わたしを泣かせた男は必ず痛い目に遭う
もうすぐ空港に着いて解散するのに、
アンケートをやっていないという夢を見て、
夜中にハッと目が覚めた。
添乗員時代の夢だ。
わたしは荷物を持ったお客さん達に、
頭を下げてアンケート用紙を配って回収したけれど、
ボールペンを準備してアンケートを書く気満々の夫婦を見て、
「あの人達、
絶対にわたしの悪口を書くんだろうな」
と怯えた。
わたしは添乗員時代、
こんなミスをしたことはない。
(アンケートを忘れたことに解散してから気がついた添乗員がいて捏造するのに手を貸したことはある)
わたしがこういう悪夢を見るのは、
いつもメンタルが良くないときだ。
夜中に目が覚めてからもなかなか寝つけなかったし、
朝も早く目が覚めてしまった。
今日は絶対セントジョーンズワートのお茶を飲もう。
昨日仕事で困って好きな人のところに行って、
「いや、そんなことはない」
と真顔でピシャっと言われて困惑したときに、
たぶんわたしは、
過去にもこうやって好きな人に突然拒絶されたのを、
無意識に思い出していた。
わたしが20代前半だった頃、
大好きだった売れないバンドマン。
わたしの地元から遠く離れた県に初めて遠征して、
頑張って最前列を取って、
MCのときに頑張って声を掛けたわたしに、
彼は酷く冷たい返事をした。
あまりにもショック過ぎたため、
わたしは今でも内容が一切思い出せないし、
きっと思い出さないほうが良いのだろうけど、
わたしは超絶わかりやすい女なので、
彼がその後に慌ててピックをくれたのは覚えている。
バンドマンとは言え、
好きな男にあんなに冷たくされたことが今まで無かったわたしは、
終演後に友達が引くほど泣いてしまった。
白と黒のライブハウスの床に、
わたしの涙がポタポタ落ちていたのと、
いつもフロアに出てくる事務所の社長さんが、
「そんなに泣いて…」と心配してくれたのは、
10年経った今でもよく覚えている。
そしてその後に好きになった既婚のホテルマン。
(※不倫はしていない)
彼が転職して東京に研修に行くと教えてくれたので、
わたしは夜に研修頑張ってねみたいな、
普通に友達に送るようなLINEをしただけなのに、
彼は突然「結構です」と敬語のLINEを送ってきた。
あれは完全に拒絶のサインだった。
奥さんとはSkypeで会話すると言っていたのに、
わたしは普通のLINEすらも酷く拒絶された。
あのときもショックでわたしは泣いた。
わたしはただ好きな人を気遣っただけで、
しつこくしたつもりもないし、
奥さんに見られて困るような内容でもないのに、
どうしてこんな酷い扱いをされなきゃいけないんだろうと思った。
そういう過去の辛かった記憶が、
昨日の好きな人の一言で蘇ったんだと思う。
あの人も間違いなく、
わたしが今までに好きになった男と同じタイプの人間だ。
おそらくたいした悪気もないから、
平気で人の気持ちをぺしゃんこに踏みにじれる人。
きっとああいう人に人の気持ちはわからない。
そういえば今までの人も、
たぶん好きな人も、
わたしの気持ちを知っていて、
それでも平気でわたしのことを雑に扱える人だ。
ああいう男の人達は、
自分に惚れている女を、
きっと床を這う虫くらいにしか思っていない。
わたしは20代の頃、
ずっとそういう扱いをされていたからわかるのだ。
でも今までの経験上、
わたしの気持ちが離れたら、
今度は彼が痛い目に遭う番だろう。
わたしはたぶん運が強い。
学生の頃からずっと、
同級生に仲間外れにされても、
実の父親に殴られても母子家庭になっても、
自分だけ正社員になれなくても、
10年以上まともに男の人に相手にされなくても、
へこたれずに1人で逞しく生きてきたつもりだ。
わたしにいつまで経っても彼氏ができないのは、
きっとわたしはこのまま1人で生きていけるからだ。
だからかもしれないけれど、
わたしが遠征しなくなった後のあのバンドは、
質の悪いスタッフやファンに、
現場や掲示板を荒らされ、
Twitterもそういう仲間内でしか盛り上がらなくなり、
どんどん落ち目になっていって結局活動を休止した。
わたしが好きだったバンドマンは、
音楽を辞めて一時サラリーマンになったけれど、
ソロ活動を始めてバンドも活動を再開して、
これからってときに癌で亡くなった。
たしか42歳の誕生日目前だったはずだ。
ホテルマンのほうは、
最後に車で送ってもらったときに、
わたしは突然ラブホに連れて行かれた。
早朝だったし、
全然女として見られている気がしていなかったので、
かなり動揺したわたしは、
駐車場の車の中でパニックになりながら、
「無理!」と連呼して彼を全力で拒否した。
彼は1人で車を降りて、
助手席の横に来てじっとこちらを見ていたけれど、
わたしは車を降りなかった。
彼はカッコいいけれど不倫は無理。
諦めた彼にわたしは、
「奥さんとしなよ」とか、
「不倫がしたいなら、
幼稚園にもきっと若くて可愛いママ達がいるでしょ」
と言った。
彼はわたしに拒否されるのは、
全く想定外だったはずだ。
だからヒゲも剃らずにジャージを着たまま、
わたしを車に乗せてラブホに連れて行ったのだ。
「こんなに好かれたことない」
と以前彼は一度だけわたしに言った。
そんな自分にベタ惚れの女を誘って拒否されるとは、
きっと夢にも思わないだろう。
この後LINEしても返信が来なくなり、
彼とはそのまま音信不通になった。
当時の職場の50代の主婦の人にこの話をしたら、
「当たり前でしょ!
男として完全に拒否されたんだから、
男のプライドがズタズタのはずだよ!」
と強めに言われ、
なぜか彼女もわたしと距離を置くようになった。
もしかしたら旦那さんのいる人に、
こんな話はしないほうが良かったのかもしれない。
(結局何もしてないからセーフだと思っていた)
だからなんとなく今好きな人も、
わたしをこんなに夢中にさせておいて、
それでもわたしを酷く傷つけたら、
最終的に痛い目に遭うのは、
彼のような気がして仕方ないのだ。
わたしは運が強いから、
傷ついても傷ついても、
この先も1人で逞しく生きていくだろう。
でもわたしが好きになる人はわからない。
そして年末年始に好きな人を観察した感じだと、
たぶんあの人は絶望的に人望がない。
彼は敬語がまともに使えないし、
挨拶もろくに返さない。
仕事を手伝っても、
離れている機械の調子が悪いと教えてあげても、
予定外の残業をしても、
お礼の1つも言わない。
彼はそういう人だから、
困ったときに誰も助けてくれないし、
休憩や体調を気遣ってくれる人もいない。
一昨年彼が職場で倒れて救急車で運ばれたのもわかる気がする。
そういえば彼が寝込んで不在のときだって、
彼の話をする人は1人もいなかった。
倒れるまで誰も手伝っても助けても気にかけてもくれないのは、
間違いなく彼の日頃の行いのせいだろう。
わたしは年末年始の9連勤で、
それがよーくわかった気がする。
わたしは彼みたいに周りの人達を粗末に扱わないし、
八方美人だから、
どこに行ってもいろんな人達に気にかけてもらえる。
彼はあの工場では正社員で仕事ができて優秀なのかもしれないけれど、
あの態度では他の会社ではやっていけないだろう。
いや社内でだって、
あの態度ではどんなに頑張っても、
実力の8割くらいしか評価されない気がする。
今だって彼は仕事ができるわりには、
周囲の人達には全く愛されていない。
そしてきっと彼はプライベートでも、
店員さんにも平気で失礼な態度をとるに違いない。
わたしは接客業をやっていたから、
そういう客がどういう扱いをされるのかわかる。
悪いけど、
人間的には絶対にわたしのほうが上な気がする。
(たぶん年も上だしな!)
わたしは実際いろんな会社で働けてるし、
あの彼とは絶対に違う。
わたしは彼と違って周りの人達を味方にできる女だ。
同じ工場にいるのに、
社員に聞かなきゃいけないことがあるとき以外、
誰も彼には声を掛けないし名前も呼ばないけれど、
わたしのことはいつもいろんな人達が助けてくれる。
同じ時間に同じ場所で同じ人達と働いているのに、
明らかに扱いが違う。
なんとなくこれは、
社員だからとかタイミーだからというだけではないような気がするのだ。
わたしの好きな人はきっと、
どこに行っても損をする人だろう。
現にタイミーが無かったら、
会うことのないタイプの女であろうわたしが、
こんなに彼に好意を振りまいているのに、
彼は平気でわたしに冷たい態度を取れるのだ。
あれは照れて冷たくしているわけではないと思う。
わたしは美人だと言われたことは何度もあるけれど、
ブスだと言われたことは人生で一度もない。
だから人目を引くほどの美人ではないけれど、
生理的に受け付けない女ではないはずだ。
彼が独身なら、
恋愛経験が乏しくて彼にベタ惚れのわたしを、
どうにでもできるはずなのに、
彼は全くそれをしようとしない。
「ねぇ、据え膳食わぬは男の恥って言葉知ってる?」
と聞いてみたいくらいだけど、
きっと彼はそんな言葉すら知らないだろう。
わたしは、
「人にしたことは必ず自分に返ってくる」
と思っている。
あの工場でこんなに彼のことを気にかけているのは、きっとわたしくらいだろう。
そのわたしを泣かせるようなことをしたら、
痛い目に遭うのは結局好きな人だと思うのだ。