AIと紡ぐ現代架空魔術目録 本編第6章最終節『新しい一歩』
魔法使いたちは今、突如轟音とともにあらわれた来訪者と対峙している。その招かれざる客は、異形の存在を伴って『アーカム』の神秘の静寂を脅かしていた。それは、静かに彼女たちの方に歩み寄ってきた。その両手には禍々しい魔力がたぎっている。
刹那、狭い店内を稲妻が幾重にもほとばしる。
両脇にうずたかく積み上げられた魔法具が音を立てて崩れ、あたり一面に埃が巻き上がる。
「相変わらず、問答無用だな!」
ウィザードが相手を見やった。
「マダム、急いで表へ。」
アッキーナは貴婦人を安全な場所へ連れて行こうとする。
「待ってちょうだい。」
そう言って貴婦人は詠唱を始めた。
『小さな神の名を持つ者よ。我が呼び声に応えよ。果敢なるものに助けと恵みを与えん。憐憫をたれよ!祝福:Blessing!』
貴婦人が全く聞いたことのない術式を詠唱する。3人の足元に、白く輝く魔法陣が展開し、彼女たちを暖かい魔法光で包んだ。その身体に力があふれてくる。
「ここはお任せします。」
そういって、アッキーナが奥に押し込むようにして貴婦人を連れていった。目の前の異形の存在はただならぬ殺気を漂わせている。
またしても、その両の手に魔力がみなぎる。
「くるわよ!」
ソーサラーの声に呼応するように、ウィザードが『光の盾:Light Shield』の障壁を展開した。
異形の手から再び稲妻がほとばしり、その障壁を脅かしていく。閃光と雷を受けてそれはびりびりと震えるが、どうにかその衝撃の全てを受け止めることができた。
「今度はこっちの番よ!」
そういうと、ソーサラーは『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swoards』の術式を繰り出す。『神秘のティアラ』によって引き出されるその効果はこれまでとは比較にならず、ひとつひとつの氷刃の鋭さが増しているのみならず、その降り注ぐ密度にもまた一層の磨きがかかっていた。
狭い室内で轟音を立てながら、数多の氷刃が異形めがけてうなる。マークスは、その背後に身を隠していた。氷刃は異形が身に着けているローブや魔法具を激しく切り裂いていく。それは怯んで体勢を崩した。
これまでに組してきた P.A.C. よりはいくぶんかなめらかな動きで、姿勢を立て直しながら、今度は火球を放ってきた。3人は前後左右にさっと身をかわしてそれをよけるが、火球は容赦なくアーカムの店内を破壊していく。カウンターは砕け散り、薬瓶の陳列棚が倒れて、ガラスがあたりに飛散する。
「ちきしょう、いいようにやりやがる!」
ウィザードはそう言って詠唱を始めた。
『火と光を司るものよ。水と氷を司るものとともになして、わが手に力を授けん。火と光に球体を成さしめて我が敵を撃ち落とさん!砲弾火球:Flaming Cannon Balls!』
放たれた複数の火球が、異形めがけて飛んでいった。それは身を守るような姿勢をとりながらも、ひるむことなく、それらを受け止めた。どうやら、マークスを守ることを最優先に行動しているようだ。火球を受けたところは赤く熱され、火がくすぶっている。こちらの繰り出す魔法が効いていることは間違いなかった。
『慈悲深き加護者よ。我が祈りに応えよ。その英知と力をその庇護者に授けん。我が頭上に冥府の門を開き、暗黒の魂を現世に誘わん。開門せよ!暗黒召喚:Summon Drakness!』
間髪入れずに、ネクロマンサーが力の強い死霊を複数召喚し、相手にけしかけた。異形が行使する対霊術式にそのいくつかは飲まれるが、残りは振り死霊の群れを振りほどこうとするその身体にとりついた。恐ろしい叫び声とともに、異形のローブは引き裂かれ、甲冑は噛み砕かれる。しかし、それでもなお、それは術式を繰り出してきた。『衝撃波:Shock Wave』の術式を正面から受けたウィザードは、思い切り後方に吹き飛ばされ、カウンター奥のドアを破って、その奥に倒れこむ。その身体にはあちこちに血がにじんでいた。異形は左右に揺れるようにしながらなお迫ってくる。
「強い!しかし!」
『閃光と雷を司りし者よ。我に力を!厚い雲を幾重にも積み上げよ。そこから光と稲妻を放ち我が敵を蹴散らさん。招雷:Lightning Volts!』
詠唱とともにソーサラーが雷撃を放つ。それは『転移:Magic Transport』を小刻みに使用して巧みにその閃光と稲妻をかわすが、それでも、幾筋かの雷が確実にその呪われた身体を捉えた。
大木が裂けるような音がして、甲冑と装具が砕け散り、傷口が閃光と火花を発した。しかし、その動きが止まる気配はない。居住まいをただすと今度は、ソーサラーに向けて、『竜巻:Tornade』の術式を繰り出した。防御行動こそ間に合ったものの、その空気の圧力を受けて彼女の小さな体は、書棚に強く叩きつけられる。全身に痛みが走り、その場にうずくまった、口元が血で濡れる。
異形はその身体にまとわりつく死霊を力任せにねじ伏せ、なおもゆっくりと迫ってきた。身に着けた装具はすでにずたずたで、破れて避けたローブの裾を引きずるその姿は文字通り生ける屍であった。しかし、なおもそのまま雷撃を繰り出す。不意を突かれたネクロマンサーは壊れたカウンターの裏に放り込まれて痛みに悶えた。
「冗談抜きで、強えなこいつ!なら、これでどうだ!とっておきだっぜ!」
『火と光を司る者よ。我が手に炎の波をなせ。我が敵を薙ぎ払い、燃えつくさん。殲滅!炎の潮流:Flaming Stream!』
ウィザードは火と光の高等術式を繰り出した。その両手から猛烈な業火の潮流が流れ出て、異形の身体を包みむ。それに合わせるようにしてソーサラーが術式を重ねた。
『空気と圧力を司る者よ。圧縮と暴発によって我が敵を爆ぜよ。貫通衝撃:Strike Impact!』
大きな衝撃音とともに異形の身体を持ち上げた。それは勢いよく宙を舞って、石造りの壁に強烈にたたきつけられた!金属の砕ける音がして、甲冑がはげ落ちていく。
その場にうずくまって、ようやく動きを止めた。
「やった!」
そう思った瞬間だった。内側から殻を破るようなめきめきという異音とともに、これまで以上におぞましいものが、その砕かれ破られた甲冑とローブを脱ぎ捨てるようにしてその姿を現した。
「ははは。見たかね!これが完成した P.A.C. の力だよ。君たちがこれまで味わったのは恐怖のほんの入り口に過ぎない。メインディッシュはここからだ!」
こそこそと身を隠しながらマークスが高笑いしている。
「しょうがねぇ!本当のとっておきだ!」
そういうとウィザードは懐から炎の呪印が刻まれた短刀を取り出した。
「こいつで引き出される術式は一味違うぜ!」
そう言って詠唱を始めた。
『火と光を司る者よ。法具を介してその加護を請わん。業火を火球となして立ちはだかる者を粉砕せん!貫け!殲滅光弾:Strike Nova!』
赤というよりは紫色に光り輝いて周囲に稲妻をまとう高エネルギーの光弾が目にもとまらぬ速さで、そのおぞましい存在に向かって繰り出された。
ドンという爆発音とともに、その右腕をもぎ取る。それは後ろ手に大きくのけぞり、バランスを崩しながら、それでもよろよろと姿勢を戻した。その刹那、残った左手から閃光がほとばしる。3人は宙に持ち上げられ、壁や天井に激しく身体を打ち付けられた。ネクロマンサーは肩で大きく息をしている。ソーサラーも限界に近いようだ。
片腕がもがれたことで身体の均衡を大きく崩し、不自然極まる運動を繰り返しながら、その存在はなおも迫ってくる。
ネクロマンサーは死力を尽くして再度霊体を召喚し、その足元を狙って繰り出した。強力な霊体は異形の脚を噛み砕き、切り裂き、その場に組み伏せた。それは片膝をつきながらも上体を大きくそらしておぞましい咆哮を上げる。その声は心の奥底を凍り付かせるような恐怖の音を奏でていた。
異形が残った左腕でなお術式を繰り出そうとしたその時だった。
『水と氷を司る者よ。法具を介してその加護を請わん。清流を刃となし、高圧で切り裂け!噴出水剣:Water Jet Blade!』
詠唱とともにソーサラーの手から一陣の水流が刀の太刀筋のように弧を描き、残る左腕を切り飛ばした。彼女の手には一振りの美しい法具が握られている。
両腕を失い、片足をもがれて、それはその場で、大きなうめき声をあげた。しかしなおもその戦意は失われていない。
「これで終わりだ!」
そう言うと、ウィザードは、口元からエネルギー弾を放出しようとするその異形に向かって、再度『殲滅光弾:Strike Nova』の術式を繰り出した。光弾はそのおぞましい頭部に着弾するや激しい爆発を起こして、それを四散させた。両腕と頭部を失って、静かにその場に倒れこみ、それきり動かなくなった。あたりにはどす黒い血液のようなものがあふれ出ている。
ウィザードの身体から残留魔力が放出される。彼女はすべての魔力を使い切ったようだ。その身体を背後からソーサラーが支える。
3人は、ようようにして、おそるべき相手を撃退した。咄嗟にマークスを追おうとするが、その姿は既にそこから失われていた。どうやら、『転移:Magic Transport』の術式でそそくさと逃げ出したようである。破壊の限りが尽くされたアーカムの店内に、ようやく静けさが戻ってきた。異形の身体に埋め込まれた様々の法石は、それが倒れてからしばらくの間は光を放っていたが、それは次第に弱々しくなり、やがて暗く沈黙した。
「よくもまぁ、しかしこんなものを作ったものだぜ。」
ネクロマンサーから魔力回復薬を受け取って力を取り戻したウィザードが言う。
「でも、この体の持ち主にもかつては人生があったのよね。」
ソーサラーが物憂げに言った。
「このような生命への冒涜を絶対に許すことはできません。」
打倒マークスの決意を新たにするネクロマンサーがそこにいた。
「それにしてもあなた、すごいじゃない!それ見せてよ。」
ソーサラーが言うと、ウィザードは照れくさそうに手にした短刀を彼女に見せた。
「これ、どうしたのよ?」
「へへ、このあいだ錬金したのさ。すげぇだろ。火と光の術式から力を引き出すための法具だぜ。」
「ふーん。実は私も作ったのよ。」
「ああ、さっき見たぜ。それ、まるで氷刃だよな?」
「そうね、氷刃を模して錬金した氷の剣よ。水と氷の術式を力を引き出す法具ね。」
「おふたりともすごいのですね。いつの間にそんな高度な錬金術を。」
ネクロマンサーが感心している。
「まぁな、いつか必要になる時がくると思ったんだよ。いつまでもアーカムを頼ってばかりってわけにもいかないしな。」
「ご同様。」
そういって3人は身体の痛みをこらえながら、それでも笑顔を交わした。
* * *
平穏を取り戻したアーカムに貴婦人とアッキーナが戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとかね。」
「めちゃくちゃ強い相手だったぜ。」
「正直勝てる気がしませんでした。」
そう言ってめいめい言葉を交わす。
アッキーナは店内を見回している。
「これは、しばらくは休店ですね。」
「それも悪くないわ。時にはあなたにもお休みが必要よ。」
そう言って、貴婦人はアッキーナの頭に手を置いた。
そういえば、マークスがアッキーナに向かって「失敗作」と言っていた。何のことだろう?訊ねるべきかどうか思い定まらなかった3人は、その問いを飲み込んだ。
「お茶にしたいところだけれど、これでは難しいかしら?」
貴婦人が冗談ぽくいう。
「床に座ってなら、なんとかなりますよ。」
そういって、アッキーナは壊れた台所へと向かっていった。
「ポットは無事、カップは何とか人数分ありそうですよ、っと。」
そんな声が聞こえた。
しばらくして奥からアッキーナが姿を現した。
「棚が壊れてしまって、お茶は大散乱。唯一『九頭竜茶』の葉っぱだけがなんとかとりあえず残ってました。」
そういって、いつものようにお茶をふるまってくれた。カウンターはすでにばらばらになってしまっているので、みんなで床に座った。
「あと、これもありました。一緒に食べましょう。『龍頭のお餅』です。」
「まあ、いいわね。いただきましょう。」
貴婦人のその声に合わせて、みなお茶を楽しみ始めた。
「でもよぅ、これからどうするよ。ここもこんなんなっちまったし。」
ウィザードがお菓子をほおばりながら心配そうに言う。
「そうね、再建までにはしばらく時間がかかるわね。」
貴婦人はアーカムの店内を眺めまわした。
「まぁ、なるようになりますよ。」
少年アッキーナは楽観的だ。
「それにしても、どうしてマークスの悪事は今日まで明るみに出ずに、ここまで進展することができたのでしょうか?」
ネクロマンサーが疑問を呈した。
「ひとつには、トワイライト卿の協力があったことが大きいですね。」
アッキーナが言う。
「彼は、厚生労働省の次席事務次官で、『アカデミーによる葬送』と『アカデミー特務班』を総括する立場にありました。ですから、彼の采配で情報を巧みに隠蔽することができていたんでしょうね。あなた方がシモネン氏から聴取したとおりですよ。権力というのは時に複雑なものです。」
「でも、アカデミーの目も節穴ではないでしょ?ご遺体の横流しなんて、すぐに露見してもよさそうなものだわ。」
ソーサラーがもっともな指摘をする。
「それについては…。」
貴婦人が口を開いた。
「アカデミーの内部、特に最高評議会に近いところにマークスの協力者、あるいはその行状を知っていて敢えて黙認する勢力がいたと考えて間違いないでしょうね。」
そう言って、茶碗を傾けた。
「アカデミーも無条件には信用できねぇってわけだな。」
「そうね。これからは何が正しくて、何が間違っているのか、自分の目と心で判断しなければいけない、そういうことになりそうね。」
ウィザードの言を受けて、ソーサラーが言う。
「でも、なんにしても、ひとまずマークスの野望を退けることができました。今後は彼も好き勝手はできないと思います。」
ネクロマンサーはそう見通しを語った。
2月を前にして、雪と寒さに閉ざされた冬の気配にごくわずか、春の到来が感じられるようになってきた。厳しい寒さは今後もなお続くだろうが、しかし、季節は雪解けへと静かに進んでいる。逃走を図ったマークスの去就、姿を消したあと処刑されたことにされたウォーロックのこと、そして、3人に迫る上等位階への進級試験、ひとつの決着を迎えながらも、新しい歯車は音を立てて時を刻み続けていた。
この後、彼女たちをどのような運命が待ち受けているのか、あるいは所与の宿命の頸木を超えて、彼女たちが自らどのような人生を紡いでいくのか、透き通る美しい水色の瞳で、貴婦人がその行く末を見つめていた。
その翌日から、なぜか突然に『キュリオス骨董堂』が改修による休店となった。それは何とも奇妙な不思議な一致であった。
to be continued.
AIと紡ぐ現代架空魔術目録 本編第6章最終節『新しい一歩』完
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