ハロウィンは片想いの記念日
今日は10月31日。
1年前の今日はたしか火曜日で、
わたしは有給を取って好きな人の工場に働きに行き、
そこで過労から復帰した彼と、
現場で3ヶ月ぶりに再会した。
夜のシフトが無くなって平日は本業で行けなくなり、
遠征費に追われて土日もあの工場よりも稼げる現場に行かなければならなくなっても、
わたしは有給を取って定点観察を続けていた。
9月に休憩室で見たのは間違いなく彼だったからだ。
当時は彼の名前を知らなかったので、
靴箱でもタイムカードでも掲示板でも何もわからず、
とりあえず現場に行くしか無かった。
いつも通り現場で彼がいないことを確認し、
2号機で作業を始めたとき、
わたしは通路を走る男の人の背中が視界に入って、
すぐに彼だと気づいた。
あれは今までここにいた男の人達じゃない。
絶対に3ヶ月前にも見た好きな人だ!
息が止まりそうになっていると、
彼はすぐに戻ってきていつもの持ち場に入った。
わたしがこの3ヶ月、
ずっと待っていた景色だ。
あれからわたしはここで働きながら彼を待ち続けて、
一体ここでいくら稼いだんだろう。
副業収入は年間20万以内にしておくはずだったのに、
毎日本業後に来ていたらいつの間にか超えていて、
確定申告をしなきゃいけなくなってしまった。
その後好きな人はわたしの隣に来て作業を始めた。
は、話しかけるなら今しかない!
彼がわたしのことを覚えているかわからないけれど。
「お兄さん、すごく久しぶりですね!」
とわたしが恐る恐る声を掛けると、
彼は7月に熱中症と過労と脱水で、
職場で倒れてそのまま救急車で運ばれて、
1ヶ月寝込んでいたのだと話してくれた。
わたしが調子に乗って、
「面倒見てくれる人いるんですか?」と聞いたら、
彼は少し間を置いて「父親が…」と言ったから、
本当は彼女だったりするのかなとハラハラした。
その他にも繁忙期の話とか、
ここに入って何年くらいになるのか聞いたら、
彼は普通に話してくれた。
わたしのことを覚えていたのかはわからないけれど、
とても無口そうに見える彼が、
自分の話を長々としてくれたのがすごく嬉しくて、
わたしは緊張と嬉しさのあまり、
たぶん膝が震えていた。
これがわたしがずっと欲しかった時間だ。
わたしは夏からずっとこれを待っていたのだ。
その後も2人しか入れない4号機で彼と一緒になり、
彼はパートさん達とは違って、
シーツが変わる度にわたしのほうまで見に来て、
声を掛けてくれたのでとてもやりやすくて、
わたしは毎回彼と2人でここがいいと思った。他のタイミーともこうしてやってたら凹むけど。
さらに調子に乗ったわたしは帰り際、
「お兄さん、わたし在宅の仕事してるんです。
もし身体辛かったら紹介するので言ってください!」
と緊張しながら途切れ途切れで話すと、(コミュ障)
彼は途中で優しく「在宅…」と繰り返し、
わたしがやっと話し終わると、
「わかった」と言って、
少しニヤけていたように見えた。
そのときに彼の右耳にピアスの穴みたいなものが見えたような気がした。
わたしはあの日の帰り道、
嬉しくて嬉しくてきっとミュージカルの人みたいに歩いていたと思う。(やばいやつ!)
ご機嫌でデパートに寄り、
ちょっとお高いフルーツサンドを買って帰った。
街では毎年恒例の花のイベントをやっていて、
浮かれたわたしは写真を撮って母親にLINEした。
家に着くとケチで貧乏なわたしが、
普段は絶対に買わないようなお高いフルーツサンドを突然振る舞ったので、
怪訝に思った家族がとても警戒していた。
「柳楽優弥がいたのさ!!!!!
喋っちゃったから幸せのお裾分け!!」
とわたしが満面の笑みで言うと、
家族は「あっそう」と冷たく言って、
安心してフルーツサンドを食べ始めた。
あれからわたしは好きな人とちょっと話せたり優しくしてもらったりする度に、
「幸せのお裾分け」と言って家族にスイーツを買って帰るようになった。
そんな思い出の10月31日が、
もう1年も前のことになってしまった。
あれからわたしは彼と何回話せただろう。(遠い目)
あのときは、
「これから毎回こうやって距離を縮めていって絶対に彼と仲良くなるぞ!!!」
とめちゃくちゃ意気込んでいたけれど、
あれから何度行っても、
彼がわたしの隣に来て作業をすることも、
2人で4号機に入ることも無かった。
他のタイミーのお姉様方からの話を聞いていると、
彼は用があるときは隣に来て話しかけてくるらしい。
だから彼がわたしと話そうと思えば、
彼はいつでもわたしの隣に来れるはずだけど、
それをしてこないということは、
彼はおそらくわたしに興味が無いのだ。(恒例)
彼とあんなに話ができたのもあのときだけだった。
わたしは未来に期待し過ぎる最低最悪な悪癖がある。
これからもっと仲良くなって、
どこに住んでるのかとかいくつなのかとか独身なのかも確認して連絡先を聞いて…と、
わたしは毎回作戦を練っていたけれど、
あれから個人的にお話できそうな隙が彼には一切無かったし、
これから先もきっと無いだろう。
おそらくあのときが最初で最後のピークだったのだ。(確信)
どうしてわたしはそれに気づかなかったんだろう。
これからもっと仲良くなれると信じ切っていた、
図々し過ぎるおばさんのわたしをぶん殴りたい。
わたしはこの1年、
一体どうすればよかったんだろう。
あれからずっと話せないままだったけれど、
それでも1月くらいまでは楽しかったかもしれない。
後から思い出してみると、
彼は12月くらいはわたしを見ているときがあった。
大きいカゴを挟んで彼が向こう側にいるとき、
わたしが作業をしながら彼の顔をガン見していたのがおそらくバレていたのだろう。
その後同じ状況になったとき、
彼はパートのおじさんと話しながら、
じっと少しずつ下から上に視線を上げてきて、
(不審過ぎてちょっと怖かった)
彼を見ていたわたしと目が合ったことがあった。
機械を直しながらこちらを見ていたときもあったし、
お正月に行ったときは一度だけわたしに冗談を言ってきたこともあった。
このままわたしのことを好きになってくれないかなと思っていたら、
土日片方休みに当たって彼に会えなかったショックでわたしのメンタルが死にそうになってしまったり、
繁忙期に入ってしまって彼もまたかなり疲れていた。
そうこうしてるうちに外国人研修生が入って募集が減ってなかなか行けなくなったり、
わたしはわたしで金欠のせいでもっと割のいいバイトをしなければならなくなったりして、
たまに行くと今まで居なかったサイコパスおじさんが仕切るようになっていて、
彼はタイミーとはほとんど話さなくなってしまった。
今の彼がわたし達に声をかけてくるのは、
3号機か5号機に行ってと言ってヘルメットを渡してくれるときくらいだ。
それ以外で彼と話せそうな隙は全く無い。絶望。
そしてあれから1年経つと、
あの工場は短時間のパートを雇うようになり、
ホテルとの契約もどんどん無くなって仕事量も減り、
タイミーの募集が激減してしまった。
去年の今頃は、
毎日午前も午後も7人くらい募集していたような気がするけれど、
最近は午後のみでたった4人の枠が瞬殺で埋まる。
わたしはおそらく募集が出る明日、
無事に申し込めるか今週ずっとハラハラしていて、
(先週は昼寝していたら埋まってしまった)
生理前のメンヘラに拍車がかかっているのだ。
やはり今年も今週末花のイベントをやっているので、わたしは今年も彼に会いに行った後に、
いい気分できれいなお花を見たい。夢。
そろそろ彼に会えないとわたしは本当に辛い。死ぬ。
今日だって、
彼の工場の近くにある陰気なパン工場の付近で、
彼の会社のハイエースが会社に戻っていくのを見て、
わたしは生霊を乗せてしまったかもしれない。
(やめなさい)
1年前のわたしと同じ熱量で、
今のわたしも彼のことが好きだ。
他の男の人なんて全然興味が持てない。
どこに行っても誰と会っても、
わたしはやっぱり彼が好きだ。
もしかしたら来年の今頃も、
彼とは全然仲良くなれないまま、
こうしてまだ彼のことを好きでいるのかもしれないと思うと、
わたしは気が遠くなる。