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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚その1『少女たちの夏休み』

あらすじ

 アカデミーを中心に、魔法社会全体を巻き込んで繰り広げられた『天使の卵』事件は、ウィザードたちの活躍によって解決をみた。真実は巧みに伏せられたままではあったが、アカデミーと魔法社会に、再び安堵の日々が舞い戻ってきたことに違いはなかった。 それから数日後、ウィザードのもとに一報が入る。相手は懐かしい『裏路地の法具店』の経営者リリー店長であった。ウィザードは教え子である、シーファ、リアン、カレンにその依頼をこなすよう依頼する。 彼女たちは、森から海、山から洞窟へと駆け回り、その依頼をこなしていく。その過程で、『裏口の魔法使い』キャシー・ハッターと出会うが、その正体が次第に明らかになる。そして…。

まえがき・註

 「AIで紡ぐ」という触れ込みですが、本文は全て人間が執筆しています。各章各節について、AI(GPT-4)に都度感想を求めながら書き進め、また画像生成AI(DALL-E3およびMicrosoft Copilot)により各シーンに適切な挿絵画像を生成しました。文章の発案、構成、および執筆はすべて人間によるものながら、画像生成と監修を含めた総体的な作業はAIとの協業の側面があるため、表記の通りのタイトルと致しました。

本文『少女たちの夏休み』

 アカデミーを中心に、魔法社会全体を巻き込んで展開された『天使の卵』事件は、パンツェ・ロッティ教授、リセーナ・ハルトマン、マークス・バレンティウヌ、そして、アカデミー最高評議会議長の死亡という形で幕を下ろした。彼らこそ、その事件の黒幕であったが、表向きは、アカデミーに突如襲来した異形の天使群から、学徒達を守るために尊い犠牲になったという欺瞞に基づいて処理され、真実は闇から闇へと葬られたのである。この事件に直接関与したウォーロック、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの4人と『アーカム』の関係者である貴婦人及びアッキーナ・スプリンクを除いてその真相にたどり着いたものはなかった。唯一、リセーナの姉、カリーナ・ハルトマンだけは、妹の死にパンツェ・ロッティが深く関与していることに確信に近い疑念を抱いていたが、彼女をしても、高次元空間にまで至ったあの一連の経緯のその全てを覚知することは、さすがに不可能であったようである。結局、アカデミーの最高評議会議長が実はパンツェ・ロッティであったことさえ公式には伏せされ、議長は、彼らとともに学徒とアカデミーを守って殉職したものと報じられた。魔法社会は、彼らの尊い犠牲の上に、事件は解決したという言説をその落着として受け入れたのである。
 当然、アカデミー全域が未知の存在に突如襲撃されるという事態の深刻性に鑑みて、真相を徹底究明すべきであると求める声が皆無であったわけではないが、幸いにして学徒には犠牲がなかったこと、パンツェ・ロッティ達の行動が英雄的に報じられたこと、なにより、魔法社会全般の世論形成に大きな影響力を持つ『魔法社会における人権向上委員会』の代表理事、キューラリオン・エバンデスが、彼らの行動と犠牲について、学徒達の生命と人権を守った滅私的で、崇高なものであったと評する声明を早々に打ち出したことから、彼らを優れた教育者の鏡として称える声が速やかに主要な世論を形成していき、批判的な声はその下にかき消されていった。
 学徒と学園を守り抜き、未曾有鵜の事件を解決に導いた英傑として、最高評議会議長、パンツェ・ロッティ教授、リセーナ・ハルトマン、そしてマークス・バレンティウヌのための『アカデミーによる葬送』が聖堂においてしめやかに挙行された。

* * *

 午前中に行われた葬送の儀式の後、シーファ、リアン、カレンの3人の少女たちは、ウィザードの執務室に呼び出されていた。葬送の儀式の日は、午前の講義は全休講となる。そのため、3人は寮からウィザードのもとに駆けつけていた。時節はいよいよ夏期休暇に入ろうかという頃であり、3人も帰郷の準備を始めていた、そんな日のことであった。
「呼び出された理由は分かるか?」
 ウィザードが問う。
「ミリアムの件だと承知しています。」
 シーファのその答えに、他のふたりも頷いた。
「その通りだ。自覚があって大変よろしい。カリギュラ退治の後で、あたしが厳命した内容を覚えているか?」
 毅然と言い放つウィザード。
「はい。何事も軽挙妄動に出る前に報告せよ、とおっしゃいました。」
 そう答えるシーファ。
「なるほど、君たちに耳はあるようだな。では記憶する頭がないのか?あるいは、その首の上に座っているものはかぼちゃなのか?答えたまえ。」
 ウィザードが叱責の声を強める。
「申し訳ありません。」
 まっすぐにウィザードを見てシーファが答えた。
「後から謝るようなことは最初からしない、という賢明な判断を今後は期待したいと思うが、どうか?」
「はい、ご期待に沿えるように鋭意努力いたします。」
 素直に応答するシーファ。
「よろしい、他のふたりはどうか?」
「異論ありません。お言いつけを守れるよう最善を尽くします。」
 姿勢を正して、リアンとカレンも声を揃えた。
「結構。しかしだ。深夜の古城でのこと、カリギュラ退治、そして今回の一件と、諸君らは既に三回約束を反故にしている。異国の言葉に『仏の顔も三度まで』というのがあるそうだが、あいにくあたしは三度も黙って目をつむることができるほどの長い堪忍袋の緒を持ちあわせていない。それでだ。諸君らにはその罰として、夏休みを返上して『南5番街22-3番地ギルド』の仕事を引き受けてもらう。その仕事を無事に終えてなお、夏期休暇の期日がまだ残っているなら、そのときは自由に休みをとってよい。」
 3人の少女たちの顔色が変わる。2週間そこそこしかない夏休みを返上せよと目の前の教師は命じるのだ。結局にしていつも暴発するシーファのあおりを食う格好になっているだけのふたりには、実のところ気の毒な話であった。
「先生。」
 と、シーファ。
「何かね?」
「先生もすでにお気づきのことと思いますが、これまでの件は全て私の無責任な独断専行が招い結果です。リアンとカレンのふたりは私に巻き込まれたにすぎません。」
「ふむ。それで、どうだというのか?」
「ですから、罰としてのギルドの依頼は私一人でお引き受けいたします。ふたりには何卒寛大なご処置をお願いいたします。」
 彼女は、そう懇願した。
「だめだ。」
 少し意地悪そうにウィザードが言った。
「お前たちは半人前どころか、三分の一人前だ。三人揃ってようやく一人前のひよっこであることは、今日までの経験でよくわかっただろう?であるからして、シーファ君の申し出は却下する。これは連帯責任だ。夏休みを満喫したければ、迅速に職務を完了したまえ。よろしいか?」
 三人は互いに顔を見合わせてから返事をした。
「かしこまりました。仰せの通りにいたします。」
 少女たちはどうやら観念したようだった。
「実に結構。では、職務の内容を説明する。」
 居住まいをただすウィザード。
「実はな、先日『スターリー・フラワー』のリリー店長から私に連絡があってな。お前たちにこの夏アルバイトに来るようにと頼んでおいたのに、一向に連絡がないとそう言うのだ。どうも、諸君たちに正式に依頼したいことがあるらしい。まあ、彼なら気心も知れているのでちょうどよかろう。あたしのギルドからの仕事というのは、要するに、スターリー・フラワーに赴き、リリー店長の用を引き受けて、それを無事に済ませてくるとだ。これには君たちに対する懲罰であるから、異論は認めない。すぐに出かける用意をし、明日には同店に出向きたまえ。以上だ。」
 そういうと、ウィザードは表情をやわらげた。
「いいか、シーファ。お前の自信と勇気は高く評価している。だが、後先を考えないのはよくない。その場の全員の安全を見通すことができるようになってこそ一人前だ。勇気と蛮行は違う。それをいつも胸に刻むんだ。いいな。」
 シーファはウィザードの茜色の瞳をまっすぐに見つめている。
「それから、リアン。お前に必要なのは自信だ。自分を疑っていては、何事もなす前に終わってしまう。反省は、やって後からするもので、行動の前にするのは躊躇いでしかない。もっと自分を信じてやることだ。いいな。」
 リアンはこくこくと頷いて答える。
「最後に、カレン。お前のことは本当に頼りにしている。こいつらふたりと一緒にいたのでは気が休まらないだろうが、うまくコントロールしてやってくれ。それから、あまり自分の言葉を飲み込むな。いざとなれば、シーファをぶん殴ってでも止めろ。それが大切なときもある。頼んだぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
 そう言って、カレンは大きく頷いた。
「あたしからは以上だ。何か質問はあるか?」
「ありません。」
 声を揃えて答える3人。
「では、リリー店長にはあたしの方から連絡しておく。諸君たちは『全学職務・時短就業斡旋局』に寄って所定の事務手続きを済ませたまえ。では、いきなさい。」
「失礼いたしました。」
 そう言って3人は、ウィザードの執務室を後にした。その若い3人の背中を、ウィザードがあたたかいまなざしで見送っている。

* * *

「夏休み返上かぁ。リアン、カレン、本当にごめんね。」
 全学職務・時短就業斡旋局に向かう道すがら、ふたりにそう謝るシーファ。その声は本当に申し訳なさそうだ。
「いいんですよ。シーファ。大丈夫なのですよ。」
 リアンは特段気にもかけていないようだ。彼女にとってみれば実家で退屈に夏休みを過ごすよりもアルバイトの方が興味を引くのかもしれない。
「そうよ、気にすることはないわ。なんだかんだで、これまでのことはみんなで解決してきたんだもの。連帯責任というのはその通りだと思うわ。」
 カレンも、これまでの出来事を大切な思い出として受け入れているようだ。
「でも、カレン、本当に殴るのはなしよ。」
 そう言うシーファ。
「どうかしら?先生のお墨付きもあるから、今度はほんとに殴ってあなたを止めるかもね。」
 カレンは、いたずらっぽく舌を出して見せた。
 そんな会話を繰り広げているうちに、3人は当局の事務所にたどり着き、そこで、ウィザードに言われたとおりに事務手続きを済ませた。任務のための休暇申請は全部で10日。補習の残りの3日と、あとの7日は夏休みに食い込む格好だ。実にその半分を犠牲にすることとなる。ウィザードは意地の悪いことに、休みは減っても課題は減らさないと釘を刺していた。3人は改めて今年の夏のこの先を思いやらされていた。
「受け付けは完了しました。先生のお話では、職務の詳細は指定場所で直接指示を受けるようにとのことです。その職務に関する報告書を書面で提出することで、先生の依頼をこなしたこととなさるそうです。何かご質問はありますか?」
 当局の事務職員が、確認を促す。
「大丈夫です。お手数をおかけしました。私たち3人は明日朝、指定場所に出向きます。」
 代表してシーファが答えた。
「わかりました。道中および職務中はくれぐれも安全に配慮してください。報告書には指定の様式がありますので、これをお持ちください。」
「ありがとうございます。」
 事務職員から書類一式を受け取って、3人はその場を後にした。『スターリー・フラワー』に出向いて、『カリギュラ退治』を敢行したのはわずか10日ほど前のことだが、それからもうずいぶんと日が経ったような気がする。ニーアの事件、『天使の卵』の摘出、最期にはミリアムの異変と天使もどきの襲撃、先生たちの様変わり、さまざまな事件に矢継ぎ早に襲われていた。特にミリアムと天使もどきの一件は、驚愕であった。3人は、ウィザードの咄嗟の指示の通りに、学徒達に中央尖塔に続く道を避けさせてアカデミー裏門へと誘導する役目を実に立派に果たしていたのであり、大規模な襲撃事件であったにも関わらず、学徒たちに犠牲が出ずに済んだ背景には彼女たちの決死の活躍があったことは言うまでもなかった。
「それじゃあ、明日、7時にゲート前で会いましょう。」
「うん。」
「わかりました。今日は準備をしっかりね。」
 そう言って3人は分かれた。
 時刻は既に夕刻に差し掛かっていたが、8月初旬の陽は長い。確かに、夏の真っ盛りの頃に比べれば、太陽は幾分か西に駆ける速度をはやめてはいたが、それでもまだ夜までには十分な時間が残されていた。太陽が石畳を照り付け、あたりを蒸し返している。照り返しがあつい。通路を吹き抜ける風はまだまだ夏のそれであった。

* * *

 あくる朝、3人はゲート前に集合した。魔法具店でのアルバイトという建前ではあったが、どのような職務内容になるかは行ってみるまで詳細が分からないため、あらゆる可能性を考慮して、最低限のキャンプは可能な装備を用意して行こうということにしていた。シーファとカレンのふたりはこうした準備に慣れていたが、リアンはまだまだ加減が分からないのか、今回も彼女なのか荷物なのか分からない格好でゲートに現れた。
「まぁ、リアン、今回もずいんぶんな大荷物ね。」
 カレンが微笑んで言った。
「何日か分のキャンプの用意をしてきただけです。ふたりはそんなちょっぴりで大丈夫なのですか?」
 不思議そうに問うリアン。
「ええ、こう見えて往復4日の行程には耐えられるわよ。」
 そう答えるシーファは大きめのリュックと、いくつかの荷を腰に下げているだけで、リアンとは対照的な荷物の少なさであった。それを見てリアンは不思議でならないという顔をしていた。

「さぁ、いきましょう!」
 シーファの掛け声にあわせて、3人はアカデミー前の大通りを西に進路をとった。『サンフレッチェ通り』はマーチン通りを北に抜けたその先にある。『スターリー・フラワー』に至るためには、特別の仕方でそのサンフレッチェ通りを抜ける必要があった。それは一種の道順暗号になっていて、橋の欄干の途中に設置されているガーゴイルの像までは橋の右端を、そこから鳳凰像までは左端、その先は橋の中央をまっすぐ抜けるというものである。3人はその魔法の暗号をよく記憶していて、的確にこなしていった。鳳凰像に差し掛かるあたりから、あたりには俄かに霧が立ち込め、夏の湿度をどんどんと増し加えていった。この霧が立ち込めてくると、あたりの気温はいくばくか下がるのであるが、8月中旬を見据えるこの時期の厳しい暑さのもとでは、わずかな気温低下よりも湿度の増加による不快感の方がはるかに上回っていた。3人は、顔から首にかけて大汗をかき、上着をびっしょりにしながらその暗号を踏襲していった。橋の中央を歩いているときには、周囲を覆う霧は一層濃くなり、湿度はいよいよ高くなって、その不快感はひどいものであった。舌が出るような思いで、3人はリリーが経営する『裏路地の魔法具店』を目指していく。暑さと荷物の重さに疲労感を隠せないリアンの荷物を、後ろからシーファとカレンが支えていった。それでもリアンはずいぶん苦しそうだ。ようよう橋を渡り終えようかというところに差し掛かる。いよいよ霧は濃くなり、周囲はほとんど視界が効かなくなっていた。
 リアンは荷物とともに腰を下ろして、肩と胸を大きく上下させている。カレンは橋を行き切った左手にあるはずの魔法具店の看板を探していた。やがて霧の中にそれは見つかった。
「あったわよ。さぁ、行きましょう。」
 そう言ってカレンが扉に手をかけた。金属製のノブがひんやりと心地よい。ドアを押し開けると呼び鈴のベルが鳴り、奥から声がした。
「いらっしゃい。」
 その声は、確かに聞き覚えのあるこの店の店長のものであった。会計用のカウンターの裏で何事かしていたらしい店長が、ゆっくりと戸口に来て3人を見とがめる。
「あら、あなたたちだったの?いらっしゃい。よく来てくれたわね。」
 店長がそう言った。
「先生、いえ、『南5番街22-3番地ギルド』から、リリー店長さんに御用事を仰せつかって、それを果たしてくるようにと言われてきました。」
 シーファが代表して用件を伝える。
「ありがとう。アルバイトに来てくれたわけね。歓迎するわ。ついて来てちょうだい。」
 そう言うと、リリーは3人をホールの先の特別展示エリアを更に越えたところにある従業員控室に案内した。
「かけてちょうだいな。」
 3人を長椅子にかけさせるリリー。
「それで、お仕事とはどのようなことでしょうか?」
 そう問うシーファに、
「あわてなさんな。その前にこの書類を読んで、下にサインしてちょうだい。仕事をしてもらうにあたっての就業規則と、あと保険関係の書類よ。」
 そういって、それぞれに1枚ずつ書類を手渡した。それは、名前や連絡先など自己に関する情報を記入する欄から始まり、その下には蟻のような字で書かれた就業規則と保険の約款が羅列されており、それらへの同意を確認するための署名欄で締められていた。3人は、必要事項を記載して、それぞれにリリーに渡した。
 彼は、それらの書類を一通り見やってから、言った。
「なるほど、『カリギュラ』退治をやってのけるだけのことはあるわね。あなたたち見かけよりずっと優秀なのね。」
 それから、3人に向かいにの席に着いた。
「仕事というのわね。『カリギュラ』退治をやってのけたあなたたちを見込んでぜひともの頼みごとなのよ。」
「それはどのようなことでしょう?」
 カレンが訊ねる。
「『ハングト・モック』を捕まえて、といっても生死は問わないから、それを持って帰ってきて欲しいの。」
 リリーはそう答えた。『ハングト・モック』というのは『カリギュラ』同様、魔法社会からドロップアウトした邪悪な『裏口の魔法使い』が主に小間使いとして召喚する魔法生物で、巨人のカリギュラとは対照的に身の丈1メートルほどの小人であった。ただその体躯は屈強かつ頑丈で、斧の扱いに長け、魔法も使いこなす危険な存在でもあった。

小さいが膂力と魔法力に優れ、金の収集家として知られる魔法生物の小人『ハングト・モック』。

 彼らは金を見つけ出すことに長けており、それを秘密の場所に人知れず蓄えることで知られていた。彼らの秘密の隠し場所を突き止めることは容易ではなかったが、その場所は彼らの瞳に刻まれるとのことで、『ハングト・モックの瞳』は、一獲千金を夢見るものが追い求める一種の生きた金鉱山としての意味合いを持っていた。リリーはその瞳の持ち主を生死を問わず連れて来いというのである。
「もちろん、あなたたちも知っての通り、あたくしの狙いは『ハングト・モックの瞳』よ。だから、生死は問わないけれど、かならず頭部は無傷で送り届けてちょうだいね。」
 そういってリリーは片方の口角を上げて見せた。
「それはかまわないのですが、『ハングト・モック』はなかなかその存在をつかめない魔法生物です。リリーさんには心当たりがあるのですか?」
 カレンが問う。
「ええ、もちろん。お馴染み『ダイアニンストの森』に生息しているわ。そのことは確認してあるのよ。ただ、あたくしはこのお店があるから直接に捕まえに出ることができなくてね。人を雇うにしても、こんな性質のお店じゃいろいろと面倒で。それであなたたちを頼ったわけなのよ。」
 そう言って、魔法タバコの赤紫の煙をくゆらせた。
「お願いできるかしら?」
 そういって、3人の顔をのぞき込むリリー。3人は互いに顔を見合わせてから、うなづいてシーファが代表して答えた。
「わかりました。お引き受けします!」
「そう、ありがとう。じゃあお願いするわね。」
 そう言って、彼はふと視線を虚空に仰いだ。
「お給金は、3人で3人分で出来高払い。必要経費は折半ね。届けてくれた『ハングト・モック』の状態次第ではボーナスを弾むわ。条件はこれでどうかしら?」
「わかりました。問題ありません。」
 そう返事をするシーファを見て、ふと、リリーが変なことを言う。
「そうそう。あなたたち、当然に報告書は書くわよね?」
「ええ、そうすることになっています。」
 その返事を聞いて、ちょっと考えてからリリーが続けた。
「お給金のことだけど、先生には3人で2人分と報告してもらえないかしら?払うのはちゃんと約束通り支払うから、格好だけね。」
「それは、できないことはありませんが、でもまたどうして?」
 合点がいかないシーファ。
「実はね、昔あなたたちの先生を雇った時に、給金を半分に値切ったことがあるのよ。急に気前良くなったら後で何言われるかしれたものじゃないでしょう?」
 そう言って、リリーは再び片方の口角を上げて見せた。
「そう言うことでしたら…。」
「頼んだわよ。偶然壊れるのは仕方ないとしても、トサカにきたあなたの先生にこの店を焼かれるのだけはごめんだもの。」
 そう言って笑顔を見せるリリー。
「わかりました。ではそのようにいたします。」
「よろしくね。で、出かけるにあたって必要なものはあるかしら?必要経費扱いにはなるけど、役に立ちそうなものがあるなら持って行っていいわ。」
 リリーは店内をぐるりと見せた。
「わかりました。それでは『急速魔力回復薬』を3人分お願いします。」
 そう申し出たのはカレンであった。
「いいでしょう。持ってきてあげるからちょっと待っててね。」
 リリーはホールを販売所まで戻って、陳列棚をごそごそやっている。しばらくして戻ってきた。
「半額は、報酬から引くわね。一応約束だから。」
 そう言って、伝票に記録をつけるリリー。
「ありがとうございます。これがあれば心強いです。」
 カレンは謝礼を告げた。
「他にいるものはある?非常食や魔法瓶詰もあるけど…。まあ、その準備なら大丈夫そうね?」
 リアンの大きな荷物を見ながら、笑いをこらえるようにしてリリーは言った。
「はい、『ダイアニンストと森』までであれば、用意した荷で補給なくキャンプができます。最悪は帰路の『タマン地区』で必要物資を買い足しますので。」
「そう、じゃあ、まかせたわよ。連絡は、通信機能付魔術記録装置で。マジック・スクリプト(相手を指定する番号のようなもの)はお互い知ってるものね。」
 リリーはそう言って、カレンにウィンクを送った。
「はい、大丈夫です。必要なことは逐次連絡します。」
「よろしくね。」
「では、いってきます。」
 3人はそう言って、さっそくにリリーの店を後にした。夏の陽がゆっくりと天上付近に差し掛かっている。店を離れるほどに霧はどんどんとはれていくが、暑さはひどくなる一方だ。来た時同様の大汗をかきながら、3人は、サンフレッチェ大橋とマーチン通りを南下し、今度は、南大通りをタマン地区に向かって、南に進路をとっていった。

リアンの大荷物は案の定リリーにも心配されてしまった。

 肌にまとわりつく暑さと湿気、そして絶え間なく滴り落ちる汗がうっとうしい。リアンは早々に荷物の下敷きになりそうだ。その大きな荷物を先ほどと同じように、シーファとカレンが支えながら、疲れた足を前へとかいくり出して行った。

* * *

 その日の夕方少し前、3人は南部の『タマン地区』に入った。太陽はまだ地平線のいくばくか上空をゆらゆらと漂っている。日暮れまでに『ダイアニンストの森』に入ることもできないわけではなく、その入り口でキャンプを張ってはどうかとの提案もあったが、一日中歩き詰めであること、不要な荷は宿に預けた方が任務をこなしやすいことなど、いくつかの理由によって、3人はこの街に一夜の宿を求めることにした。また、帰還するまでの間、その宿に荷を預けておくことにした。宿に入ってフロントにその旨を伝えると宿の者は快く彼女たちの申し出を引き受けてくれた。1泊の料金と、おそらく数日分になるであろう荷物の預け賃は頭の痛い問題であったが、何よりも確実に仕事を完了することの方を優先して、3人はその選択をすることに決めた。とにかく前進しようとするシーファを強く諫めたのはカレンであったことは想像に難くない。リアンは、その文字通りの重荷から解放されて、やれやれという面持ちであった。
 大きな荷はすっかりと宿に預け、手荷物だけを持って宿の部屋に入った3人は、それをベッド脇に放り出すと順にシャワーを浴び、一日中流しっぱなしであった汗を洗い落とした。熱いお湯と、その湯気にのって立ち込めるシャボンの香りが心地よい。最後にシーファが浴室を出てくると、テーブルに食事が準備されていた。その日は、この『タマン地区』の名産の野鳥の骨付きのグリル焼きで、それに野菜スープが添えられていた。

その日の夕食。タマン地区特産の山鳥のグリルと野菜スープに蜂蜜レモン水がついていた。

 一日中歩き通して腹ペコだった3人は、テーブルに並べられた食事をめいめい美味しそうにほおばった。リアンは山鳥にグリルが、カレンは野菜スープが、シーファは食事に添えられていた蜂蜜レモン水が特に気に入ったようだった。
 3人は食事を楽しみながら、酔ったわけでもないのに、一緒に懐かしい童謡やアカデミーの校歌などを歌って親交をあたためた。リアンはよほど疲れたのか、歌いながらうとうとと船を漕ぎ始めた。
「あら、リアン。眠いの?」
 そう訊ねるシーファ。ぼんやりとした瞳を彼女の方に向けて、こくこくとリアンが頷く。それを見て、カレンがリアンを床に連れて行った。ベッドに身体を横たえて布団をかぶったかと思うと、それほどの間もしないうちにすーすーと静かな寝息が聞こえてきた。シーファとカリンは、その後もしばらくお茶を傾けながら、今日までに起こった不思議のことについて言葉を交わしていた。
「あの天使、というかそれらしいもの、いったい何だったのかしらね?」
 肩肘をテーブルについて首をかしげながらシーファ言う。
「よくわからいけど、とにかく大変でしたね。あの時先生たちが来てくれなかったら、私たちは今ごろ…。」
 しみじみとその瞬間を思い出すカレン。
「本当に危機一髪だったわ。卵を持っていて本当によかったもの。」
「ほんとうです。『あなたたちの身体から出てきたものだから』と先生たちが持たせてくれたことが功を奏しましたね。九死に一生でした。」
 グラスの蜂蜜レモン水を傾けるカリン。
「でも、あのとき先生たちは確かに、天使になったはずでしょ!?」
「ええ。」
「ところが、あの翌日、何食わぬ顔で学園に現れたわよね。びっくりしたわ。」
「ほんとうね。私、先生たちとはもう会えないかもとそう感じたもの。」
「天使になった後も、相変わらず厳しいけどね。」
「ほんとうに。」
 そう言って、ふたりは笑いあった。彼女たちが視線をリアンの方にやると、リアンはもうすっかり夢の中に沈んで、先ほどと同じように、静かな寝息を立てている。
「私たちも休みましょう。」
「そうですね。」
 ふたりも床に入った。その後も何事か言葉を交わしたようにも思うが、何を話したかも分からないうちに、ふたりの精神を深い睡眠が閉ざしていった。疲労と満腹感が心地よい眠りを誘う。朝は瞬く間に訪れた。

* * *

 翌朝目覚めた3人は、出発の準備を行った。宿が用意してくれたトーストとコーンスープにコーヒーを流し込み、その後、二日分のキャンプに堪える装備と食料、水、水薬、そして得物を忘れずに準備した。もちろん、リリーに用意してもらった『急速魔力回復薬』をローブのポケットにしっかりと仕舞ったことは言うまでもない。
 その日も空は抜けるような晴天で、ぎらぎらと照り付ける夏の太陽は、朝の早い時間帯から、3人の肌を焼き尽くさんばかりの勢いであった。荷物の預かり証はシーファがしっかりと荷物の中に仕舞い、『ダイアニンストの森』へ向けて更に南に進路をとって行く。
 石畳の街道は、進むにつれて舗装は乏しくし、次第に土を剥きだした獣道のようになって行った。あたりをうっそうとした木々が取り囲みはじめ、やがて、そのなけなしの細道も途絶えて、3人の足音はざくざくと落ち葉を踏みしだくものに変わっていった。

『ハングト・モック』を求めて『ダイアニンストの森』に踏み込んだ3人の少女たち。

 あたりを取り囲む木々の数は一気に増し、『ダイアニンストの森』が再び彼女たちを取り囲み始めている。あれだけギラギラと照り付けていた夏の陽は厚い森に阻まれてなりを潜め、ただあたりを取り囲む湿気と蒸し暑さだけがその存在を思い出させていた。森を抜ける風は、石畳に覆われた市街地をめぐるものよりはましな心地よさがあったが、それでもこの時期のそれが汗をどっと誘う熱量を備えたものであるこに違いはなかった。
 カレンは、目印となりそうな木々に、今回も慎重に目印を刻んでいる。3人は、深い森の中で、金を蓄えると言われる魔法生物の小人の痕跡を探していた。

to be continued.

AIと紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚その1『少女たちの夏休み』完


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