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続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第2集09『嘘でない欺瞞』

「さあ、それではいきましょう!ある意味、ここからが本番です。」
 凛としたカレンの、その言葉の意味を他の少女たちもきちんと理解していた。荼毘の火に熱せされていたあの岩場とは違い、先ほどまでの汗は欄干を吹き抜ける風にすっかりさらわれている。悪寒が背筋をぶるりと振るわせた。約束はしかと果たした。次は、その報いを授かる番だ。しかし、その手の中にある契約の証は、少女たちの心に何らの確証ももたらしはしないままであった。
 それぞれに急速魔力回復薬を手渡すカレン。みなそのアンプルを割ると、一気に飲み干した。魔力の回復を示すほんのりとした魔法光がその身に灯る。月下でそれを見守る石像の白い瞳に、今宵は何かの別の魂が宿っているかのような色彩が乗っていた。
 ユンが、力を込めて入り口の木戸を押すと、それは軋み轟きながら奥へと戒めを解いていった。4人の視界が場内をとらえる。

 玄関ホールの様子はいつもと同じ、冷たい明るさにぼんやりと照らし出されていた。その只中には、毎度あの気味悪い執事がいて、三度慇懃なお辞儀で4人を出迎える。ただ、今夜もメイドの姿はそこになかった。何事か、重要な別事でもあるのだろうか?こんな辺鄙(へんぴ)な場所に、まして悪魔の招きがなければ何人もたどり着けぬというこの場所に、客人などあろうはずもないが…。二人が揃っていることの方が珍しいのかもしれない。さまざまに脳裏を駆け抜ける想念を飲み込むようにしながら、少女たちはその慇懃な挨拶の下へと近づいて行った。

 ホールを彩る青白い炎が、入り口から差す風に微かにその身をくゆらる。

「おかえりなさいませ。今宵もつつがなくご登城なされ、なによりと存じます。さあ、御屋形様がお待ちでございます。どうぞ、奥へ…。」

 執事はぐるりと体の向きを変えると、妙にひょろ長いその青い腕を階段の方に向けて、一層その頭を垂れて見せた。その表情を、しかと見定めることはできない。

* * *

 3階の踊り場の先には、アザゼルの謁見の間が控えている。どうしたことか今日は執事の先導は得られなかった。従って、その場にいるのは4人だけである。意を決して、カレンがその荘厳なる戸をノックした。すぐさま、中からは杖で固い床を2回小突く、いつもの応答があった。それを確認してから、彼女はゆっくりとそのドアを開く。

「よくぞ帰った、人の子よ。待ちわびたぞ。さあ、何を躊躇うことがある。こちらへ来よ。」
 思いがけず、アザゼルの方からそう声をかけてきた。それに誘われるようにして、少女たちはおそるおそる入室する。最後にカレンが中に入ると、その戸は音を立ててひとりでに閉まった。その小さな身体を大きな玉座の前にこぼすようにして、手を打ちながら4人を出迎えてくれるアザゼル。その相貌は満面の笑みをたたえていた。

 玉座の前にひざまずくと、カレンは先日彼女から預かった約束の印を両手に乗せ、それを顔の前に差し出すようにして深々と頭を垂れ、こう言った。

「アザゼル様。拝命した御用を果たしてまいりました。すでに万事ご承知のことと思いますが、先日お預かりした約束の印でございます。何卒、ご高配を賜り、我らの願いをお聞き届けください。」
 無防備にならざるを得ないカレンの周りで、残る3人はあらゆる不測に備えて、その全身に緊張を走らせていた。みな視線をアザゼルに釘付けて離さない。

「おうおう、人の子よ。あっぱれであるぞ。余はすべてを見ておった。汝らの所業、実に見事である。余は誠に満足じゃ。」
 そう言って、唇の隙間からアザゼルはあの八重歯をのぞかせる。それはこれまでもよりも鋭く、大きく光を放っていた。
「それでは、お約束のものを…。」
 カレンがそう言って、いっそう身をかがめたところで、アザゼルは俄(にわ)かに姿勢を変え、その身を玉座の背に預けるように座り直すと、目を細めて見下すようにして思いがけない言葉を紡ぐ。
「余は人の子を見張る者。そして、契約の僕(しもべ)である。しかし、世はいつも思うにまかせぬものよのぅ。」
 そう言って、くくくと笑うアザゼルに、眉をひそめてカレンが顔をわずかに上げると、それを見て彼女は続けた。
「実はな、汝らの所業はわらわの大切な客人をすっかり怒らせてしまったのだ。そのことに余は大層狼狽しておる。」
 狼狽という言葉の響きとは裏腹に、彼女の瞳には確信の光がありありと乗っている。
「どういうことでございましょう…?」
「実はな、ここ数日余は客人とある賭けをしておったのよ。」
「賭け、でございますか?」
「そう。賭けじゃ。」
「して、それはどのような?」
「うむ。人の子には話してやらねばなるまいなあ。」
 そう言うとアザゼルは、右手を顎の下にあて、口元にのぞく八重歯の輝きを一層鋭くして続けた。
「我が客人はな、『人の子が如何に浅慮かつ身勝手で残酷な存在であるか』を余に滔々(とうとう)と説いて見せるのじゃ。しかしな、以前にも言ったであろう?余は、人の子が好きである。だからして、余は客人に言い聞かせたのよ。『神が創りたもうた人がそれほどに愚かなわけがない』とな。」
 それが何の話なのか、少女たちにはさっぱりわからない。しかし、そんな困惑をアザゼルは意にも介さない。
「すると客人は言うのだ。『ならば賭けをしよう』と。それで余もそれに乗ったのよ。」
「それで、何についてお賭けになったのでございますか?」
 震える声でカレンが訊くと、アザゼルの瞳の色に深い照りが乗った。
「それはな、人の子よ。『汝らが、我欲の為にであれば残虐に他者の命ですら奪うも躊躇わぬ、まことに醜き存在であるのかどうか?』ということについてである。」
 それを聞いて、4人の表情は俄かに険しくなる。
「おお、おお、そんなに怖い顔をするでない。言ったであろうが?余は汝らが好きであると。であるからして、もちろんのこと余は、『断じて人の子はそのように醜く愚かな存在ではない』と言明してな、そちらに賭けたのじゃ…。しかし、妙なるはこの世の真実であることよ。余は、見事にその賭けに負けてしもうたわい。いわんや、我が命を終えた汝らが、今目の前におるのじゃからのう…。」
 そう言って、アザゼルは再びその喉をくくくと震わせた。
「…そうでございましたか…。それで、その賭けの品と仰いますのは?」
 声を絞るように聞くカレンと対照的に、アザゼルは嬉々としている。
「それよ、余を悩ませておるのは!」
「…。」
「汝らに渡すと約束した『リンカネーションの魔導書』な、人の子の善良を信じてやまぬ余は、よもや賭けに負けるなど露ほども思っておらなかったでな、『もしわらわが負けたならば、それをくれてやろう』とうっかり口を滑らしてしもうたのじゃ。なんとも迂闊なことである!」
 そう言うと、アザゼルはもはや隠すことをやめ、声に出して笑い始めた。周囲の空気が一気に張り詰めていく。
「それでは…。」
「そうよ。今、余のもとにはコレの受け手に相応しい者が二人おる。ひとりは言うまでもなく汝ら。そして、もう一人は…。」
 アザゼルが、ふと視線を玉座の脇にそらすと、そのもう一人なる者が、玉座の裏からゆっくりと姿を現した!

「お前は!!」

* * * 

 リアンの美しい瞳が険しい眼光でそれを睨みつけた。それは、シーファの命が奪われたかの日、『苦みが原平原』にて『ポルガノ族』に同行し、全ての悲劇の糸を引いていたあの魔法使いであったのだ!フードを目深にかぶり、厚手のヴェールをまとっているため、その相貌をしかと見て取ることはできないが、それでも、親愛なる友の仇をよもやこんなところで見誤るはずもない!あの時、リアン自慢の監視装置がしかと映像に捉えていた憎き存在が、いままさに目の前に歩み出てきたのである。

かつて『ハロウ・ヒル』でポルガノ族を扇動していたあの魔法使い。

「紹介しよう。こちらが、我が高貴なる客人。古代魔法使いのミス・ミストラス女史じゃ。その様子では、すでに面識があるようじゃのう?」
 おかしくてたまらないという様子のアザゼル。目の前の魔法使いは、彼女たちに対し並々ならぬ殺意を滾らせている。それは、玉座の傍に身を寄せると、耳打ちするようにして言った。

「アザゼル様。賭けは私の勝ちでございます。お約束の通り、例の書は私にお渡しいただけますわね?ついでに…。」
 その囁きに瞳だけを寄せて、アザゼルは応える。
「もちろんとも、高貴なる方よ。余は約束の僕(しもべ)であるぞ。実に、すべては貴女の言われる通りであった!こやつらはなんと、己が友を救いたいというその身勝手の為だけに、こともあろうにこの地で余に慈悲を請うてきた無垢なる部族を2つも根絶やしにしてみせたのだ。まことに残虐と苛烈の極まる仕方をしてな…。余はつぶさにそれを見ておった。なんとも、これは余の完敗である!」
 そう言って、アザゼルは視線を少女たちの方に戻すと、傍(かたわ)らに控える魔法使いの方を見やるでなく、しかし確かにそれに聞こえるようにして言い放った。
「余は、約束の僕(しもべ)。いかなる場合であれ、約束を違うことはない。ただ、惜しむらくは、この書はコレきりなのじゃ。ならば解決策はわかるであろう?」
 その低い笑い声からは、もはや少女のあどけなさは消え、地を響かせる悪魔の響きだけが不気味に乗っている。
 その意味を察したのであろう、カレンも毅然と立ち上がり、眼前の両者を見据えた。
「よいよい。それでよいぞ。いかなる困難な状況も造りかえることができる。神のたもうた意志とは素晴らしきものだ。欲する者は二人、褒章は1つ。ならば、欲する者が一つ欠ければよい。そうであろう…?」
 それから、アザゼルは脇の丸テーブルに『リンカネーションの書』を置いた。
「さあ、これが欲しくば奪い合え!もとより、お主らはその宿命なのであろうがな?くくく…。魂を救わんと欲す高貴なる者と、友が為に卑しく他者を屠る鬼畜が余の褒章を競うか…、実に滑稽であるぞ。さあ、存分に願いをかなえるがよい!ふははははははははははははははは…。」
 高らかな笑い声を真っ赤な魔法光の中に響かせた後、もう玉座にその主の姿はなかった。周りを取り囲む灯(ともしび)の炎が一層大きく勢いを増す。その場の熱量が一気に大きくなった!

* * *

 玉座の間で互いににらみ合う魔法使いと少女たち。
「いったい、あなたの目的は何なのですか!?」
 そう問うカレンに、魔法使いは怒りを秘めた声で答えた。
「恨めしきは人間よ。みずからの空腹と欲望を満たすために、他の生命を躊躇いなく食むとはなんという鬼畜か。彼らがお前たちをいったいどう害したというのだ?呪われた仕方で生命を弄び、勝手気ままにそれを費やす真正の外道め…。その罪深さをきっとその身に刻んでやろう!」
「あなたは、魔術的捕食動物のことを言っているのですか!?」
「是非もない。彼らの無垢な魂を貴様らの穢(けが)れた手から守り、安寧へと導くのが我が大望である。人の非道はもはや許されるものではないのだ!」
「何を言うのですか?生殺与奪は自然の理(ことわり)、避けられぬ生命の循環です。あなただって、生きるためには命を食むでしょう?私たちはみな、そうやって互いに支え合い、補いあってはじめて生かされる存在です!その営みを忘れて、どうして安寧を得ようと言うのですか!?」
 生命を司るガブリエルの加護を受けるカレンは、毅然とその敵意に対峙して見せた。しかし、目の前の魔法使いはその身に滾る力を大きくするばかりである。
「その残虐だけでも許しがたいと言うのに、ここに至ってなお自己正当化を図るというか、なんと御し難き傲慢であることよ!」
 いよいよ、その手の杖はその輝きがはちきれんばかりになった。
「自己正当化などではありません。すべては摂理であり宿命です。貴女だって、食物を食べるでしょう!!」
「おのれ。私は、他の生命を食むことなどせぬ。まして、食むために命を作り出すなど、そんな悍ましき呪いとは無縁だ!!」
「では、あなたはどうやって命を繋ぐのですか!!」
 両者の声が、およそ怒号となってその場を飛び交っていく。

 一瞬の沈黙の後、魔法使いはその全身を覆う魔力を際立たせて言った。
「もはや人の言葉など聞くに値せず。その身に能うは天罰のみ!冥府で友に会うがよい!!」

『理不尽に屠られた無辜の魂よ。その骸(むくろ)に怨念を宿せ。果たせぬ恨みを今ここで遂げるがよい。再び象(かたち)をなせ!!燃え盛る残滓の偶像:Summon Golem of Flaming Corpse!』

 刹那、床面一杯に光を放つ魔法陣が刻まれると、そこから鼻をもぐような死臭とそれを焼く不快な匂いがあふれ出てくる。思わず、ローブで口元を覆い、怯みを見せる少女たち。魔法使いの全身から立ち込めるどす黒い魔法力がそこに注がれていくと、次第にそれはひとつの象(かたち)を為し始めた。足元から順に積み上がり、ひとたび大きな骨格を為したかと思うと、今度は芥(あくた)のような生々しい燃え滓がその周囲を取り巻いて、まるで付肉するかのようにして巨大な人型を形成していく。そしてついに、それは少女たちの前に姿を現した!!

* * *

魔法使いが玉座の間に召喚した燃え盛る偶像。

 その実態を前にして、少女たちは言葉を失い、その喉は締め付けられるばかりの強い詰まりに襲われて一瞬身動きができなくなった。さもあらん、魔法使いが召喚したソレは、一見すると燃え盛るゴーレムであったが、その全身は、連日連夜少女たちが焼き屠ってきた『ムシュラム族』と『ポルガノ族』の遺骸で形作られていたのだ。吐き気を催すような火をまとう死臭があたり一面を覆いつくす。リアンは、直視に耐えないという表情のままで立ち尽くしていた。ミリアムとユンも同様だ。視線こそ離しはしないが、その相貌は完全に恐怖の虜になっている。その巨体の肩口には、つい先ほど屠った『ポルガノ族』の族長の顔が、焼かれて剥がれ落ちそうになりながら、まとわりついてその眼窩を燃やしていた。

「なんということを…。」
 カレンの唇から思わず音が漏れる。
「何を驚くか、外道め!これは貴様らがその手でなした悪逆であろうが!見よ、この哀れな姿を。お前たちの身勝手と、他の生命を一顧だにしないその傲慢の末路である。さあ、罪深き己が所業の報いを受けるがいい。私は、生命の守り手、平和と安寧の使者なり。生あるものに等しく誉を、弄ぶ者には罪の報いを!!」
 魔法使いの敵意は、もはや絶頂にあった。
「勝手を言うな!」
「生命の守り手が、こんな酷いことをできるものか!!」
 ユンとミリアムは、すでに天使の力を解いて、そのむごたらしい異形との対決の姿勢を取っている。二人の後ろに後ずさりながらも、リアンもその意を決しているようだ。ただ、火への恐怖は完全にはぬぐい切れぬのであろう、ユンの膝は揺らいでいる。額から頬にかけて走る冷や汗の傍で、彼女は、上の歯で下唇を固く締めた。

「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
 全身を炎に焼かれながら、その異形はけたたましい咆哮を上げた。広間を構成する大理石がびりびりと振動するようだ。その両目は怨嗟と敵意で爛々(らんらん)としている。ぽろぽろと零れ落ちるその焼け屑にも、かつて命が宿っていたのには間違いない…。しかし…。

「その恨み、存分に晴らせ!!」
 魔法使いの声とともに、その燃え盛る暴虐が遂に牙をむいた!!

to be continued.

続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第2集09『嘘でない欺瞞』完


Echoes after the Episode
 今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、
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・ご興味を引いた場面、
・そのほか今後へのご要望やご感想、
などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。

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