「また来てください」は魔法の言葉

売れないバンドを追いかけていた頃、
わたしはメンバーに顔と居住地を認知されていた。
初めて遠くの街のサイン会に行ったとき、
推しも他のメンバーもわたしを見るなり、

「〇〇から来てくれてありがとうございます!」


と言ってくれた。(田舎者の特権)
正社員の仕事を初めて早退して、
初めて行く地方でドキドキしていたけれど、
大好きな推しがそんなことを言ってくれて、 
しかもみんなわたしのことを覚えていてくれて、 
わたしはめちゃくちゃ嬉しかった。
高かったけれど来てよかったと本気で思った。
そこからわたしは仕事を辞め、
そのバンドを北は旭川から南は鹿児島まで追いかけるガチ勢になったのだ。

 
毎月のように遠征ばかりしていたら、
「そんなに旅行好きならツアコンになっちゃえば?」
と言われた。
20代前半はずっと仕事を転々としていたので、
どうせ自分で仕事を選んでもまた続かないだろうし、
たまには他人の言うことを聞いてみることにした。


添乗員になってみると、
いつも行くホテルやドライブインの人達、
1度一緒に仕事をしたドライバーさんやガイドさん、
カメラマンやお弁当屋さん、
いろんなところのいろんな人達と顔見知りになった。 
するとみんなわたしに、
「また来た!」とか「次いつ来るの?」とか、  
声を掛けてくれるようになった。

わたしが惚れていたホテルマンも、
並んで歩いているときにわたしの顔を覗き込んで、
「次はいつ来るの?」と聞いてくれたことがあって、
わたしはあのときは本当に夢を見ているみたいだった。
今でもあの瞬間はわたしの冥土の土産だと思っている。



売れないバンドの追っかけ時代に、
推しにあんなに言われたかったことを、
今は働いているだけでいろんな人が言ってくれる。




わざわざ休みを取って飛行機に乗って、
県外まで売れないバンドを追いかけなくても、 
地元で働いているだけで、
わたしのことを覚えていてくれて、
会う度に優しく声をかけてくれて、
わたしがまた来るのを待ってくれている人がいる世界もあるのだと、
昔のわたしに教えてあげたい気持ちでいっぱいになった。
わたしがあのときあんなに欲しかった言葉は、 
やり方を変えればこんなに簡単に言ってもらえるものだったんだと初めて知った。



タイミーをやっている今は、

「また来てください」


という言葉の強さをひしひしと感じる。


わたしは若い男の子にこれを言われた現場には、
必ず再び現れている気がする。

女の人は社交辞令で言いそうだけど、
(自分なら「お疲れ様です」と変わらない軽い感じで別れ際に適当に言いそうな気がする)
若い男の子が言ってくれたら、
なんとなく本当にまた来ても良いような気がするから。


日曜日に行った食品工場で、
10月にわたしと一緒に眼鏡のお兄さんに、
「お2人とも仕事早いから絶対また来てください!」
と言われた大学生の女の子も、(過去記事参照
あれからよくあそこに来ているらしい。
あの子はもう就職が決まっていて卒論もあるから、
わたしよりもずっと忙しそうだったけれど、
やっぱりあれだけ言われたら来ちゃうのは同じだったみたいだ。


いつも行ってる運送会社でも、
一度だけとても話しやすい年上の女の人が来たので、
「あそこは変な男の人が来たら本当に辛いので、
また来てください!来月ももう募集出てるから!」

とわたしが必死に言ったら、
彼女も先週また来てくれたみたいだった。
(わたしはその日は好きな人の工場に行ってた)


タイミーなんて誰でもいいはずなのに、
迎えるほうは何度も仕事を教えるのは面倒だし、
行くほうも実際に自分がお役に立てているのか、
何回も行っている会社でも不安は尽きない。


そういうときに、

「また来てください」


という言葉が力を発揮するのだ。



迎えるほうは、
「こいつとならまた仕事してもいいな」とか、
「また変な人が来るくらいならこいつのほうがマシ」と思って言うんだろうし、
働くほうもこれを言われたら、
とりあえず自分はまたあの会社に行ってもいいんだと思って安心する。


わたしもいつも行っている運送会社で、
最初はわたしのような力の無い女が来たら、
本当は迷惑なんじゃないかと思って、
暇でも全部は行かないようにしていたのだけど、
チャラい男の子が、
「次いつ来てくれるんですか?」とか、
「本当に来てくれるんですか?」と、
すごい言ってくるので、
ほとんど行くようになってしまった。
(ちなみに今は、
「来週わたしちょっと休みます」と言うと、
「えー!じゃあ新人来るの?」と彼は嫌な顔をする)


だからタイミー的には、

「また来てください」は、

魔法のワードだ。



なんか関係ない人を追い出すような、
囲い込みみたいな空気さえ感じてしまう。


わたしは日曜日仕事が終わると、 
眼鏡のお兄さんと優しい女の子に、
「今日はありがとうございました」と頭を下げた。
わたしは平日は本業があると話したので、
眼鏡のお兄さんは、
「また土日に来てください」とわたしに言った。
ただあそこは募集人数が少ないため、
すぐに埋まるので約束はできない。

タイミーの募集はどこだって、
経験も年齢も相性も関係無い、
早い者勝ちの椅子取りゲームなのだ。


だからわたしは苦笑いをしながら、
スマホを持つジェスチャーをして、
「申し込めたらまた来ます!」と言って、
作業場を出てきた。
水曜日にここの募集が出たら、
絶対取ってやるぞと思いながら。


そして今日は水曜日。
今日のわたしの最大の任務は、
とにかくあの工場のあの部署の募集に申し込むこと。

昼休みにわたしが寝ている間に募集が出ることさえなければきっといけるはずだ。
本業を適当にやりながらスマホをちらちらと見た。


まさかあの工場の募集をこんなに待つ日が来ると思わなかった。



日曜日や祝日の工場の仕事は、
わたしが住む地域ではあまり無いので、 
金欠のときは逃さないようにしていたくらいなのに。
実を言うと日曜日にあの工場に行くときだって、
あの工場は遠いし朝早いし寒くて辛いから、
できれば他に良い仕事を見つけて、
行くの早く止めたいなー、
早く好きな人の工場の日曜募集が復活しないかなー、なんて思っていたくらいなのに。
「8℃も無い作業場で休憩を挟んで6時間、
解凍したお肉とか凍ったお魚をひたすら手で並べたり混ぜたりする仕事なんだよね〜」
といつも話しているタイミーの女の子に言ったら、
「それめっちゃ辛くない?」とドン引きされたし。


11時前に待っていた募集が出た。
しかしあの部署の募集が無い。 
え?日曜日タイミー取るって言ってたのに?
しかしこの工場はハズレの部署もあるせいか、
時間差をつけて募集が出ることがある。
わたしは焦らずに待つことにした。
だってシフト教えてもらってるもん。(強気)
ここで焦って意地悪なババア達と働く部署になんか申し込んでしまったら負けなのだ。焦るなわたし。


わたしの予測通り、
数分後にわたしのお目当ての部署の募集が出た。
わたしは急いで申し込む。
絶対絶対絶対行きたい。
無事に申し込みが終わると、
わたしは嬉しくて嬉しくて走り出したくなった。

AKB48の「ヘビーローテーション」のPVの、
ハートの奥のところの大島優子みたいなイメージだ。
(あんまり伝わらない)


わたしのお目当ては日曜日だったのだけど、
土曜日もあの部署の募集が出ていた。
土曜日は先週も行った和やかな食品工場に行きたい。
でもなぜかなかなか埋まらない。

どうしよう。土曜日も行っちゃう?


わたしは先週和やかな工場で、
利き手を負傷したことを思い出した。
皮が剥けたところはまだ赤くなっていて、
これでまた1日あのハサミを使って作業をしたら、
結構痛いかもしれない。
来週は遠征だからどっちにも行けないし、
ちょっと手を休めて皮が厚くなるのを待ったほうが良いかもしれない。
そんな都合の良すぎる言い訳を思いついたので、
わたしは土曜日も申し込んでしまった。
やべえ。朝早いのに。週末も寒そうなのに。


申し込みが終わると、
わたしはスキップしながら床拭きのシートを取りに行き、
ウキウキで家の掃除を始めていた。
今日は生理で辛いからサボろうと思っていたのに。


やっぱり迷ったら楽しそうなほうに行かなきゃね!!!



申し込んだだけでこんなに楽しい気分になれるところも珍しい。 
せっかくだからこの貴重な時間を楽しませてもらおう。



本当は、
申し込む前にシフトを教えてくれるのも、
仕事をしながらずっとお喋りするのも、
「また来てください」と言ってくれるのも、
仕事中に差し入れまでくれるのも、
相手が好きな人だったら良かった。
もしそういうことをしてくれるのがあの人だったら、
わたしはまた冥土の土産にしたはずだ。

でもわたしの好きな人は、
絶対にそんなことをしてくれない。

   

わかってる。
1年半もあの工場にコツコツと通ったって、
彼はきっとわたしの名前も知らないし、
この先も名前を呼んでくれることはないだろう。

でもあの眼鏡のお兄さんは違う。
あの人はこの前もわたしが好きな人にして欲しかったことをたくさんしてくれた。
わたしが好きな人に言われたかったことをたくさん言ってくれた。
彼はお喋りだけど、
女っ気は無さそうだったし遊び人でもないだろう。
特にわたしに好意がある感じもしなかったし、
たぶん男女関係なく自然にそういうことができる人なんだと思う。
あの人はわたしが好きな人にして欲しかったことをしてくれる貴重な人。


だからちょっと様子を見ていたい。
あそこは年末はバイトを取るから、
どうせまたしばらく行けないし。
そんなことを考えながら、
わたしはバイトの帰りにコンビニに寄って、
日曜日に彼がわたしにくれた焼き鳥を探していた。