アラサーは今日も好きな人に会いに行く②
工場に着いたらわたしはまず彼の靴箱を見る。
外靴か上靴か…
毎回毎回お腹が痛くなりそうになる。
こんな日々がもう1年以上続いているし、
たぶん来年の今頃もこうなんだろうなと思う。
そして今日は外靴があった!いる!!!
しかしこれも毎度の事ながら、
彼の靴の入れ方が雑すぎて、
わたしはマスクの下で爆笑してしまう。
一番下だから使いにくいのはわかるけれど、
外靴が斜めに入っていて、
しかも靴箱に入りきれていなくて、
彼の靴だけ靴箱から4分の1くらいはみ出ている。
わたしは彼のこういうところが好きだ。
靴の入れ方1つで、
こんなに愛おしくなる人がいるだろうか。
家もちょっと乱雑な感じなのかなと、
つい想像してしまう。
「こういうとこほんと好き!!!」
と心の中で何度も言って、
わたしは更衣室に向かった。
どうやら31日から2日は手当が出るらしい。
彼はいるだろうか。募集は出るだろうか。
案内役がクソ女でヒヤッとしたけれど、
今日はみんな彼のいる1階らしい。良かった。
ウキウキで彼のところへ向かう。
着いたらすぐに周りを見渡して彼を探す。
今日はどこにいるだろう。
4号機にいるのが彼だろうか?
遠くてよくわからない。
わたしは一番好きな2号機に入った。
4号機にいるのが彼なら、
隣の3号機に入ればよかったとちょっと後悔した。
しかし作業が始まって1時間以上経っても、
彼の姿が見つからない。
4号機のほうから外国人の男の子が歩いてきたので、
あれは彼じゃなかったようだ。
もしかして帰っちゃった?入れ違い?
作業場に向かうときも靴箱を確認しておけばよかった!
もしくはボードに貼ってあった名前が昨日のままで、
本当は3階にいるとか?
でも今日は3階に誰も行けなかったし!無理!
なんで神様はわたしと好きな人を会わせてくれないんだろう。
本当に味方されていない恋だよな。
やっぱり奥さんでもいるのかなと、
ネガティブモードに入りかけていたとき、
タイミーが入れない安全作業区域に向かっていく彼の背中が見えた。
間違いない。
あれはわたしの好きな人だ。
向こうにいるならやっぱり2号機で良かった。
わたしは全神経を安全作業区域に向ける。
一度気づくと、
彼はあの辺をウロウロしているのがわかった。
お願いだから正面から見たい。
作業しながらちらちら見ていたら、
こちらのほうに向かってくる彼を、
一瞬見ることができた。
やっぱり髪が伸びて前髪が分かれていて、
いつものように寝癖が付いている。
社員さん達が羽織っている会社の上着じゃなくて、
去年も着ていた紺色のアディダスのジャージを羽織っている。
そして柳楽優弥よりもだいぶ顔がぷくぷくしている。
いや、なんか今日顔真っ赤じゃない?
暑いところにいたのか、熱でもあるのか…
聞いてみたいし、
ついでにおでこを触っちゃったりしたいけれど、
たぶん今日もそんなチャンスは訪れないだろう。
わたしは作業を続けながら、
時折安全作業区域から出てくる彼を観察する。
今日はなんかめちゃくちゃ忙しそうだ。
エラーになった機械の下に、
走って入って行って様子を見て、
また走って必要な道具を取りに行って、
ホコリまみれになって機械の下から出てくる、
わたしの好きな人。
わたしの世界でいちばん好きな人は、
今日もこんなところでホコリまみれになって顔を真っ赤にして走り回っているのだ。
大丈夫だろうかと心配になる。
今日はまだ12月21日だから、
ホテルのリネン工場はこれからもっと忙しくなるはずだ。
今からあんな様子で彼はこの先もつんだろうか。
どこかで連休とか取ってたら嫌だなぁと思っていたけれど、
あの調子なら、
彼が休んだらわたしはかえって安心するかもしれないとさえ思った。
夕方から彼を見かけなくなったときも、
早く帰って休めるんならそれでいいと思った。
彼がまた過労で倒れたり、
それでここを辞めちゃったりしたら…と思うと、
わたしはとても辛くなる。
好きな人があんなふうに働いているのを見るのは辛い。
わたしが初めてこの工場に来た頃も、
彼はあんなふうに1人でずっと走り回っていて、
「あの人が居なくなったらここどうなるの?」
と誰が見ても思う状況だった。
(わたしだけでなく他のタイミーの人も言っていた)
もし自分の家族や大切な人が、
あんなふうに働いていたら嫌だなと、
わたしは彼を見て思った。
その次の週から、
彼は一切姿を見せなくなったのだ。
後から本人に聞いたら、
仕事中に倒れて救急車で運ばれたのだと言っていた。
過労で倒れる人はあんな働き方をしているんだなと、わたしは彼を見て学んだ。
今日は他の社員さん達もいたから、
あのときよりはだいぶマシだと思うけれど、
わたしはもう好きな人にあんな働き方をしてほしくない。
工場内の放送では、
今日の作業は10時までだと言っていた。
20時の聞き間違いであって欲しかったけれど、
わたしが上がる18時に、
外国人研修生の子たちが
「15分休憩に入って、その後3階ね!」
と指示されていたので、
きっと彼も帰れないんだろう。
彼の靴の入れ方が乱雑だったのは、
朝も早く来ているからかもしれない。
GWだって始発で来るって言ってたし。
機械を直す彼をじっと見ているときに、
隣にいた外国人の女の子がわたしをちらっと見た。
それで自分の手元を見ると、
止まっていた機械がいつの間にか動いていて、
わたしは彼に見とれていたのを人に見られて焦った。パートのおばちゃんじゃなくて良かったけど、
こういうのほんと気をつけないと!!!
彼と仲の良い浮浪者みたいなおじさんも来たけれど、
彼は機械を直すのに必死で、
いつものようにお喋りできないようだった。
それでも浮浪者みたいなおじさんは、
忠実な犬みたいに彼のほうを一心に見つめていた。
わたしと意味は違えど、
あのおじさんも彼のことが好きで、
彼と話したいと思っているのが、
手に取るようにわかって、
ちょっと切なくなった。
どうして視線1つでこんなに察してしまうんだろう。
いつも無表情な彼をいつも笑わせる謎のおじさんは、
他の社員とさらっと話すとそのまま去っていった。
おじさんはきっとたとえ業務連絡でも、
本当はあの社員さんじゃなくて、
彼と話したかったに違いない。
「わかる、わかるよ〜!」と心の中で言った。
でもあの仲良しのおじさんでも、
今の忙しい彼とは話せないなら、
わたしなんて絶対に無理だ。絶望。
一度だけわたしの2メートルくらい先に来た彼は、
相変わらずめちゃくちゃカッコよくて、
わたしはいつものように見とれてしまったし、
「彼をこっちに呼んでくれたパートさんナイス!」
と心の中で讃えたけれど、
忙しい彼の目にわたしは全く映らないようだった。
あの人はいつもこうなのだ。
わたしの周りの人達が、
どんなにわたしの恋を応援してくれても、
肝心の彼がいつもこんな感じなので、
わたしはこの1年半ずっと一人芝居を続けている。
彼の視界に入れても、
彼の脳まで届いているのか、
わたしはいつも自信がないのだ。
久しぶりに彼に会えたら、
どんなに嬉しいだろうと思って来てみたけれど、
わたしはまた落ち込んでいる。
彼はわたしを不安にさせる天才だ。
彼よりわたしを不安にさせる人はいない。
それでもわたしは彼のことが大好きだから、
また彼に会いにあの工場に行くけれど、
あんなに必死に働いている年下の男の子の負担になるようなことはとてもできないと思った。
わたしの気持ちはきっと彼に伝わらないほうがいい。
わたしが1人で片想いを楽しむだけでいい。
ああいう忙しい男の人は、
わたしのような年上で我儘で気まぐれでめんどくさい女よりも、
必死な彼を全力で支えてくれる頼りになる女の子を見つけたほうがきっと幸せになれると思う。
だから余計なことはしちゃいけない。
わたしにできることは、
忙しい彼の負担にならないように、
使いやすいタイミーでいることくらいだ。