見出し画像

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集その14『光と影』

 今、無限に広がるかとも思える漆黒の虚空の中を、キューラリオンとアッキーナは、フィナをさらった反使徒を追って進んでいる。おそらくこの空間は、魔王が自らの魔力によって作り出したものなのであろう。星の瞬きもなにもなく、ただただ沈みゆくような黒だけが一面を覆っていた。見える光と言えば、さらわれゆくフィナが放つ天使のそればかりである。

 魔王が放った反使徒は、フィナを巨大な十字架に磔(はりつけ)にすると、キューラリオンとアッキーナの方を見据え、彼女らがフィナに近づくのを拒んだ。

十字架に磔にされるフィナ。

「この者は最後の贄(にえ)なり。もうすぐ全ては完結する。」
 反使徒はそう言って不敵に笑ったが、それを意に介するでもなく、キューラリオンは一撃のもとに組み伏せて見せた。さすがは神の代理人と称される存在、熾天使メタトロンである。その力は実に強大で圧倒的であった。彼女とアッキーナが、囚われたフィナを救出しようと近づいた時、何もない無限の漆黒の空間が震えるようにゆれた。

 耳を引き裂くようなおぞましい声と共にそれは姿を現す。『セト』だ!魔王の半身たるその邪神は、魔王の命に従い、その力を完全なものにするべく、フィナを喰らおうとしてここに姿を現した。

漆黒の闇に姿を現した邪神『セト』。

 その姿は実におぞましく、歪な竜のような顔に、蛇のようにくねる身体をそなえ、そこには人のような手足が生えていて、背には悪魔の翼を生やしている。全身は濃い紫色の鱗のようなものに覆われ、不気味な魔法光を放っていた。まさに邪神たるに相応しい威容である。

 『セト』は、最後の贄として十字架の上に捧げられたフィナを喰らわんとしてそれに襲い掛かる。キューラリオンとアッキーナはそれを阻止するために、その恐ろしき邪神と対峙した。

十字架に囚われたフィナを救い出そうとするキューラリオンとアッキーナ。

 しかし、この期に及んでなお、なぜ魔王はフィナに執着するのか?力の極致に至ることだけを目的にするのならば、既に完全なる復活を遂げた『セト』と早々に融合すればよいだけのことだ。しかし、魔王は、融合前の『セト』にフィナを喰わせようと目論んでいる。それは単に、キューラリオンとアッキーナをウォーロックから遠ざけて、戦力的優位を図るためのものなのか。それとも、また違うなにか別の思案があるのか?キューラリオンらはその真意をはかりかねていたが、いずれにしても、むざむざフィナを喰われるわけにはいかない。
 今、絶望の化身『セト』と熾天使たちが壮絶に衝突する。はたして、フィナは無事に解放されるのか?また、魔王と1対1で相対することとなったウォーロックに勝機はあるのか?

 運命の歯車は、今、激しく音を立てて回転している。

* * *

「愚かなるかな『神』よ。愛などという虚ろな幻想で人々を惑わし、世を混沌とさせる愚かなる存在。しかし、その不確かな時代はもうすぐ終わるのだ。力が正義を成し、正義が力を断行する新しい時代がまもなく到来する。滅びゆく貴様をせめてその礎としてやろう。」
 魔王が言った。

「人は、互いに縁(よすが)を結んでこそ、その生は輝くのよ。ただ力に支配され、正義に身をゆだねるだけの人生なんて、それはないのも同じだわ。あなたにだってそれがわからないわけではないでしょう?」
 ウォーロックがそれに応じて言い放つ。

 今、神格と魔王は切り結び、切り結んでは離れる大立ち回りを演じていた。その神秘の力の衝突は実に凄まじく、二つの力が折り重なるたびに、星々が死して輝きを失うような、壮絶さがそこにはあった。

「縁(よすが)だと。世迷言を。そんな不確かなものにすがるから、人は惑い彷徨うのだ。人をより善く導くのは、力に支えれた秩序であり、ゆるぎなき完全な正義だとなぜわからぬ。愛など、力と正義の前には全くの無力だ。今、それを思い知らせてやろう。」
 魔王は、全身を怪しく輝かせ、そこから夥しい魔力を放つが、ウォーロックはそれを巧みに食い止めていく。善と悪、光と影の力は実に拮抗しており、互いに死力を尽くしてもなお、雌雄を決することはできないでいた。

「力による支配が正義だと言うの?笑わせないで。そんなものはただの傲慢、支配者による嗜虐の言い訳に過ぎないわ。確かに、愛には弱さがある。迷いもある。でも、力と支配に堕落して、みずから生を切り開くことをやめた先に未来はないのよ。」
 ウォーロックは魔王に迫るが、魔王も負けてはいない。

「未来だと!未来と言ったか!常に行く末の不安定さと不確かさを恐れ、それから目をそらすために刹那的な快楽に用意に溺れる存在が何を言う!正しい支配こそが正しい未来を与えるのだ。人はただ、黙ってそのあるべき未来を受け容れればよい。愛は不確かだが、力は絶対で一面的なのだ。そこには、確信と安定がある!」

「力が絶対で一面的なら、愛は多様で多面的よ!あらゆるあり方が認められ、みながそれぞれに尊重され喜びに満たされる。あなただって愛を知っているでしょうに!どうしてそんなに力を欲するの。そもそも、あなたが力を欲したのは、愛の存在が始まりでしょうに!」

「知った風なことをぬかすな。愛、友情、信義、それをどんなに尊ぼうとも、それらをしかと守るためには力が要るのだ。力なき愛は虚無、力なき友情は裏切り、力なき信義は絶望である。力は全てを統御し、正しくあるべき方向に導く。現に力は、あの時確かにフィナを守ったのだ!」
 魔王の声に心なしか動揺の色が載る。ウォーロックを説き伏せているといより、自分にそう言い聞かせているような、そんな側面が見えた。

「そうね。あなたは確かにフィナを守った。その力によって!でも結局はその力に囚われ、愛を失ったわ。その有様で、あなたはこの先いったいどうするの?その力を、いったい、何のためにどこに向けようと言うの?」

「…。」
 その問いに魔王は即答しない。

「あなたは何のために力を求めたの?それは友達を、掛け替えのないフィナを守るため、彼女とと紡いだ友愛のためだったのでしょう?」

「戯言を!おのれ!所詮『神』とわかり合うことなどできぬのだ。」
 二つの力は互いに譲ることなく、ぶつかり合う。正義と悪、光と影、それらは折り重なるようにしながら、運命を紡いでいった。

* * *

「ならば、よかろう。力の正しさをしかと見せてやる。『セト』よ来い!」 

『セト』を呼び寄せる魔王。

 そう言うと、魔王は頭上に巨大な魔法陣を描き出し、そこから自身の半身たる『セト』を召喚した。ついに、魔王と邪神が邂逅したのだ。もし、『セト』が既にフィナを喰らっているのだとすれば、魔王、邪神、そしてフィナが三位一体をなすことになる。その場に、キューラリオンとアッキーナの姿はない。
 ウォーロックの目の前で、魔王とセトは黒い光の渦に飲まれていった。やがて、『その地』へと至る天国門の前で、それらはついに融合する。力と傲慢、憎しみと無関心が虚無へと昇華する、その瞬間であった。

 やがて黒い光と黒い闇、陰陽の関係を伴なわない歪(いびつ)で反摂理的な溶け合いの中から、力と傲慢の権化がその姿を明らかにした。

『セト』との融合を果たした『大魔王』。

 それは実におぞましく、恐ろしく、力強く、また神々しいものであったが、なぜか口を開くことをしない。何か、自己の内にある違和感と対話をしているようにも感じられた。

「アア、素晴ラシイ。コノチカラヲ見ヨ。全テノ魔ノ根源。全テノ支配ノ始マリ。完全ナル美シイ調和。…、…、…、ダガコノ虚シサハナンダ。渇望シタチカラノ極致ニオイテ我ヲコウマデ不安ニスルモノハナンダ…。何カガ、アレホドマデニ渇望シタ全テヲ得タ先ニ、何カガ足タリナイ…。」

「それは愛よ。愛なき力は、無目的の虚構だわ。」
 声と共に光の渦が広がり、そこから、三柱の天使が姿を現す。キューラリオンたちだ!どうやら、彼女たちは、フィナの救出に成功したらしい。二人と共にフィナもまた大魔王を見据えている。

「愛ダト…。愛ノ欠缺ガナンダト言ウノダ。コノチカラガアレバ全テハ我ガモノダ。シカシ…。」

「そう、あなたは、愛の尊さを知っているのよ。」
 ウォーロックが言った。
「あなたは最後までフィナに執着した。『セト』にフィナを喰わせようとしたのも、それは、あなたが、フィナとの縁(よすが)を、永遠にその内に取り込み、保存したかったから。もし、あなたが、ただ力を求めていたのならば、今のあなたに『不完全さ』はないはずでしょう!!」

「馬鹿ナ。コノ我ニ愛ヘノ執着ガアッタトイウノカ?愛ナドトイウ不確カデ空虚ナモノニ我ガ意思ガ囚ワレテイタトイウノカ?」

「その通りよ。『力なき愛は虚無』だと、あなたは言ったわ。でも、『愛なき力もまた』同じなの。あなたが、あのときフィナのためにそうしたように、力は愛のためにふるわれてこそ輝き、意味を持つのよ!」
 ウォーロックは、『大魔王』に堕してなお、美しく輝くサファイア・ブルーの瞳をまっすぐに見据えて言った。

「愛ノタメニ振ルワレルチカラ。チカラノ目的。…、…、…、そうよ。私はたただ、フィナを、フィナを守りたかった。そのために力を欲しただけ。手に入れたかったのはフィナの笑顔であって、力それ自体ではなかった。それなのに…。ああ…。」

 『大魔王』の声色が俄かに人間らしさを取り戻す。それはフィナにとってじつに懐かしい、待ちわびた人の声であった。

* * *

「ルイーザ!!」
 フィナの声があたりにこだまする。

「ルイーザ…、その名で我を呼ぶ者がまだあるのか…。」
「もちろんじゃない。あなたはルイーザ、私の恩人、そして、大切な無二の友達よ。あなたがどんなに変わっても、私はあなたを忘れない。あなただって、それはきっと同じはず!!」
 懸命の声を投げかけた。

「力は素晴らしかった…。現にあのとき、もうどうにもならないと思ったあの時、力は全てを変えてくれた。あなたを守り、あなたの顔に笑顔を取り戻した。あなたのお兄さんの尊厳と名誉も守ったわ。力はすべての望みをかなえてくれた。でも、…、でも、私は、力が欲しかったんじゃない。私が欲しかったのはフィナ、あなたの笑顔、あなたの幸せ…。そのはずだったのに…。今、力を得てわかる。愛なき力は、それは虚無だわ。フィナのためにならない力に、何の意味もない…。」
 『大魔王』はこぼすように言った。

「もういいのよ、ルイーザ。それに気づいてくれただけで。あなたがいたから、あなたのおかげで、今私はこうしてここにいることができる。すべてはあなたのおかげなの。だからルイーザ。自分を取り戻して。その力の軛(くびき)から解放されるの!お願いよ、帰ってきて!ルイーザ!!」

「フィナ…。」
 『大魔王』の声が一層人間らしい響きを取り戻したその時、俄かに不穏な声がそれと重なるようにして響いた。

「勝手は許さんぞ。力はお前だけのものではない。お前自身が望んで我を飲んだのだ。汝には我と共にその極致で生きる使命がある。」
 それは『セト』のものだった。ルイーザとして目覚めた自我と『セト』のそれとの間には激しい葛藤が生じ、『大魔王』は苦悶の表情を浮かべた。

「ルイーザを返して!彼女の魂を、彼女を穢したのはそもそもお前たちじゃないか!」
 怒りを露わにするフィナに『セト』は言う。

「何を言う!力を求めたのはこやつ自身。みずからの欲望に屈して力を受け容れたのはこやつ自身なのだ。愛よりも力を選び、自ら傲慢に浸って堕落した。もはやその魂を救うことなど叶わなぬ。」
 その声はあざけるような、それでいてどこか憐れむような、そんな響きをたたえていた。

「そんなことはないわ!人の意思は力で支配できるようなものではない。『セト』よ。お前たちが如何にルイーザの心を絡めとろうとも、彼女の心に宿った友愛の灯を消すことは絶対にできない。愛が力を育み、力が愛を輝かせるのよ!今こそ邪悪なる軛から友愛を解き放たん。」

『軛からの解放:Emancipation from Affective Yoke!』

ルイーザの魂に絡みつく、魔王と『セト』から彼女の魂を解放するウォーロック。

 光の剣が、ルイーザの身体に対し上下真一文字に振り下ろされた。ルイーザはその意味が分かるかのように、避けることなく、じっとその刃を迎え入れている。まばゆい魔法光に包まれ、あたりの闇が晴れていく。はるか遠くで『セト』の断末魔が聞こえるようだ。『大魔王』の姿をしたルイーザの身体は、ゆっくりとその光の中に消えてく。

「ルイーザ!!!」
 フィナのその声の中で、散りゆく光はやがて一つの欠片を成していった。

「ありがとう、フィナ。助けに来てくれてありがとう。あなたに会えてよかった…。」

 そう聞こえた気がした。光が完全に翳(かげ)り、あたりが再び不思議極まる別次元の荒野と一本道を描き出すと、そこに一つの『愛の欠片』が残されていた。フィナはひざまずいて静かにそれを拾い上げる。

* * *

ルイーザーが残した『愛の欠片』。

「ルイーザ…。」
 彼女は涙にくれながら、それをそっと懐に抱いた。それはフィナの胸の中で、あたたかい輝きをいつまでも保っている。

「パンツェの紡いだ純愛、トマスの求めた性愛、そしてルイーザに芽生えた友愛…。3つの『愛の欠片』が今、揃いました…。」
 何かを噛みしめるようにして、キューラリオンは言った。

「これで、私たちの世界から愛が潰えるのを防ぐことができます。さあ、創造主のもとへ急ぎましょう。」
 そう促しながら、ルイーザの喪失に心痛めるフィナの背を、アッキーナはそっと支えてやった。

 景色はすでに、『その地』へ続く荒野の一本道に戻っており、その先にある創造主の隠れ家への到達を妨げるものはもはや何もなくなっていた。4人は意を決して先を急ぐ。やがて、その神秘の隠れ家は、彼女たちの目前に姿を現した。

「ここが、創造主の隠れ家…。」
 フィナが言った。
「ええ、そう。私たちを創った者が隠れ住むところ。」
 応えるキューラリオン。
「まずは、失われ、壊れつつある愛を直してもらわなければなりませんよ、っと。」
 アッキーナの促しに応えて、ウォーロックがその戸をノックした。

「だれじゃな?」
 中からしわがれた老婆と思しき声がする。

「創造主様にお願いがあって参りました。」
 ウォーロックがそう応えると、中から扉が開いた。

「創造主?ふん、まぁ、よい。入れ。」
 そう言うと、声は4人を中へと招き入れた。

 その隠れ家なのかは実にこじんまりとしていて、神秘的と言えばそう言えなくもないが、どちらかというと身近な日常にあふれていた。しかし、声の主の周りだけは特別で、ありとあらゆる書物に囲まれ、本の海に溺れるようにして、小さな老婆がそこに独り座している。

小さな隠れ家の中で、大量の本に埋もれるようにして4人を出迎えた老婆。

「あなたが、創造主様でいらっしゃいますか?」
 ウォーロックが訊いた。
「創造主?そんな大したものはここにはおらん。ここにおるのはこのおいぼれとわしの愚息だけじゃ。」
 尊大な物言いで老婆はそう言った。
「私たちをお創りになった方にお会いしたいのです。それはあなた様のことではないのですか?」
 ウォーロックが更に問うと、老婆は忌々しそうに応える。
「お前たちを創り出したのはわしの愚息じゃ。あんなロクデナシにできることなぞ、何もないぞ。何を求めてきた?」
「はい、今、私たちの住む魔法社会は、魔王と『セト』の呪いによって愛が枯渇し、無関心と虚無に支配されつつあります。壊れつつある愛の再生を願ってここまで参りました。」
 ウォーロックがそう説明すると、
「失われつつある愛の再生か…。愛の何たるかを知る機会すら得ることのできなかったあの馬鹿息子にそんな芸当ができるかどうか知れたものではないが、あんな呪われた存在でも役に立つというのであれば、会わせてやらんではない。どうじゃ、会ってだけでも見るか?」
 老婆は嘲笑うようにしてそう言った。

「はい、どうかお目通りを願います。」
「わかった。そこまでいうなら、呼んでやろう。あの呪われた作り手をな。」

 そういうと、老婆は本の波をかき分けるようにしてよろよろと立ち上がり、奥の小部屋の戸を乱暴に開けて中に向かって声をかけた。

「おい、この役立たず。お前を訪ねて客人じゃ。相手をしてやれ。」
 その声を受けて、部屋の中から、齢40代中程のやせこけた男が、ゆっくりとこちらに姿を現した。あれが、創造主、老婆の言葉を借りれば、呪われた作り手『カースト・メーカー』なのであろうか?
 3つの『愛の欠片』が何かに呼応する可能ように、静かに明滅している。

* * *

老婆に促されて奥から出てきた創造主と呼ばれているらしき人物。

 その者は、神々しさがあると言えばそうであったが、創造と時の業にに関する神秘の存在というには少々生活感にまみれていて、妙に現実的な疲れを感じさせる面持ちだった。その者は4人の傍に近づくと、話始めた。

「やあ、君達だったのか?ということは、さっきの外の喧騒は魔王と『セト』だね。善と光の半面、愛に宿る必然の澱み、この世界の創造の際についに取り去ることのできなかったもの残滓だ。結局、それはどんどんと蓄積し、色濃くなって悪を形作り、世界に影を落とした。ただ不思議なのは、彼らの存在が、害悪だけでなく、あらゆる多様性ととりどりの輝きで君たちの世界を彩ったことだ。善と光だけでは、今ほどまでに世界が潤うことはなかっただろう。その意味ではまた彼らにも存在の意味があったのかもしれないね。」

「創造主様、お久しぶりですわ。代理人としてお任せいただいた世界を、結局私は滅びに導いてしまいました。お詫びのしようもございませんわ。」
 キューラリオンはこの人物と面識があるのであろう。何か不思議な言葉を交わしている。

「やぁ、キューラリオン。いや、メタトロン。君には重責ばかり担わせてすまないと思っている。実は、君たちの世界を創った時、その管理がこんなに大変で骨折れるものだとは思わなかったんだ。それでつい、僕自身はその管理を怠けて、君にすべてを任せすぎてしまった。謝るのは僕の方だよ、メタトロン。今日まで本当にありがとう。」

「いいえ、それはよろしいのです、創造主様。ただ、今、あなたのお創りになられた世界から愛が消え、あらゆる希望が潰えようとしています。あなたが愛し、私が慈しんだこの世界が無関心と虚無に蹂躙されるのだけは耐えられませんわ。ですから、もう一度、私たちの世界に干渉していただけませんか?」
 そう言うと、キューラリオンは、ウォーロックとフィナに、それぞれがもつ『愛の欠片』を取り出すように促した。それを受けて、それを創造主の前に差し出す二人。彼はそれらを手にとって言った。

「パンツェ・ロッティの紡いだ『純愛の欠片』、アガペ。トマス・ブルックリンの紡いだ『性愛の欠片』、エロス。最後はルイーザ・サイファが紡いだ『友愛の欠片』、フィリア。確かにこの3つがあれば、愛の結晶をもう一度創り出すことができるだろうね。」
 そう言うと、創造主は3つの欠片をまじまじと見まわした。

「純愛と性愛は純粋だが、友愛は穢れを孕んでいる。『セト』を取り込んだようだね?」
 頷く4人。

「このままでも『愛の結晶』を紡ぐことはできるけれど、新しい愛もまた、やがては無関心の萌芽となる穢れを内包することになる。しかし同時に、その愛はより色濃く多彩に彩られることにもなるだろう。どうするね?友愛を取り換えれば、より純粋な『愛の結晶』を得ることも不可能ではない。選択は君達に委ねることにしよう。」

 創造主は、3つの欠片を、本にうずもれかけたテーブルの片隅に置くと、4人の顔を見た。

 ウォーロック、アッキーナ、フィナの3人はキューラリオンの顔を見る。彼女は静かに言った。

「あなたが決めなさい、フィナ。穢れも含めてルイーザの全てを受け容れ、彼女の形見で愛を紡ぐもよし、全く別の欠片によってより完全な愛を形作るもよし、万難を乗り越えてここまで来たあなたが選ぶといいわ。みなもそれでよいでしょ?」
 その問いに、ウォーロックとアッキーナも同意する。

 ルイーザの内に宿った穢れ。それは実に、ルシアン、アベル、ダミアン、そしてマリクトーン先生を犠牲にし、今なお魔法社会に多くの災厄をもたらしている。その大罪を許すことが愛であると言えるのか?しかし、彼女が力を求めたきっかけが、純真と愛であったことは明らかだ。愛をして、愛を許さないということがあり得るものだろうか?フィナは深く逡巡する。しかし、どれほど思い悩もうと、その心の中の願いが揺らぐことはなかった。深く頷いてから、フィナは応えた。

「ルイーザの最後の気づきを、せめてもの、彼女の贖罪としてください。彼女の愛を用いて世界を救うことによって、彼女の罪はそそがれるのだと信じています。創造主様、どうかルイーザの最期の心を無駄になさらないでください。」
 絞り出すようなその声に、創造主を始めその場にいるみなが聞き入っていた。

「罪の自覚を贖罪にしようと、そう言うのだね?」
 フィナは頷いて、その問いに答えた。
「確かに、罪は穢れだ。それは死の種でもある。しかし同時に、人の心に奥行を与え、煌めきを多様にして、輝きの強さを増すこともまた事実だ。いいだろう。君たちの気持ちはよくわかった。では、この3つの『愛の欠片』から『愛の結晶』を紡ぐことにしよう。ついておいで。」
 そう言うと、創造主は、4人を自室に招き入れた。

* * *

 そこは、狭い中に書き物用の机と椅子が一揃いあるだけの、とても創造主が常在する部屋には思えなかったが、世界を紡ぐというそのペンと紙からはたえなる生命力のようなものが漂い出ていた。
 その世界を綴る用紙の上に、3つの欠片を置くと、創造主はなにか不思議な錬成を始めた。魔術とも魔法ともつかない全く未知の創造の業の中で、3つの欠片は次第に1つに統合されていく。やがて、そこに大きな結晶が生成された。

創造主の手によって3つの欠片から作られた『愛の結晶』。

「さあ、できたよ。これで君たちの世界は再び愛で満たされる。憎しみと猜疑は信頼と信用に変わり、もはや隣人に対して無関心ではいられなくなるだろう。助け合いと気遣いの手が相互に伸び、欠缺は補充され、縁(よすが)による喜びを実感する世界が新たに生まれる。見よ、全ては今、新しい。」

 そう言って、創造主が見せてくれた下界の様子は、実に希望あふれるものであった。魔法社会の裏切り者どもは断罪され、『北方騎士団』は蹴散らされていく。『セト』の呪いが消えるとともに疫病は鳴りを潜め、病床に付す者達もまた、しかと生きる希望をしかと抱いていた。いま、シーファとアイラはそれぞれの場所で勝鬨(かちどき)の声を上げている。
 ついに、魔法社会は守られたのだ。天上の雲から差し込む愛の光によって、傷ついた人々の心身がただただ優しく癒されていた。

「ただし、君たちが選択したように、この新しい世界にもまた、従前と同じ穢れが残っている。いずれまた、人々の心が猜疑に閉ざされ、憎しみに駆られ、挙句に無関心となって生きる力を失う時があるかもしれない。そのときには、改めてそうした悪と戦う必要が生じるだろう。それは、ずっとずっと遠い未来のことかもしれないし、もしかしたら、今日や明日かもしれない。そのとき、ふたたび愛のために戦う勇気と覚悟が、君たちにあるかい?」

 創造主のその問いに、4人は力強く頷いて応えた。

「僕にできるのはここまでだよ。もちろんすべての物語を書き換えてしまうことはできるけれど、それでは君たちを失ってしまう。君たちは、僕の愛の対象なんだ。できることなら、君たちを失いたくない。君たちの幸福と未来を永劫願っている。

 さあ、世界は救われた。餞別に、ひとつ贈り物をしておいたから、君たちが罪を許し、それを克服できる存在であることを是非とも示してくれたまえ。君たちになら、きっとそれができると信じているよ。世界を書き換えることは簡単だ。最初に悪や穢れを置かなければよいのだから。でも、それらがもたらす不確かや不安が、君たちの生をより濃く、より多彩に彩ることもまた間違いない。影があるからこそ、光は輝く。それらを引き離すことはできないし、してはいけないのだろうね。

 さあ、新しい光と影が織りなす生まれ変わった世界にお帰り。影は生の前提であるとともに、生を支える礎(いしずえ)でもある。光もまた然り。光なき影はなく、影なき光もない。すべては表裏、すべては一体、すべては調和。君たちは正しい選択をした。それでいい。さらばだ。」

 創造主がそう言うと、『箱舟』で『世界の果て』を越えた時のように、空間以外のものがあらゆる認識からすっかり消え去る神秘の体験の後で、気が付くと4人は、ブレンダが管理する『時空の波止場』にいた。かつて『超時空の箱舟』が係留されていた桟橋に立っている。彼女たちの手にはもはや『愛の欠片』はなく、それによって形作られたのであろう結晶が、太陽の傍らで天からこの地を静かに照らしていた。暗雲は霧消し、靄は消え去って、雨上がりのような美しい情景が周囲に広がっていた。神秘の波止場では、その美しい有様の全てを、黄金色の魔法光が包み込んでいる。

「どうやら、万障は取り除かれたようですね。」
 そう言ったのはリセーナだ。
「あの人は、きっとお役に立ちましたか?」
 彼女のその問いに、ウォーロックは頷いて応えた。
「そうでしたか。それはよかった。あの人の魂があなたとともにこの世界の未来を守ったのですね。」
 リセーナの美しい黄金の瞳が涙にぬれている。

 波止場で4人の帰りを心待ちにしていたキースとライオットらが、魔法社会の今の状況をつぶさに教えてくれた。

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集その14『光と影』完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?