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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第6集その4『天翔ける船を求めて』

 時空の折に囚われたリセーナ・ハルトマンを探し出して救出してほしいというカリーナ・ハルトマンの依頼を受け、ウィザードたちは今、その方法を求めて神秘の地『アーカム』を訪れている。
 時空を旅する方法はあると言うのそのサファイアの瞳は言葉を続けた。

「それでは、具体的な話をしましょう。まず、太古の魔法使いたちの首魁(しゅかい)であるルクスと交渉して、協力を取り付ける必要があります。しかし、彼女を守る戦神ミーウはきわめて強力かつ好戦的な存在です。従って、今いる中で最も力の強い者で当たらねばなりません。これは先生方が担うよりないでしょう。ただ、この中で太古の神秘と契約する方法を知っているのは私とアッキーナだけです。しかし、先ほどお話ししたように、時空と時の運航に関わることに私とその眷属(けんぞく)は干渉できないことになっています。ですから、アッキーナをルクスとの交渉役として同行させましょう。アッキーナ、準備をしていらっしゃい。」
 それを聞いて、少女アッキーナは小さく頷くと、いつものようによちよちと店の奥に消えていった。

「戦神ミーウの神殿には、この店の最奥にあるポータル(移動装置)から赴くことができます。しかし、彼と対峙するのには相当の覚悟がなければいけません。心構えはよろしいですか?」
 なお、思いとどまるようにとの念を滲ませながら、エバンデス婦人は言った。ウィザードたちはたちは互いに顔を見合わせ、そして頷く。

「わかりました…。では、先生方はミーウの神殿に行き、緑のルクスと交渉して、時空を航行する船『星天の鳥船』の船体とその鍵を手に入れて来てください。ルクスとの交渉に成功すれば、残る二人の魔法使いは胸襟を開くでしょう。如何にして戦神ミーウを退け、ルクスとの交渉を成功させるかが、今回の旅路の鍵となります。そのことをくれぐれも忘れないで、心しておいてください。」

 カウンターの上で、互いの手を取り合って頷く、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの三人。魔方光に照らされた神秘の空間に漂うお香のかおりがふと強くなったように感じられた。

「その次には、バレンシア山脈に隠された『アインストンの工房』に出向いて、『星天の鳥船』の動力である『アストラル・パワー・グローブ』と燃料の『アインストンの血涙』を入手する必要があります。」

 聞き入る一堂に再び緊張が走る。

「アインストンは技巧の戦神、ターガに守られています。ターガはミーウほど強大な相手という訳ではありませんが、しかし並の人間が太刀打ちできる存在ではありません。彼には、シーファさん、リアンさん、カレンさん、そしてアイラさんに立ち向かってもらわねばならないでしょう。」

 シーファら少女たちの表情が強張っていくのがわかる。

「幸い、アイラさんは義姉様から素晴らしいものを受け取ったようですから、それがきっとあなた方の旅路を大きく助けてくれるでしょう。それに、カレンさんの天使の力も存分に役立つはずです。しかし、相手は戦神、それだけでは心もとないところが多分にあります。ですから、シーファさんとリアンさんにはこれを差し上げます。」

 そう言うとエバンデス婦人は、二人の前になにか円形のものを差し出した。

「これは、人間に人為的に天使の力を授ける古い禁忌魔法具『人為の天使の輪』です。天使の卵ほど大きな力は得られませんが、それでも人間の限界を超えることを可能にします。これを活かして力を合わせ、アインストンの下に無事辿り着いてください。」

シーファのための『人為の天使の輪』。火と光の強い力が込められている。
リアンのための『人為の天使の輪』。水と氷の力を大きく拡張することが見て取れる。

 差し出された『人為の天使の輪』をまじまじと眺めるシーファとリアン。リアンがエバンデス婦人に訊ねた。

「ありがとうございます。でも、これはどうやって使うですか?」
 その言葉に優しいまなざしを向けながら、婦人は応えた。
「『人為の天使化:Artificial Angelize』を引き出す術式は、これ自体に刻まれています。必要な時にそれを詠唱することで、『人為の天使』の力をえることができるでしょう。」
 そう言って、婦人は目を細めて見せる。
「わかりましたですよ。やってみるです。」
 なおもそれに目をくぎ付けにしながらリアンが応えた。

「『アインストンの工房』は、バレンシア山脈『喜望峰』の頂上付近に位置しています。非常に危険な旅路となりますから、虚空のローブをはじめとする飛行魔法具を必ず身に着けていきなさい。また戦神ターガとの戦いは熾烈を極めるでしょう。4人とも、本当に大丈夫ですか?」

 先生たちと同じように、カウンターの上でそれぞれの手を取って頷いて応える少女たち。

「あなたたちの決意はわかりました。必要なものはここで揃えていくとよいでしょう。動力と燃料が揃ったら、それを太古の魔法使い、ブレンダの管理する『時空の波止場』に転送してください。その後、あなたたちもそこまで転移して来てください。これがその座標です。いいですね?」

 少女たちは再び頷いて応えた。

「最後は、ディバイン・クライム山の『タマヤの洞穴』最奥部にあるポータルから繋がる『時空の波止場』に行って、魔法使いブレンダから波止場の使用許可をもらうことです。しかし、問題は誰がこれを担当するかですね…。」

 エバンデス婦人は声を曇らせた。香の燃え滓が咳を誘うくすぶりを漂わせている。

* * *

「アッキーナが一緒に行ってくれるとすると全部で8名だ。これを3、3、2に再編するのじゃダメなのか?マダムとユイアが同行できない以上それしかないぜ。」
 ウィザードがそう提案するが、婦人の反応は重かった。

「それはよした方がいいでしょう。ターガも侮れない存在ですが、ミーウの力は本当に強大です。あなた方3人とアッキーナの力を合わせたとしても、勝てる保証はどこにもありません。」

「そんなに強いのか!?」
 驚きを隠さないウィザードに、婦人はただ静かに頷いて応えた。

「その魔法使いブレンダを守っている戦神は他の戦神と同じく脅威なのですか?」
 そう言ったのはシーファだ。

「いい質問ですね。」
 婦人はいつものように目を細めて言う。
「ブレンダの夫ハーマは温厚で友好的な性格で知られています。またブレンダ自身も気さくで話しやすい人物です。ですから妻を守ることに苛烈な責任感を燃やすミーウやターガを相手にするほどの困難はないと思っていいでしょうね。」

「それならば、協力者に心当たりがあります。」
 シーファには何か思い当たることがあるようだ。
「それは誰だ?信頼のおける人物なのか?」
「はい、先生。トマスの元友人で『マジカル・エンジェルス・ギーク』の副部長、キース・アーセンです。彼は、トマスを止めて欲しいと、そしてそのために協力すると約束してくれました。ですから、彼に話してみます。」
「しかし、そいつは元トマスの仲間なのだろう?本当に大丈夫なのか?」
 心配でならないというふうにウィザードが言う。
「確かに、全幅の信頼を置けると言いきれる自信はありません。でも、以前地下墓地で遭遇したときの彼の言葉に嘘はないように思いました。ですから、試してみる価値はあると思います。」
 シーファには確かな思惑があるようだ。
「わかった。お前がそこまで言うなら任せよう。」
 ウィザーはそう応じた。

「どうやら、お話はまとまったようですわね。それではそれぞれ必要な準備に取り掛かってください。先生方はすぐにでも『ミーウの神殿』に発つ準備を。シーファさんたちは明日にでも、その協力者の下を訪れて、そして首尾よく協力を取りつけられたら、その足でバレンシア山脈に向かってください。協力者の方にも、南方『タマヤの洞穴』に行ってもらう必要があります。しかし、最後にもう一度だけ聞きます。みなさん、本当によいのですね?今回はどんな困難に見舞われようとも、私とこの子は皆さんを手助けすることはできないのですよ。いいですね?」

 その場にいる7人は、互いに顔を見合わせてから、大きく頷いて応えた。カウンターを照らす魔法光が心なしか強くなったような気がする。

* * *

 そうこうしていると、店の奥からアッキーナが戻ってきた。

旅支度を整えてきたアッキーナ。

「この店を離れるのなんてものすごく久しぶりですから、とても緊張しますよ、っと。」
 そういって姿を現したのは、先生たちの教え子というにぴったりの、年の頃15歳ほどの女性魔法使いの姿をしたアッキーナだった。初めて見るその姿に、一同新鮮な驚きを感じている。

「アッキーナは緑のルクスとの交渉の要となります。彼女がいなくては太古の神秘と契約することはままならないでしょう。いかに彼女を守りながらミーウを退けるかが鍵となります。そのことをくれぐれも忘れないように。」
「わかった。最善を試みるよ。」
 婦人の言葉に、ウィザードが答えた。

「よろしくお願いしますよ、っと。」
 アッキーナもウィザードたちに会釈する。

「それでは、今日はひとまず解散としましょう。先生方とアッキーナはすぐにでも出発できる準備に取り掛かってください。シーファさんたちは一度アカデミーにお戻りになるとよいでしょうね。ご武運を願っています。」
「みんな。手伝えなくてごめんね。でも、きっと大丈夫よ!」
 婦人の言葉にウォーロックも続いた。

 ウィザードたちは、いそいそと店の奥に入って、おのおの必要な準備を始めていく。シーファたちは荷物をまとめて『アーカム』を後にした。

 店内のかびた匂いが、香の燃え滓の匂いと相まって、なんとも複雑な空気を演出している。それは、彼女たちをこれから待ち受ける未曾有の困難を暗示しているかのようでもあった。

 シーファたちがM.A.R.C.S.を逆順にたどってアカデミーに帰着したときには、秋の陽はもうとっぷりと暮れており、白い月があたりを青白く照らし出していた。

「大変なことになったけど、頑張りましょうね。」
「はい、なのですよ!」
「みんな、無理は禁物ですよ。難しい旅ですから、とにかく慎重に行きましょう。」
「ええ、十分に気を付けて。みなさんは私が守ります。」
「とにかく準備はしっかりね。翌朝ここに集合しましょう。講義前に、『マジカル・エンジェルス・ギーク』の部室を訪ねるわよ。」
 そう言葉を交わした後、めいめい寮の自室に消えていった。吹き抜ける風が秋を思わせるが、それは風雲急を告げるかのようでもある。さわさわと音を立てる枝葉が、武者震いを喚起していた。

* * *

 翌朝、7時、シーファ、リアン、カレン、アイラの4人は旅支度を整えて、アカデミーの部室等前に集合した。朝陽が東雲(しののめ)を美しく彩っている。吹き抜ける風が心地よかった。

「さあ、目的地はこの部室棟の3階にあるわ。結構すごい場所だからびっくりしないように覚悟を決めてね。」
 シーファがそんなことをいう。それもそのはず、『アカデミー治安維持部隊』のエージェントしてトマスたちの部室を訪れたことがあるのはシーファだけで、あとの三人はそれがどれほど変わった場所であるかをまだ知らない。彼女の言葉の意味がよくわからないという顔をしつつ、三人はシーファの後について行く。

 石造りの階段を三階まで昇っていくと、その部屋はあの月夜の晩と同じ間所に確かにあった。

「ここよ。ちょっと待っててね。」
 そう言うとシーファはドアをノックした。
「おはようございます。『アカデミー治安維持部隊』エージェントのシーファです。キースさんはいらっしゃいますか?」
 そう声をかけると、中から声が聞こえた。
「開いてるよ。入ってくれ。」
 それはキースのものだった。
「どうやら在室のようね。行きましょう。」
 扉を開くシーファに促されて、三人の少女たちは中に入って行く。その部屋は相変わらずの様子で、大きく引き伸ばされた女学徒の魔術記録が所狭しと飾られていた。撮って良いと言った覚えのない自分の魔術記録が展示されているのを見て、リアンはなんとも渋い顔をしている。
 キースは、例の魔術式電算装置のある奥の机の前に向かっていた。

朝の部活動に勤しんでいるのだろうキース・アーセン。

「おはよう。先日は助けてくれてありがとうな。…それで、あんたがここに来たってことはトマスのことが何か分かったのか?」
 いつもの調子から少し角を落として、キースが言った。
「ええ、そんなところよ。実は、彼の足取りを追うために人手が要るの。手伝ってくれないかしら?」
 そう話始めるシーファ。彼女は、トマスが時空航行を計画していること、そのために南部『タマヤの洞穴』に赴いて『時空の波止場』の使用権をもらわなければならないが、その人材が不足していることをつぶさにキースに伝えた。

「そうなのか。そのブレンダとかいう太古の魔法使いに会って、『時空の波止場』とやらの使用権をもらってくればいいんだな?」
 キースが復唱する。
「そうよ。私たちはそれぞれ別のものを求めて別の場所に出向かないといけないの。だからどうしてもあなたの助けが欲しいのよ。頼めないかしら?」
「そうだな…。トマスを止めて欲しいと頼んだのは俺の方だし、あんたらに協力するとも約束した。ただ、それは俺一人でできることなのか?」
 そのキースの問いはもっともだった。シーファも一瞬返事に窮する。しかしその時、奥で何事かしていたもう一人の人物が話しかけてきた。

「なに言ってんすかアニキ、つれないでやんすね。アニキには俺がいるじゃねぇっすか?アニキがそのなんとかの波止場とやらに出向くんなら喜んでお供しますぜ。」
 そう言ったのは、なんと男子学徒であるのにスカートを身に着けた、ネクロマンサーの少年だった。
「オイラの名前は、ライオット・レオンハート。キースアニキの舎弟でやんす。以後お見知りおきをねがいやす。」
 その姿に思わず息を飲む少女たち。決して珍妙という訳ではなかったが、しかしその格好が多様な性の在り方を外観として示していることだけは間違いなく、そうした光景にあまり触れ慣れていない少女たちを驚かせるには十分だった。

スカートをはいて現れたキースの舎弟を名乗るライオット・レオンハート。

「その格好…。」
 カレンは思わず言葉が漏れ出てしまった。
「ああ、これでやんすか?笑えば笑えでやんすよ。でも、自分の身に着けたいものを身に着ける。これがオイラのポリシーでやんす。誰に言われてもそれは曲げないでやんすよ!」
 その言葉には確固たる自負と決意が滲んでいた。
「ごめんなさい。」
「いいでやんすよ。最初はみんな同じ反応でやんす。」
 謝罪を述べるカレンに、ライオットはそう言った。

「こいつは、見かけはこんなだが、ネクロマンサーとしての実力は折り紙付なんだ。こいつが一緒ならその旅も何とかなるかもしれない。トマスを止めてやりたいのは本当だ。これ以上あいつを狂気に囚われたままにしておくことはできない。あれでもあいつは俺たちの大事な仲間なんだ。」
「そうでやんすよ。トマス兄を止めに行くでやんす、アニキ。」
 そう言って、二人は顔を見合わせた。

「それじゃあ、引き受けてもらえるということでいいのかしら?」
 シーファが訊ねる。
「ああ、そういうことになるな。確認だが、タマンの南の『ディバイン・クライム』山の中腹にある『タマヤの洞穴』から、その『時空の波止場』へのポータルを目指せばいいんだな?」
「そして、そこでブレンダさんとやらから波止場の使用権をもらってくるでやんす。」
「ええ、そうよ。あなたたちが赴く『時空の波止場』が私たちの集合地点でもあるから、首尾よく使用権をもらう事が出来たら、そこで待っていて欲しいの。」
 二人の確認を受けて、シーファが言った。
「わかったよ。」
「了解でやんす。で、出発はいつでやんすか?」
 そうライオットが訊いた。

「別動隊が手に入れた船を波止場に転送する必要があるから、早いに越したことはないわ。できれば一両日中に出発してもらえるかしら?」
 応じるシーファ。
「しかし、今は後期学期の最中だ。講義を休むとすると許可がいるが、どうすればいい?」
「その点は心配ないわ。これは魔法学部長代行の依頼ということになっているから、公休扱いよ。必要な手続きは私たちの方でしておくから、あなたたちは準備ができ次第、出発してちょうだい。」

「わかった。そういうことなら協力するよ。何にしてもトマスを止めたいのは俺たちも同じだからな。」
「でやんす。」
「そう、心強いわ。で、『タマヤの洞穴』の場所は分かる?」
「オイラを誰だと思ってるでやんすか?こう見えても霊の使役には通じているでやんすよ。ディバイン・クライム山にあることさえ分かれば、調べるのは容易なことでやんす。」
 そう言って、ライオットは自信をのぞかせた。
「そう。それなら、波止場の利用権獲得はあなたたちに任せたわ。きっとおねがいよ。ただ、とても危険な旅路になるから準備だけはしっかりね。」
 念を押すシーファ。
「わかったよ、ありがとう。気を付けて行ってくる。後ほど波止場で落ち合おう。」
「ええ、よろしくね。」

 シーファがそう交渉している中、リアンとカレンは、十代前半の少女たちを花になぞらえて飾り立てるその部屋の異様に圧倒されて言葉を失っていた。リアンの青い瞳には好奇と嫌悪の両方の色が渦巻いていた。

 秋の陽が少しずつ東から天頂へと首をもたげていく。出発の時は時は近い。

* * *

 ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサー、そしてアッキーナの4人は、今旅支度を整えて、『アーカム』で一堂に会している。戦神ミーウの神殿に繋がるポータルはこの店の最奥にあるというのだ。めいめいに得物を入念に手入れし、怠りなく準備を行っている。

「しかし、太古の神殿へのポータルがあるなんて、ここは本当になんでもありだな。」
 ウィザードが感嘆の言葉を発した。
「まあ、いろいろあるんですよ。それにこの店も常連がいてくれないとつぶれてしまいますからね。」
 そう応じるアッキーナ。その手には美しいエメラルドの戟が握られている。
「みなさん、準備はよろしいですか?」
「準備できたら、出発よ!アッキーナ、案内をお願いね。」
 ネクロマンサーとソーサラーが二人に声をかける。
「いつでもいいぜ!」
「じゃあ、行きましょう。こっちですよ、っと。」

 そう言うとアッキーナは、いつも姿を消していく店の奥へと三人を導き入れた。そこには下階段と上階段があり、後者を登ると表の『キュリオス骨董堂』へ通じているわけだが、今日は前者を下って地下に至るようだ。埃にまみれた薄暗い木製の階段を四人は慎重に降りて行く。足を繰り出すたびに踏板がミシミシと鳴るが、踏みぬいてしまうのではないかと不安になるほどの酷い音であった。
 狭い階段を降り切ると、そこは冷たい石畳の細い通路に繋がっていて、アッキーナはエメラルドの戟に照明代わりの魔法光をたたえながら、慎重に前進していった。顔にかかる蜘蛛の巣が気持ち悪い。どうやらこの通路は随分長い間使用されていないようだ。やがて、その最奥にミーウの神殿に繋がるとされる魔法のポータル(移動装置)が姿を現した。

『アーカム』の最奥に座す神秘のポータル。

「ここを抜ければ、ミーウの神殿はすぐですよ。みなさん準備はいいですか?」
 アッキーナが全員の意向を確認する。各々力強く頷いて応えた。
「じゃあ、いいですね。いきますよ、っと。」
 そう言うと、アッキーナはポータルに渦巻く魔法光をくぐった。刹那その身体は光の粒となってその奥へと吸い込まれていく。ウィザードたち三人もその後に続いた。はじめ、視界は全周が青白い魔法光に包まれたようになり、やがてそれがほどけるようにして、荒野にそびえたつ太古の神殿の像を網膜に結んでいった。戦神ミーウの神殿だ!

荒野にそびえるミーウの神殿

「すげえ、ここはどこだよ?」
 ウィザードが思わず言葉を発する。
「北方騎士団の領土よりも更に北の忘れられた荒野ですよ。そしてあれが戦神ミーウの神殿です。帰りは神殿内のポータルから帰ることになりますから、何としても任務を成功させないといけませんよ。」
 アッキーナがそう言った。緊張が高まって来る。

「とにかくだ。ここから先は、あたしたちだけで行く。交渉役のアッキーナに万一のことがあると全部台無しになるからな。事が終わるまで神殿の外で身を潜めて待っていてくれ。ミーウを片付けたら声をかけるよ。」
 そのウィザードの言葉に、
「わかりましたよ、っと。じゃあ私はここで待っていますから、皆さんはミーウに会って来てください。くれぐれも油断してはいけませんよ。本当に強敵ですから。」
 アッキーナが応えた。

「じゃあ、行こう。」
 そう言うとウィザードは、その荘厳な扉に手をかけた。鍵はかかっていないようで、力を入れて押すとその古い錬金術製が施された石の扉は静かに内側へと開いていった。石のきしむ音があたりにこだまする。

 神殿の内部は、整然としており神聖な様相であった。エメラルドやヒスイを思わせる緑を基調としたその装飾は格調高く、太古の神殿とは俄かには思えない新鮮さと美しさを存分にたたえていた。通路を奥へ奥へと進んで行くと、やがて、広間が視界に捉えられてくる。その奥には、甲冑をの上に緑のローブを羽織り、美しい翠の長剣を携えた人影が静かに佇んでいた。それが戦神ミーウなのであろう。三人が近づくのを察すると、それはゆっくりと向きを変える。

翠のルクスの夫、戦神ミーウ。

「なんだお前たちは?太古の神殿に許可なく踏み入るとはぶしつけだろう。」
 威厳のある声でミーウは語った。
「失礼は深くお詫びします。私どもは太古の神秘、『星天の鳥船』を探し求める旅人です。わけあって時空を旅せねばなりません。そのために『星天の鳥船』の管理者、太古の魔法使いである緑のルクス殿にお会いしたいのです。お取次ぎ願うことはできませんか?」
 よそ行きの声色でウィザードがそう言った。

「ルクスに会いたい?『星天の鳥船』で時空を航行するだと?正気で言っているのか?」
 冷たい声でミーウは応じる。
「はい、時の狭間に捕らえられた魂を探し求めに参ります。どうかお取次ぎを願います。」
 ウィザードは再度願いを伝えた。
「そうか…。古の魔法は厳重に守られている。現代の、誰の目にも触れさせることまかりならん。そして、その神秘の核心たるルクスを守るのがこの俺の務めだ。ルクスに会いたいのならお前たちの力を見せてみろ。力こそが資格だ。」
 そう言うとミーウは抜き身の長剣を構えなおし、臨戦態勢に入った。どうやら交渉で事態を打開することはできないようだ。
 三人は、『天使化:Angelize』の術式を行使する。まばゆい魔法光の中から三柱の天使た姿を現し、その勇ましき戦神と対峙した。

「ほう、お前たちは天使なのか?まがい物…?ではないようだが、その力は知れているな。それで俺に勝てるのか?」
 ミーウの威圧が耳を捉える。三人は距離をはかって得物を構えた。
「まあいい。力あればルクスに通じ、さもなくばこの場に斃(たお)れる。それだけのことだ。行くぞ!」

「しゃあねえな。やっぱりこうなるのか!受けて立つぜ!」
 ウィザードたちも意を決する。そしてついに戦いの火ぶたが切って落とされた!!

* * *

 ミーウがその身の丈もある長剣をひと薙ぎすると、強力な衝撃波が巻き起こって三人を襲う!ウィザードは手にした炎の大剣をもってさっと前に躍り出ると、手にした炎の大剣でその衝撃派をかき消して見せた。どうやら渡り合うことはできそうだ。

ミーウの放った衝撃波をかき消すウィザード。

「いいじゃない!今度はこっちの番よ!『(最大級の)氷刃の豪雨:- maximized - Squall of Ice-Sowrds!』」
 得意の術式を繰り出すソーサラー。その手から成る数多の氷刃がミーウの全身を的確に捉える!

『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Sowrds』の術式を繰り出すソーサラー。

 ミーウはその巧みな剣さばきで、襲い来る氷刃を払いのけ、転移術式を小刻みに繰り返しながら、払いきれない分をかわしていくが、それでも繰り出された氷刃のいくつかがその身を刻んだ。ローブは裂け、鎧には亀裂が入る。

「ほう、やるな。ここまで来たのは伊達ではないようだ。」
 そう言うとミーウは長剣を乱雑に振るい、そこからかまいたちのような衝撃波を幾筋もけしかけてきた!その鋭利な真空の刃の数は多く、速く、とても回避は間に合いそうにない。

 しかしその時、ネクロマンサーが強力な死霊を眼前に召喚する!

衝撃波に対して縦にするように死霊を召喚するネクロマンサー。

 それは半実半霊の巨大なアンデッドで、襲い来る真空の刃の群れの前に立ちはだかった。その身は切断され、傷つくが、たちまちの内に修復していく。ひとしきりの騒乱の後で、ついにその死霊はすべての刃を耐え忍んで見せた。役目を終えたあと、それはゆらゆらと揺らめきながら冥府の門に還っていく。

「そうか、これは手を抜けんな…。」
 こぼすように言うミーウ。だがその相貌にはまだ余裕の色が見て取れた。

「すかしてんじゃねぇ!」
 そう言うが早いか、ウィザードは手にした燃え盛る炎の大剣を一振りにミーウに襲い掛かった!ミーウはそれを長剣で受け止めるが、押し勝ったのはウィザードだ!力負けしたミーウはそのまま神殿の奥へと吹き飛ばされ、そこに鎮座している奇妙なワニの偶像の下にへたれこんだ。

炎の大剣でミーウを薙ぎ払うウィザード。

「うむ、そうか。まあ時にはこういうこともある。」
 そう言うと、ミーウはそこに怪しく佇むワニの像の大きな口の中に自ら飛び込んで行くではないか!

 その時だった!神殿内をまばゆい魔法光が包み、ワニの像を中心として膨大な魔力が形成されていく。それは渦巻く大きな球体となった後、次第に縮退して人型となり、そしてそこに新しい姿を現した!なんと、ミーウは転身したのだ!その威容がゆっくりと三人の前に姿を現す。

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第6集その4『天翔ける船を求めて』完

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