わたしの目を見て話してくれる男の人

大学2年か3年の頃、
彼氏と都心部の公園のベンチに座っていたら、
ラジオのインタビューを受けたことがある。

「彼氏さんのどこが好きですか?」
と聞かれたわたしは、

「優しくて、

カッコよくて、

真面目なところ」


と答えたのを今でもはっきりと覚えている。
言った後に彼氏が喜んでわたしの腕に絡んできたのも。


あの頃のわたしは、
まだ優しい男性が好きだった。 
あれからいろいろあって、
わたしは今では冷たい男性が好きだ。
冷たい男性がたまに見せる、
気まぐれの優しさに異常に惹かれてしまう。


見た目の好みも変わった。
あの頃わたしは好みのタイプを聞かれたら決まって、
「目が二重で、
髪が長くて、
声が高くて、
顔がぽっちゃりした人」

と答えていたので、
いつも相手は困惑して、
「芸能人で言うと誰?」と聞いてくるので、
わたしは20年来の推しの話をしていた。
でも最近のわたしはいつも、 
好きな人に似ている柳楽優弥の話をしている。
全然元々の好みのタイプじゃないので、
うちの母親は柳楽優弥を見る度に、
「あんたああいう人好きだったっけ?」
といつも怪しんでいる。


真面目な人というのは、
誠実な人ということで、

つまりは信用できる人かどうかということだと思う。


親から貰って、
まぁまぁのお金をかけて、
33年間それなりにメンテナンスしてきた大事な身体を預けても大丈夫な人かどうか。
嘘をつく人や簡単に他の女になびく男に、
わたしの大事な身体を触らせようとは思わない。
わたしはそこはわりとシビアに見ていると思う。
一時の感情に流されて妊娠なんかしてしまったら、
男の人は簡単に逃げられるけれど、
わたしの身体は産んでも産まなくても一生ものの傷を負ってしまうのだから。


昨日のことがあってから、
わたしはいろいろ考えている。


わたしは子供を産むつもりはないし、
自分もずっとフリーターだから、
男の人が正社員じゃなくても、
とりあえず無職じゃないなら別にいい。


でもストーカー気質はまずい。


だってわたしは実家暮らしだから。
簡単には引っ越せないから。
わたしの家族に何かしかねない人だけは、
何があっても絶対に無理だ。


母親にも昨日のことをちらっと話すと、
高卒で工場勤めの人は、
大学に行っていた人よりも視野が狭いのだと言う。

「だからあんたは大学行っといて良かったでしょ!」と言いたいのだろうけれど、
わたしは大学を出たけど就職に失敗した身なので、
成績の良かった高校時代に就職しておいたほうが、
きっと順調な人生を歩めたに違いないと思っている。


どの会社にも履歴書を送った時点で、
「〇大の子が来た!」
と勝手に会社中に個人情報をバラまかれ、
何もしても「さすが〇大の子!覚えが早い!」
と言われてその度に微妙な空気と反応に困り、
プレッシャーだけでなく仕事まで自分の意思と関係無しにどんどん押しつけられて、
結局それがトラウマになって、
隠れキリシタンならぬ隠れ〇大生になるのではなく、
わたしの本業の上司の女の子のように、
高校を出て新卒で就職した会社で、
上司達にちやほやされて愛されながら育てられて、
そのまますくすくと大人になりたかった。

この未練は一生消えないと思う。


またわたしが好きな人に結婚してるかどうか聞けないのは、


わたしはわたしの片想いを全力で守りたいからだ。



もし彼に奥さんや彼女がいることをわたしが知ってしまったら、
その瞬間にわたしの片想いは、
幸せな家庭をぶち壊すかもしれない、
憎むべきで排除すべきの汚らわしいものになり、
わたしはわたしで、
不倫に悩む最低で馬鹿な女になってしまう。



妻子持ちの男を好きだった頃、
わたしは不倫はしていないけれど、
ずっとずっと苦しんでいた。
一度わたしが彼に何気なくLINEをしたとき、
「結構です」と突然冷たく遮られたことがあった。
でも彼は出張先から奥さんには電話をし、
奥さんが祖国に帰っているときも、
毎晩Skypeで話していると言っていた。
奥さんは当時20代半ばだったわたしより、
5歳も年上のおばさんなのに絶対に敵わない。
気に入らなくて悲しくて悔しくてとにかく辛くて、
わたしはもうあんな思いだけは二度としたくない。


だからわたしは好きな人に奥さんがいるかどうかなんて聞きたくも知りたくもないのだ。
知らなければわたしはただ彼を好きでいられる。
片想いに悩む純粋で可愛い女の子でいられる。

わたしはいつだって、

ただただ可愛い女の子でいたいのだ。



…いや女の子って年じゃないけどさ!



そんなことを考えながら、
今日も5℃の作業場で凍ったお肉や魚を触っていた。 
眼鏡のお兄さんは、
コンタクトをしてきたわたしに、 
「今日は眼鏡どうしたんですか?」 
とちゃんと聞いてくれる。
作業中は2人きりなのになぜかあまり話しかけてこなかったけれど、
終わり頃に暇になると、
「昨日も来てくれたんですよね?」
と声をかけてくれる。
「土曜日来れないって言ってたから…」
とわたしが先週言ったことも覚えていてくれてる。
シフト表を一緒に見て、
「水曜日は…」と自分の休みの日まで教えてくれる。
彼が隣に来て2人で並んでいたとき、
先週よりも距離が近いような気がしたのは、
わたしの気のせいだろうか。
上がる時間になってもお喋りが止まらなくて、
チャイムが鳴るまで2人でずっと喋っていた。
でもわたしは年内はもうここには来れないので、
来年いつ出そうか聞いて、
別れ際に「良いお年を〜!」と笑って手を振ると、
お兄さんは手を振り返してくれた。

昨日あんなことを聞いてしまったけれど、
やっぱりあのお兄さんは、
わたしが好きな人に言ってもらいたいことをたくさん言ってくれる。

それにわたしが恐る恐る聞かなくても、
ワンルームに住んでるとか、
1000円カットに行ってるとか、
昼食に500円も出せないとか、
元旦は仕事だから酒を持ち込んで飲もうかなとか、
いろんな情報をくれる。
「1人だったらお風呂上がりに全裸でリビングに出れるからいいですね!」とわたしが言うと、
ちょっと笑って、
「いや1人ですけど!ちゃんと服着てから出ます」
と彼女がいないことまで匂わせてくれる。
わたしの好きな人もこうやって情報をくれたら、
わたしは1年半ももやもやしなくて済んだのに。

わたしに一切見向きもしない好きな人と違って、
真っすぐわたしの目を見て話してくれるお兄さん。


やっぱりきゅんとしてしまう。
でも彼はどう見てもわたしに恋愛感情があるわけではなさそうだ。
なんか文章だけ見たらホストみたいだけど、
わたしは全く追われている感じがしない。
お兄さんは全然不細工ではないし、
むしろわたしの好きな人より背も高いし、
見た目はずっと整っていると思う。
でも不思議と彼からは全く女の気がしない。
どうしてなんだろう。

ぱっちり二重でちょっと吊り目の目元は、
化粧をしたわたしよりもずっときれいで整っているのに。
彼はたぶんただただお喋りな人なんだと思う。
だからどうせ何か起こるわけでもないだろうから、
わたしはこのきゅんとする気持ちだけ、
美味しく味わっておけば良いのだ。

歳を重ねると、
こういうところだけズルくなるのかなと思う。