続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集05『深夜の作戦会議』
驚きと、いささかの恐怖を帯びたリアンの声に促され、皆が起きて来る。
「リアン、どうしましたか?まあ…これは!?」
最初にやって来たのはカレンだ。
「どうしたのよ、こんな夜中に?」
「何か異変がありましたか?」
シーファとアイラもそれに続く。監視用のモニターを覗き込むシーファ。
「この数字は、確か『ポルガノ族』の生息を数を示す値よね。…!?って、240!!本当なの?」
その予想外の数値にシーファは驚きを隠せない。
「機器の故障ということはないの?いくら何でもこの値は…。」
「それは真っ先に疑ったですよ。でも、魔術式電算組織の全部の動作が異常を起こすとは、そちらの方が考えにくいのです。事実というより他ないですよ。」
リアンは冷静だ。彼女が皆に監視用のモニターを見るように促す。確かにその画面は、夥(おびただ)しい数の『ポルガノ族』の群れが蠢(うごめ)いている様をありありと捉えていた。暗視装置は、『ポルガノ族』の瞳を怪しい紅色の魔光点として捉えるが、それが小さな瓶に詰め込まれたビーズのように、一種の光る集合体として不気味な輝きを集積させていた。
「240ですか…。」
それを見てアイラがこぼす。
「どうしたですか?」
「実は、お店に状況を連絡して『ポルガノ族』の自然繁殖力から逆算した群れの推計値を出してもらっていたんです。その結果ではどれほど多くても150前後ということだったのですが、それを100近くも上回っていますね。150でも、4人で対応するには厄介すぎる数だと思っていたのですが、ここまで膨らんでいるとは…裏になにかありますね。」
「どういうこと?」
「つまり、今このモニターが捉えている群れは、自然繁殖ではないということです。」
「ってことは、何者かが今まさに『ポルガノ族』の錬成を行っているって、そういうわけ!?」
シーファが核心的な疑問を呈する。
「はい、残念ながら、そういうことになりますね。この事件、思った以上に闇が深いのかもしれません。」
画面の状況をつぶさに追いながらアイラが言った。
* * *
「どうしますか?画面では武装している『ポルガノ族』の存在も確認できます。駆除作戦を敢行するにしても、私たち4人では無理がありますよ。」
カレンがもっともな指摘をする。
「それについては、私に考えがあります。しかし、この数では…。」
そう応えたのはアイラだった。どうやら彼女は、『ポルガノ族』の数が予想を上回っていた場合に備えての準備を進めていたらしい。しかし、当初予想を100も上回るという事実が、彼女に戸惑いをもたらしていたことも事実である。
「カレン、現時点では、最大どれくらいの数の死霊を召喚できそうですか?」
アイラは続けた。
「そうですね…。リアンのおかげでこの二日間は十分に魔力を温存することができましたから、最大魔法出力なら200は呼び出せると思います。」
「死霊1体当たりの戦力、という意味ではどうですか?」
「レイス級を召喚できれば、相手を圧倒できますが、皆も知っての通り、私はまだ召喚術式を修得したばかりです。なので、天使の力を解放するにしてもその規模を召喚するとなると、ファントム級かスペクター級が精一杯だと思います。」
申し訳なさそうに答えるカレン。
「大丈夫ですよ、カレン。『ポルガノ族』は群れるとその力は大きくなりますが、単体の脅威はそれほど大きいというわけではありません。ファントムやスペクターなら1対1で押し負けることはないでしょう。」
アイラの瞳に、わずかながら可能性の煌めきが載った。
「でも、死霊で蹴散らすとしても、あと40は残るわよ。それだけの召喚術式を一気に使うとなると、カレンはその後しばらく何もできないわ。そうなると、残りと、もしかすると後ろに控えているかもしれない黒幕の魔法使いを含めてたった3人で相手取ることになるじゃない?やっぱり無茶がすぎるわよ。」
シーファは堅実な姿勢を崩さないでいる。
* * *
「問題はまさにそこです。それは、陣形戦術で解決しましょう!」
その不安にアイラが応えた。
「陣形戦術?」
「はい。何と言っても、今回作戦に挑むにあたっての最大の要所は、これといった遮蔽物のない『苦みが原平原』で、この規模の『ポルガノ族』と正面衝突しないといけないことにあります。」
「そうね。」
地図を見ながらシーファがそれに応じた。リアンとカレンも彼女が示す先に注目している。
「カレンの力で召喚した大規模な死霊の群れをぶつけるとしても、包囲されればそこまでです。逃げ道を失ってしまいますから…。そこで、リアンをデコイ(おとり)に仕立てて、敵陣を左右に割くように突進してもらいます!」
驚くことをアイラは言った。リアンの美しい青い瞳が衝撃で点になっている。
「リアンの突撃に押し込まれる形で、『ポルガノ族』の大集団は、左右に裂かれていくはずです。その境界面に、カレンが召喚した死霊の群れを三角の壁になるようにぶつけます。こうすることで、敵陣と私たちの間にスペースを作ることができますから、一時的に魔力枯渇を起こしたカレンの、後方の安全を確保することができます。また、私たち全員が包囲されるのを防ぐこともできます。」
「でも、残りの群れの始末はどうするの?リアンをデコイに使うなら、残りの戦力はあなたと私しかいないわよ?」
そのシーファの言葉を、待っていたかのようにアイラは説明を続けた。
「残敵駆除の要は、その通り、あなたと私の二人です。どのみち、リアンの大規模集団攻撃術式に頼れない以上、群れへの対処能力があるのは私たちだけですから。」
その言葉に3人は頷いて応える。
「私は『黄竜』の力を解放して、敵左陣の残敵を殲滅します。これで20は片づけられることになります。」
「それはわかるわ。で、私が敵右陣の残敵にあたるということなんでしょうけど、20体も殲滅できるほど魔力が続くか、正直、自信がないわ…。今回は『人為の天使の輪』も持ってきていない訳だし…。」
シーファは自分の限界が不安であるようだ。
「大丈夫ですよ、シーファ。安心して。あなたにそんな危険な賭けをさせるつもりはありません。」
アイラは、戸惑うシーファに穏やかで温かい視線を向ける。
「でも、どうするの?」
シーファはいまだ確信が持てないでいた。
「今回は、魔法ではなく剣戟で対応します!そうすれば魔力を最後の最後まで温存することができますから!」
「それは、出来ない相談ではないけど…。でもそれなりの装備が要るわよ。なにせ、その作戦だと、私はあなたの進軍速度にあわせて右陣の残敵を処理しなければいけないことになるわでしょ?『黄龍』の力を得たあなたと同じ進度を走って維持するのは、とてもじゃないけど無理があるわ。今回、馬もないのだし…。」
しかし、アイラは、シーファのその懸念も計算に入れていたようである。
「大丈夫ですよ、シーファ。それに、リアンとカレンも安心してください。かなり無謀な作戦であることに間違いはありませんし、作戦許可が下りるかどうかもまだわかりませんが、いずれにしても、最悪の場合の衝突は避けられない訳です。そう思って、この作戦を可能な限り安全に遂行できるように、今日まで必要な装備を準備していたんです。」
アイラのその言葉に、皆、興味を寄せた。
* * *
「まずは、リアン。あなたには、先陣を一気に駆け抜けてもらう必要があります。しかし、囲まれれば一巻の終わり…。」
「ちょっ、アイラ。怖いことはなしですよ。」
「わかっていますよ。デコイを務めてもらうリアンには、『ポルガノ族』からの害悪が絶対に及ばない保障を用意しました。それがこれです。みなさんこちらへ。」
そう言うと、アイラは魔法による空間拡張で設えた専用の鍛冶場に皆を案内した。
「いいですか?これからこの布をはぐりますが、その瞬間、絶対に大きく息を吸ってはいけませんよ。いいですね?」
ずいぶんと妙なことを言うアイラ。しかし、3人は頷いてその促しに応えた。アイラがさっとその装備に掛けられている布をはぐる。その瞬間だ!!あたりをとんでもない悪臭が覆った。それは、腐った卵と加熱された硫黄を目の前で混ぜ返しているような強烈な匂いで、どうも一揃いの鎧と剣から発せられているようである。
「なんなのですか、この匂いは?鼻が曲がりそうなのですよ!!」
リアンは口元を寝巻の袖で覆っている。皆も同様だ。
「リアンにはこれを身に着けて先陣を駆け抜けてもらいます。」
「これを私が身に着けるのですか!?うぅ…、勘弁なのですよ…。」
「これらは、『硫鉄鋼』の鎧と剣。知っての通り、『ポルガノ族』は非常に嗅覚に優れ、また敏感な種族です。ですから、彼らにとってこの匂いはたまったものではありません。また、匂いだけでなく、それらの全体に彼らが忌避してやまない『東方唐辛子の汁液』をまんべんなく振るいかけています。ですから、これらを身に着けている限り、リアンが襲われることはありません。うまい具合に敵陣を左右に分割してくれるはずです。臭いのだけはなんともできませんが…。とにかくこれでリアンの安全は確保できます!」
その説明を聞いて、リアンは安堵と嫌悪の入り混じった複雑な表情を浮かべていた。
「うへぇ…。」
そう小さくつぶやく声が、聞こえたように思われる。
* * *
監視装置が奏でる警報音と、特性装備から漏れる強烈な悪臭が狭い部屋の中に広がっている。そんな混沌の中で、少女たちは来るべき脅威への備えを成していた。アイラの声はなおも続く。その声を後追いするように、ときおり、東の『ハロウ・ヒル』から『ポルガノ族』のいななきがこだましては、深夜の野生の静寂を引き裂いていた。
to be continued.
続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集05『深夜の作戦会議』完