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続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第2集08『復讐に煙る灰』

 リアンの転移術式のおかげで、その日のうちに床に就くことのできた少女たちは、そのまま疲れた身体を癒した。宵の静けさに包まれて、4人の精神は朝へと運ばれていく。翌朝、早くに起き出して朝食を済ませると、彼女たちは早速、同じタマンの地で『ハロウ・ヒル』の監視の任に就いているライオットと連絡を取り合った。

 彼の話では、『ハロウ・ヒル』に結集していた『ポルガノ族』の一軍は、本格的な駆除作戦に乗り出した『連合術士隊』との間で大激戦を繰り広げた結果、順当に駆除されて、一族の長を中心とする20頭ばかりの手負いの群れを残すだけとなり、そこを棄てて『中央山地』へと逃走を図ったのだとのことであった。それをもって、同地での駆除作戦は成功したものとされ、派遣されていた『連合術士隊』はいましばらくタマンに駐留した後、中央市街区へ凱旋する予定なのだそうだ。彼自身は、その後も引き続き拠点に身を置いて、彼らの動向を見守ることになっているのだと話してくれた。ならば、『中央山地』へと移動した『ポルガノ族』の残党を4人が始末すれば、彼の任も解かれることになる。命を落としたシーファの仇討ちも叶い、一石二鳥と言えばそうである。ライオットは、自分も応援に駆け付けようかと提案したが、少女たちは、残党の数がそれほどまでに減っているのであれば自分達だけで対処可能であるとして、引き続き監視の任にあたって欲しい旨を彼に告げて連絡を終えた。
 『ハロウ・ヒル』から『苦みが原平原』を経て『中央山地』に移動するにはそれなりの距離がある。その間に『連合術士隊』の追撃を受けることがなかったということは、黒幕たる魔法使いの転移術式が用いられた目算が高い。あの正体不明の魔法使いはいったい何者なのか、またその目的は何か、様々な謎を残しながらも、ライオットとの連携によって、ここ『中央山地』に逃げ込んだ敵の実態を大凡把握することができたのは僥倖であった。

 憎き『ポルガノ族』残党をどう始末するか、昼食をはさんで、鳩首(きゅうしゅ)で作戦を練る少女たち。相手の活動が鈍い昼間の内に襲撃して殲滅してしまおうとの案も出たが、迂闊によって討ち漏らしを出してもあとあと面倒だということで、結局、その日の夕刻、すなわち敵の活動がもっとも活発となり確実に1か所に群れるであろう夜間を狙って攻勢をかけようということに話が決まった。族長を残すとはいえ、数が極端に減っている今、小細工を弄する必要はない。ミリアムとユンの天使2柱を主軸とする力押しで雌雄を決するという、単純だが殲滅性の高い作戦が採択された。それが最も効果的であるように思われたからだ。アザゼルから事前に聞いている話では、『ポルガノ族』の残党は、『中央山地』の頂上にほど近い『海を臨む岩場』にたむろしているという。そこは、海岸沿いの高所に開けた文字通りの岩場で、遮るものの少ない開放地であった。入り組んだ山間に逃げ込まれると厄介だが、断崖絶壁に追い込んで一網打尽にできるなら、作戦遂行は容易である。少女たちは、登山道とその場所の位置関係を入念に確認し、群れに属する全数を確実に崖っぷちに追い込めるように、侵入経路を入念に打ち合わせた。そうこうしている間にも、初夏の陽は西に駆け、地平の付近をうっすらと桃色に染め始めている。

* * *

 4人は早々に夕飯を終え、出陣の準備にとりかかる。それぞれに武具を持ち、ローブを羽織って入念に支度を整えた。そんな中で、ふと、リアンがユンに水薬を差し出す。不思議な魔法光を称える薬瓶がその手に握られていた。

「ユン、これはおまじないなのですよ。我が家に古くから伝わる魔法薬で、恐怖心を軽減し、勇気を与えるものです。おばあ様直伝の秘薬なのですよ。だまされたと思って飲むのです。」
「ありがとう、リアン。でも、大丈夫だよ。今日は昨日のようにはならないから。」
 ユンは、そう言って強がって見せたが、リアンは譲らない。
「ユンのことは信用しているです。でも、何事につけ、助けはあるに越したことがないのですよ。さあ、これを飲むのです。」
 そう言って、リアンは薬瓶をぐいとユンに押し付けた。その強引さに少々戸惑いながらも、ユンはそれを受け取って言葉を紡ぐ。

リアンがユンに差し出した秘薬の薬瓶。不思議な魔法光を称えている。

「そ、そうかい?わかったよ。ありがとう、リアン。」
「さあ、ここで、ぐーっとやるです。」
「え、今飲むのかい?」
 その問いに、黙って頷くリアン。それを見て、ユンは仕方なしという面持ちでそれを一気に飲み干した。恐怖心を取り除き、勇気を授けてくれるというその水薬は、特段何の変哲もない、少々薬臭い魔法薬であったが、リアンの強い言葉の影響もあるのか、心なしか不安が去り、心が晴れるようにも感じられた。
「ありがとう。心強いよ、リアン。」
 そう言って、ユンはリアンに薬瓶を返す。
「どういたしましてなのですよ。今夜は頼りにしているです。」
 満面の笑みをユンに向けると、リアンは自分の荷をその小さな体に背負った。その一連を穏やかな表情でカレンが見守っている。そうこうしている間にも、少女たちの準備はすっかり整っていった。

「では、行きましょう!」
 カレンの号令に従って、宿を後にする少女たち。出向くのは、ここのところ毎夜巡っている『中央山地』の登山道だが、今日はそこを頂上付近まで登ることになる。いつもなら霧深い右の隠れ道に進むところを、今夕は左に折れて、そこから更に上へと、どんどん登って行った。

 そのころには陽はすっかり西の地平に沈んでおり、大地と大空の境界を美しい暖色に染め上げている。きらきらと瞬く星々の顔が見えた。気温はすっかりと下がっていたが、それでも初夏の名残が肌をさらっていく。やがて、少女たちの目に、ひときわ開けた岩場が見え始めた。二手に分かれてそこに通じる道を塞ぐようにしながら、慎重にその岩場の様子を見守る少女たち。よくよく目を凝らすと、そこには闇夜に蠢(うごめ)く一団と、彼らの立てる嘶きと蹄(ひづめ)の音が確認された。それらは岩場をせわしなく行き来している。闇に乗じて餌となる得物を探しているのかもしれない。岩場の山際には小動物の巣などがあるのだろう。いずれにしても、アザゼルがよこした情報に誤りはないようだ。慎重に数を確認すると、20匹弱が計数された。

* * *

「事前の情報に間違いはないようですね。目視は難しいですが、族長もいるようです。」
 声を押し殺してカレンが言った。ミリアムとユンはそれぞれ違う方向から岩場の入り口に向けて陣取って、1匹たりとも逃がすまいと気を吐いている。リアンとカレンはその背後を守る格好だ。
「幸い、この岩場は海に向かって突き出しており、三方は絶壁の袋小路です。これから死霊を召喚して逃げ道を塞ぎますから、召喚術式の行使と同時に、ミリアムとユンの二人は攻勢をかけてください。リアンは、二人のバックアップを。万一、逃走を図る個体が出た時はそれを追撃してください。族長は手ごわいかもしれませんから、まずはその他を撃滅しましょう。」
 カレンの提案に、頷いて応える3人。ミリアムとユンは天使化の準備をすでに終えている。闇夜に紛れ、相手に気取られることのないように細心の注意を払いながら、カレンが召喚術式の詠唱を始めた。いよいよだ!

『生命と霊性の安定を司る者よ。我は汝の盟友なり。今、冥府の門を開き、彷徨える魂を現世に招かん。暗黒召喚:Summon Darkness!』

 岩場に通じる1本道に魔法陣が刻まれ、まばゆい光を放った。『ポルガノ族』はそれに気づいたようで、赤い攻撃色を放つ眼を一斉にこちらに向けて嘶きを強める。低い獣の唸り声があたりの空気を振動させた。逃げ出そうとして前足で地面をかくものもいるにはいたが、もう遅い。その狭い入り口は召喚された死霊で瞬く間にふさがれ、彼らは断崖絶壁に面する岩場へと追い込まれる格好となった!

「今です!一気に!!」
 その、カレンの号令にいち早く応えたのはユンだった。彼女は天使の姿を取り、炎を滾らせた大剣を携えて、疾風(はやて)のようにその群れに切り込んで行った!

自慢の大剣に炎をまとわせて『ポルガノ族』の残党に切り込んでいくユン。

 その姿は舞い踊るような流麗さで、その眼前に『ポルガノ族』をとらえるや、情け容赦ない流水を断つような美しい所作で次々とそれらを切り伏せていった。その哀れな骸(むくろ)は、あたかもその場で荼毘に付されるかのように、剣のまとう火によって燃え盛り、次々に消し炭と化していく。幾重にも繰り返されるその暴虐によって、あたりは一時煌々(こうこう)とした明るさを奏でた。阿鼻叫喚の嘶(いなな)きに染まる岩場。そこは瞬く間に死屍累々となっていった。
 アイラの格闘術も洗練されているが、彼女のそれが得物を選ばない万能の妙技であるとすれば、ユンのそれは、まさに剣聖とでも言うべき剣戟の卓越である。息つく暇もないその華麗なる殺戮の様子に、少女たちも、またその刃に組み伏せられる『ポルガノ族』たちも、言葉を失ってなすがままを見守るより他なくなっていた。やがて、族長を守る最後の一頭が打ち据えられ、その場に残るは、ものものしい金属製の重鎧に全身を包んだ族長のみとなる。どうやら今夜は、彼らを支援するあの妖しい魔法使いは同席していないらしく、転移術式で逃げるという芸当はできないようだ。周囲で燃え盛る仲間の骸(むくろ)に慄(おのの)きながら、なお族長は敵愾心を露わにした。なおも両者の間の緊張は鋭く高まっていく!

* * *

仲間を失い、絶壁のふちに唯一取り残される族長。それでもまだ闘志を失ってはいない。

 族長は、魔法使いから新しい鎧を授けられたのであろう、以前とは異なるものを身に着けていた。それはどうやら対魔法性に優れる魔法銀性の強固なもののようで、燃え盛る炎に照らされて、そのいぶし銀の威容をまざまざと見せつけていた。また、手には、同じく魔法銀性の両刃の巨大な両手斧が握られている。頭上の冠は既に落ちていたが、それでもシーファを殺めた一団の長として、その威厳を十分に保っている。鼻を鳴らし、赤い眼を光らせ、大斧を構えて威嚇する族長。さすがのユンもいったん距離をとって、慎重に相手の出方を伺っていた。その横には、同じく天使化したミリアムが加勢している。カレンは、退路を断つべく死霊の群れを慎重に操作し、リアンは、『武具拡張:Enchant Weapons』の術式で、前衛のミリアムとユンを支援している。彼女たちの得物に滾る炎が一層勢いを増していた。
 陽はすでに地平の裏に完全にその顔を隠し、あたりを照らす光は、骸(むくろ)を焼く火のみである。しかし、その勢いも次第に衰えていく。

「ぷぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 闇を裂くような嘶(いなな)きを上げて、族長は手にした大斧を振るう。ユンはその正面に躍り出ると、それと激しく切り結んだ。近づいては打ち、打っては離れる。両者ともに実力に不足はないようだ。ミリアムは隙を伺うが、両者の間に割って入る余地はないようにも見える。炎の魔法を浴びせかけることも考えたが、魔法銀の重鎧をまとう相手に、魔法では分が悪い。じりじりと距離を保ちながら、両者の打ち合いをただ見守るしかない歯がゆい時間が続いた。後ろに控えるリアンとカレンも同様である。死霊の群れをけしかける手もないではないが、その隙を縫って逃げられたのでは元も子もない。後ろに控える二人は、退路の遮断に全神経を注ぎ、前に立つ二人を支援し続けていた。

 失った友人の仇を取らんとする人間。人間の勝手で命を脅かされる捕食用の魔法生物。ともに是が非でも守り通したい矜持があるのだろう。友を惜しむ心と、群れの存続を目論む執念が力に仮託して鋭く衝突する!特に、族長には、仲間を守り切れなかった慚愧があるのであろう。その執念は、彼の瞳のただならぬ赤さにありありと宿っていた。それは辺りの焔を映しているようにも、その瞳自体が悔恨の血涙を称えているようにもとれる色彩を放っていた。

 天使化したユンにも、魔法生物である族長にも疲れが見える気配はない。不快な金属音を奏でながら得物どうしが幾重にも打ち重なった。刃と刃がかち合うたびに、飛び散る火花が闇を照らす。上から下へ、下から上へ、また時には水平に薙ぐようにして行き交う刃は互いに交錯するが、両者ともになかなか決め手を得ることができないでいた。
 なおも、慎重に様子をうかがうミリアム。その時だった!彼女は、両者の体が離れた一瞬の隙をついて『石礫:Stone Bullets』の術式を行使し、強く打ち出した石塊の群れで、族長の片脚をしたたかに打った!それは、何度も同じ個所に打ちかかり、遂にその具足を砕いて、その巨体を跪(ひざまづ)かせることに成功した!片脚の力を失って全身のバランスを崩し、思わず片膝をつく族長。その巨体は不安定に斜めになり、鋭い大斧の軌跡は、その刹那、鈍い軌道に変わった。もちろん、ユンがその隙を見逃すはずがない!!

 彼女は下手(しもて)に大剣を構えると、下から上に逆袈裟に薙ぎ払った!耳を潰すかのような激しい金属音とともに、族長が身に着けている魔法銀の大鎧は太刀筋にそって裂け、魔法生物特有の色味の血液がほとばしり出る。巨体は苦痛に苛(さいな)まれて後ろにのけぞり、構えが著しく不十分になった。それを見過ごさすことなく、ミリアムはその小さな体を潜り込ませて、手にした燃え盛る双剣でその頭部と腹部に追撃を加えた!族長の頭と腹は燃え上がり、もだえ苦しみながらその場に両膝を突く。しかし、それはなおも大きく嘶(いなな)いて敵意をむき出しにした!その口から唾液の飛沫が一面に飛ぶ。しかし、その咆哮の音もついには翳(かげ)って、族長は力なくその場に頽(くずお)れて炎に包まれていった。やがて、その骸(むくろ)も静かに消し炭へと変わっていく。「体毛の1本も残すとことなく撃滅せよ」という悪魔のささやきはこうして遂に実現したのであった。

 少女たちは、かくも見事にシーファの仇を討ち果たして見せたのだったが、目の前で火に包まれながら灰化していくその無情の光景は、その胸中に満足とは違う何かをもたらしていた。ただその場には、食卓で嗅ぐこともある、消費される宿命の命が火の中でただただ燻っている。言いし得ぬ、一種の虚しさを、生暖かい初夏の夜風が撫でさらっていった。4人はしばらくの間、ひとことも発することなくその場に佇んでいた。8つの美しい瞳に映る、翳(かげ)り行く炎の様子は、その内心にいったい如何なる心像を投影していたのであろうか?少女たち自身、その正体を明確には自覚できぬままに、静かに武装を解いていった。

* * *

「ひとまずはこれで片が付いたね。」
 天使化を解いて幾分小さくなったユンが、大剣を鞘に収めながらそう言う。ミリアムもそれに続いて天使化を解き、得物をしまった。リアンとカレンも同様だ。燃え盛っていたその岩場はやがて色を失い、表面にこびりつく炭屑ばかりとなっていた。
「リアン、ありがとう。おかげで今日は恐怖に囚われずに済んだよ。」
 そう言って礼を述べるユンに、リアンは思いがけないことを言った。
「礼には及ばないのですよ。今日のことはすべて、ユンのもともとの強さから出たことなのですから。」
 それを聞いて、ユンは不思議そうな表情を浮かべる。
「あれは、恐怖を退け、勇気を与える秘薬などではないのです。ただの『敏速の薬:Dextarity Portion』なのですよ。」
 それを聞いて、ユンの目は一層丸くなった。
「じゃあ…。」
「はい、なのです。ユンはもともと臆病などではないのです。全ては心の持ちようなのですよ。すぐに全部を克服することはできないでしょうけれど、今日のことで、気の持ちようの大切さは理解できたと思うのです。だからこれからも、しっかり克己していって欲しいのですよ。」
 そう言って、リアンはいつものあどけない笑みを浮かべて見せた。ユンの隣では、ミリアムがその肩をやさしく抱いている。
「そうだね…。ありがとう、リアン。少し元気が出たよ。」
 ユンは、はにかんだ笑みを彼女に向けてそう言った。
「心配無用なのです。あなたは強く、十分に勇敢なのです。」
「そうだね。これからも、できることを、できるだけやってみるよ。ありがとう。」
 リアンのその言葉に、ユンは背を押されたようである。まだ確信を持ちきれないでいるその不安定な表情の中にも、これまでとは何か違う自信の片鱗のようなものが煌めいているように感じられた。

「いずれにしても、これで彼女の願いはかなったはずです。次は私たちの願いをかなえてもらわなければなりません。彼女の下へ行きましょう。」
 そう言って促したのはカレンだ。みな頷いてそれに応える。例の分岐点まで後戻りしてから、霧に包まれた禁断の地へと三度踏み込んで行く。心なしか今日はこれまでより霧が濃く、肌にまとわりつく湿度が特段不快に感じられた。さりとて、ここで引き返したところで、何も得るものはない。前後左右に不安を駆り立てる吊り橋から、冷たく固い石橋へと足元を移しながら、少女たちは悪魔の待つ城へと歩みを進めていった。
 今宵も、ガーゴイル像の冷たい視線が、その4つの影をつぶさにとらえる。復讐の舞台を自ら用意し、少女たちをけしかけた悪魔の真意はどこにあるのか?月だけが、まるで全てを見通すかのように、青白い顔で彼女たちの行く先を照らし出していた。不気味に気温が下がっていく。

to be continued.

続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第2集08『復讐に煙る灰』完

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