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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集その10『決別』

 『聖天使の墓標』の表面に刻まれた不思議な入り口を抜けていくと、内部は聖天使というその名の通りに荘厳な設えで、邪神を祀っているような禍々しさはどこにもなく、寧ろ神聖で清廉な雰囲気をたたえてた。おおらく、これがオヨネの言っていた『セト』の安置所を封印するための蓋の部分なのであろう。彼女の言うとおりであれば、ここから地下に至る道があり、それを下った先に、『セト』が眠る場所があるはずなのだ。ルイーザの後に続く3人は、恐怖と戦慄で身体を震わせながら、その背を追っていった。

『聖天使の墓標』の内部。聖天使が眠ると言われるだけあり荘厳で神聖な雰囲気である。

 奥には、巨大な聖天使像が飾られており、その姿が鏡面のようになった床に映り込んでいる。その奥には、何か祭壇のようなものがあるようで、ルイーザはそこまでいくと、なにかを頻りに探し始めた。

「ここのどこかに『アシウト』に至る入り口があるはずなのよ。ここに祀られている聖天使が、その足元に眠る『セト』の復活を妨げているはず。『アシウト』、『アシウト』、いったいどこにあるのよ…。」
 そう言って、祭壇の裏に回り込んだ時、ルイーザが歓喜の声を上げる。

「あったわ!古代文字で『ル・ヴァン・テ・アシウト』とある。ここが『アシウト』の祭壇へと繋がる入り口にちがいないわ…。」
 そいう言うと、ここに至るための入り口を築いたときと同じようにして、数秘術から成る術式を唱え始めた。最初は様々な数字が入り混じっていたが、それらはやがて2と6の組み合わせに変わって行き、そして、ある特定の2と6の並びになった時、祭壇の裏側に魔法光が灯ったかと思うと、先ほどと同じようにしてあるべきはずの壁が消え、今度は白い光の渦で形作られた通路らしきものが姿を現した。

「さあ、いくわよ。」
 ルイーザは残る全員を先導するようにして、自らそこに入っていた。その通路は、しばらくは上下左右の全てがまばゆい魔法光に満たされていて、先に続く視界こそ確保できはするものの、その周囲に具体に何があるのかを見定めることは実に困難であった。光渦巻くこの狭く細長い通路を下っていくと、やがてその魔法光は翳りを見せ始め、代わりに影があたりを色濃く支配するようになってきた。
 その通路は明らかに下り向きに傾斜していて、ところどころに階段があるような設えとなっていた。

 やがて、周囲がいくばくか開け、闇の神殿の内部といったような構造物に囲まれるるようになってきた。そこは、入り口付近の神聖な空間とは真逆の、実に邪悪で悍ましい場所であった。その空間を更に先に進むと、2枚のドアの継ぎ目から、魔法光が差し込んで見えるものの、しかしその開け方が俄かにはわからない扉が姿を現した。

石畳の先に、2枚の扉で構成された開け方のわかあらない入り口が佇んでいる。

「ここか…。」
 ひとりこぼすようにして、ルイーザが言った。扉の上には、およそ現代には知られていない、太古の文字らしきものが刻まれており、ルイーザはそれを慎重に解読していく。
「なるほど。ここが二つ目なのね。」
 ルイーザはそう言うと、アベルを招き寄せた。
「ねえ、アベル。今度の肝試しはあなたの番よ。あの扉を開けてちょうだい。」
 さきほどのダミアンの一部始終を目の当たりにしたアベルは、完全に恐怖に囚われて戦慄し切っていた。膝は笑い、奥歯ががちがちとなっているのがわかる。
「大丈夫よ。扉を開けるだけですもの。急がないと、邪魔が入っても行けないわ。」
 意味深なことを言うと、ルイーザは、これまで来た道を振り返って一瞥すると、にやりと笑った。

「さあ、愚図は嫌いよ。」
 そう言うと、先ほどダミアンにしたのと同じようにして、アベルの背に剥き身の『フォールン・モア』を突き付ける。
「わ、わかったよ。あれを開ければいいんだな?」
「そうよ。それだけ。」

 アベルは恐る恐る震える膝を搔い繰って扉にとりつくと、両手をかけてそれを押そうとした。その刹那、鋭い金属の摩擦音と共に扉の奥から複数の刺しが飛び出て来て、ちょうどアベルがいた位置と重なった。アベルもまた、それきり動かなくなる。刺しと一緒にアベルの身体がゆっくりと床の上にあおむけに倒れると、両脇の古い石造りの扉は、静かにその戒めを解いて、奥へと続く道を、残った3人の前に示し見せた。

 フィナのエメラルドの瞳は涙に溢れ、ルシアンはもはや戦慄を通り越した放心の状態で、全身を震わせている。

「これで到達の贄(にえ)はすんだわ。今度は捧げるための2つ。」
 不穏なことを口にしながら、ルイーザは後についてくるように二人に促した。フィナは懸命に彼女を止めようとそのローブの裾を引いたが、ルイーザはその手を振りほどくと、お構いなしにその2枚の大戸の隙間に身体を滑り込ませていった。

 扉を抜けると、最奥へと一本道が続いており、その両脇に無数の柱が整然と立ち並んでいた。あたりは俄かに暗さを増し、赤とも紫ともつかない不気味極まる魔法光にぼんやりと照らされていた。ルイーザはその奥にあるものがなんであるか知っているかのように、どんどんと奥へ足を繰り出していく。

* * *

 やがて、その通路の行き止まりが見えた。そこには、人間なのか幽体なのか直ちに分からない、ローブをまとい心臓の位置に真っ赤な魔法光を称えた人影のようなものが、呪わしい紫色の魔法光を放つ巨大な魔法陣の上にひっそりとたたずんでいるではないか。

最奥に潜む呪わしい存在。

 その存在が、ゆっくりと語り始めた。それは地を這うような声で、あたりの空気の全体を揺らしつくすような恐ろしい響きを持って3人の耳に届いてくる。

「我が君、『アシウト』への帰還を歓迎致します。実に長い時間でした。この奥で、半身たる『セト』も、我が君の到来を待ちわびてございます。」
 我が君、とはいったい誰のことか?少なくともフィナとルシアンはもう眼前の恐怖から逃れようと図る遺志も奪われるほどに、憔悴していた。

「我が君、贄を…。贄を2つ捧げたまえ。来るべき時はもはや遠からず…。」
 不気味な声は、なんとルイーザに向けて語り掛けているではないか。ルイーザはその声に、その美しい青い瞳を輝かせて応えた。

「捧げるべき贄は二つ…。」
 こぼすようにそう言うと、ルイーザはおもむろにフィナの方を向いて言葉を発した。当のフィナは、恐怖と驚きで表情が凍ってしまっている。

「ねぇ、フィナ。私とあなたは友達よね。それなら、今、私の為にここで生贄になってくれないかしら?」
 その美しく麗しい唇は、実に残酷で悍ましい言葉を躊躇いなくフィナに向けた。

 フィナは涙をいっぱいに浮かべて、ただふるふると首を横に振る。

「あはは、フィナったったら、そんなに怯えなくてもいいのに。冗談よ。そうね、じゃあ、これでいいわ。」
 そう言うと、ルイーザはその恐ろしい人影に向かって、ルシアンの背を押した。全くの不意を突かれたルシアンは、よろけ倒れるようにして、そのローブのふところにもたれかかった。

 その瞬間だった!ルイーザは、『フォールン・モア』をまっすぐ前に向けて構えると、ルシアンの背ごと、そのおぞましい人影を串刺しにした!たちまちにしてルシアンは事切れ、彼と共に一突きにされたその呪わしい人影は、ルシアンの身体を愛おしく抱き留めるようにして、歓喜の音色で言った。

「ああ、ああ。素晴らしい。待ち焦がれた明けの明星はかくも美しく堕ちた。我が君、奈落の王よ。今こそ、その名を、名乗りを上げられよ。まもなく『セト』も目を覚ましましょう。ああ、実に長い時間であった…。」

 ルイーザが『フォールン・モア』を引き抜くと、ルシアンとその人影は折り重なるようにして魔法陣の上に斃(たお)れた。
 どうやら、ルシアンとあの人影の2つが、「捧げるのに2つ」の生贄となったようである。ということは、のこる贄は「最初の1つ」、まさかそれをフィナに担わせるつもりなのだろうか!?

* * *

 しかし、そんなことを考える暇(いとま)もないまま、ルイーザの身に転身が起こっていく。ブラックダイアモンドでできている筈の『フォールン・モア』は不気味に赤く、そう、まるで燃え盛る血のような色の光を放ち、それがルイーザの全身を包んでいく。まるであのときと同じように…。その猛りは一層の絶頂を極めた後で、ゆっくりと翳っていった。フィナはただ、それを網膜に映すままにする以外には、何もできないでそこに佇んでいた。

 夥(おびただ)しい、魔法光が翳った後、変わり果てたルイーザが、いや、つい先刻までルイーザだったはず者がゆっくりと姿を現す。

悍ましい紅い魔法光の渦の翳りの中から姿を現したかつてルイーザだった者。

 その背には、黒く穢れた2枚3対の6枚羽根を備え、頭上には明らかに天使のものではない、天使の輪が浮かんでいた。

「ルイーザ!!」
 喉元からあふれこぼれる恐怖を懸命にかみ殺して、フィナは友の名を呼ぶ。すると目の前の威容は、ゆっくりと口を開いた。

「我は…、我はルシファー、魔王なり。いま、忌々しき神の戒めは解かれた。まだ力は十分とは言えないが、それでもこの滾りは実に心地よい。愚かなる人の子よ。せめてもの慰めに、我が半身『セト』の復活に立ち会わせてやろう。」

 そういうと、それは、真っ赤に燃え輝くかつての『フォールン・モア』だったものを地面に突き立てた。かつてのルイーザの瞳を思わせる青い魔法陣が、その切っ先を中心に広がったかと思うと、たちまちその背後に、巨大な竜ともなんとも形容しがたい、およそ邪悪の権化のような存在が、青い瞳を輝かせて現れるではないか!

『アシウト』の祭壇に戒められた『セト』の封印を解く魔王。

「さあ、残る贄は『最初の1つ』だけだ!行け『セト』、思うままに喰らい、その空腹を満たせ!これは始まりの晩餐だ!」
 魔王がそういうや、セトはその手足の生えた蛇のような細長い身体を搔い繰って、通路の方へと身を繰り出していく。その体躯の周りには黒い雲が渦巻き、夥しい量の暗黒の靄が取り巻いている。

 フィナの方に迫る『セト』!万事休す、そう思った時、しかしそれはフィナの横を素通りすると、先ほどアベルを犠牲にした扉の方に一心不乱に進んで行った。そこには一人の人影がある。それはマリクトーンのものであった。彼女はルシアンを目の前で失った衝撃と、目前で繰り広げられている全く理解の追い付かない邪悪な一連によって、もはや完全に我を失い、その顔は絶望と戦慄で醜く歪んでいた。そこに向かって一気に駆け寄ると、『セト』は蛇とも竜ともつかない歪な口を開けてそれを丸呑みにかかった!

 フィナはその恐怖の光景から目を離せぬまま呆然としていたが、『セト』の牙がマリクトーンを贄とするその刹那、

「見てはだめ!!」
 この狂乱の場に似つかわしくない白く神聖な魔法光の滾りの中から1柱の天使が現れ、フィナを胸に抱き留めてその美しいエメラルドの視線を、邪悪なる暴虐から守って見せた!

「ははは、来るべき時がきた。『神』よ、もう全ては遅い。その身の無力を呪いながら、世界から愛が失われる様を目の当たりにするがよい。完全なる力の世界がもうすぐ実現する。」

 その声が終わった時には、もう魔王の姿も『セト』の姿もそこにはなくなっており、ただ、神々しい1柱の天使が、その胸にフィナを抱き留めているばかりであった。

すんでのところにかけつけ、フィナを守ったウォーロック。

「ああ…、ルイーザが、ルイーザが…。」
「ええ、恐ろしい思いをしたわね。もう大丈夫よ。でも、残念だけど、あれはもうあなたの知っているルイーザではないわ。魔王がルイーザの魂の座に居場所を得てしまった。あれはもう、魔王ルシファー。人間の敵よ…。」
「そんな、そんな、ルイーザ…、ルイーザ…。」
 胸の中で泣きじゃくるフィナを、ウォーロックはいつまでもしっかりと抱き留めてやっていた。しかし、そう悠長にもしていられない。魔法社会に解き放たれた『セト』の影響は、時を待たずしてそこかしこに顕現し始めた。まずは、巨大地震、次いで永遠に空を覆う暗雲、そこから降りしきる血の雨、その雨がもたらす黒い靄、それらの災厄は瞬く間に魔法社会を蹂躙していった。

「ここは危険だわ。こうなるともう安全なところなんてないんだけどね。でも、ただ座して死に抱かれるわけにはいかない。本当は説明してからにすべきなんだろうけれど、とにかく、あなたの身を守らなければ。」
 そういうと、ウォーロックは、懐から『天使の卵』を取り出した。

「これは大天使サンダルフォンの卵よ。あなたにその力を授け、その身を守てくれるわ。怖いことばかり続くけれど、とにかくこれを飲んで。」
 そいう言ってウォーロックはフィナに天使の力を取り込むように促した。そうこうしている内にも、立て続けに起こる地震によって、この空間も壊れてしまいそうだ。
「とにかく、急いで。ね、大丈夫だから。」
 その言葉に頷いて、フィナはそれを一気に飲み干す。刹那、その小さな体をまばゆいエメラルドの輝きが覆った。まだ天使化はされていないが、その力が内包されたことは間違いない。

「これで、あなたの身体が『セト』の呪いに侵されることはないわ。私たちと一緒に、あなたの大切な友達、ルイーザを止めましょう。」

 そう言うと、ウォーロックは、翼を繰り出し、足元に大きな魔法陣を展開すると、フィナを抱いたままその光の中に消えていった。刹那、『セト』を封印していたこの悪夢の空間は、地震によって床が避け、天井は崩れて、跡形もなく埋まってしまった。しかし、そこの住人は、今や魔法社会の空を、我が物顔で闊歩しているのだ。

* * *

 今、神秘と天使の力を宿す者達、すなわち、ウォーロック、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサー、シーファ、リアン、カレン、アイラ、救出されたフィナとともに、パンツェ・ロッティ、キューラリオン・エバンデス、リセーナ・ハルトマン、アッキーナ・スプリンクルの面々が、『アーカム』に集っている。

 魔王の復活と『セト』の解放の後、魔法社会は恐怖一色に彩られていた。大地震により中央市街区も甚大な被害を受け、アカデミーもかろうじて機能こそ維持はできていたものの、ただならぬ損害を被っていた。上下水道、食料供給網、そうした社会の基幹構造が機能不全に陥った結果、瞬く間に疫病が蔓延し、病人は街の辻々にまであふれる始末となった。

大地震により破壊された中央市街区。
蔓延する疫病に苦しむ人々。

 剰(あまつさ)え、『セト』がもたらす血の雨と、それが生む漆黒の靄は人々の心に強い不安と猜疑をもたらし、時に相互の憎しみを増し加えて、人々の紐帯(ちゅうたい)を脆弱なものに変えていた。そしてついに、その心の闇は、北方騎士団との戦争に発展してしまう。人々の間の信頼は大きく揺らぎ、互いにいがみあうばかりとなって、遂に、北方騎士団の『グランドマスター』であるローザ・ノーザンバリア卿自らが、休戦協定を一方的に破って魔法社会に侵攻を開始してきたのである。

一方的に魔法社会への侵攻を開始した騎士団の棟梁、ローザ・ノーザンバリア卿。

 自然災害と疫病の二重苦にあえぐ魔法社会に、もはやその侵攻を十分に止め得るだけの力は残されておらず、彼らは瞬く間に『ケトル・セラーの街』を攻略すると、中央市街区の目と鼻の先である『ポンド・ザック街』の間近にまで迫っていた。

南下して主要都市を次々と手中に収めていく北方騎士団。それは文字通り破竹の勢いであった。

 魔法社会の崩壊は、もはや必然の事柄であると、誰もがそう諦観していたが、ここ『アーカム』の住人だけはなお一条の光を求めて、最後の死力を尽くしていたのだ。

「エバンデスさん、なにかいい手はないのかよ。このままじゃ、遠からず魔法社会は終わりだぜ。」
 ウィザードの言葉を受けて、婦人は目を伏せたまま、思案を巡らせていた。

「とにかく、対処しなければならないことを整理しましょう。」
 ネクロマンサーが冷静に提案する。
「そうね、一つは目前に迫りくる北方騎士団への対処よ。」
 と、ソーサラー。
「それから、増え続ける夜盗への対処もしなければなりません。敵は今や外と内の両方に存在します。」
 カレンがそれに続いた。
「疫病の治療と公衆衛生の回復も急務なのですよ。」
 と、リアン。
「そして、なにより、魔王と『セト』を止めなければいけないわ。」
 ウォーロックが、事態の核心を突いた。

「あの血の雨と黒い靄に触れると心が蝕まれて、猜疑から憎しみを経て無関心と無気力に支配されていることが分かっている。そして、それを防ぐことができるのは天使や天竜の力を持っている者だけである。まずは、この点をなんとかせねばならぬであろう。」
 そう言ったのはパンツェ・ロッティだ。

「あなた、それについては手がありますわ。天使や堕天使は、それが存在する領域を部分的な聖域とすることができます。つまり、天使や天竜の力を持つ者を指揮官とすれば、一定領域においては『セト』の呪いを無効化できるのです。」
 リセーナのその発案は、希望の持てるものであった。

「ということは、各組織に天使を配置すればいいということだな?」
 そう言うウィザードの言葉にみなが頷いて応える。

「まず、役割を決めましょう!」
 ウォーロックが言った。

「じゃあ、あたしは対北方騎士団軍を率いよう。魔王と『セト』を別にすると、最も頭の痛いのはあの連中だからな。」
 そう息巻くウィザードを、キューラリオンが諫めた。
「あなたの気持ちは分かりますが、それはいけません。」
「なんでだよ!」
「あなたは、魔法社会全体を統括して、全体指揮を執るべき立場にあります。アカデミーに残って、最高評議会を動かし、全てを采配するのです。」

「この一大事に銃後に引っ込んでろってのか!?」
「そうです!あなたの代わりにそれができる人はいません。あなたは指揮官として全てを統制しなさい。」
 キューラリオンの声がいつになく厳しい。それを聞いてうなだれるウィザードの手をソーサラーがとった。

「婦人のおっしゃる通りよ。それはあなたにしかできないもの。みんな、あなたを頼りにしているんだから。」
 黄金の瞳が、まっすぐにルビーの瞳を見つめた。

「…、そうか、わかったよ。じゃあ総指揮はあたしがとる。」
 その決意に、みな頷いて応えた。

「しかし、疫病と公衆衛生の回復には、あんたと、カレン、リアン以外に適任がいない。とすると残るのは限られてくるぜ。」
 ネクロマンサーを見てそう言うウィザードの言葉に、シーファとアイラが意を決して言った。

「先生、北方騎士団は私とアイラで対応します!」
「正気か!!むざむざ死にに行くようなものだぞ。そんなこと許せるものか!」
「と言っても、中央市街区の防衛は私の仕事でしょ?なら、対外勢力はこの二人に任せるよりないわ。」
 ソーサラーはいつでも冷静だ。

「しかし、年端も行かない学徒を歴戦の北方騎士団にぶつけるなんて、そんな無茶なこと…。」
 ウィザードは心を決めかねる。

「先生、大丈夫です。私も本物ではありませんが、天使の端くれです。きっとお役に立って見せます。」
 そう言ったのはシーファだ。
「ええ、勝算が全くないわけではありません。カリーナ様が組織しておられる『ハルトマン・マギックス』の私設軍隊、『ルビーの騎士団』を率いれば、戦力としては十分です。シーファが『連合術士隊』を、私が『ルビーの』騎士団を率いて、これ以上の侵攻を食い止めて見せます。先生は、私たちをよりよく指揮して導いてください。」
 二人の決意を聞いて、遂にウィザードは覚悟を決めた。
「わかった。お前たちがそこまで言うのなら、命運を委ねよう。死ぬなよ。」
「はい!!」
 子弟の絆が改めて確認される瞬間だった。

* * *

「ねぇ、ちょっと。勝手に盛り上がるのはいいけれど、私はどうするのよ?」

 そう訊いたのはウォーロックだ。その問いには、パンツェ・ロッティが応えた。

「この中で、『神』の力を引く者は、もはや君とキューラリオンしかいない。すなわち、君たち以外に魔王と『セト』に対峙できる者はいないのだ。であるからして、君と、それからキューラリオンとアッキーナ、いやメタトロンとサンダルフォンには、フィナを連れ立って『至福の園』へ向かってもらわねばならない。魔王と『セト』の究極の目的は、無関心による愛の破壊と、愛を凌ぐ究極無欠の力の獲得にある。そして、その鍵はすべて、この世界の創造主の隠れ家である『至福の園』に集まっているのだ!奴らは、必ずやそこに現れるであろう。それらを打ち倒し、失われつつある愛を再構築しなければならない。君の使命はまさにそれなのだ。」

 創造主のもとを訪れよと、パンツェ・ロッティは驚くべきことを口にした。

「私とリセーナは、『至福の園』への時空航行の為に必要な支援をしよう。君たちには何としても、魔王と『セト』の融合を阻止してもらわなければならないのでな。とにかく、全身全霊をそれに傾けるのだ。よいな!」

「でもよ、教授。時空を駆けるっつったって、『至福の園』なんてところまで『星天の鳥船』で行けるのかよ?」
 そう訊いたのはウィザードだ。パンツェ・ロッティが言う。

「君の言う通り、『星天の鳥船』では『至福の園』まで翔けることはできない。そのためには鳥船を『箱舟』に作り替える必要がある。」
「そんな無茶な。こんな状況でそんなことができるのかよ。」
「私を侮るでない。君は『パンツェ・ロッティの閻魔帳』を持っていると言っていたな。それは今あるか?あるならすぐに持ってきたまえ。」
「ああ、まああるにはあるが、しかしトマスの鍵が失われた今、あれを開くことはできないぜ。」

「心配は無用である。あれを書いたのは他でもないこの私なのだ。私に解錠ができぬはずがないであろうが!」
「それもそうだな!すぐ持って来るぜ。幸いここの『魔導書』コーナーに置いてあるんだ。」
 そう言うと、ウィザードは『アーカム』の奥へと姿を消した。騒然としていた店内に束の間の静寂が戻る。

 しばらくして、ウィザードが戻ってきた。
「これだろ?」
「ああ、そうである。ずいぶんと懐かしいな。」
 そう言うと、パンツェ・ロッティは、ルイーザが『聖天使の墓標』で用いたのに似た数秘術の術式を詠唱した。すると、これまでどうしても開くことのできなかった鍵は、何事もなかったかのように、遂にその戒めを解いた。早速それを手に取って開こうとするウィザードに、パンツェ・ロッティが言う。

「待て、開くのは3部からにせよ。1部と2部はごく私的なものであるからして見ることまかりならん。」
「そうかい?」
 そう言って、ウィザードは最初にほど近いページをパラパラとめくったが、顔を真っ赤にしてすぐに3部を開き直した。どうやら相変わらずの破廉恥がそこには陳列されていたようだ。

「ったく、この教授だけは、どこまでいっても締まらないぜ。…、で、第3部というと、この『超時空の箱舟建造』のところでいいのか?」
 ウィザードが訊くと、パンツェ・ロッティはそれを肯定する。
「リセーナと私はこれから大至急、ブレンダのところにいって鳥船を『箱舟』に作り替えて来る。キューラリオンたちは、準備ができ次第『時空の波止場』に集まりたまえ。よろしいか?」
 婦人たちは、その問いに頷いて応えた。リセーナは早速、出かける準備を始めている。

「こんな時期である。リセーナに護衛をつけてやりたいが、致し方あるまい。彼女もまた堕天使の力を内包している。無事辿り着けるだろう。」
 パンツェ・ロッティがそうリセーナの身を案じていると、カウンターの奥から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「ロッティ教授、みずくさいでやんすよ。おいらたちにだってできることがあるはずでやんす。」
「リセーナさんとロッティ教授の護衛は僕らが務めます。」
 そう言って、店の奥からひょっこり姿を現したのは、ライオットとキースだった。

「お前たちもいたのであるか?しかし、それは実に心強い。リセーナの堕天使の力があれば、諸君らが『セト』の呪いに飲まれることもなかろう。『箱舟』の建造に際しても、きっと人手は必要になる。では頼むぞ、キース君、ライオット君!」
「がってんでやんす。」
「はい。」
 こうして、各々の役割が明らかになるなか、まずは『時空の波止場』に向かうリセーナ、パンツェ・ロッティの準備が整った。

「それでは、パンツェ、事は一刻を争います。すぐに『時空の波止場』へ出かけてください。ルクスのところまではこの店のポータルで行けますから、彼女のところを経由して『時空の波止場』に急ぐのです。」
 婦人がそう促すと、アッキーナがポータルに続く扉を開いた。

「みな、再び生きて会おう。愛は永遠である!それを胸に!では、我々は先に行く。魔法学部長代行、存分にその務めを果たせよ!君は私の最愛の弟子なのだから。」
「ああ、この閻魔帳の1部と2部について、あんたを糾弾するまでは死にはしないさ。あんたも息災でな。キース、ライオット、二人を頼むぞ!」
「任せてください、先生。きっと務めを果たします。」
 そう言うが早いか、リセーナに先導されて、3人とパンツェ・ロッティの人形は、ポータルの光の中に消えていった。

* * *

「では、リアンさんとカレンさんは、先生を手伝って、疫病の治療と公衆衛生の回復に努めてください。」
 婦人が言った。
「おまかせください。アカデミーの看護学部はまだかろうじて機能を維持していますし、幸いにして、私を含め三人とも天使の力を持ちますから、相当広範囲に聖域を展開することができます。きっと、再建の足掛かりとし見せます。」
 そう応じるネクロマンサー。
「はい、先生!」
「私たちが、きっとお手伝いするですよ!」
 カレンとリアンもその手を取って、絆の確認を新たにする。

「では、私たちもこれからすぐに、アカデミーに戻って看護活動を再開します。リアンさん、カレンさん、行きましょう!」
「頼みにしています。」
 婦人の見送りを受けて、ネクロマンサーたち3人は、『アーカム』を出て、神秘の霧の中に消えていった。

 あとは、シーファとアイラ、そしてアカデミーの指揮と防衛を担うウィザードとソーサラー、そしてウォーロックたち、さらにフィナの準備である。婦人に促されて、アッキーナがいつものように、何ものかの準備をすべく、店の奥に向かっていった。

 愛が潰えるという救いなきその絶望が刻々と近づく中でも、神秘の空間にはまだ希望の光が灯されていた。めいめい、決意を新たにしていく。

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集その10『決別』完

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