら、
彼はきっと手に余るに違いない。
かえってストレスが増えてしまうだろう。
だからわたしは彼を見ているだけでいい。
この恋はきっと結ばれないほうがいい。

なんとなくいつもそんな気がするのだ。



でもわたしにとって、

好きな人は御守りだ。

  



彼にたまに会えるからわたしは頑張って働ける。
こんなに好きな人がいるから、
わたしは他の男の人になびいたりなんかしない。

こんな関係で満たされるはずがないけれど、
好きな人よりもいい男に出会える気がしないから、
コミュ障なのに無理してマッチングアプリをしたり、
気まぐれでナンパしてきた男に付いていくような危ないこともしないし、
男性の多い場所に女1人でいたり、
毎日のようにいろんな男の人に出会っても、
決して誰とも怪しい仲になんてならない。
太ったり老けたりブスにならないように、
見た目にだって気を遣う。
これは全部好きな人がいるからだ。
彼を好きでいる限り、
わたしはこの先もきっとずっとこのままだろう。

でもハッピーエンドじゃなくていい。


わたしは長年想い続けて、
やっと好きな人が振り向くかもしれないという肝心なときに、
突然自分から逃げちゃうような訳のわからない女でいたいのだ。