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続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集09『刹那』

 翌朝は、昨日から降り続く雨でくすんでいた。初夏のそれは止む気配もなく、午前中だというのに空は重い鉛色の雲に覆われて、そこからしきりにしだれている。監視装置を見やると、既に『ハロウ・ヒル』に群れていた『ポルガノ族』のほぼ全てが西部『苦みが原平原』への終結を完了していて、そこで物々しい布陣を敷いているのが確認できた。

『苦みが原平原』に結集する武装した『ポルガノ族』の一団。

 その軍勢の最奥には、『ポルガノ族』の首領らしき者と、今回、この異常事態の糸を引いた黒幕らしき黒いフードの魔法使いの姿が見て取れる。首領は鋼鉄製の武具でしっかりと身を固め、その頭上には黒光りする王冠を携えていた。魔法使いはフードで顔を目深に覆っており、その相貌を見やることはできないようだ。

鋼鉄製の武具を携え、頭上に王冠を戴く『ポルガノ族』の首領。
重苦しいフードで顔を隠す、黒幕と思しき魔法使い。一体何が目的なのか。

 時は既に朝10時に至る。正午には駆除作戦を開始することで段取りが整えられていた。シーファたち4人の少女は、今、作戦についての最終確認をしながら、本作戦遂行のための鍵となる、めいめいに割り当てられた特別製の装具を身に着けている。
 すなわち、囮役として敵陣を裂く役目のリアンは、『ポルガノ族』が嫌う強烈な悪臭を放つ『硫鉄鋼』の装具を、大量の魔力を一気に放出して、敵陣との境界面に防御壁として大量の死霊を召喚して差し向けるカレンは、魔法力の放出を穏やかにし、魔力の自然回復を早める『魔黒鋼』の装具に、魔石エメラルドのペンダントを添えていた。また、召喚した死霊で処理しきれなかった残余の部隊を蹴散らす尖峰として、アイラは『黄竜の揃』を、シーファは重力に逆らい風のように舞うことのできるという『無重金』の装具を身に着けている。どれも全身鎧であるために、装備にはずいぶんと時間がかかった。防御性能の高い術士の制服の上に、各種の鎧をまとい、その上にローブを羽織って準備は万端となる。各々が得物を携えて平原に繰り出す準備が整った時には、既に時は11時をわずかに回っていた。

* * *

 11時30分を過ぎて、4人は『苦みが原平原』へと繰り出す。ついに少女たちと『ポルガノ族』の群れが、平原を挟んで直接対峙することとなったのだ。平原の西端に達してその奥を見やると、すでに中隊規模の『ポルガノ族』が群れ成しているのが直接確認できた。首領と黒幕の魔法使いはその分厚い防護壁の奥で指揮を執っているのだろう。その目的が皆目わからない今、迂闊に懐に飛び込むのも危険だが、さりとてこのまま相手の思うままに、西部に広がる市街に踏み込ませるわけにもいかない。
 少女たちは覚悟を決め、得物を握る手に力を込めて打ち合わせの通りに陣形をとった。相手の数は目算でざっと240あまり、対するこちらは中等部の学徒が4人だ。アイラの立案した作戦は奏功するはずとみな信じてはいるが、しかし目の前の光景はその心中に動揺をもたらすのに余りあるものがあった。最前列にデコイ(囮)となるリアン、その両翼にシーファとアイラが位置し、最後尾にカレンを配置する体制をとる。
 本駆除作戦の要は、第一に、カレンが十分な強さと数の死霊を召喚して相手の大部分を相殺できること、第二に、撃ち漏らした残敵をシーファとアイラの二人でどれだけ速やかに掃討できるかにかかっていた。初手はカレンの召喚術式からだ。彼女は濡れた草原にひざまずき、高位の召喚術式の詠唱を始める。惜しむことなく、その身が内包する天使の力も解放しているようだ。その身がまばゆい魔法光に包まれる。

『生命の霊の均衡を司る者よ。我は汝の盟友なり。今、法具を介してその助力を請わん。大地に深遠なる冥府の門を開き、立ち込める靄(もや)と共にそこに眠る不浄の霊をここに招かん。死霊よ群れを成せ!死霊群召喚:Summon of Specters!』

高位の死霊召喚術式を行使するカレン。

 詠唱を終えると、カレンの周囲を夥しい量の白い霧と靄(もや)が取り囲み、その中から、黒いボロのようなものをかぶった死霊の群れが姿を現した。その数は優に200に達する。霧と靄(もや)は瞬く間に灰色に染まり、そして黒く蠢(うごめ)く波となった。召喚されたのは高位死霊(スペクター)で、レイスほどではないものの、一般のゴーストとは比較にならないほどの力を有しているのが分かった。召喚を終えたカレンは、体内の魔力を全て一時に放出したことで意識が朦朧となるが、『魔黒鋼』の鎧とエメラルドのペンダントのおかげで、失われた魔力がその身に速やかに還流していくのが分かる。このままいくばくかすれば、カレンは意識をしっかりとり戻し、自ら急速魔力回復薬を服用することができるようになるだろう。それを見越して、作戦は次の段階に進む。
 今度は、嗅覚が敏感で異臭を極度に嫌う『ポルガノ族』の群れを蹴散らしてそれを左右に分断するために、リアンがその群れの中央を全力で駆け抜けた。

敵陣のど真ん中を疾風のように駆け抜けるリアン。その鎧の敵忌避効果は抜群のようだ。

 アイラ謹製の、強烈な悪臭を放つ『硫鉄鋼』の鎧の効果は覿面(てきめん)で、その腐った卵と焼けた硫黄を乱雑に混ぜ合わせたような鼻も曲がる悪臭は、『ポルガノ族』の敏感極まりない嗅覚を大いに刺激して、リアンの走る軌跡を境に、どんどんと群れをを左右に分断していく。彼女は、その大軍を三角形に切り裂いていった。その足が進むほど、敵陣は深く切り裂かれていく。

「契約に従い、我が敵を滅ぼせ!」
 意識を取り戻したカレンが、召喚した死霊に命令をかけた。その瞬間、200を超える夥(おびただ)しい数のアンデッドの群れが、三角に裂かれた両翼の境界面に防御壁のように取り付く。さすがは、スペクターの群れだ。個体の能力で各個の『ポルガノ族』に負けるということはない。リアンが作った三角形の頂角を押し広げるようにして、敵陣をどんどん奥へと押し込んで行った。その先では、死霊の攻勢からあぶれた敵部隊が密集して、けたたましい嘶(いなな)きと蹄(ひづめ)の音を立てて、戦線を鼓舞しているようだ。いよいよ、シーファとアイラの出番が来る!

* * *

 シーファが左翼に、アイラが右翼に展開する。アイラは『黄竜』の力を最初から最大限に発揮して残敵を蹴散らしにかかった。その切込みは見事で、背にたたえた『黄竜』の翼で自由自在に空中を駆け巡り、手にした『黄竜』の剣で『ポルガノ族』を蹴散らしていく。その様は圧巻であった。

残敵の右翼に特攻をかけるアイラ。その突撃力は見事で、敵をたちまちに粉砕してく。

 一方のシーファは、地面を強く蹴り出し、反重力の力を使って空中に舞い上がる。その鎧の作用は、文字通り身体にかかる重力を何分の1かに軽減するようで、普通に飛び上がるよりもずっと高く、ずっと速く宙を翔けることができた。なにより、『虚空のローブ』で飛ぶ場合と違って、跳躍に魔力の消費を伴わないのがいい。ただ唯一、一度大地を蹴って空中に上がると、次に着地するまで、空中での急制動が効かないことが難点であった。しかし、『無重金』の鎧がもたらす反重力作用とシーファの卓越した剣戟の才があれば、アイラと並んで残党を蹴散らすことはそれほど難しいことではないように思われる。

『無重金』の反重力作用を駆使して群れを蹴散らすシーファ。

 後ろで、死霊との格闘により倒れていく『ポルガノ族』の大集団を尻目に、『黄竜』の力と『無重金』の力が、敵陣の先端を切り拓いていった。敵は、リアンの突撃をただ避けるばかり。まもなく、最奥に控える、首領と黒幕の魔法使いにシーファとアイラの剣が迫ろうかとしている、そんな瞬間だった。

 草原の奥から、太鼓の音こだましてきた。それに合わせるようにして、蹄(ひづめ)の群れが地面を重層的に踏みしめる音が響いてくる。やがて、草原の少し奥の、『ハロウ・ヒル』に接続する小高い場所から、敵の増援が姿を現した。なんと、伏兵がいたのだ!

 確かに、監視装置による最後の観測の際、群れの全てが『苦みが原平原』に移動し切っているわけではなかった。しかし、まさかそれを伏兵として用意していたとは、少女たちに俄かに鋭い緊張が走る。

 それらは、前衛の部隊とは異なり、鈍器や斧ではなく、弓矢で武装していた。また、特筆すべきはその鼻をマスクのようなもので覆い、リアンの放つ忌避のための悪臭をも退ける備えをしていたことである。リアンはなお、作戦通りに敵陣の先端を引き裂いていくが、突如姿を現した増援部隊だけは、その囮に乗ることはない。最奥に位置するのであろう首領と黒幕を覆い守るようにして、伏兵の群れは防御壁を成していく!

 悪臭による忌避が効かない以上、リアンの身も危ない。前衛の部隊を全て突破したところで、リアンは弓兵を前に『転移:Magic Transport』の術式を用いて、カレンの控える後方へと戻った。これで、弓兵隊とシーファ、アイラが正面から対峙する格好になった訳だ。

* * *

ガスマスクのようなものを装着し、悪臭をものともしない弓兵隊。

「シーファ、伏兵です!ここは私が引き受けますから、あなたはいったん引いて!」
 アイラが声を上げる。
「バカ言わないで、アイラ。危険はあなたも同じでしょ。ここまで敵を追い詰めて、むざむざ本丸を逃すなんてできないわ。あなたは引き続き左翼を、残りは私が!弓兵がいたのは予想外だけど、射られる前に蹴散らせば問題ないもの!こいつらを蹴散らしたら、再度召喚術式を繰り出して、一気に殲滅よ!あなたたちは私が守るわ!」
 そう言って、シーファは聞かない。ひらりと身をひるがえし、一度地面に着地すると、その反動を活かしてさらに高く前に舞った。
「シーファ、いけない!」
 しかし、一度舞い上がったシーファの身体は、次に着地をするまで大きく姿勢を制御することはもはやできないのだ。弓兵に切りかかろうと空中で剣を構え、距離を一気に詰めようとするシーファ。

 天上では、雨脚が一層強くなり、雷鳴がとどろいている。鉛色の空は時々、昼光の明滅に晒され、その後に大きく慟哭した。

 彼女の剣の切っ先が、目前の弓兵隊に切りかかろうかというまさにその時、増援として現れた中でも最奥の弓兵隊が矢をつがえ、それを一気に斉射した。20余りの矢の群れが、宙を舞うシーファに迫る。矢じりが空気を切り裂くひょうひょうという音を雨音が打ち消し、降り注ぐ雨に交じって、固い矢じりの光陰が、その身の降り注ぎかかっていった。しかし、中空を舞っているシーファは、直ちにその身の軌道を変えることができない!雨粒を裂いて閃く矢じりを飲み込む灰色の走る空とシーファの間は、物理法則に従って、残酷にその距離を縮めていった。

 刹那、アイラの声がその場に響く。

「シーーーーーーーファァァァァァァァァァァァァァーーーーーー!!!」

to be continued.

続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集09『刹那』完


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